仮想と現実を楽しむ


毎日新聞No.431【平成27年2月20日発行】

 先日の当欄でグーグル社が提供しているスマホ向けアプリ「Ingress」を紹介した。筆者も昨年秋から実際にインストールして使っているが、その結果、日常生活の行動が少し変わったように思う。

 このアプリの特徴は、現実の空間とアプリ内の仮想空間が結び付けられていることにある。現実にある寺社仏閣や石碑、公共施設などの拠点の位置関係が仮想空間にも再現される一方で、現実にその拠点の場所に行かないと操作ができないため、現実の物理的な制限に制約されることになる。
 そのため日常生活での行動も少し変化した。例えば、買い物に出かけた際に、それまでは最短距離で店まで向かっていたが、途中に拠点があるため、やや遠回りだけど拠点を経由したようなルートで向かうようになった。
 この結果として、それまで何年も住んできた街であるのに、行ったことがない路地を通ったり、全く気が付かなかった石碑の存在に気がつくようになった。また、自分の生活圏内の拠点をひととおり回ってしまうと、そのちょっと先にある拠点に行ってみようと思い、全く行ったことがない、行こうと思ったこともない道をブラブラと歩く機会が増えた。
 その時に、スマホから少し目を離して周りを見回してみると、街並みの面白さや山々の風景の美しさなどが目に入ってくる。住み慣れた街であるはずなのに、普通に日常生活を送っているなかで見落としていた地域の個性、面白さが見えてくる。

 これまでの仮想空間の取り組みというのは、現実は切り離した全く別の空間を作ろうとする試みが多かったように思う。一方、Ingressの場合は仮想と現実が結び付けられているため、仮想空間からふと目を離すと現実の空間が圧倒的な迫力で目の前に広がっている。デジタルの仮想空間からアナログの現実空間に戻ることで、その面白さがより強調されるように感じている。その地域の個性、面白さを知るための手段の一つとして有効なツールになりうるだろう。
 今まで知らなかった地域の魅力との素敵な出会いを求めて、今日もアプリを起動して、仮想と現実の間の行き来を楽しみたい。

(山梨総合研究所 主任研究員 進藤 聡)