Vol.204-2 虫とあそぼう


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 千野 正章

1.虫とりの思い出

 子どものころ、夏休みになると虫網と虫かごをもって虫とりに行った思い出を持つ方も多いのではないだろうか。
 昔から昆虫採集は、小学生の夏休みの自由研究の題材としてメジャーなもので、昆虫分類学者の松良俊明氏も論文(松良俊明、「『昆虫採集』の教育的意義についての一考察」、京都教育大学環境教育研究年報第一号、1993年」)の中で「昭和30年代の前半に小学校時代を送った筆者が経験した、夏休み明けの昆虫標本箱のオンパレード」と記述している。
 しかし、7月末となり子どもが夏休みとなった今、周りを見渡してもなかなか虫とりに興じる子どもを探すことは難しいように見える。また、昆虫採集自体に対して批判的な意見も散見される。
 本稿では、昆虫採集を巡る情勢について触れた後、昆虫を農村資源の一つとしてとらえ、農村地域の活性化に活用しようとする新たな取り組みについて考察していく。

2.虫とりの歴史

 虫とりは通常、昆虫の標本採集を指すが、その意義については様々な議論がある。
 日本人は古くから身の周りの自然の中にいる昆虫を愛でていて、古今和歌集の中にもいくつか虫に関する歌が残されている。例えば藤原敏行の「秋の夜のあくるも知らずなく虫は わがごと物やかなしかるらむ」は、自らの想いを夜通し鳴く虫に例えている。また清少納言も枕草子の中で「虫は 鈴虫。ひぐらし。蝶。松虫。きりぎりす。はたおり。われから。ひを虫。蛍。」と記述し、当時から多くの昆虫が命名され、愛されていたことが読み取れる。
 また、宮崎駿監督の「風の谷のナウシカ」のヒロイン・ナウシカのモデルとなったとされる、堤中納言物語の「虫愛ずる姫君」は、蝶だけでなくケムシやイモムシをも愛する異様な姫として描かれているが、世界の本質をケムシやイモムシを通じて描こうとしている視点も興味深い。
 今日でいう昆虫採集に近い行為は、江戸時代にまで遡ることができる。前述の松良氏の論文によれば、「江戸時代前期は、『虫譜』として昆虫の絵を書いていたが、後期には捕虫網が考案され、チョウやガを一匹ずつ包んだ昆虫標本が日本最古のものとして残されている」のである。明治時代に入ってからは、小学校で教えるべき教科として博物が位置づけられその中で教師が標本を採集することが要請された。
 戦後も小中学校用の学習指導要領の中に昆虫採集が位置づけられているが、昆虫の標本採集というよりも、飼育と観察的な観点が強くなっている。

3.批判論と推進論

 昆虫を標本採集することについては、肯定派と否定派で長い間議論がなされてきた。否定派の主な意見は、「標本採集を推進すると、標本採集自体が目的となってしまい、自然への関心を高める役目を果たさない。最初は観察を中心にして、特に関心を持つ者は必要時に採集方法を身につけるべきである。」というものである。
 それに対して、肯定派の主な意見は、「自由に昆虫を採集させることは、子どもが自然に深い関心を持つようになるので、どんどん『採集・観察会』をやろう。大人は節度ある採集をしよう。」というものである。
 いずれの論にも説得力があり、多くの学者が長い間議論を続けてきているが、平成23年に日本学術会議が「理科教育や環境教育・情操教育などに昆虫を教材としてもっと積極的に利用すべき」と提言したように、学校教育に昆虫を活用していくこと自体には、両者の間で異論がないようである。
 この両者の議論は、現在は絶滅危惧種を巡る保護活動にも関連して展開されている。
 なお、昆虫採集推進派は、「昆虫は驚くべき繁殖能力と復元力を持ち、昆虫採集によってある地域から特定の昆虫がいなくならない」と主張するが、環境省も絶滅危惧種に対する人為的な影響を懸念している。図1は、環境省が公表したデータで、絶滅危惧種の代表的な減少要因として、「開発」に次いで人為的な「捕獲・採集」が多いことを示している。

204-2-1204-2-2

図1 絶滅危惧種の代表的な減少要因と種類別の割合(環境省ウェブサイト)

4.農村資源としての昆虫と都市農村交流への活用

 昆虫は、森や山だけでなく、里山にも多く見られる。水田のような人為的に人の手が加わった環境に特異的に適合した昆虫も多く存在している。つまり、いわゆる農村地域に昆虫は多く生息する。
 多くの昆虫が生息する農村であるが、その現状は、農業者の高齢化や農業の担い手不足で活力の低下が指摘されている。この状況を打破するため、単に農産物の販売を強化するだけでなく、農村の風景や歴史等を資源として活用した農家レストランや農家民宿、体験農園等を開設して都市住民との交流によって農村地域を活性化する農村交流事業を導入する事例が増えてきている(図2)。

