Vol.189-1 木造建築の現状と可能性


疾測量株式会社 技術顧問 和田 隆男

1.木の文化日本

 日本では古来より木材を建材として住まいや施設を作り生活してきた。しかも住宅のような小建築から、出雲大社や東大寺のような巨大建築まで作る技術を持っていた。また、その技術は単なるシェルターとしての建築から、数寄屋建築や茶室建築などを通して、文化を表現するまでに育て上げられてきた。だが、近代の文明開化とともにその価値は徐々に忘れ去られ、鉄やコンクリートの世界へと変遷して来たわけである。木材の利用度が落ちた原因としては、火と水に弱いという事を欠点として取り上げられ、鉄やコンクリートにその座を明け渡してきたのである。しかし、近年、多くの人たちにより木材が見直されてきている。
 実は、木材は使い方をちょっと工夫すれば鉄やコンクリートより遥かに優れている事が次第に明らかになってきた。鉄やコンクリートを凌駕出来る能力を持っているのである。そしてそれ以上の能力も有している。

2.育てられる資源

 なぜ木が優れているのか。動物同士ではお互いに消耗しあうだけであるが、植物である木と、動物である人間とはお互いを補い合える関係にある。私たちが木を育てれば、木は空気や水を綺麗にしてくれる。そして木材として私たちの住まいの材料になる。そのお礼にまた苗を植え、木を育てる。この循環により地球環境を痛める事もなく、共存出来る訳である。木は、人間の生活にとって大変重要な、ありがたい役割を担っているのである。日本古来の山岳信仰や、巨木信仰はこんなことからきているのかなと思う。
 建築の分野で木を考えると、木が優れている点は、「育てられる資源」である事である。鉱物資源である鉄やコンクリートは、再生出来ても育てる事は出来ない。消費するのみである。そして地球にダメージを与える。木はその成長サイクルに合わせ利活用するならば地球にダメージを与えることなく利活用することが可能なのである。
 木と人間はこんな素晴らしい関係にあるにもかかわらず戦後の経済活動の中で見捨てられてしまった。結果、森林の荒廃を招き、今や日本国中の森林が生存の危機にあるのだ。化石燃料の枯渇や地球温暖化を考えると、私たちは木の文化をもう一度本気(木)で考える必要があるだろう。

3.技術の進歩

 もともと木材は雨に濡れなければ強い材料で、東大寺や法隆寺がその事を証明している。そして、実は火にも強い材料である事が最近の実験等で明らかになってきた。Eディフェンス(実大三次元震動破壊実験施設)での破壊実験や、屋外での燃焼実験等では、伝統工法も含め木造建築の安全性が確かめられている。大断面集成材は、構造計算の進歩により鉄やコンクリートと同じように普通の建材として利用することが可能になってきた。また、コンピューターおよびCNCマシンの進歩が複雑な構造計算や加工を可能にし、木材の使い方が飛躍的に進歩した。木は使い方を工夫すれば、どのような要求にもこたえられる建材になりつつあるのである。無論、日本伝統の製材加工技術の蓄積が大きな力となっているのは言うまでもない。

4.公共建築物における木材利用促進法の制定(H22年10月施行)

 森林環境保全の必要性や、木材の建材としての優位性が明らかとなってきているなか、国は森林の保全や、林業の育成、自給率の向上等を図るために上記の法整備を行い、木材の建築への利用環境が整ってきた。このような状況は、建築に携わる者としてだけでなく、一個人としても大歓迎である。「育てられる資源」として木を捉え、森林の育成から建材としての利用までが、循環するような社会環境をこれからも推進して行って欲しいものである。鉄やコンクリートに比べて調達コストはかかるかもしれないが、地球の上で暮らしていく以上、必要なコストではないだろうか。化石燃料の枯渇状況を考慮すれば、今後はむしろ、安い材料になる可能性もある。

