Vol.184-2 石和温泉街のイメージ転換


~歓楽街からの脱却~

公益財団法人 山梨総合研究所
研究員 岡 浩之

【はじめに】

 山梨総合研究所では、県内市町村が抱える地域課題について考え、市役所・役場職員と膝を交えて話し合い、自治体行政への有効な提言につなげていこうとの目的で、毎年度「合宿研修会」を実施している。
 平成25年度は笛吹市を舞台とし、「石和温泉の活性化」をテーマに市職員の方々の多大なるご協力をいただく中、9月24日に笛吹市役所南館で開催した。
 本稿では、その後筆者担当部分の再検討を行い、11月15日に開催された中部ブロック第40回交流会若手研究員・研究発表会にて発表した「石和温泉街のイメージ転換~歓楽街からの脱却」について紹介するとともに、基礎自治体が向かうべき方向性について検討したい。

【検討の背景】

 全国的にも温泉地の衰退が著しいなか、石和温泉街においても例外無く苦境に立たされている。石和温泉街は首都圏等の奥座敷として、高度経済成長期からバブル期にかけて発展してきた。主に団体客向けの歓楽温泉街であり、コンパニオンを配置した温泉旅館やスナック等の大規模な歓楽街が作られてきた。しかし、近年では団体旅行の低迷による需要の落ち込みに加え、歓楽街というイメージからの脱却などの課題を抱えている。
 全国の他地域でも行われているような観光振興策やサービスは、石和温泉街においても既に取り組まれてはいるが、一過性のものであったり、他事業との連携が不十分等、活性化には至っていない。また、先月の千野正章主任研究員が挙げた3点の問題点(①観光客確保について関係者全体で問題意識を共有できていない、②行政的な支援の方向性がなかなか定まらない、③行政の財政難もありハード的な支援は困難)が、石和温泉街活性化への動きを阻害する要因にもなっている。
 本稿では、石和温泉街が持つイメージを転換するための手法について検討している。

【検討の要旨】

(1)現状

 現在日本の現状は、超高齢化社会であることは周知の事実である。また、厚生労働省等から平均寿命及び健康寿命についての研究も報告されており、今後、健康な期間だけではなく不健康な期間も延びることが懸念されている。

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(2)国の健康政策

 「団塊の世代」と呼ばれる年代の全ての人が75歳以上となる2025年(平成37年)を10年後に控え、『国民の健康寿命が延伸する社会』の構築に向け、国民が健やかに生活し、老いることができる社会を目指して予防・健康管理等に係る具体的な取組を推進されている。

  • 平成25年6月「日本再興戦略-JAPAN is BACKー」(閣議決定)
    中短期工程表-成果目標(KPI)
    ・2020年までに国民の健康寿命を1歳以上延伸
     【男性70.42歳、女性73.62歳(2010年)】
  • 平成25年8月「国民の健康寿命が延伸する社会」に向けた予防・健康管理に関する取組の推進(厚生労働省)
    ・高齢者の介護予防等の推進
    ・現役世代からの健康づくり対策の推進
    ・医療資源の有効活用に向けた取組の推進

(3)山梨県の状況

 厚生労働科学研究費補助金「健康寿命における将来予測と生活習慣病対策の費用対効果に関する研究」の中で、都道府県別 日常生活に制限の無い期間の平均(平成22年)が示されており、山梨県は男性が5位、女性が12位となっており、全国的に見て上位といえる。

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 また、山梨県独自の調査として平成15年度に健康寿命実態調査が行われており、平成20年度にも山梨県立大学 小田切陽一教授(公衆衛生学)により健康寿命(平均自立期間)が算出されている。この調査から、山梨県民の健康寿命は全国でも最上位を占めていることが分かる。

平成15年度

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男性:
65歳では2位
75歳では1位
85歳では3位

女性:
65歳、75歳で1位
85歳では2位

平成20年度

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男性:
65歳では2位
75歳以上で1位

女性:
65歳~75歳で1位
80歳以上では2位

(4)イメージ転換の提案

 既に行政側も「石和温泉=歓楽街」というイメージから脱却すべく、観光振興アクションプラン、観光振興ビジョンなど各種計画をはじめ、様々な施策・事業を打ち出している。また、石和温泉旅館組合によって「健康増進プログラム」など、歓楽温泉地から健康・保養温泉観光地への転換も進められている。
 これらは、あくまで温泉を主体とした観光客向けの取り組みである。温泉地である以上、温泉を主体とするのは当然であり、こうした取り組みは継続的に実施し続けてもらうことを前提として、本稿では別方面からのアプローチを試みた。
 旅行などの短期的な日程の中で、そこに行ったら健康になった、などということはあまり考えられない。全く無いとは言い切れないが、あったとしても多くは無いだろう。
 訪れた者が健康づくりをする「健康・保養温泉観光地」も良いが、先述のとおり「山梨県民=健康長寿」という土台があることから、そこに住まう人々は皆が健康で長寿である「健康長寿のまち」への転換を提案したい。