204-2-3
図2 観光に関連した事業を実施している農業経営体数(農林水産省ウェブサイト)

 都市と農村との交流を推進するため、農林水産省の外郭団体である(一財)都市農山漁村交流活性化機構では、農村との交流を希望する都市住民とのマッチングシステム(http://www.kouryu.or.jp/kodomo/index.html)を設置している。登録された181の農村地域では、様々な体験を提供している(表1)。

表1 マッチングシステムの登録地域数と提供する内容

204-2-19

 これらの地域で体験できる内容として、最も多いのは「農業体験」、次いで「食の体験」、「自然・環境体験」である。受入地域が普段から行っている生活行動を体験サービスとして提供している事例が多い。
 前述してきた昆虫についても地域資源として着目されて、全国で29地域ではあるが「動物・昆虫体験」として提供されている。
 どの農村地域にも多くの昆虫がいると思われるが、体験提供地域がわずか29地域と少ないのは、ある程度の専門知識を有した者がいないと体験サービスとして提供できないと思われているためと推測される。 
 こうした状況に対し、平成25年度から、甲府市(中道)、甲州市(勝沼)、笛吹市(八代)の各地域で昆虫を活用した都市農村交流活動への挑戦が行われている。なお、これらの地域における昆虫の活用は、観察と解説を主に行うもので、議論のある標本採集を行うものではない。

5.甲府市と甲州市の事例

5-1.甲府市

 甲府市の中道地区では、平成25年に地域活性化団体「中道地区愛して農業推進協議会」(以下「中道協議会」という。)が発足し、都市農村交流を進めている。この団体は多くの体験プログラムを提供しているが、そのうち昆虫体験プログラムは、小学生が体験することを想定したもので、地域の豊かな里山環境を体験するために、川の生き物調査と畑の生き物調査に加え、中道地域の特産物であるスイートコーン(もしくはヤングコーン)の収穫を組み合わせたものである。
 すべての体験プログラムを90分程度で実施できることから、単独のプログラムとして実施も可能であるが、他のプログラムと組み合わせて実施することを想定したプログラムである。
 このプログラムを地域の小学校に提示したところ、小学校の地域学習プログラムとして実施したいとの意向が示されたため、以下の内容でモニターツアーを行った(表2、図3-1、図 3-2、図3-3、図3-4)。

表2 モニターツアー概要

1.経緯・概要

中道南小学校では平成25年度から、子どもたちの地域についての理解を深める「中道ふるさとハイキング」を実施しており、今回この取り組みの中に中道協議会の「生き物調査体験」プログラムが組み込まれることとなった。
当日は、豊かな里山環境に生息する生き物を子どもたちが調査し、その後中道特産のスイートコーンから収穫されるヤングコーンの収穫作業を行った。中道協議会では、まず地域の子どもから地域の魅力を感じてほしいと考えている。
今後、中道協議会ではこうしたプログラムをHPやSNSを使って情報発信し、多くの都市住民を受け入れていく。

2.日 時

平成26年5月27日(金)9:00~11:00

3.場 所

甲府市上向山町内

4.参加者

中道南小学校児童12名、同校教師、保護者等
中道地区愛して農業推進協議会担当者

5.タイムスケジュール

9:00
9:15~9:30
9:45~10:15
10:20~11:00

中道南小学校出発
川の生き物調査
畑の生き物調査
ヤングコーン収穫

204-2-4204-2-5
図3-1 川の生き物調査図3-2 畑の生き物調査
204-2-6204-2-7
図3-3 ヤングコーンの収穫風景図3-4 ヤングコーンの説明を受ける

 このプログラムを体験した児童に対してアンケート調査を行ったところ、参加者が最も楽しかった活動は、「川の生き物調査(生き物しらべ)」で、63.6%の児童が選択した。
 ほとんどの参加者がどの体験も「楽しかった」と回答しているが、体験をもう一度やりたいか聞いたところ80%以上の児童が川の生き物調査(生き物しらべ)を「絶対やりたい」と回答した。また、70%以上の児童がとうもろこし(スイートコーン)の収穫を「絶対やりたい」と回答した(図4)。

204-2-8204-2-9

図4 アンケート結果(中道)