5.木造建築の現状

 法律の整備により、木材の建築での利用環境は格段に良くなってきているが、細かな点ではまだ整備が必要であろう。特に日本では地震や火災に対する研究が今以上に必要である。
 新たな法整備の中で登場した考え方としては、燃えしろ設計、ハイブリッド木材などで象徴される。燃えしろ設計とは、木材が燃焼する過程の中で、表面が炭化するとそれ以上燃焼は進まず、結果として柱や梁の耐力が確保される。柱や梁の断面にこの炭化分を加える事により木材を耐火被覆することなく構造材として利用することが可能となった。この方法を燃えしろ設計という。ハイブリッド木材とは、鉄骨を木材で包む事により、火に弱い鉄骨の弱点を木によって補うという方法で、耐火材に木材を使うといった今迄では考えられなかったことが可能となってきている。
 欧米諸国でも化石燃料による地球温暖化に対する方策として、建築への木材利用が進展してきている。イギリスではロンドンの都市計画を総括するGLA(Greater London Authority)が今後の住宅建設に木造建築を活用することを決めた。イギリスは長い間レンガ造の住宅を建設してきたが、レンガの調達困難と建設スピードアップのために木造建築に切り替えたのである。ゆくゆくはイギリスの景観を代表するレンガ造の街並みが減少することはちょっとさみしい気もするが、これも地球環境の悪化を考慮すると必要な事なのかもしれない。その他、木材の主要な産出国である北欧三国やカナダ、アメリカでも木造建築が増えつつある。特筆すべきはスイスとカナダで始まっている木造建築であろう。
 木造建築の伝統国である日本も数多くの建築家が木造建築に新しい息吹を吹き込むために挑戦している。

6.木造建築の可能性

 世界規模では板茂氏設計のスイスでの仕事が特筆される。スイス、チューリヒに昨年完成した、タメディア(Tamedia)本社ビル、木造7階建て、用途はオフィスビル、柱や梁のジョイント部分に木造ならではの加工技術を採用し、今までにない工法を創出した。施工は同じスイスのブルーマー・レーマン社。

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タメディア(Tamedia)本社ビル 設計:板茂氏 出典:Swissinfo.ch HP

 ブルーマー・レーマン社は、ノルウェーのキルデン・パフォーミング・アーツ・センター(Kilden Performing Arts Centre)の木造部分を担当した、木造建築建設に関して高い技術を持っている会社である。

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キルデン・パフォーミング・アーツ・センター 施工:blumer-lehmann出典:Swissinfo.ch HP

 イギリスでも木造9階建てのビルが建築されている。この建築は木造パネル工法で建設されこの種の建物としては現時点で最も高い階数である。用途は住宅。鉄とコンクリート建築に比較して125トンの炭素放出を抑えることが出来た報告されている。

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イギリス木造ビル 設計:Waugh Thistleton 出典:Dezeen Magazine HP

 また、スエーデンでも木造超高層ビルの計画が発表されている。木造34階建て、用途は住宅建築。将来の住宅建築において、木造建築は建設コスト、工事期間、持続性においても従来の鉄とコンクリートの建築にとって代わるだろうと報告されている。

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木造超高層住宅計画 設計:C. F. Møller 出典:Dezeen Magazine HP

 カナダでは、北米最高高さの木造ビルが報告されている。また、将来的には30階ほどの超高層ビル計画も発表されている。ここでも環境にやさしい材料として木材が上げられている。

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カナダ木造ビル・超高層ビル計画 設計:MGA 出典:Dezeen Magazine HP

 日本でも隈研吾氏等多くの建築家により木を使った建築が発表されている。

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隈研吾氏作品 出典:Dezeen Magazine HP

 7.まとめ

 今建築界では、これまで述べてきたように地球温暖化防止の切り札や、自然環境保全の一つとして木造建築の研究・開発が一段と加速されている。森や自然を見つめ直し、自然環境と調和したエコロジカルな関係が建築を通して持続していくことを願うものである。日本は木の文化を見直し、森林再生のために、もっともっと木を活用すべきである。
 最後に筆者の作品を紹介させていただき終わりとする。

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小菅村体育館 設計:疾測量株式会社(木造2階建て・2012竣工)