Vol.185-1 道州制導入の是非を議論するためのノート(上)
山梨学院大学法学部政治行政学科
教授 外川 伸一
1 道州制導入の動きの「本格化」
道州制導入への動きが「本格化」している。2013年2月21日には、自民党道州制推進本部(以下、「推進本部」)がその総会において、「道州制基本法案(骨子案)」を発表した。この案では、内閣総理大臣の諮問機関である道州制国民会議が道州制に関する重要事項を諮問後3年以内に答申し、それを受け政府は2年を目途に法制の整備を行うと規定していた。しかし、同年6月6日に非公開で開催された役員会では、法案の名称を「道州制推進基本法案(骨子案)」(以下、「推進法案」)と修正した上で、法制の整備は「速やかに」行うと改めるなど、道州制導入に強固に反対を唱えている全国町村会や全国町村議会議長会などに配慮した形の修正を行った。しかし、推進本部が描く道州制の「根本部分」に変更は全くないと言って良い。
2 道州制導入の真の目的
そもそも道州制を導入する目的とは何か。道州制は「究極の地方分権」と言われ、特に民主党政権では「地域主権型」道州制などと称されたりもしたが、道州制推進論者には、グローバリゼーションの進展に伴い競争が激化していく国際社会の中で、わが国の国際競争力を高め沈滞状況から脱却し、わが国をもう一度浮揚させたいという強い「思い」がある。こうした「思い」については日本経団連のような経済界の場合、至極当然であり、『希望の国、日本:ビジョン2007』では、グローバル社会の中で国際競争にもさらされる地方はグローバルな地平でコンペティティブ・エッジを確立した存在になるべきことを唱え、「道州制導入に向けた第1次提言」(07年3月28日)や「第2次提言」(08年 11月18日)でも、わが国の国際競争力向上を目的とした道州制を提唱している。
推進法案も同様で、前文において「地方分権を一層徹底していかなければならない」と唱えてはいるものの、実に「正直」なことに、「世界市場における競争が益々激化するなど経済構造が大きく変化する中で、我が国が国際社会において確固たる地位を占め続けるためには」各地域が「競争力を高めなければならない」とし、「それが道州制である」と断言して憚らない。道州制は「究極の地方分権」などではなく、わが国の国際競争力強化のための強力な「手段」という位置づけなのである。国際競争力強化のために、従来の中央集権型政治行政構造を(一見、分権的に見えるように)根本から見直そうと言うのである。
3 推進法案に見る道州制の「根本部分」
こうした道州制の「根本部分」は、一体どのようなものであろうか。その骨格となるのは次の5点である。①国の権限・事務を極力限定し、国家機能の集約・強化を図る(横道清孝教授の言う「重い道州制」)。②自治体は、広域自治体である道州と基礎自治体(断じて市町村ではない)とする。③道州については、現在の都道府県を廃止し、それらの区域より広範なブロックをその区域として設置する(ただし、北海道、沖縄、首都である東京などは現在の区域のままで道州になることもある)。④基礎自治体は、市町村の区域を基礎として拡大再編する(もっとも、こうした表現は「推進法案」では削除されたが、「論理的」にはこうならざるを得ない)。⑤道州は、国及び都道府県から移譲される事務を処理する。⑥基礎自治体は、都道府県の事務の大半(主として補完事務ということになろう)と市町村が行っている事務を担う。以上である。
もちろん、道州制については、これ以外の部分でも様々な主張がなされているが、骨格をなす上記5点をどのように考えるかによって、それ以外の主張における議論の方向性は大きく異なってくる。そこで以下では、2回にわたり、この5点に絞って道州制の諸課題について述べていくこととする。
4 国家機能の集約・強化
