Vol.197-2 高齢者労働力の活用方策を探る(2)


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 佐藤 史章

 前回では、社会の成熟を経て、高齢者の価値観の多様化が進む中で、労働を通した「生きがい」を実現のあり方が変わっていくのではないかということを指摘した。その方向性を展望するうえで、近年見られる新たな動きを概観して、今後の高齢者労働力の活用のあり方を展望していきたい。

5.参考とする事例

(1)株式会社高齢社

 当社は東京都千代田区にある高齢者の派遣に特化した人材派遣会社であり、東京ガス出身の上田研二氏が2000年に筆頭株主として設立したものである。周囲の定年退職者になお働く意欲がある様子を見て、その豊かな経験や技能を生かしたいという思いから、高齢者に働く場とやりがいを提供するための企業として創立された。
 東京ガスとのかかわりが深いことから、ガスの検針員の派遣を主業とし、割増料金なしでの土日のショールーム対応などの業務を実施している。高齢者の働きやすさを前提とした業務実施体制をとっていることが特徴的である。また、「やりがいを得るため」「働く高齢者の立場から」発想がなされた会社でありながら、スキルをもった専門技術者はクライアント企業にとって大いに役立っている。

図8 高齢者の特性がクライアントのメリットに繋がる例

  • 労働者側の財産であり、誇りでもある「長年のキャリア」
事 例高齢労働者のメリットクライアント企業のメリット
水素ステーションの係員専門技術者をスキルの生きる職場に派遣、これまでのキャリアを活かせる
「やりがいのある」機会を提供する。
専門技術者を直接雇用するよりは安いコストで専門技術者を配置できる。  
→より専門性の高い危険物取扱技術者が必要
  • 高齢者の特性に配慮した人員配置
事 例高齢労働者のメリットクライアント企業のメリット
高齢者は病気がち専門技術者をスキルの生きる職場に派遣、これまでのキャリアを活かせる
「やりがいのある」機会を提供する。
専門技術者を直接雇用するよりは安いコストで専門技術者を配置できる。  
→急な休みにも対応できるよう、同一業務を複数人で対応している
休日出勤への対応「毎日が日曜日」であることから、平日・休日の別なく出勤できる。一般的に求められる休日出勤に係る追加費用なく、人員を手当てできる。
 

(出典)高齢社資料から筆者作成

図9 高齢者の特性を踏まえた社内制度

  • 高齢者のニーズは「生きがい」だから、あくせく働く必要はない。
    → 週3回の労働を限度としている。
  • 午後4時からアルコール入りの打合せをするなど、“力を抜いた”職場風土の醸成に努めている。
    → 高齢者の立場に立った働く場の実現を目指している。

(出典)高齢社資料から筆者作成

(2)高齢者活躍支援協議会と「ナノ・コーポ」

 上田氏や高齢社はその問題意識をさらに広げ、各業界ごとに意欲ある高齢者がその豊富な経験や知識、技能を活かせる場、就労機会を拡大することが不可欠との思いから、できる限り多くの業界において、高齢社のような高齢者派遣を行なう企業の育成支援を図るため、2009年に一般社団法人高齢者活躍支援協議会を設立した。
 最近では、高齢者の働く場の確保という観点から、小単位の身の丈に合った形で働き続けるスタイルとして、「ナノコーポ」への取り組みを提唱している。
 なお、ナノコーポ(nanocorp)とは、微細を意味するナノと法人のコーポレーションとの造語である。

図10 ナノコーポの実例

  • 村田裕之東北大学特任教授によるまとめ(事例)
    ・徳島県上勝町「いろどり」(料理のつまなどに用いる“葉っぱ”の販売)
    ・長野県小川村「小川の庄」(郷土料理の“おやき”販売)
    ・クラブツーリズム「エコースタッフ」
    (高齢者を中心としたツアー会員(顧客)が会員誌の配送スタッフになるしくみ)
  • 高齢者活躍支援協議会によるまとめ(事業内容)
    ・犬の散歩代行
    ・病気等で美容院に行けない方への出張美容サービス
    ・中小企業向けWebサイト構築、IT利用サポート
    ・商店街活性化と連携した生活便利屋
    ・社会貢献支援ビジネス

(出典)高齢者活躍支援協議会資料から筆者作成

(3)株式会社ヴィンテージリゾート/家族楽園大学の事例

 当社は、北杜市須玉町にあるゴルフ場運営を中心とした企業であるが、成年男性のみならず家族層全体を取り込むべく「家族楽園」をコンセプトに、地域資源を活用した営業活動を行っている。
 その中で、北杜市が小規模ワイナリーの酒造免許取得が容易となる「ワイン特区」となったことにあわせてブドウ栽培に参入し、圃場での労働力として地域の高齢者を活用している。なお、ブドウは自社で製造するワインの原料としており、製品を自社ゴルフ場や通販等で販売している。
 加えて、圃場の近隣にある都市農村交流施設「ヴィヴァノーラ」を拠点に農業や文化活動をカリキュラムとした「家族楽園大学」という取組を行っている。これは、地元子の高齢者に対しては生きがいとしての教育活動(農業技術を披露・伝承の機会を含む;下記「農楽部」参照)の機会を提供する一方、都市生活者に対しては、癒し・自然・食を求めるニーズがあることを踏まえた就農機会や文化活動への参加機会を提供するものである。高齢者労働力との兼ね合いでいえば、退職後の暮らし方の一つとして、当地への移住・二地域居住による「農と文化のある生活スタイル」を提示している点で参考になるといえる。

