Vol.204-1 地方創生に向けた地域金融機関の取組みについて


 

204-1-1

山梨中央銀行 営業統括部 公務・地方創生室
室長 酒井 信

1.本県における地方版総合戦略の策定

 地方創生の動きが山梨県内においても目に見える形となってきた。県をはじめ半数程度の市町村でも策定・推進組織が立ち上がり、「人口ビジョン」・「地方版総合戦略」の検討が始まっている。人口減少はすでに現実のものとなり、地域活力の維持が喫緊の課題となる一方、富士山の世界文化遺産登録や、2年後の中部横断自動車道の全線開通、5年後の東京オリンピック・パラリンピックの開催、そして、12年後のリニア中央新幹線の開通と、本県の浮上のきっかけとなり得るイベントも予定されている。
 こうした状況下で県・27市町村が“ありたい姿”を描き、どのような段階を踏んでそこに至るのか、ということを整理し、着実に実行することが今回の取組みに求められている。

2.地域金融機関に期待される役割

 地方版総合戦略の策定・推進にあたっては、「産官学金労言」といわれる地域の様々な主体の関与を求め、KPI(重要業績評価指標)を設定し、PDCAサイクルによって着実に進捗を管理する、というこれまでの地方振興策にはなかった方法が取り入れられている。
 こうした中、私ども地域金融機関に対しては、地域をよく知る金融機関としてデータ分析や戦略の策定・推進の各段階で自治体と協力態勢を敷き、地域の成長に向けて連携して取り組むことや、地域における金融を環境変化に合わせた形で提供することが求められている。
 これを踏まえ、山梨中央銀行では5月1日付で代表取締役を長とする「地方創生委員会」をはじめとする行内態勢を整備し、地方創生に向けて取り組んでいるところである。

3.「まち」「ひと」「しごと」と金融機関の関わり

(1)「しごと」に関連した取組みの方向性

 国が「まち・ひと・しごと総合戦略」で掲げた基本目標に関連し、時代にあった地域をつくり、若い世代の結婚・出産・子育ての希望をかなえ、地方に人の流れをつくるにあたって前提となるのは、地域において安定した雇用、すなわち「しごと」が創出されることである。
 これまで金融機関は、お客さまの事業がより強く、永続性をもったものになるために、資金供給とともに、その資金が活きるよう分析力や提案力といった知見を用いた働きかけを行ってきた。
 総合戦略で取り組む「安定した雇用の創出」という目標も、個々の企業の事業伸長がなされた結果として達成されるものであり、金融機関のこれまでの取組みと親和性が高いものといえる。
 当行としても、地方創生の流れを受けて従前にも増して取組みを強化していくところであり、「企業ライフサイクル」と「地域産業のあり方」という2つの切り口に着目していきたい。

①企業ライフサイクル

 企業ライフサイクルに着目するということは、企業を人に見立てた場合の「誕生」にあたる創業期、そして成長期、成熟期を経て衰退に至る一連の流れの各段階に応じた取組みを行うことである。
 雇用の面からとらえると、創業~成長期に対する施策はしごとを「つくる」こと、すなわち企業の成長につれて雇用の場を増やすことにつながり、成熟・衰退期に対する施策はしごとを「まもる」こと、すなわち既存の雇用の場が廃業等で失われることなく存続していくことにつながる。
 各段階における取組みの方向性の一例を挙げたい。
 創業期についていえば、新たに事業を起こそうという意欲のある人が実際に事業を立ち上げるにあたって必要となる知識や情報を伝えるための仕組みづくりや、事業立ち上げ時期の経済的な負担を少しでも軽くするような取組みが考えられる。
 成長期についていえば、売上拡大のサポートをすることが考えられる。販路開拓のための事業者間の引き合わせ(ビジネスマッチング)を、銀行のネットワークを活用して国内や海外向けにも行うことが考えられる。
 成熟期や衰退期についていえば、事業承継対策が挙げられる。仮に事業の「後継ぎ」がいないために事業を畳まざるを得ない、という状況の企業について、そのまま廃業に至れば、その分地域の雇用の場が減ってしまう。反面、それまで培ってきた技術やノウハウ、取引先との関係性を評価して経営を引き継いでくれる人が出てくれば、事業はそのまま存続できることとなる。こうした事業の後継者の引き合わせを行うことや、そうなる以前から事業の引継ぎについて準備する、といった取組みが考えられる。

