Vol.190-2 山梨県は、順調な経済成長を遂げてきたのか


― 中央自動車道開通後30年の軌跡 ―

公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員・企画情報参与 村田 俊也

 

 都市部と地方の経済格差が拡大しているとの指摘がなされて久しい。実際、どうなのだろうか。山梨県は経済成長という視点からみて、健闘してきたのか、それとも苦戦しているのか。
 山梨県の経済成長には、昭和57年に全線開通した中央自動車道が大きな契機となった。今回は、昭和57年から現在までの約30年間について、経済動向を反映するいくつかの指標から、「山梨県は順調に経済成長を遂げてきたか」について、検証してみることにする。

1.産業構造

 時代が移り変わるなかで、本県の産業構造は、時代に即した形で変わってきたのだろうか。
 図表1は、昭和57年度、平成9年度、平成22年度の県内総生産の業種別の比率である。
 本県では、昭和57年度は、製造業(29%)、卸売・小売業(15%)、サービス業(14%)の順であった。これが平成22年度には、製造業(28%)、サービス業(22%)、不動産業(17%)の順となっている。
 一方、全国では、昭和57年度は、製造業(30%)、卸売・小売業(18%)、サービス業(14%)の順であった。これが平成22年度には、サービス業(22%)、製造業(21%)、不動産業(16%)の順となっている。
 これをみると、昭和57年度当時、本県の産業構造は、県内総生産の業種別の比率において全国の平均的な姿といえる状況であった。しかし、平成22年度では、製造業の比率が本県においては昭和57年度とほぼ同水準にある一方で全国は9ポイント落とした。また、運輸業・情報通信業では、全国と比べて存在感が小さい。このように、30年間に全国と構造に違いが生じてきている。
 これは、何を意味するのであろうか。本県の製造業の競争力が強いのか。それとも、本県では運輸業・情報通信業など他の業種の育成が進まなかったのか。経済成長が進展せず、結果として製造業の存在感が強まったのか。

≪図表1 総生産の産業別比率≫

(昭和57年度)

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(平成 9年度)

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(平成22年度)

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なお、前期(昭和57年度~平成9年度)、後期(平成9年度~平成22年度)でみると、前期では製造業で比率に差異が生じ(全国30%→24%、本県29%→30%)、後期では運輸業・情報通信業で乖離が進んでいる(全国7%→11%、本県6%→7%)。

(本県と全国の比率の増減の差異)

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「以上、内閣府 県民経済計算」

2.県内総生産の推移

 国内では、産業のサービス化が進み、第三次産業のウエイトが高まってきたなかで、本県では、時代に即した新産業への展開が遅れていたとすれば、経済成長(経済規模の拡大)は順調には進まなかったはずである。実際、どうであったろうか。
 図表2は、経済規模を示す県内総生産の推移である。物価上昇率の調整を考慮しない名目県内総生産をみると、昭和57年度から平成22年度の間に1.97倍に拡大しており、全国では第6位の高い伸びを示している。これをみると、本県の経済規模は全国のなかでは順調に拡大してきた、いいかえると、本県の経済成長は順調に進展してきた、とみることができよう。
 これを前期、後期に分けてみると、前期は全国第5位の高い伸びを示している。また、後期も順位は落ちたとはいえ、第18位の伸びを示している。いずれも、全国平均を上回る伸びとなっている。

≪図表2 名目県内総生産の推移≫

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「内閣府 県民経済計算」

3.企業の競争力

 では、なぜ、本県の経済が順調に拡大してきたか、ということであるが、これを県内で活動する事業所(企業)の収益力という面から確認してみる。

(1)付加価値率

 図表3は、平成24年の経済センサスを基に、各事業所の売上金額に占める付加価値額[1]の比率を業種別にまとめたものである。
 これをみると、建設業、製造業など18の大項目全てで本県が全国平均を上回っている。また、設備工事業、食料品製造業など中項目でみても、全95業種中全国との比較ができない12業種を除く83業種のうち75業種で全国平均を上回っている。全国平均を下回っているのは、はん用機械器具製造業、インターネット附随サービス業、鉄道業、道路旅客運送業、各種商品小売業、織物・衣服・身の回り品小売業、無店舗小売業、補助的金融業等の8業種にすぎない。

