Vol.187-2 富士山世界遺産登録が観光入込客等に与えた影響
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 進藤 聡
1 はじめに
2013年4月30日に世界文化遺産の登録について評価を行っているイコモスは、「富士山」について、三保松原を除き「記載」が適当との評価結果及び勧告を、世界遺産委員会に通知した。
この勧告を受けて、プノンペンで開かれた世界遺産委員会において、6月22日に、世界遺産一覧表に三保松原を含めて「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」として記載することが決定された。これにより、「富士山」は世界的に後世に残すべき資産として位置づけられることとなった。
本研究においては、富士山の世界遺産登録により、山梨県にやってくる入込客がどのように変化しているのか、またどのような人がやってきているのか、といった点について考察を行った。
また、分析にあたっては、山梨県が行っている「山梨県観光入込客統計調査の観光地点等入込客数調査 月別入込客数データ」と「山梨県観光入込客統計調査の観光地点パラメータ調査 調査票データ」を活用した。なお、2013年分については、7月(月別入込客数データ)及び8月(パラメータ調査データ)までのデータについて分析を行っている。
2 世界遺産登録に伴う影響に関する研究
既存研究としては、えひめ地域政策研究センターが2003年に行った調査研究(「世界遺産登録による経済波及効果の分析」)がある。このなかでは、研究当時に登録されていた世界遺産(自然遺産2か所、文化遺産9か所)について、登録前後の観光客数の推移の比較を行い、類型化を行った。
類型としては、
タイプA:登録により急増(白神山地、屋久島、白川郷、グスク遺跡群)
タイプB:概ね堅調に推移(古都京都、原爆ドーム、古都奈良、日光社寺)
タイプC:登録後も減少 (法隆寺、姫路城、厳島神社)
をあげている。
それぞれの特徴としては、以下のように整理している。
広範囲に点在 | 特定の場所に集中 | |
登録により全国的に有名となった | タイプA | ―― |
登録前から全国的に有名だった | タイプB | タイプC |
※えひめ地域政策研究センターの分析に基づき筆者作成
富士山について考えると、タイプBに該当すると考えられるため、この分類による傾向どおりであれば、今後も堅調に推移していくと思われる。本研究においては、観光客に対するアンケート調査結果等を活用して、この仮説についての検証も含めた分析を行う。
3 グーグルトレンドからみた富士山への注目度の変化
観光旅行する場合には、行き先がどのような場所であるかについて、事前に情報収集が行われる。特にはじめて行くような場所の場合には、何らかの情報収集によってその場所の情報を得ていることが多い。
ここでは、インターネットによってどの程度情報収集されているかについて、グーグル社が提供しているグーグルトレンドを用いて分析を行う。このデータは検索エンジンで入力された単語をもととしているため、必ずしも観光に結びつくわけではないが、どのような言葉、いつ、どの程度、検索されたかについて分析を行うことができる。
(1)富士山
まず、「富士山」という言葉についてグーグルトレンドで分析可能な2004年以降の傾向をみてみると、以下のとおりとなっている。
2011年以降に何回か噴火報道があったためにイレギュラーな動きをしている月が2回ほどみられるが、夏季の7月と8月に非常に高くなり、その後減少するという周期を繰り返している。
世界遺産登録となった2013年についても同様であるが、2013年7月の値が100となっており、2004年以降で最も検索された月となっている。従来の水準が60前後であるため、2013年については1.5倍以上の水準であったと考えられる。
その後、検索される量は相対的に減少しているが、毎年最低となることが多い11月の数値(図中の●印)が例年は20~30であるのに対して、2013年は40となっており、依然として例年より注目されている状況は続いていると考えられる。
※グーグルトレンドの出力結果を筆者が加工
(2)他の言葉との比較
「富士山」という検索語の特色をさらに分析するために、他の検索語との比較を行う。具体的には、「山梨」及び2004年以降に世界文化遺産に登録された「石見銀山」、「平泉」と比較した。