まず、上記の①についてである。推進法案は、国の事務を(ア)国家の存立の根幹に関わるもの、(イ)国家的危機管理その他国民の生命・身体・財産の保護で国の関与が必要なもの、(ウ)国民経済の基盤整備に関するもの、(エ)真に全国的な視点に立って行わなければならないものに極力限定し、「国家機能の集約・強化」を図るとしている。この(ア)~(エ)の解釈は様々になされ得るが、推進法案は、前文で「国は、外交、防衛や真に全国的な視点など本来の国の役割に重点を移し」国家機能の集約・強化を図ると宣言していることから、現在、国が行っている内政事務の大半は主として道州に移譲されることになろう。推進法案にはこれ以上の具体性はないので、たとえば、自民党の『道州制ビジョン懇談会中間報告』(08年3月24日)を見ると、そこでは国の役割については、皇室、外交・国際協調、国家安全保障、治安、通貨の発行管理及び金利、通商政策、資源エネルギー政策、移民政策、司法など16項目を基本に検討すべきとしている。学界でも推進論者にあっては、たとえば行政学者の佐々木信夫教授(中央大学)などが、これをベースに国の役割を考えている(『新たな「日本のかたち」-脱中央依存と道州制』)。また、先述の日本経団連「第2次提言」には、外交、防衛、皇室、危機管理・国家警察、出入国管理、司法、通貨、マクロ経済政策など22項目が掲げられており、その基本は同様だと言えよう。
推進法案によれば、国、道州、基礎自治体の事務分担については、内閣府に設置された道州制国民会議が審議・答申することになっているが、以上からも理解できるように、道州制国民会議は、現在国が行っている内政事務の大半を道州と基礎自治体に移し、国はもっと「身軽」になり、わが国は国際競争力をつけるべきだと答申するに違いない。
5 国家機能の集約・強化の問題点
その場合、次のような問題が生じる可能性がある。第一に、そもそも内政と外交は「融合」している(例えば、沖縄の基地問題は外交問題であると同時に沖縄県民にとっては内政問題である)という論点もあるが、そのことを横に置くとしても内政事務を中心とした国から地方への行政権の大幅な移譲によって、中央省庁の再々編成が不可避となる。この再々編成は、01年の「大括り再編」とはレベルもスケールも異なる。たとえば、福祉、保健、医療、労働の各行政を担う厚生労働省については、国レベルの社会保障制度の企画や国家規模の防疫行政など、国土交通省については、出入国管理や領海保安、国家プロジェクトの建設など、文部科学省については、教育制度の骨格制定や科学技術振興など、農林水産省については、食糧安全保障や農水政策の基本方針の制定などをそれぞれ除いて、残る大半の事務は道州を中心に移譲されることになる。かくして現在の11の省は半分程度に再々編できるであろう。これには、当然、道州に移譲される事務に係る国家公務員の地方公務員化(道州職員化)が伴うことになる。中央省庁の官僚の抵抗はこれまでの比ではないことは明白であるが、彼らと「トラス構造」をなす政治家・財界も抵抗に走るだろう。
第二に、今まで国が行っていた内政事務の大半が道州に移譲されることに伴い、当然、立法分権も必要になってくる。現在は、国会での法律制定に委ねている事項についても、道州の「条例」(条例と称するか否かは定かではない)で定めることになる。行政権限は移譲していながら、立法権限を国に残すとなれば、このことは国による関与を生む。国からの移譲事務は、現在の法定受託事務よりもさらに関与の強いものとなり、場合によっては地方分権一括法によって廃止された機関委任事務の実質的復活にもつながりかねない。国会議員は、立法権限の移譲による自らの権限縮小と、道州議会議員の広範な権限保持を受容することができるのであろうか。これには、国会議員定数の大幅な削減が随伴するのである(加えて、参議院を道州代表によって構成するといった考え方もあるかもしれない)。現在、道州制の推進を唱えている国会議員も、こうした「事態」を改めて認識した時、おそらく抵抗勢力へと変身するに違いない。
第三に、内政の大半についての行政権限、立法権限が道州に移譲された場合、国に司法権限を専属させたままで、三権分立は理念どおりに作動するのか否かという疑問を呈さずにはいられない。これについての詳述は避けるが、司法権についても、道州裁判所の設置など何らかの変革が必要となると、道州制の導入は、わが国の統治機構の「体裁」を三権にわたって大幅に整え直した上で、良好に「作動」させなければならないという「大事業」となり、夥しい数の抵抗勢力の生起が予想されるのである。
(下)に続く
※ なお、推進基本法案について、全国知事会は中央省庁の権限縮小や道州への税源配分方法の記載がないこと等、全国町村会とは異なる理由で反発を強めている。