Vol.191-1 文化-ブランド 芸術と経済は連動する


~山梨の更なる魅力高揚のために~ 

声楽家 本岩 孝之

 パリ、ミラノ、ロンドン、ニューヨーク…世界を席巻するブランド品が誕生する都市。そこからは魅力的な製品が生まれ、それに高値がつき、素敵な雰囲気を求めて世界中から人やお金が集まってきます。そこには他の土地と違う、いったい何があるというのでしょう?ブランドと呼ばれる物には付加価値がつき、そうでないものとの間には、最終的な価格に歴然たる差がついてしまいます。どうしたらブランドを形成できる土地になれるのでしょうか?この経済的なテーマに文化や芸術が影響してくると私は思っていますので、このような視点から、山梨について考えてみたいと思います。

日本の風土と本県の歴史

 日本は、国土のほとんどが豊かな四季を持つ温暖湿潤気候にあり、植えたものが割と順調に収穫でき、奪い合いの比較的少ない土地柄を持っています。そして和の精神を尊び、世界的に類い稀な長い歴史を築いてきました。あらゆる分野に渡っての素晴らしい文化が、この国の端々にまで根付いています。そして明治維新からの殖産興業、更に戦後復興からの高度経済成長を果たし、様々な問題を抱えつつも、大変豊かな国として多くの国々から認識されています。
 その中で山梨はいったいどのような土地なのでしょう?ごく簡単に歴史を追ってみましょう。
 山梨は考古学の世界では“縄文王国”とも呼ばれ、県内各地から縄文土器が出土しています。あの素晴らしい造形美を表出したのは、いわば県民の祖先です。紀元前はるか昔からあのような芸術的センスを受け継いでいるのです。富士吉田に伝わる宮下文書は偽書とも言われますが、当時の先進国である秦の始皇帝から命を受けた徐福の一行が不老不死の薬を求めて蓬莱の国、つまり富士山北麓にやって来て住み着き、山梨へ先進の文化を伝えたのではという伝説があります。市川三郷町の鳥居原狐塚古墳から中国三国時代の呉の赤烏元年の銅鏡が出土しています。銅鏡があるということは、土地の王とみなされるような重要な人物がいたということです。古事記や日本書紀には、ヤマトタケルノミコトが酒折宮を訪れたと記されています。これは、わざわざ目指して来るにふさわしい国がそこにあり、重要な人物がそこにいたということではないでしょうか?仏教伝来後比較的早い時期である7世紀には春日居町の寺本に立派なお寺があったとされています。巨摩(こま)郡という土地名に残っているように、かつて日本に大陸の文明を伝えてきた朝鮮半島から高麗(こま)の人達が、移住してきたのではないかと言われています。これら全て、太古から古代にかけて優れた文明が山梨にあったという証だと思います。
 戦国時代に武田信玄公の行ってきた治世は広く日本人に知られている事ですし、徳川家康が利根川の流れを変え広大な農地を広げるまでは湿地が多かった江戸に比べ、甲府は東国の重要な都市だったようです。明治から昭和にかけて生きた太宰治は著書“新樹の言葉”の中で、甲府を「きれいに文化の、しみとおっているまち」と表現しています。このように縄文時代から近代にかけての山梨の歴史は誇りとするに十分なものです。
 都市国家やギルド等の歴史を持つヨーロッパとは違い、大和朝廷成立以降の日本は基本的にずっと中央集権国家でした。地方の時代と言われて久しいですが、一地方である山梨からいきなり何らかの価値を創出することは容易ではないかもしれません。しかし、上記のような稀に見るような誇るべき歴史が山梨にはあります。それは、いくら財産を積み上げようと、どんなに情熱を注ごうとも、今すぐに作ることのできないものです。山梨は新しい価値観を生み出すに相応しい、歴史ある土地なのです。実際、山梨は文化を発祥させてきた土地柄を持っています。市川三郷町は市川団十郎生誕の地であり、南アルプス市は礼法で有名な小笠原流発祥の地、韮崎市は東宝や宝塚歌劇団の創始者である小林一三生誕の地であります。日本の様々な文化が山梨県人によって創始されてきたのです。

《MABOROSI~オペラ源氏物語~》公演を終えて

 2014年3月22日コラニー文化ホールで《MABOROSI~オペラ源氏物語~》を私は光源氏役で初演致しました。

 源氏物語は約1000前に作られた物語ですが、未だに日本最高の物語文学であるとも評されます。この価値ある作品を山梨でオペラ化し3公演通してほぼ満席の状態で初演できました。全国から公演を聴きにいらして下さいましたが、大部分の方は山梨県人であり、公演の成功は元々地域が持っている文化力あってのことでした。
 ウィーンで活躍したモーツァルトのオペラ《ドン・ジョヴァンニ》はチェコの首都プラハで初演されていますが、その事実は200年以上の時を経た現在でもプラハの人々の誇りとなっています。従事する人口が県全体の数パーセントに過ぎないワイン産業が山梨のイメージをアップさせ、たった一日の花火大会が市川三郷町の良いイメージに多大な影響を与えているように、数日間の質の高いオペラ上演やコンサートが山梨全体のイメージに影響を与える可能性は、大いにあると考えます。しかも既製のものでない、世界的に価値の高い日本文化の象徴たる源氏物語のオペラ化は、奥深い日本の歴史や文化と西洋音楽のまさに融合です。誇りを持って発信する文化として十分インパクトがあると思います。
 今後再演を含め、様々な形でアピールして行きたいと思っていますが、芸術を山梨から発信することの社会的な意義を、この文章を通じ、より多くの方々にお感じいただけたら幸いです。