①「山梨」
「山梨」と比較すると、「富士山」の検索頻度に比べて「山梨」の検索頻度は期間を通じて高くなっている。あくまでも検索エンジンでの検索頻度であるため、観光以外の生活や産業、行政に関わるものも含まれるため当然ではあるが、夏場に高いという傾向は共通している。また、2013年7月は「富士山」の頻度が非常に高くなったため、「山梨」とほぼ同等の値となった。
※グーグルトレンドの出力結果を筆者が加工
②「石見銀山」
2007年に登録された「石見銀山」の場合は、登録決定があった7月に最大となり、その前後を除くとその時の半分以下の水準となっており、2009年以降は多くて20~30程度となっている。しかし、登録以前はほとんど検索されておらず10程度の水準であったため、登録前に比べて2~3倍程度に水準はあがっている。
登録された2007年について、「富士山」と比較すると、登録前後においても「富士山」の水準に達していない状態であった。
※グーグルトレンドの出力結果を筆者が加工
③「平泉」
2011年に登録された「平泉」の場合は、登録決定があった6月に最大となり、その後は夏場には60程度の水準となっている。登録前は40程度であったことを考えると、概ね1.5倍の水準になっていると考えられる。
登録された2011年について、「富士山」と比較したが、3.11直後の富士山噴火報道等の影響が大きいが、概ね石見銀山と同じような傾向となっており、夏場の「富士山」の水準に達していない。
※グーグルトレンドの出力結果を筆者が加工
(3)グーグルトレンドからみた「富士山」の特徴
以上から、「富士山」という検索ワードの特徴をみてみると、以下のような点があがられる。
- 7月と8月に非常に高い水準となっている。
- 世界遺産登録により検索頻度については5倍程度の水準となった。
- 検索の絶対量としては、生活や産業にも関係する「山梨」という単語の水準よりは低く推移しているが、登録後の7月についてはほぼ同じ水準となった。
また、他の世界文化遺産の場合と比較すると、
- 他の世界文化遺産では登録前後で水準があがっており、その後も登録前の5倍~3倍となることが多い。
- 検索の絶対量としては、従来からそれほど多くなかったため、登録後の水準も、「富士山」の夏場における水準には達しておらず、登録前から「富士山」が非常に多く検索されていたことがわかる。
4 月別入込客数データに基づく分析
県の観光部が調査している月別入込客数データについて、2011年から2013年までの3年間について比較可能な331地点について、延べ人数の入込客数の分析を行った。
(1)県全体の動向
2013年については7月までのデータであるが、延べ人数について大きな増減は見られない。
(2)圏域や類型別の動向
県内を5つに分割した圏域別や観光地点をその性格ごとに6つに区分した類型別に比較を行った。その中で、2013年について増加がみられたのは、富士・東部圏域と自然類型で、世界遺産登録に向けて前進した5月以降において、前年を上回って推移している。
- 圏域1:峡中圏域、圏域2:峡東圏域、圏域3:峡南圏域
圏域4:峡北圏域、圏域5:富士・東部圏域
- 類型1:自然、類型2:歴史・文化、類型3:温泉・健康
類型4:スポーツ・レクリエーション、類型5:都市型観光―買物・食―、類型6:その他
(3)世界遺産関連地点の動向
世界遺産に関連する観光地点(構成資産や富士山に関係した観光地点)か否かで比較を行った場合、関連する観光地点では5月以降の2013年の入込客数にやや増加がみられる。その他の地点については大きな増減は見られない。
全体としての入込客数を比較した場合には、入込客数の多い観光地点の動向に左右され、入込客数の少ない地点の動向はあまり反映されない。そのため、2011年における各地点の平均入込客数を100とした場合の各観光地点の指数を計算し、各月における平均を算出した。これにより、2011年の平均より増えている観光地点が多いか否かの傾向を読み取ることができる。
世界遺産に関連する観光地点では、5月以降に例年より指数が上回って推移している。一方、その他の観光地点では、2013年における増加は見られない。
(4)入込客数の増減
