Vol.193-1 Yamanashi SoilColor Collection
-土の色から山梨固有の色彩情報を定義する-
山梨県工業技術センター デザイン技術部
主任研究員 串田 賢一
◆山梨県固有のデザインソースの調査研究とYamanashi Soil Color Collection
近年、新興国がコスト競争力を武器に国際市場の獲得を進める中、日本では、各地の歴史・文化に育まれてきた素材や伝統的技術等の地域資源を生かして、現代生活や市場で通用する商品開発やブランドを確立しようとする取組が盛んに行われている。
国では、クール・ジャパン戦略をはじめ、鉱工業品、農林水産物、観光資源等を対象とした中小企業地域資源活用促進法(H19.6.29施行)、JAPANブランド育成支援事業、農商工連携等の施策を設け、各地の取組を積極的に後押しし、ひいては日本としてのオリジナリティを際立たせようと試みている。
こうした中、今後、中小企業が地域資源等を活用した競争力あるものづくりを進めていくうえでは、地域資源の活用がこれまで以上に重要となってくるものと推察される。
しかしながら、本県の地域資源を概観した時、①一般化した知見になっている、あるいは、知見としてのみ存在している、②存在が認知されていない、③「商品開発に活用する」という観点から情報編集されていない、といった課題があり、必ずしも商品開発に有効に生かされているとは言えない状態にある。
こうしたことから、地域資源の活用を考える時、目に見えている資源を有効活用することはもちろんのこと、そこから一歩進め、眠っている資源を掘り起こしたり、着眼点を変えたりすることでより深みのあるコンテンツを生み出し、新しいものづくりに機能するデザインソースとして流通させていく仕組みづくりが重要となっている。
山梨県工業技術センターでは、地域に存在している地域資源や歴史資源を地場産業等で活用することのできるデザインソースとして調査・編集・集積・公開することで、地域に根ざした新規プロダクトの創出に資することを目的とし、平成24年度から山梨県総合理工学研究機構研究テーマ「山梨県固有のデザインソースの編集とアーカイブ構築」に取り組んでいる。この中では、整備していくデザインソースを「形状」「模様」「色彩」「物語」の4つに定義し、対象のセレクト~取材~デザインソース化(編集及びデジタル化)を行っており、平成26年8月現在、累計で350点以上のデザインソースをラインナップしている。また、このデザインソースを元にした新規提案として、いくつかのプロダクトを製作・発表している。(図1)(図2)
図1 提案プロダクトの例「月見里のワインストッパー」 図2 提案プロダクトの例「月見里のぬり絵巻」
◆土は人類が手にした最初の色材
本稿では、色材としての土と人との関わりに始まり、前出の研究の中から、山梨県内各地の固有の「色彩」情報を定義すべく、その土地の土の色に着目してデザインソース化を行っている「Yamanashi Soil Color Collection」という取組をご紹介する。
人類が色を使い始めたのはいつの頃からだろうか。現存するフランスの洞穴堆積から推測すると、今から35万年前には、既にレッド・オーカー(赤土)を用いた身体装飾が行われ、入れ墨を施し、死後にはその遺骨を赤く彩色することが行われていたと言われている。また、10万年前のドルドーニュで発見されたクロマニヨン人には身体を赤く彩色する風習があったという。このように、人類は、はるか昔から色彩を使っていて、その始まりは土から取れた色だったのである。
また、石器時代の洞窟の天井や側面に描かれた洞窟壁画は、現存する中では人類最古の絵画である。これら洞窟壁画はさまざまな色の土を顔料に使い、洞窟内の凹凸を巧みに利用しつつ描かれており、後期旧石器時代における人類の、芸術的技巧レベルの高さを示しているものである。これらの壁画はレッド・オーカー、イエロー・オーカー、ホワイト・レド、アイボリー・ブラック、チャコール・ブラック等(図3)の鉱物顔料を用いて色彩豊かに描かれている。
図3 壁画に使われている色の見本(左からレッド・オーカー、イエロー・オーカー、ホワイト・レド、アイボリー・ブラック、チャコール・ブラック)