本県の持つポテンシャル

 話をブランドに戻しましょう。どこの土地にも特産物はあり、各地で人が集うよう声高に宣伝をしていますが、いくら来てほしいと望んでも、魅力のない土地には、人は寄って来てはくれません。産物に高い価格もつきません。高度成長期を終えた現在の日本は、基本的には海外へ安いものを大量に販売できる時代ではありませんから、質が良く価格の高い産物が売れるよう、付加価値のあるブランドの形成を図ることが大切です。そのために最低限必要なものとして、信頼性の高い製品、デザイン、アフターサービス、いくつもの要素が考えられますが、それらは多くの分野において、既に山梨にもあると思われます。
 他の要素としては、住む者の土地への誇り、傍から眺める者の土地への憧れ、そのような数字に表れない、精神的なことが挙げられるのではないでしょうか?マクロ的に見ると、人は素敵な土地に集まり、憧れを享受し、その土地のものを楽しみたいと思うからです。ですから、私達は恵まれた環境に甘え過ぎず、観光立県を謳うこの山梨にこそ、素敵を嗅ぎ分ける感性が必要だと、肝に命じたいものです。
 前述のように山梨には素晴らしい歴史があります。これはとても重要なことです。深い歴史をまず知り、そこに誇りを持つことが、自身の感性を信じ、育て、文化豊かで素敵な土地であり続けるための意識の基盤となり得るからです。そのような素敵を呼びこめる土地にこそ、ブランドがより形成されやすいと私は思います。センスの良い、高い文化のある土地には付加価値が発生し、ブランド化が進み、芸術と経済が連動するのです。この歴史ある山梨は、そのために高いポテンシャルを持っていると言えるでしょう。

地域への誇り-文化・芸術 心豊に

 山梨はかつて明治時代の水害によって明治天皇から広大な山林を頂戴しました。そして3つの国立公園、1つの国定公園、世界文化遺産の富士山、ユネスコエコパークの南アルプスがあり、必要以上の開発を制限されるような、ありがたい運命を担った土地だと思います。今後、圏央道、中部横断道路の開通で、中部地方で日本海と太平洋が近づき、西日本から東京を通らずに東北へ繋がる時代がもうすぐやって来ます。山梨は今まで以上に交通の要所となることでしょう。さらにリニアモーターカーが開通すれば、自然豊かな土地でありながらにして、東京-大阪間という巨大都市圏の一部になる可能性があるのです。
 ではそのような文明の発達によって、人の心が潤い、文化豊かな土地になるでしょうか?答えはノーです。当然ブランドの形成にもあまり影響はありません。交通網が発展し山梨がより注目される前に、その大きな時代の変化を予見し、人を惹きつけ、産物に付加価値を導くために大切なことが他にあります。それは既述のように、山梨の歴史や自然の素晴らしさに誇りを持ち、文化や芸術を楽しみ、心豊かに暮らすということです
 このことを端的に表す“芸術立国”という言葉がありますが、これは、芸術家による単純な芸術振興運動などではありません。芸術の力によってブランド化を図り、より付加価値の高い産物を生み出すことで、先進国として生き残りを賭けたい日本にとって、重要なテーマの一つです。これらのことに、いち早く気付く感性や、実践できる能力が、ブランド化を推進する大きな力となることでしょう。

まとめ

 “山梨産のものを買いたい”そう思われるような土地でありたいものです。文化豊かな素敵な土地であるというイメージを創るのは簡単ではないかもしれませんが、日常の欲望をそのまま吐き出すのではなく、芸術として昇華させ、それを愛好し、楽しみ続けることで、人の感覚は少しでもより品格あるものへと止揚し、その精神があらゆる産物におのずと行き渡ることと思います。その輪が地道に広がり、日常を豊かに楽しく過ごす雰囲気が今まで以上に醸成されるなら、そして、限りある人生に対し、世代を超えて引き継がれる山梨が素敵な土地であり続けることができるならば、そのこと自体がきっと素晴らしいことではないでしょうか?
 これからの時代、観光立県を謳う山梨では特に、芸術と経済がより連動することでしょう。そのためにも、県民の皆様が山梨を誇りに思い、ここから発信されるものが高い価値をもって受け入れられるような、より良いイメージに貢献できる芸術活動を、私自身これからも行っていきたいと思います。

<参考文献>

佐藤眞佐美『甲斐むかし話の世界』山梨ふるさと文庫、1983年

萩原三雄編著『山梨県謎解き散歩』原正人著、新人物文庫、2012年

犬飼和雄『記紀に埋もれた甲斐酒折王朝』、1993年
http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/5759/1/37-2inukai.pdf#search=’

竹村公太郎『日本史の謎は「地形」で解ける』PHP文庫、2013年

太宰治『新樹の言葉』新潮文庫、1982年

平田オリザ『芸術立国論』集英社新書、2001年

文化庁 文化芸術立国中期プラン~2020年に日本が「世界の文化芸術の交流のハブとなる」2014年 http://www.bunka.go.jp/bunka_gyousei/plan/pdf/plan_2.pdf