Vol.186-2 認知症高齢者の在宅介護における負担の現状


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 河住 圭彦

1 はじめに

 少子高齢化は確実に進展しており、日本は過去に類を見ない高齢化社会に向かって突き進んでいる。医学の進歩により平均寿命(誕生から死まで)と健康寿命(日常生活に制限のない期間)はともに伸びているものの、その差である「日常生活に制限のある『不健康な期間』」は、縮まってはいない。平成22年の全国をみると、1男性の平均寿命は79.55歳、健康寿命は70.42歳でその差は9.13年、女性の平均寿命は86.30歳、健康寿命は73.62歳で差は12.68年。山梨県では、男性の平均寿命79.54歳、健康寿命71.20歳の差は8.34年、女性の平均寿命86.65歳、健康寿命74.47歳の差は12.18年であり、全国平均とほとんど変わらない。
 この10年前後ある「差」の期間は、何らかの病気や身体の障害がある中で生活しなければならず、医療機関での治療、介護保険サービスや家族らによる介護が必要となる。そのために医療費や介護費用、介助などの必要性が生じることになり、それは家族らの負担にもなる。
 加えて近年、その「不健康」として増加している症状に「認知症」がある。ただ身体が不自由なだけでなく、さまざまな問題行動を起こすために、対処する介護者への負担は大きく、特に家族にとっては、今まで普通に暮らしていた親しい人が別人のような変貌を遂げることから、肉体的な負担だけでなく精神的な苦痛も受けてしまうことがある。
 山梨県でも、平成25年度の高齢者福祉基礎調査で、認知症高齢者が高齢者人口全体の1割を初めて超えた。認知症高齢者の介護については、高齢者介護の中でも特殊な位置づけがされ、厚生労働省や山梨県もさまざまな専門的な取り組みを進めているところである。
 本稿では、認知症高齢者の在宅介護における現状に焦点を絞り、北九州市が平成24年度にまとめた「認知症に関する意識及び実態調査報告書」を参考に、認知症高齢者の在宅介護をする家族らが抱える問題について探った。2

2 山梨県の認知症高齢者の状況

(1)高齢者人口と高齢化率

 山梨県の高齢者人口(65歳以上)は年々増加する傾向にあり、平成20年の20万4,275人が平成25年には22万1,823人と1万7,548人増加。高齢化率も右肩上がりで上昇し、平成20年の23.0%が平成25年には25.7%と2.7ポイント増加している。

図表1  山梨県の高齢者人口と高齢化率

186-2-1

平成25年度山梨県高齢者福祉基礎調査(平成25年4月1日現在)より  

(2)認知症高齢者数と割合

 認知症高齢者は平成24年の2万476人が平成25年に2万3,352人へと1年間で2,876人増加。高齢者全体に対する割合は平成24年の9.5%が平成25年は10.5%へと1ポイント上昇し、高齢者全体の1割を超えている3。在宅と施設入所の内訳をみると、平成25年は在宅1万6,791人(71.9%)、施設入所6,561人(28.1%)となっている。

図表2  山梨県の認知症高齢者数と割合

186-2-2

平成25年度山梨県高齢者福祉基礎調査(平成25年4月1日現在)より  

(3)介護保険認定者と認知症高齢者

 山梨県の介護保険事業状況(年報)によると、介護保険の要支援・要介護認定者の高齢者数(65歳以上の第1号被保険者)は、平成20年(3月末現在、以降同じ)の2万8,906人から平成25年の3万4,479人へと5,573人増加している。介護認定者数における認知症高齢者数(前出、4月1日現在)の割合をみると、平成24年は61.99%、平成25年は67.73%となり、介護保険認定者の多くに認知症症状があり、その割合が増え続けていることが分かる。4

図表3 山梨県の介護保険認定者数(第1号)と認知症高齢者数

186-2-3

介護保険認定者数は山梨県介護保険事業状況(年報)、認知症高齢者数は山梨県高齢者福祉基礎調査より

 