著名なものとしては、25,000年~15,000年前のフランスのラスコー洞窟や、スペインのアルタミラ洞窟の壁画があり、赤色や黄色の土系顔料で、牡牛、牝牛、馬、山羊、牡鹿、バイソン、人物等が実在感あふれるタッチで描かれている。(図4)(図5)
◆現代に暮らす人の「土」に対する一般的なイメージなど
はるか太古の昔から活用されてきた土であるが、現代に暮らす我々は「土」と聞いて、瞬間的に何をイメージするだろうか。恐らく、「茶色、もしくは、赤茶色っぽくて、正体がよく分からない混沌とした何か」のような、非常に漠然としたイメージではないだろうか。ともすれば、「虫や細菌がたくさんいそうで気持ち悪い」とか、「洋服や靴が汚れるから汚いものだ」というイメージを持たれる方もいるだろう。
土の元となるのは、岩石や泥炭等である。これらが混ざり合えば簡単に土になりそうに思えるが、実際には風化や動植物から生まれる有機物の堆積等、様々な作用が加わらないと土にはならない。そしてまた、土ができるのは100年で1cmとも言われており、時間も重要なファクターとなっている。今、我々が立っている地面に存在している土は、自然が長い年月をかけて作り出した、限りある、そして、美しいマテリアルなのである。また、「土」から連想される茶色という色は、赤色やオレンジ色のような暖色に黒が加わり暗くなったものであり、「ぬくもり」「居心地の良さ」といったポジティブイメージで捉えられる色である一方で、彩度が低いために目立たず、「地味」「退屈」といったネガティブイメージで捉えられる色でもある。(図6)ゆえに、刻々と移りゆく空の色、季節による山の木々の微妙な色の変化に感じ入るような感受性を持つ人であっても、足元にある土の色の違いにまで着目している人は非常に少ないのではないだろうか。詳しくは後述するが、実は、土の色は茶色だけではなく、赤色やオレンジ色をはじめ、鮮やかな黄色、青色や緑色等、実に多彩なカラーバリエーションがある。採取後、乾燥等の所定の処理をした後のカラーサンプルは、ちょっと見ただけでは、とても土とは思えないほど繊細でやさしい表情を見せる。
図6 「土」から連想される「茶色」のイメージ
◆土の色を決定する主役は鉄分
土の色は、鉄の化合物や、有機物の種類と量で決まることがほとんどである。その中でも土の色に最も影響しているのが鉄である。土の中に存在している鉄には大きく分けて2種類がある。一つは酸素と結びつきやすい鉄である。釘等が錆びると赤茶色になるように、土に含まれている微量の鉄が錆びて赤色や茶色、オレンジ色になる。もう一つは酸素と結びつきにくい鉄である。例えば砂鉄のように赤く錆びない鉄もあり、これが多いと灰色や青色等になる。一方、有機物が多いと土は黒色になってくることが知られている。
その他、土の中には様々な元素が入っており、場所や深さによって含まれている割合が少しずつ異なる。そして、これらが太陽や雨にどれくらい晒されていたか、存在する環境はどうであるか、さらには、生物、有機物、そして無機物の相互作用の違い等により、その色味は異なってくる。ゆえに、10箇所で集めれば10色、100箇所で集めれば100色が入手できることになる。中には、見かけ上は非常によく似ていて、肉眼では判別し難い色もあるが、それでも、少しずつ色味が違うのはこうした背景があるためである。
◆山梨の土を採取する
通常、土の色は、土の性質や成り立ちを総合的に表す指標として測定されるが、我々の取組では「その地域の土の成り立ちはその地域の歴史そのものである」という捉え方をすることで、土の色はその地域固有のデザインソースになり得るものであると考え、調査・編集を行っている。
調査はまず土を採取するところから始まる。採取場所は、あまり人の手が入っていない山や林道等へ入っていき、徒歩で探索する。山梨県は県土の約80%を山地が占めている内陸県であり、甲府盆地を中心として、北および北東側は秩父山地とその前山に、南側は御坂山地に、西側は赤石山脈とその前山である巨摩山地によって、ぐるりと取り囲まれている地形となっており、採取場所には事欠かない。(図7)