(5)イメージ転換への流れ

 まず、行政が「健康」を施策の柱に据えた総合計画をはじめとする各種計画を策定し、広く市民に周知することから始まる。これまでの施策の中でも当然取り上げられてきてはいるが、「健康」と「観光」が強く結び付いてはいない。行政がこの認識を改めることが先決である。
 次に、石和温泉街周辺には下記のとおり病院・健康増進施設が集積している。

NO病院名所在地備考
石和温泉病院笛吹市石和町クアハウス
石和共立病院笛吹市石和町
甲州リハビリテーション病院笛吹市石和町
山梨リハビリテーション病院笛吹市春日井町スポーツリハ
春日居サイバーナイフ・リハビリ病院笛吹市春日井町
富士温泉病院笛吹市春日井町温泉による水中運動

 特に、石和温泉病院に併設されたクアハウス石和は1987年に創設され、厚労省の認可も受けた全国有数の、温泉を利用した健康増進施設である。また、人間ドック等の受診者数は年間1万人を超え、更に年1割程度増加し続けているとのことである。
 これらの病院施設には合計で1000を超える病床があり、そこに勤務する職員は700名を超える。ここには多くの管理栄養士や保健師も勤務している。上記施設のいくつかにヒアリングを行ったところ、石和温泉街活性化のためには積極的に協力していきたい、イメージ転換を望む、との声が聞かれた。
 「健康」は適切な食事、運動、休養が基本となってつくられるものである。施設側に協力する意思はあるのだから、行政がリーダーシップをとり、これら施設の連携と人的資源を有効に活用した事業及び学習活動・イベント等を執り行っていくことが必要となる。
 石和温泉街周辺を健康重点エリアとするなど、行政が主体となって分かりやすい動きを示してやり、市内の栄養士、運動指導士などの協力を仰ぎ、まず身近な健康的な食事の紹介・作り方などの学習活動から始め、ウオーキング・ストレッチなどの活動の展開を考えたい。健康学習活動等の機会、場所の編成が行政が担うべき重要な役割と思われる。
 「食」からの「健康」、即ち「食育」を通して市民意識を変えていかなくてはならない。「食育」の中には正しい食の知識や考え方、地産地消に関すること、環境への配慮等を学ぶことで地元への愛着も強くなる。
 こうした学習活動を、市民団体、健康関連機関、専門家が協働して、市街地の屋内施設や屋外施設でイベント的に、そして恒常的に継続していくことが、「健康長寿のまち」のイメージ構築に寄与することになるだろう。
 市民の意識が変わってくると、より積極的に取り組みへ参加するようにもなり、住民の健康寿命の延伸といった形で結果が表れてくる。すると、石和の人は健康な人が多い、長生き、元気だ、といった「健康長寿のまち」のイメージが定着してくるだろう。
 全国的に超高齢化社会を迎え、平均寿命と健康寿命の差が開く一方で、健康寿命の延伸著しい地域となれば注目を集めることであろう。
 行政の施策、地域の取り組み、住民の意識などがクローズアップされることにより、石和へ行けば寿命が延びて健康的に長生きが出来る、と移住を考える者も現れるかもしれない。また、健康産業が伸びていくことにより、病院・健康増進施設等に従事する者の増員等が考えられ、大きな雇用口の創出にも繋がる。こうした流れで人が集まってくると街全体、市全域にも活力が溢れ、結果的に、温泉街も盛り上がってくる。
 「食」と「健康」をキーワードに、「観光」へと導くのである。

【おわりに】

 希望的観測に基づいた、風が吹けば桶屋が儲かるような提案であることは重々承知だが、社会情勢に鑑みたニーズの増加は事実としてあり、そもそも既に取り組まれている事案でもある。一つの方向性を示し、行政、地域、事業者、住民がまちぐるみで取り組むことに重点を置き、「食」と「健康」と「観光」を結びつけて考えることに、インフラ整備に掛かるような莫大な費用は必要無い。ただし、膨大な労力と時間は必要となってくるだろう。
 笛吹市では、平成25年4月10日に「日本一桃源郷」を宣言した。この中の一節に次のようにある。

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 「健康長寿のまち」のイメージは、この理想郷から遠く離れたものではないように思えてならない。時間と労力を惜しむことなく有益に消費し、宣言通りのまちづくりを進めていってもらいたい。

【参考文献等】

笛吹市オフィシャルサイト(http://www.city.fuefuki.yamanashi.jp/)

厚生労働省HP (http://www.mhlw.go.jp/)

国立社会保障・人口問題研究所HP(http://www.ipss.go.jp/)