②地域産業のあり方

 「地域産業のあり方」を考えるにあたり、本年5月に総務省統計局から発表された「地域の産業・雇用創造チャート」をもとに、「稼ぐ力」「雇用力」の双方が高い産業分野トップ5[1]を抽出すると、各市町村の代表的な産業が表れてくる。
 今後を展望するにあたっては、これらの産業が引き続き代表的な産業としてあり続けるためには対策が必要か、もし、これらの産業が時代に合わなくなってしまう場合、新たな産業をどうやって起こす、ないしは誘致していくのか、といった視点が考えられる。
 こうした中で、今後成長が見込まれる農業、観光、ヘルスケア等の分野と、今ある産業や地域性との関連に着目し、これらの産業の成長をわが町の成長に取り込むような施策のお手伝いを金融機関が行うことも考えられる。

(2)「まち」「ひと」に関連した取組みの方向性

 その他、「地方への人の動き」「子育ての願いをかなえる」については、移住・定住を後押しするために、自治体施策と連携する中で住宅ローン等を通じた取組みを行うことが考えられる。
 また、「まちづくり」については、かつて建設された公共施設が一斉に更新期を迎える状況に対応するため、PFI等の新たな金融手法を用いた事業展開を提案していきたい。そして、財政負担の平準化や民間のノウハウ導入によるコスト削減やサービス向上といった事業効果向上を通じて、自治体の住民サービスの充実に貢献したい。

4.「産官学金労言」の連携で、地域に動きを

 上に挙げたメニューは行政と金融機関が共に取り組むことができる分野でもある。利子補給や資金供給などの資金の面はもとより、利用者にとって有用な情報提供の面や互いのネットワークを駆使した連携の面、更には地域における新たな仕組みづくりの面、といった視点での働きかけについて、互いの強みを提供しあうことができる。
 では、何のために協調対応をとるのか。それは、戦略を前に進めるために、そのまちの住民を中心とした利用者により強く働きかけることで「動き」を起こすためである。
 お客さまが何らかの「動き」を進めようとするとき、例えば事業を営むお客さまであれば、新たな設備を導入したり、個人のお客さまであれば住宅を取得されたりする場合に、円滑な資金供給はその思いを実現するための後押しとなる。
 そのようなときに、「このまちでの動き」の背中を押すものとして、踏み出すひとを支えるような自治体のしくみがあることも大事な要素の一つになるだろう。そして、このまちでの「動き」が重なることで地域の活性化へとつながっていくのではないかと考える。
 このように、“ありたい姿”に向けての取組みで地域の活性化をはかるものが今回の総合戦略であり、その策定・推進のために「産官学金労言」がそれぞれの専門性を発揮する中、地域の背中を押し、確かな一歩を踏み出せるような環境を整え、しっかりと支えるしくみを作るために汗をかく必要があると考えている。その中でも一番の「汗だく」を目指し、これまで培った知見と地域への思いを持って山梨中央銀行は取り組んでいきたい。

資料1-1 地域の産業・雇用創造チャートの例(山梨県)

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(出典)総務省統計局「地域の産業・雇用創造チャート」

※  ゼロを原点に右に行くほど「稼ぐ力」が強く、上に行くほど「雇用力」が強いことを示す。なお、トップ5は赤実線で表される「稼ぐ力」と「雇用力」の積についてのものである。
※  稼ぐ力とは、特化係数(ある産業の従業者の割合について、当該市町村の値を全国の値で割ったもの。1を超えると基盤産業の目安とされる)の対数をとったものである。また、雇用力とは従業者割合(当該市町村の全従業者に占める各産業の従業者の割合)である。

資料1-2 「稼ぐ力」「雇用力」が高い産業(中分類、県・市町村)

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(出典)総務省統計局「地域の産業・雇用創造チャート」
「平成24年経済センサス‐活動調査」をもとに当行にて作成


[1] 後記資料1-1およびその注釈に抽出の考え方と方法を記載している。