採取地に着いたら、その周辺で地層が顕になっているような場所を見つける。(図8)と言うのも、土は均質ではなく、地表面から下に向かって、色、粒度、硬さ等が変わっていくので、地層が顕になっている場所を見つけることで深く掘り下げる必要がなくなることと、断面を横から見る形になることで、一目でその全体構成を判別できるからである。採取場所が決まった後は、目視によって色の違いを判別し、小さめのスコップを用いて選択的に少量を採取する。(図9)平成25年度までに採取した地点は72地点で、図10に示すように県内全域にわたっている。
図8 地層が顕になっている箇所の例 | 図9 土の採取の様子 |
図10 平成24年度及び平成25年度の採取地点
◆採取した土を処理し、色を定義するデータ取得を行う
採取した土は図11に示すように段階的に処理を行う。まず、乾燥機を使用し、およそ24時間乾燥させ、完全に水分を飛ばす。その後、目視により比較的に大きな石や植物の根等の異物を除去し(図12)、710μm、350μm、160μmの金属製メッシュを用いて段階的に篩いを行うことでさらに細かな異物を除去する。(図13)
ここまで処理が進むと、採取したばかりの頃とは明らかに様子の異なる細かなパウダー状の土が得られる。これを乳鉢によって軽く擦りを行うことでより滑らかな状態にし、最終的なカラーサンプルとする。
図11 採取した土の処理工程
得られたカラーサンプルは保存用ガラス瓶に封入し、その状態で測色計(分光測色計CM-2600d:コニカミノルタ製)を用いて底面部から測色を行い、Lab値を取得する。(図14)Lab色空間では、Lが色の明度を定義し、aとb がそれぞれ赤-緑軸および青-黄軸を定義する。Lab色空間では、色彩を3つの数値で表現することができ、人間の視覚を近似するように設計されているため、色彩の分野で広く使われている。このLab値を取得することにより、例えば、デザイン関係者であれば大抵の人が保有しているAdobe社のPhotoshopのような画像処理等のアプリケーションを用いることで、誰でも簡単に土の色を再現し利用することができるようになる。
◆Yamanashi Soil Color Collectionの一部紹介と今後の展開
これまでに収集した土のカラーサンプル群は、「Yamanashi Soil Color Collection」と称し、色味を慎重にセレクトしたうえで160色以上をラインナップしている。ここでは、その中でも特に印象深い9色をご紹介する。
図15 Yamanashi Soil Color Collectionから9色紹介
図15の左から順に①橙色(山梨市(大弛峠))、②桃色(甲府市(太良峠))、③白色(甲府市(白山))、④蝦茶色(大月市(鬼の血))、⑤青灰色(南アルプス市(鳳凰三山))、⑥黄色(甲府市(太良峠))、⑦赤色(甲府市(水ヶ森林道))、⑧緑色(早川町(けいうん橋))、⑨黒鉄色(韮崎市(武田八幡))となっている。これらは、他の地域では採取できていない非常に珍しい色であったり、地域に伝わる昔話・伝説の中に登場する土であったりと、それぞれに特徴のあるカラーサンプルである。
今後はカラーサンプルの数的な充実を図りながらも、地域ごとの色の傾向をまとめたカラーサンプル帳や、配色見本の作成を行う等、集めたサンプルの編集に注力し、より有用なデザインソースとして機能するよう整備を進めたいと考えている。
なお、この「Yamanashi Soil Color Collection」をはじめとした各種のデザインソースについては、様々な情報端末で検索や閲覧することができるよう、Web上で動作するデザインデータベースとして構成し、平成28年度に一般公開する予定である。サイトのオープンの際には、是非ご覧いただき、ご意見等をお寄せいただければ幸いである。
当プロジェクトにおける調査研究メンバー | ||
◆山梨県工業技術センター | ||
デザイン技術部 | 主幹研究員 | 渡辺 誠 |
研究員 | 鈴木 文晃 | |
研究員 | 佐藤 博紀 | |
工業材料科 | 研究員 | 石田 正文 |
化学・環境科 | 研究員 | 三井由香里 |
◆山梨県富士工業技術センター | ||
繊維部 | 主任研究員 | 五十嵐哲也 |
研究員 | 秋本 梨恵 |
参考文献
1) Wikipedia:ラスコー洞窟、洞窟壁画
2) 栗田宏一:土のコレクション(2004)