3 認知症介護者の負担~北九州市調査より~

(1)調査について

 北九州市は福岡県北部の政令指定都市で、面積486.8k㎡、人口98万2,320人(平成25年9月末現在)の大都市であり、面積4,465k㎡、人口84万5,022人(平成26年1月推計)の山梨県と社会条件は異なるが、在宅介護の現場における意識を知るうえでの資料として同市の「認知症に関する意識及び実態調査報告書」を引用した。
 なお、同市の平成24年度の認知症高齢者は3万1,470人で、65歳以上の高齢者に対する割合は12.4%である(北九州市ホームページより)。
 同報告書は、認知症について、本人とその家族等の意識や生活実態、医療機関や介護保険事業者の対応状況を把握するため、平成24年度にまとめられている。調査対象を医療機関・介護保険事業者等だけでなく在宅高齢者本人とその家族まで広げた調査である。

【在宅高齢者・家族用調査】の概要

調査対象…65歳以上の要介護認定を受けている在宅の高齢者とその家族

調査方法…郵送による配布・回収

調査数…2,000、回収数…1,082、有効回収数…1,079、有効回収率…54.0%

(2)在宅介護に関する現状について

 「認知症の疑いあり・医師が認知症と診断済みの人」「主な介護者」を対象にした調査のうち、介護者の負担に関する項目を抜粋した(質問により回答者数は異なる)。

①日常生活でどの程度介助が必要か

 結果を下図でみると、認知症高齢者は日常生活動作において、動作によって3~7割近くが何らかの介助を必要としていることが分かる(「一部」「多くの」「常に」の合計)。介助を必要とする日常生活動作ごとにみると、最も少ない「食事」でも介助を必要とする人は30.5%に上る。最も多い「入浴・洗面」では66.8%で、その中でも「常に介助が必要」が29.4%とほぼ3割を占めている。

186-2-5

 同調査では認知症高齢者の日常生活自立度5別でみた分析もされており、基本的に自立度がⅠからⅣ、Mへと重くなるほど、介助を必要とする日常生活動作は多くなり、頻度も多くなる傾向にある。自立度Ⅳ以上ではほとんどの動作について介助が必要で、「常に必要」の割合も高くなる。自立度が重い認知症高齢者を持つ介護者ほど重い負担を抱えていることがあらためて浮き彫りになっている。

②見守りと介助の必要度

 1日のうちで、見守りや介助がどの程度必要かについては、見守りを「常時」40.4%と「時々」38.3%合わせて8割近くが必要とし、介助を「常時」23.3%と「時々」49.6%合わせて7割以上が必要としている。

186-2-9

 

186-2-6

 また自立度が重いほど「常時」割合は高く、見守りではⅢaⅢbの5~6割、Ⅳ以上の8割以上、介助ではⅣ以上の6割以上が「常時」の対応を必要としている。

③介護の負担感

 感じている介護の負担感については、「かなり負担である」20.3%、「やや負担である」39.2%、「それほど負担でない」24.8%、「負担ではない」7.5%で、負担を感じている人は合わせて59.5%と6割に及んでいる。自立度別でみると、Ⅱa~Ⅲaで7割前後、Ⅲb以上になると8割以上が負担を感じているという結果が出ている。
 また、経済的負担感については、「かなり負担である」12.7%と「やや負担である」24.4%を合わせた37.1%が負担を感じている。
 認知症の症状について負担に感じることは、「もの忘れ」「同じことを何度も聞く・言う」「尿・便失禁」が上位を占めている。

④介護の手伝いの有無

介護を手伝ってくれる人(介護サービススタッフ除く)が「いない」が3割に上る。「いる」は66.0%で、その人との関係については、「同居の家族」「同居の家族以外の親族」が大多数を占め、家族が中心となって介護をしていることが分かる。

・介護を手伝ってくれる人がいるか

186-2-7

・手伝ってくれる人との関係

186-2-8

⑤介護保険サービスの利用状況

 現在利用している介護保険サービスは、「デイサービス」が最も多く、半数以上(51.5%)を占める。次いで「福祉用具」(25.2%)、「デイケア」(20.2%)の順(複数回答)。

