Vol.198-2 フットパスと健康
~ 健康増進に関する一考察 ~
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 安部 洋
1.はじめに
公益財団法人山梨総合研究所では、毎年自治体関係者等と合同で研究会を実施している。その実施目的は、「地域社会との連携強化」と「地域課題についての理解向上」である。
さて、平成26年度は甲州市において開催した。研究会のテーマは「自然文化資源の発掘と活用-山岳観光・健康登山・歴史文化資源・フットパスをめぐって」であった。このテーマについては、様々な切り口からのアプローチが考えられるが、筆者は「フットパスを活用した健康増進」という視点から考察を行い、発表を行った。今回は、その発表内容について紹介することとしたい。
2.フットパスとは
「フットパス」とは、イギリスを発祥とする“森林や田園地帯、古い街並みなど地域に昔からあるありのままの風景を楽しみながら歩くこと【Foot】ができる小径(こみち)【Path】”のことである。イギリスでは、フットパスの経済効果や社会的効果が広く認知され、約24万kmが整備されており、国民は積極的に歩くことを楽しんでいる(図表1)。
近年、日本でも様々な地域において、各々の特徴を活かした魅力的なフットパスが整備されており、甲州市にもフットパスコースがある。山梨県甲州市観光協会では、「ある~くこうしゅう」と名付けたモデルコースを提示しており、その総距離は68km。コースは、神社仏閣や武田家ゆかりの史跡、ワイン醸造に関わる近代産業遺産や美しい自然景観など、甲州市の地域資源を十分活用するものとなっている(図表2)。「このような素晴らしい地域資源を観光振興のみならず、市民の健康増進にも役立てることができないだろうか」という疑問から、筆者の検討が始まった。
3.健康に関する現状
(1)日本人の健康に対する意識
健康とはどのように定義されるのか。WHO(世界保健機構)憲章によると「病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」とされている。
一方、日本人の健康に関する意識はどのようになっているのか。平成26年2月に実施された厚生労働省委託「健康意識に関する調査」において、健康観を判断する際に重視した事項を尋ねたところ、「病気がないこと」を挙げた人が63.8%と最も多く、次いで「美味しく飲食できること」を挙げた人が40.6%、「身体が丈夫なこと」を挙げた人が40.3%となっていた(図表3)。これらの3つの選択肢は、主に身体的な側面に関するものであり、多くの人が、健康か否かを判断するに際して、まずは身体的な面を重視していることがうかがえる。
次に、幸福感を判断する際に重視した事項について3つ選んでもらったところ、「健康状況」を挙げた人が54.6%で最も多かった(図表4)。ただし、世代別にみると、「健康状況」を選んだ人は、20~39歳では4割に満たず、むしろ家計の状況等の方を重視している傾向があったのに対し、65歳以上では7割を超え、他の選択肢を大きく引き離していた。高齢者にとって、健康であることが幸福であることと密接に関連していると推察される。
(2)甲州市における健康に対する意識
それでは、甲州市における状況はどのようなものか。甲州市総合計画(まちづくりプラン)において、健康づくりの現状は「少子高齢化が急速に進行する中で、健康に対する人々の関心は一層高まり、一人ひとりの自主的な健康づくりに向けた環境整備が求められている」とされている。
また、施策として「健康づくり意識の高揚と主体的活動の促進」が掲げられ、「広報・啓発活動の推進や教室・講座・イベントの開催等を図り、市民の健康に対する正しい知識の普及や健康づくり意識の高揚を図る。また、健康づくり推進協議会など健康づくりに関する自主組織の育成・支援に努め、自分の健康は自分で守るという市民の主体的な健康づくりを促進する」となっている。
さらに、第一次甲州市健康増進計画(2009~2018年)が策定されており、まちがめざす姿は「人のつながりの中でまめに体を動かし、おいしく食べて、豊かに暮らせるまち」とされており、健康に対し関心が高い自治体であると見受けられる。
(3)人口動態について
甲州市では、平成25年1月から12月の1年間で527人が死亡している。そのうち、特定の死因による死亡者430人を抽出し死因別で比較すると、多い順に悪性新生物、心疾患(高血圧性を除く)、脳血管疾患及び老衰等となり、これらの4疾患で死亡総数に占める割合は64.3%と、全体の6割以上を占めている(図表5)。