図11 家族楽園大学の「組織図・講座例」

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(出典)ヴィンテージリゾートWebサイトから筆者作成

6.事例の整理と当地での展開の可能性

(1)高齢社型

 当社が供給する高齢者労働力の強みは現役時代と同業種の方をそろえていることによるものである。ただし、当社のような「業種OB」を核とした人材派遣業が成立するためには、条件に該当する労働力とそれに対応する仕事量の確保が必要であり、それは人口密度の高さによる、すなわち都市部での事業展開が前提であると考えられる。ただし、高齢者の身体的な特性に配慮した体制作りという点については応用の余地があると考えられる。

(2)ナノコーポ型

 高齢者が個々の経験などをもとに、ごく小単位・身の丈に合ったビジネスをしようというのが基本のコンセプトであり、自分で手じまえる程度の業容に事業規模を抑えておくことで、ビジネスに起因する個人の老後生活設計へのリスクを抑えつつ、個人の才覚で収益を稼ぐということで、高いレベルの創意工夫が求められるといえる。マーケットについては、自宅近隣での活動が第一に想定されるものの、事業の組み立て方(例:Web活用)によっては必ずしも地理的要因に拘束されない展開も想定される。

(3)ヴィンテージ型

 農業についてのキャリアについては、当地で長らく就農している方と、都市部から新たに就農する方とでは当然に異なるが、県の農業大学校等による体系立った就農教育プログラムによって移住高齢者が就農する実績も現に散見される。
 農業自体がオリジナルな土地・気候の中での栽培作業であり、売れる商品を仕立てるためには相応の創意工夫が必要である。また、1年の中にも繁閑があることはもとより、1日の中でも、たとえば夏の昼間・気温の高い時間帯の作業は控える、といった具合に、自然のリズムにしたがって作業するのが農業の特徴であり、それ故ビジネスの時間の流れとは異なる形でまとまった空き時間が出てくることが、文化活動との両立を後押しするものと考えられる。

(4)まとめと当地における展開可能性

(1)~(3)の内容を踏まえて、3つの就労形態パターンの間で各要素の影響程度について相対評価したものが図12である。

 各モデルの主な内容とともに、老後に向けては仕事を原因としたリスクが生活に波及する事態をコントロールする必要があることから、その手段を挙げている。
 また、モデルの強みの源泉となる要素として個人が積み重ねてきた「キャリアの活用」、取組を行うにあたっての地域密着の度合いや周辺人口の密度といった「外部環境」、前項でも指摘した「就労動機」を挙げている。
 すでに実績のあるヴィンテージ型はもとより、ナノコーポ型についても一定の適用可能性が認められると考えられる。また、高齢者の活力を引き出す組織運営を考えた場合、高齢社の運営体制は参考になる。

図12 就労形態ごとの相対評価

就労形態

特徴・要素

高齢社型ナノコーポ型ヴィンテージ型
特徴主な内容高齢者の特性とキャリアを生かす働く人=企業の雇われない生き方文化活動を含めた生活スタイル
リスク管理経験業種零細経営零細経営 ・作物収穫
キャリア 活用業種経験○(地元) /△(就農)
個人技能◎(地元) /△(就農)
外部環境地域密着
人口密度
就労動機創意工夫
安定収入

(凡例:◎:程度が高い ○:標準程度 △:程度は低い)

7.まとめ ~「やんちゃ」な高齢者の活躍を

 具体的にどういった組織がその任に当たるのが望ましいかどうかという議論は別の機会に譲るとして、これまで見てきた新たな考えに基づく受け皿・しくみが登場することは、高齢者の方々に当地や我が国の社会のこれまで伸びていなかった(伸ばそうとされてこなかった)部分を引っ張っていただくことにつながるはずだ。
 従来の高齢者の活動が活性化している様を表していたのは「いきいき」「はつらつ」だったが、従来型の概念でとらえられることを必ずしも良しとしない層が、今後高齢者の多数を占める状況が見込まれる。
 さまざまな社会的重圧から解放されたことによる自由度の高さと時代背景に裏打ちされた価値観の多様さを前提とし、これまで社会システムをけん引する中で蓄積された知恵をフル活用できるような高齢者の労働環境を整えることで、これからの高齢者が「やんちゃ」に思い通りの活躍をされることを期待したい。

<調査協力>

株式会社高齢社 様(http://www.koureisha.co.jp/)

一般財団法人高齢者活躍支援協議会 様(http://jcasca.org/

株式会社ヴィンテージリゾート 様(http://www.vintage-resort.com/)

<参考URL>

村田裕之(http://hiroyukimurata.jp/

クラブツーリズム(http://www.club-t.com/echo/)