(2)収益率

 また、売上金額に占める付加価値額から人件費(給与総額)を控除した金額(≒利益)の比率をみると、大項目では18業種のうち鉱業・採石業・砂利採取業、情報通信業、学術研究・専門技術サービス業を除く15業種で全国平均を上回っており、中項目でも83業種のうち53業種で全国平均を上回っている。
 これをみると、人件費の比率がやや高いとはいえ、県内事業所の収益力は全国と比べて強く、経済規模が全国平均を上回るペースで拡大してきた要因のひとつと想定される。

≪図表3 売上金額に占める付加価値額の比率≫

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「経済産業省 経済センサス 平成24年」

 ただし、一部の大企業や付加価値率の高い事業所が、本県全体の付加価値率を引き上げているということはないだろうか。

(3)企業規模からみた付加価値率

 図表4は、すべての従業員規模(全事業所合計)と従業員50名以上の規模の事業所における売上金額に占める付加価値額の比率である。全国との比較が可能な大項目7業種についてみると、すべての従業員規模で宿泊業・飲食サービス業が、従業員50人以上の規模で学術研究・専門・技術サービス業が全国平均を下回っているが、それ以外の業種ではすべての従業員規模も、従業員50人以上の規模も全国平均を上回っている。
 これをみると、事業所の規模が大きい先だけでなく、中小企業も付加価値額の比率が高い、いいかえると、収益力が強いことが窺える。

 では、本県の事業所の収益力は、全国のなかで、相対的に向上しているのだろうか。ここでは、製造業のデータを確認してみる。

≪図表4 売上金額に占める付加価値額の比率(従業員規模別)≫

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「経済産業省 経済センサス 平成24年」

(4)製造業の付加価値率

 図表5は、製造業における売上金額に占める付加価値額の比率の推移である。データの入手が可能な昭和60年以降をみると、平成2年まではトップ10内に位置していたが、その後低下し、平成18年あたりから再び上位に定着してきていることが窺われる。また、全国平均との比較では、昭和60年度以降の29年間のうち全国平均を下回ったのは期間のまん中あたりを中心とした7年に過ぎない。
 製造業についてみれば、本県の競争力(収益力)は元来強く、一時低下したものの、再び回復してきた、といえるのではないだろうか。

≪図表5 売上金額に占める付加価値額の比率(製造業)の推移≫

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「経済産業省 工業統計」

4.就業環境 - 有効求人倍率

 これまでみてきた指標からは、本県が中央自動車道の開通後、全国の中では比較的順調に経済規模を拡大してきたことが窺える。
 しかし、この経済規模の拡大の効果が十分波及したかというと、個別分野でみると、憂慮すべき状況も浮かび上がる。

 たとえば、就業環境である。図表6は有効求人倍率の推移であるが、有効求人倍率は昭和57年以前から本県は全国でもトップ5に入る高倍率を示し、平成に入ってもしばらくはその位置を維持していた。しかし、平成14年にトップとなった以降は急速に順位を下げ、現在30位台の後半に位置している。
 また、求人倍率自体も、長年全国水準を上回っていたが、平成21年に全国平均を下回り、その後も回復しない状況が続いている。経済規模は順調に拡大してきたが、就業を希望する人にとって、本県は相対的に就業機会を得にくい状況となってきている。

≪図表6 有効求人倍率の推移≫

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「厚生労働省 一般職業紹介状況」

 なお、こうした変化は、人口の増減にも影響を及ぼしている。図表7は、本県の人口における社会増減の推移である。本県への県外からの人口流入と本県から県外への人口流出の差異をみると、平成12年までは県外からの流入超過であったが、平成13年以降は本県からの流出超過が続いている。
 これは、本県への企業進出が一段落しただけでなく、製造業における海外生産の拡大に伴う県内工場の縮小などを通じた就業機会の減少も大きな要因のひとつである。

