Vol.206-2 人口減少社会と情報通信技術の可能性


公益財団法人 山梨総合研究所
研究員 高橋 謙洋

1.はじめに

 2015年7月、総務省から『平成27年版 情報通信白書』が刊行された。情報通信白書は、昭和48年から今回で43回目の刊行となる。本年2015年は1985年の通信自由化から30周年の節目の年でもあり、今回の情報通信白書は特集のテーマを「ICTの過去・現在・未来」と設定し、通信自由化を起点とする我が国ICT産業の進化を振り返るとともに、「地域」「暮らし」「産業」の3つの観点から、「社会全体のICT化」に向けた中長期的な未来像を展望している。
 また、まち・ひと・しごと創生法が2014年11月28日に公布され、全ての都道府県及び市町村は、「地方人口ビジョン」「地方版総合戦略」の策定を急いでいるところであるが、平成27年版 情報通信白書の冒頭で、高市総務大臣は次のように述べている。
 「民間の経済活動をより活性化し、中長期的な持続的成長を構築することが求められている。同時に、地域に生産性の高い活力ある産業を取り戻し、地方における人口減少と経済縮小に歯止めをかけ、経済の好循環を日本全国隅々まで波及させていくことが必要であり、そのために重要な役割を果たすのがICTである。」

 本稿においては、山梨県の中でも人口減少が目立つ峡南地域の状況を分析し、平成27年版 情報通信白書と併せて、人口減少社会への対応の方向性について考えたい。

2.山梨県峡南地域の人口と地方税の推移

 2014年5月、日本創成会議人口減少問題検討分科会が、2040年までに全国約1800市町村のうち約半数(896市町村)が消滅する恐れがある、と発表し、2010年の国勢調査を基にした試算で、2040年時点に20~39歳の女性人口が半減する自治体を「消滅可能性都市」と定義した。同時点までに人口1万人を切る523の自治体は、とりわけ消滅の危険性が高いという。
 山梨県の中でも、峡南地域は構成5町全てが消滅可能性都市とされた。
 図1は、1920年から2060年までの峡南地域5町の総人口の推移・予測を示している。現状のまま人口が推移すると仮定した場合、どの町も人口減少が続き、2060年には2010年と比較して人口が5割~8割程も減少し、人口1万人を切っている。

図1 総人口の推移(峡南5町)

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町名

ピーク時

2010年

2060年

市川三郷町

28,372人(1947年)

17,111人

8,039人

早川町

10,679人(1960年)

1,246人

224人

身延町

40,091人(1947年)

14,462人

3,687人

南部町

19,293人(1940年)

9,011人

2,613人

富士川町

25,771人(1947年)

16,307人

7,266人

(出典)国勢調査及び国立社会保障・人口問題研究所の推計を基に作成

 次に、人口減少と税収の相関を探るため、峡南地域5町の地方税の税収の推移についてみてみる。
 図2~図7は、各自治体及び山梨県の人口の推移と、地方税の普通会計歳入の年度決算数値の推移を示している。
 なお、2006年度の税制改正により国(所得税)から地方(個人住民税)への税源移譲があり、2007年分所得税及び2007年度分個人住民税から適用されたことで、各自治体とも2007年の地方税の税収が増加している。

図2 人口と地方税の推移(市川三郷町)

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図3 人口と地方税の推移(早川町)

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図4 人口と地方税の推移(身延町)

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図5 人口と地方税の推移(南部町)

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 図6人口と地方税の推移(富士川町)

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図7 人口と地方税の推移(山梨県)

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(出典)(図2~図7)市町村別・一部組合別決算状況調を基に作成

  これらの図をみると、地方税の税収は1975年から1990年頃までは急激に増加し、近年は減少傾向にあるが、人口と地方税の税収は比例していないことが分かる。
 図8は、現行の地方税の体系を示している。地方税は、道府県が課す道府県税と、市町村が課す市町村税に区分され、その税の使途から普通税(税の使途が特定されていないもの)と目的税(税の使途が特定されているもの)に区分される。

図8 現行の地方税の体系

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(出典)総務省「地方税制度」http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czais.html

 図9は、国の2013年度決算額による地方税の税収内訳を示している。市町村税では、「固定資産税」の占める割合が41.6%と最も大きく、次いで「個人市町村民税」の34.1%となっている。道府県税では、「個人道府県民税」の占める割合が34.5%と最も大きく、次いで「地方法人二税」の23.8%となっている。