5-2.甲州市の活動

 甲州市勝沼地区でも、平成25年度に地域活性化団体「未来を紡ぐ勝沼協議会」(以下「勝沼協議会」という。)が発足し、都市農村交流を進めている。この団体も多くの体験プログラムを提供しているが、そのうちの昆虫体験プログラムは、地域の豊かな里山環境を体験するため、夏休みに親子で体験することを想定したもので、川の生き物調査と畑の生き物調査等の昆虫採集・観察と地元食材を使った料理づくりを組み合わせたものである。
 すべての体験プログラムを半日程度で実施できることから、単独のプログラムとして実施も可能であるが、他のプログラムと組み合わせて実施することを想定したプログラムである。
 勝沼協議会では、このプログラムのモニターツアーを以下のとおり実施し、県外の小学生親子連れ22名が参加した(表3、図5-1、図5-2、図5-3、図5-4、図5-5、図5-6)。

表3 モニターツアー概要

1.経緯・概要

勝沼協議会では昨年度から、子どもを対象とした交流イベント「キッズマルシェ」等を開始している。本年度については、キッズマルシェに加えて、地域の豊かな里山環境を多くの子どもたちに知ってもらい、都市農村交流から環境教育につなげていくことを目的にイベントを実施することとした。

2.日 時

平成26年8月15日(金)15:00~21:00(雨天決行)

3.場 所

(有)ぶどうばたけ研修施設(山梨県甲州市勝沼町菱山1425)
現地フィールド(勝沼地区の里山)

4.参加者

県内外の小学生親子づれ22名

5.参加料

大人1,500円、子ども500円

6.タイムスケジュール

15:00~15:45
16:00~17:30

17:30~19:30
19:45~20:45
21:00

オリエンテーション、昆虫トラップづくり(バナナトラップ)
バナナトラップ設置、川の生き物調査、畑の生き物調査、山での昆虫採集
食事づくりと食事(夏野菜カレー)
夜の虫の観察(ライトトラップ等利用)
解散(セミの幼虫が採取できた場合は、羽化するまで延長可能)

204-2-10204-2-11
図5-1 スタッフによる解説1図5-2 スタッフによる水生昆虫解説2
204-2-12204-2-13
図5-3 水生昆虫採集図5-4 食事づくり
204-2-14204-2-15
図5-5 食事づくり図5-6 集合写真

 

 このプログラムを体験した親子に対して以下のとおりアンケート調査を行った。アンケートは、保護者と子どもに分けて実施した。

【保護者】

 活動全体の満足度については、「大変満足」は42.9%、「満足」は57.1%であった。内容量および時間設定については、全員が「丁度いい」とした。料金設定は、大人1500円・子ども500円という設定で「丁度いい」とした者が85.7%であった。
 当日の活動で最も楽しかった活動を聞いたところ、「川の生き物調査」「バナナトラップを使った生き物調査」「山での昆虫採集」がいずれも28.6%であった(図6)。

204-2-16204-2-17

図6 アンケート結果(勝沼、大人)

【子ども】

 子ども達に、いちばん楽しかった活動について聞いたところ、「川の生きもの調べ」が55.6%と最も多かった(図7)。

204-2-18

図7 アンケート結果(勝沼、子ども)

6.まとめ

 以上、昆虫を活用した甲府市と甲州市の農村地域の活動を紹介した。繰り返しになるが、これらの地域の昆虫の活用は、議論となっている昆虫の標本採集ではなく、昆虫の観察と解説を主とした取り組みである。まだ事例数は少ないが、参加した子どもと保護者から、非常に高い評価を得ている。特に川の生き物を調べる体験メニューの評価が高い。
 いずれの地域にも特殊な昆虫がいるわけではなく、農村にごく一般的にいる昆虫を対象として体験プログラムを提供した。昆虫の解説は、農村地域のかつての昆虫少年・少女であった地元農家が行った。彼らは、過去昆虫採集を体験したり、これまでの生活の中で多くの昆虫を見てきたりしており、多くの専門的な知識を有している。こうした昆虫を活用した体験は、多くの農村地域において提供可能であると思われる。現状、都市農村交流活動を展開する農村地域が増えてきている中、「昆虫」体験を提供できる地域はまだ少ないが、子どもの環境学習を推進する上でも、地域の魅力を訴求する上でも有効であると思われる。
 また、参加した小学校の教諭や保護者にヒアリングしたところ、「体験後自分たちで昆虫を探したり、調べたりするようになった」との結果が得られた。日本学術会議が提言したように、地域に生息する昆虫を知ることは、その地域の自然環境を深く知ることにつながるとともに、子ども達の自然への関心や興味を高める大きな効果が期待される。
 昆虫は、夏季のみではなく、春夏秋冬様々な姿を我々に見せ、自然の多様性を教えてくれる。
 さあ、今からでも遅くはない。子どもも大人も昆虫を探しに行こうではないか。