≪図表7 本県人口における社会増減の推移≫

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(注)流入超がプラス、流出超がマイナス

「総務省 住民基本台帳人口移動報告」

5.土地需要の強さ - 地価

 地価は、その地域の土地需要の強さを示すものであり、地域の魅力・実力を示すひとつの指標といえようが、本県では全国を上回る落ち込みがみられる。
 図表8は、公示地価の推移である。土地取引の目安となっている公示地価は、昭和58年では153,484円/坪(観測地点の平均)だったが、ピーク時の平成4年には320,000円/坪と2.1倍に上昇している。しかし、バブルが崩壊した後は下落に歯止めがかからず、今年1月の時点では44,944円/坪と、ピーク時の14.0%の水準にまで低下している。
 この昭和58年から平成26年の変動率をみると、本県の低下幅は全都道府県中最も大きくなっている。前期、後期に分けてみても、前期(平成58年~平成9年)は全国平均では上昇しているにもかかわらず本県は低下し、上昇率としては全国第44位となり、後期(平成9年~平成26年)も、同様に44位である。

 本県の地価はバブルに踊らなかったという見方もあろうが、平成8年から全国との乖離が拡大傾向にあることを勘案すると、本県の経済活動が全国と比べてやや弱まってきていることを示している、とも読めるのではないだろうか。

≪図表8 公示地価の推移≫

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「国土交通省 地価公示」

6.豊かさ - 1人あたりの県民所得

 図表9は、都道府県の規模に左右されず、県の豊かさの水準を表す基準のひとつである一人あたりの県民所得[2]の推移である。この指標は、高い収益力を持つ大企業の都市偏在により都市部と地方の格差が大きく本県が全国平均を上回ることは難しい。それでも、全国順位では昭和60年代は10位台にあったが、平成の時代に入ると低下傾向となり、全国平均との乖離も拡大傾向にある。この指標も、経済活動が相対的に弱くなっていることを示しているのではないだろうか。

≪図表9 一人あたり県民所得の推移≫

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「内閣府 県民経済計算」

7.結びに代えて

 中央自動車道が全線開通した昭和57年から現在までの約30年間について、「山梨県は順調に経済成長を遂げてきたか」というテーマについて、経済指標を中心に検証してみた。
 今回調べた指標を勘案すると、基本的には全国平均を上回る順調な成長を遂げてきたといえるだろう。その中心は製造業で、大企業のみならず、中小企業も独自の技術を磨き、厳しい状況といわれつつも全国と比べれば収益力が強く、健闘してきたといえるだろう。
 しかし、30年間を前期、後期に分けて確認すると、後期はやや勢いが減速している感もある。また、経済成長はある程度持続していながらも、有効求人倍率、地価などにおいてはこうした成長の効果が十分反映されていない状況にある。
 「カネ」という面からみた経済的地位は向上してきている。しかし、経済成長の波及効果の限界や事業所数の減少、効率経営の追求、企業進出における本県の優先度の低下等を反映し、「人が働く」、「事業を行う」という面からみた「山梨の魅力」は相対的に薄らいできているのかもしれない。
 3年後には中部横断自動車道の増穂IC以南が開通し、山梨、静岡が高速道路で結ばれる。また、13年後にはリニア中央新幹線が開業し、甲府から名古屋まで乗り換えなしで極めて短時間で行くことができるようになる。近年では中央自動車道の全線開通に匹敵する交通インフラの整備である。山梨は、新たなステップに入る時期を迎え、「懐の深さ」、「経済規模拡大の恩恵の広範な波及」を伴った経済成長が実現していくことを期待したい。


 

[1]経済センサスでは、付加価値額 = 売上高 - 費用総額 + 給与総額 + 租税公課として算出している。

[2]県民所得は、県民雇用者報酬、財産所得、企業所得を合計したもので、個人の所得水準を表すものではなく、企業利潤なども含んだ各都道府県の経済全体の所得水準を表す。