 図9 地方税の税収内訳(2013年度決算額)

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※道府県民税の「地方法人二税」は、法人住民税と法人事業税の合計
(出典)総務省「国税・地方税の税収内訳(2013年度決算額)」を基に作成

 このように、地方税収には個人所得が大きく関係しており、個人所得の増加が実現すれば、税収の増加が見込まれる。人口減少と少子高齢化の継続が予想される今、税収を確保していくためには、労働者一人ひとりの所得のかさ上げが不可欠である。そのためには、地域の事業者の競争力を強化し、生産性・収益性を高め、所得分配を増やしていくことが必要となる。

3.情報通信技術の現在の状況

 地域産業の競争力の強化は、我が国における最重要課題の一つであり、まち・ひと・しごと創生総合戦略においても、地域活性化の柱としてその重要性が指摘されている。
 こうした中、ICTは、距離や時間等の制約を克服し、既存企業の地域立地のハンデを補うとともに、地域の創意工夫を活かした新産業の創出を可能とするなど、官民のサービスをはじめとする地域のサービス水準の維持・向上、地域の産業や小規模・個人事業者の生産性・収益性向上に有効な手段であり、その更なる利活用の推進が期待されている。
 また、我が国では全国的に超高速ブロードバンド環境の整備が進み、ネットワークを通じたアプリケーションサービスやクラウドサービスが至る所で利用可能となっており、これらを用いたICTの利活用の推進やICT投資の促進を図ることが重要である。
 図10は、日本のブロードバンド利用可能世帯率の推移を示している。我が国のブロードバンド利用可能世帯率(サービスエリアの世帯カバー率)は、2007年時点では95.2%であり、FTTH等の超高速ブロードバンドに限ると83.5%であった。それが2014年時点では、超高速ブロードバンドは99.9%、ブロードバンドは100%となっている。民間事業者を中心に積極的なネットワーク投資が行われた結果、大都市圏だけでなく日本全国のほとんどの地域でブロードバンドが利用可能となった。

 図10 ブロードバンド利用可能世帯率の推移

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(出典)総務省「ブロードバンド基盤の整備状況」

 図11は、企業での情報システムの導入状況を業務領域別に示している。地域の住民を対象としてサービスを提供する企業群と、地域資源を活用して事業を展開する企業群を「地域系企業」、その他の企業群を「地域系企業以外」とし、地域系企業と地域系企業以外を比較すると、地域系企業以外の方が全般的に導入率が高く、特に「生産・製造」、「仕入、発注、調達」、「商品管理、在庫管理」において、その差が大きい。

図11 情報システムの導入状況

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※ 当該業務領域を有する企業を対象に分析。業務領域ごとに集計母数が異なる。
表記の母数は「商品・サービスの企画、開発、設計」のもの。
(出典)総務省「地方創生と企業におけるICT利活用に関する調査研究」(平成27年)
地域系企業:農林水産業、鉱業、建設業、電気・ガス・熱供給・水道業、運輸業、小売業、金融・保険業、不動産業・物品賃貸業、宿泊業、サービス業、医療、福祉地域系企業以外:製造業、情報通信業、卸売業

 図12は、経営課題解決にICTを利活用している企業の比率を示している。やはり、地域系企業以外の方が比率が高く、特に「管理の高度化」、「業務の標準化」、「社内の情報活用や情報共有の活発化」において、その差が大きい。 

図12 経営課題解決にICTを利活用している企業の比率

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※経営課題ごとに集計母数は異なる。グラフ表記の母数は市場分析、顧客分析のもの。
(出典)総務省「地方創生と企業におけるICT利活用に関する調査研究」(平成27年)

  図13は、経営課題解決のためにICTを利活用した企業のうち、ICTの利活用によって効果を得られた企業の比率を示している。こちらは、地域系企業と地域系企業以外との間に大きな差はない。ICTを利活用した企業は、地域系企業も地域系企業以外と遜色なく効果を得ていることが分かる。企業の生産性・収益性の向上のためには、経営におけるICT利活用の必要性の認識を高め、ICT利活用を促すことが重要であると考えられる。

図13 経営課題解決にICTを利活用した企業のうち、効果が得られた企業の比率

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※経営課題ごとに集計母数は異なる。グラフ表記の母数は市場分析、顧客分析のもの。
(出典)総務省「地方創生と企業におけるICT利活用に関する調査研究」(平成27年)