7月までの入込客数について、世界遺産登録前後の2012年と2013年を比較すると、県全体としては1.5%増加している。内訳として、世界遺産に関連していない地点では1.3%、26万人ほど増加したのに対し、世界遺産に関連する地点では比率で2倍となる2.6%、7万人ほど増加している。
5月から7月に限定すると、県全体としては3か月間で4.2%、50万人ほど観光客が増加した。世界遺産に関連する地点では比率でそれ以外の地点の4倍近くとなる11.3%、19万人増加しており、7月単月ではそれ以外の地点を上回る11万人の増加がみられた。
今回分析に利用したデータは3年間の比較が可能な地点のみであり、入込客数の動向は天候や経済状況等に左右される部分が多いため必ずしも全てを説明できるわけではないが、少なくとも世界遺産に関連する地点においては、5月以降をみると平均10%以上増加している。一方、それ以外の観光地点でも平均3.0%の増加がみられる。
5 観光パラメータ調査データに基づく分析
県の観光部が四半期ごとに県内10箇所の観光地点で実施している観光客パラメータ調査の2013年8月に行った調査結果から、世界遺産登録に影響されてやってきた人々はどのような人々であったかについて、分析を行った。
(1)居住地、旅行形態(宿泊・日帰り)との関係
全体では、9.0%が富士山の世界遺産登録に影響を受けたと回答している。
居住地別に比較すると、県外居住者は9.7%、県内居住者は2.2%で、県外居住者の場合に影響を受けたと回答する割合が高くなっている。また、サンプル数は少ないが、海外居住者の場合は42.9%と非常に高い割合となっている。
旅行形態で比較すると、アンケート回答者の1/3を占める宿泊旅行者の方が日帰り旅行者よりも影響を受けたと回答する割合が高くなっている。
(2)来県回数との関係
影響を受けたと回答した人と影響を受けていないと回答した人について、山梨県への来県回数について比較を行った。9割を占める影響を受けていないと回答した人については、リピーターが中心で、初めて山梨県を訪れた割合は8.9%、4回以上訪れている割合は79.0%となっている。
一方、影響を受けたと回答した人については、初めて山梨県を訪れた割合が3倍の28.7%となっており、4回以上訪れている割合は54.9%にとどまっている。世界遺産の登録によりはじめて山梨県を訪れた層が少なくないと考えられる。
6 まとめ
2012年に山梨県内には延べ4,300万人、富士・東部圏域だけでも延べ1,850万人が訪れている。そのため、世界遺産登録により絶対数としては10万人規模での増加がみられるが、全体の入込客数が多いために割合としては7月までで1.5%増と大きな増加とはなっていない。登録直後の状況としては、えひめ地域施策研究センターの分類によるタイプBで推移していると考えられる。
世界遺産登録に影響を受けてやってきたと回答した人々の属性をみると、県外から、初めて山梨に、宿泊旅行でやってきた層が多く、従来の中心であるリピーターが日帰りでやってくる層とは異なっている。また、サンプル数は少ないものの海外からの場合に影響を受けたとする非常に割合が高く、海外からの注目度に大きく影響していると考えられる。
現時点では、分析対象としたデータが7月もしくは8月までのものであるため、登録直後の動向に関する分析が中心となったが、世界遺産に関連する地点では、5月以降は増加している地点が多い。また、グーグルトレンドにおいて9月以降についても前年同月と比較して依然として高い水準となっており、引き続き注目されていると考えられる。
世界遺産は活用と同時に保全が重要となる。世界遺産を抱える地域としての活力を維持し、同時に後世に伝えていくための保全を考えていくために、世界遺産登録による影響が継続していくのか、世界遺産登録をきっかけに初めて山梨県にやってきた人が再び山梨県を訪れたり、世界遺産に関連する観光地点以外も周遊したりするような動きにつながっていくのか、影響すると回答した割合が高い海外からの入込客はどのような動向であるのか、といった点について今後も注視していきたい。
【引用・参考文献等】
- 世界遺産登録による経済波及効果の分析 (平成18年7月 えひめ地域政策研究センター)
- グーグルトレンド (http://www.google.co.jp/trends/)
- 平成24年山梨県観光入込客統計調査報告書(平成25年4月 山梨県)