4 時間的拘束という負担

 北九州市の調査結果からあらためて見えてくることは、認知症高齢者を介護する人たちが肉体的・精神的な負担に加え、自身の時間的拘束という大きな負担を抱えていることである。
 認知症高齢者は症状として、いわゆる「問題行動」(意味なく歩きまわる、一人で外に出て徘徊する、夜間に起きて騒ぐ、妄想や物忘れで騒ぐ、トイレ以外で尿・便をする、尿・便をいじる・隠す、など)があるため、介護者は一緒にいる・近くにいるなどの見守りが必要(8割)となり、自身の行動が制限されてしまう。見守りが「常に必要」(4割)な場合は、介護者が一日の大半(夜間も含め)を認知症高齢者のために費やさなければならなくなる。もちろん、見守りだけでなく、常時または定期的な介助(7割が必要)もしなければならない。
 介護者はこの負担を軽減するため、デイサービスを活用(51.5%)し、家族らの手助け(66%)を得ている。しかしデイサービスは要介護度にもよるが週の利用回数は限られ、夜間の問題行動には対応できない。訪問介護、短期入所・短期療養などの複数のサービス利用は、経済的な負担につながる。手伝う家族らも自身の仕事などの都合により、常に手助けできるわけではない。3割の介護者には、その手伝ってくれる人すらいない。そしてこれらの負担は、自立度が重くなるにつれ、介護者にさらに重くのしかかる。症状が重くなれば施設入所も検討しなければならないが、精神的、経済的な面から踏みきれない介護者は少なくないだろう。
 ケアマネジャーの効率的な介護プログラムによる介護サービスや家族らによる支えで、介護者は自分自身の時間を確保することはできるが、普段できない用事を片づけたり休息したりするだけで終わってしまい、遠くへ出かけるなどの気分転換も難しい。認知症高齢者の介護者の精神的負担を減らすため、山梨県内でも自治体や各種団体によるさまざまな交流会・研修会、相談会、介護講座が開催されているが、介護のために時間的余裕がない介護者は、そもそも容易には参加することができないと思われる。
 これらは、認知症高齢者の在宅介護において、避けて通れない問題である。認知症高齢者は今後増加していく傾向にあり、同じ問題に直面する介護者も増えていくはずだ。現状では周囲の協力とケアマネジャーによる介護サービス等を活用した個別の解決策に頼るしかないが、意識・実態調査の積み重ねを含め、抜本的な問題解決に向けた検討が期待されるところである。

参考文献等

北九州市「認知症に関する意識及び実態調査報告書」(平成25年3月)、平成25年度山梨県高齢者福祉基礎調査、平成24年度山梨県介護保険事業状況(速報)、平成23年山梨県介護保険事業の概況、山梨県ホームページ(http://www.pref.yamanashi.jp/)、厚生労働省「完全生命表」、厚生労働科学研究費補助金「健康寿命における将来予測と生活習慣病対策の費用対効果に関する研究」(平成23年度~平成24年度)など


※1  平均寿命は厚生労働省「完全生命表」、健康寿命は厚生労働科学研究費補助金「健康寿命における将来予測と生活習慣病対策の費用対効果に関する研究」より。同研究では計算式により「日常生活に制限のある期間の平均(年)」も算出している。

※2  65歳未満の若年性認知症者も増加傾向にあり、さまざまな調査や対策が行われているが、今回は認知症高齢者の介護に限定して取り上げる。

※3  この場合の「認知症高齢者」は、介護保険第1号被保険者で介護保険認定審査資料の「認知症高齢者の日常生活自立度」がⅡ以上の者をいう。調査は平成23年以前と平成24年以降で調査方法が異なり、平成24年からは介護保険認定審査資料による調査に統一している。

※4  介護認定者数には要支援も含むが、基準が認知症自立度Ⅱであるため、要支援認定者数を除いた要介護認定者数に限定して算出すれば、この割合はさらに大きくなる。平成23年以前の認知症高齢者数は調査方法が異なるため、単純比較はできない。

5  高齢者の認知症の程度を日常生活自立度から表すもので、介護保険制度の要介護認定調査などで用いられる指標のこと。判断基準は以下の通り。