深呼吸ノススメ
毎日新聞No.423【平成26年10月31日発行】
台風が猛威を振るった10月上旬、筆者の職場のエレベーターが浸水のため使用できなくなり、しばらくの間、階段による昇降を余儀なくされた。すっかり鈍った体に、これは堪えた。ところが、次第に心穏やかな気分を味わうようになった。後に、それは「呼吸」が関係しているらしいことに気付くのである。
さて、現代はストレス社会である。厚生労働省が実施している「労働者健康状況調査結果(2012年)」によると、「仕事や職業生活でストレスを感じている」と回答した労働者の割合は、60.9%。ちなみに、1982年の回答結果は50.6%であり、この30年で10%以上増えた。
ストレスは、時に心身の不調を引き起こす要因になり得る。それには、どうやら自律神経のバランスが影響しているようだ。
先日、順天堂大学医学部小林弘幸教授の著書「自律神経を整える『あきらめる』健康法」(角川書店)を手にした。その中で小林教授は、「人は、ネガティブ(否定的)な感情を抱くと自律神経のバランスを大きく乱す」「自律神経が乱れると、血管は収縮し、血液はドロドロの状態になり、内臓の機能低下やホルモンバランスが崩れる」「その結果、心と体に様々な不調が現れ、その人が本来持っている力を発揮できなくなる」と説明している。
そして、自律神経のバランスを整える上で重要なポイントは「ゆっくりと深い呼吸を続けること」なのだとか。そうすると、それまで収縮していた血管が緩み、質の良い血液が体の隅々まで流れるようになり、心と体が生き生きと蘇るそうだ。冒頭の筆者のエピソードは、正にこれを体験したのではないかと考えられる。息切れで深い呼吸を繰り返した結果、自律神経のバランスが整った、ということであろう。
「怒ったり、かんしゃくを起こしたりして、心が乱れている場合は、呼吸に意識を集中させて平静さを取り戻します。呼吸を数え、怒りを忘れるのです」。チベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世の言葉である。古今東西、呼吸に着目し自身の内面の均衡を調整している偉人も少なくない。 今後、心が平静でなくなった時、先ずは「ゆっくりと深く呼吸すること」を心掛けてみたい。
(山梨総合研究所 主任研究員 安部 洋)