ここで、筆者が注目したのは、心疾患及び脳血管疾患である。なぜなら、この2つの疾患に共通要因の一つと考えられているある事象が思い浮かぶからである。それは、「メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)」である。
(4)内臓脂肪型肥満とメタボリックシンドローム
糖尿病などの生活習慣病は、それぞれの病気が別々に進行するのではなく、おなかのまわりの内臓に脂肪が蓄積した内臓脂肪型肥満が大きく関わるものであることが分かってきている。内臓脂肪型肥満とは、おなかの内臓の周りに脂肪がたまるタイプの肥満である。上半身に多く脂肪がつくため、リンゴ型肥満とも呼ばれている。内臓脂肪型肥満に加えて、高血糖、高血圧、脂質異常のうちいずれか2つ以上をあわせもった状態を、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)という。
それでは、なぜメタボリックシンドロームは危険なのか。メタボリックシンドロームになると、糖尿病、高血圧症、高脂血症の一歩手前の段階でも、これらが内臓脂肪型肥満をベースに複数重なることによって、動脈硬化を進行させ、ひいては心臓病や脳卒中といった命にかかわる病気を招く確率が急速に高まるとされているからである。
以上のことから、メタボリックシンドロームの該当者を減らすことで、心疾患、脳血管疾患を回避できる可能性が高くなると考えられるが、どのようにしてメタボリックシンドロームの該当者を減らしていくべきであろうか。解決策の一つとして、「身体活動・運動」が挙げられる。
4.身体活動・運動について
健康増進法第7条に基づき、厚生労働省において、「国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針」(以下、基本方針という。)が示され、平成25年度から平成34年度までの「二十一世紀における第二次国民健康づくり運動(健康日本21(第二次))」を推進している。
基本方針の中で、国は、国民の健康増進について全国的な目標を設定することになっており、「身体活動・運動」に関しては、次に示す目標値が設定されている(図表6)。
出典:平成24年7月10日 国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針
また、厚生労働省によれば、身体活動量(「身体活動の強さ」×「行った時間」の合計)と死亡率などとの関連をみた疫学的研究の結果から、「1日1万歩」の歩数を確保することが理想と考えられているという。
5.課題、理想及び提案について
(1)論点整理
これまで述べた現状等を踏まえ、「現状・課題」、「理想・あるべき姿」を整理すると次の図のようになる(図表7)。
現状・課題を解決し、理想・あるべき姿に近づけるために「プラクティカル・ヘルスの推進」を提案したい。「プラクティカル・ヘルス」とは、「プラクティカル(習慣的な)」と「ヘルス(健康)」を組み合わせた造語である。甲州市の環境資源に基づき、自然豊かな地域にある自然、温泉や身体に優しい料理を味わい、心身ともに癒され、健康を回復・増進・保持する形態のことを総称している。
(2)具体的取組案について
「プラクティカル・ヘルスの推進」に関する具体的な取組について、次の2つを提案する。
① スマート・アイクプログラム
参考:ポイント表示例
② 「生活改善しないと塾」
6.終わりに
「何をどのようにやったらよいかわからない」とか「忙しくて時間がない」という理由から、運動習慣が身に付かない人は多いと思われる。
したがって、まずは、日常生活の中で手軽にできる運動から始めてみることが大事ではないだろうか。「プラクティカル・ヘルスの推進」により、市民の一人ひとりの健康が増進することを願うものである。
○ 参考及び引用文献等について(順不同)
・甲州市役所「甲州市総合計画(まちづくりプラン)」
・甲州市甘草の里づくり研究会「~甘草の里づくりビジョン~」
・山梨県甲州市観光協会「ぐるり甲州市」
・ドコモウォーキングガイドブック「甲州市塩山北地区編」
・大阪府高槻市「市バスdeスマートウォーク」
・㈱JTBコーポレートセールス「開発を目指す宿泊型新保健指導プログラム」
・山梨県福祉保健部医務課「人口動態統計」
・(独)土木研究所寒地土木研究所「地域資源を活用したフットパスの研究」
・厚生労働省資料「メタボリックシンドロームを予防しよう」
・厚生労働省「平成26年版厚生労働白書」
・厚生労働省「国民の健康の増進の総合的な推進を図るための基本的な方針」
・厚生労働省「厚生労働省政策統括官付政策評価官室委託「健康意識に関する調査」(2014年)