 図14は、日本の年代別インターネット利用率の向上を示している。2002年と2014年の年代別インターネット利用率を比較すると、全ての年代で利用率が上昇しており、特に60代以上のシニア層での上昇率が大きい。インターネット利用率の上昇に伴い、ICTの利活用は年代を超えて広がっている。

図14 インターネット利用率の向上(年代別)

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(出典)総務省「通信利用動向調査」より作成

 図15は、国内のスマートフォンの保有状況を示している。平成26年通信利用動向調査の結果によると、スマートフォンは全世帯の64%以上の世帯で保有されている。世帯主の年齢階層別では、世帯主の年齢が若いほど保有比率は高まり、20歳代で94.5%、30歳代で92.4%と90%を超え、40歳代で83.9%、50歳代で75.1%とそれぞれ80%、70%を超えている。さらに、60歳以上の層でも40%に迫る保有率となっている。

図15 スマートフォンの保有状況

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※当該比率は、世帯全体におけるスマートフォンの保有割合を世帯主の年齢階層別に示したものである(無回答を除く)。
(出典)総務省「平成26年通信利用動向調査(世帯編)」 

 全国的に超高速ブロードバンド環境が整備され、スマートフォンの普及などによりインターネット利用率が向上したことで、ICTは一部の年代の人々だけのものではなくなった。また、ICTは企業の経営課題の解決にも利活用され、生産性・収益性の向上にも寄与している。大都市圏だけでなく地域を問わず利活用でき、距離や時間等の制約に縛られず地域間格差を縮小させるツールとして、ICTは人口減少と少子高齢化を克服するための有効な手段となり得ることが予想される。

4.おわりに

 日本の合計特殊出生率が1974年に人口置換水準を下回ってから、2011年に実際に人口が減少し始めるまでには30年以上かかっている。同様に、合計特殊出生率が人口置換水準に達してから、実際に人口が増加するまでには長い期間を要する。日本創成会議では、2025年に出生率1.8(希望出生率の実現)、2035年に出生率2.1(人口置換水準の実現)が達成できたとしても、人口が安定するのは人口置換水準に到達してから60年後の2095年であると推計している。
 合計特殊出生率が1974年以降、現在まで40年もの間、継続して人口置換水準を下回っている以上、人口減少は継続する。今後の施策展開により合計特殊出生率が上昇し人口置換水準を上回ったとしても、人口が増加に転じるためには相当の年月を必要とする。
 こういった状況ではあるが、ICTを利活用することで、そのような環境に向き合い、コミュニティーの維持及び質的向上を図ることは可能となるであろう。
 最後に、図16は、情報通信メディアが世帯普及率10%を達成するまでに要した期間を示している。我が国では、1993年にインターネットの商用利用が開始されて以降、利用者が急速に増え、1998年にはインターネットの世帯普及率は商用利用開始からわずか5年で10%を超えた。

図16 我が国における主な情報通信メディアの世帯普及率10%達成までの所要期間

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(出典)総務省「平成27年版通信白書」

 その後、1999年にDSL(デジタル加入者回線:Digital Subscriber Line)の提供が開始され、平成13年版 情報通信白書は「ブロードバンド元年」を宣言した。
 株式会社NTTドコモのiモードのサービス開始が1999年、iPhone 3Gの日本国内での販売開始が2008年である。その後の社会の変化、経済の変化はどちらも、ほんの数年前までは誰も想像できないものであった。インターネット書店から始まった米国Amazonは、取扱品目を徐々に増やし、今日では家の中の電気配線から壁の塗装、庭の手入れや除雪まで請け負うようになっている。
 2013年5月にマイナンバー法(正式名称:行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律)が公布された。今年2015年10月以降、全国民にマイナンバーの通知カードが送付され、2016年1月から個人番号カードの交付が開始される。このマイナンバー制度により、政府の電子化が加速し、さまざまな手続きがパソコンやスマートフォンなどで完了できる可能性がある。
 「IoT(Internet of Things = モノのインターネット)」という言葉も注目を集め、あらゆるモノがインターネットに繋がり連携する時代を迎えつつある。Googleの自動運転車が代表的な例として挙げられるが、温度、湿度、気圧、照度、衝撃、振動、傾斜、位置、存在、開閉など、遠隔地の状態や数値情報を収集し自動制御するという仕組みが、製造業では既に導入され、農業にも活用され始めている。離れた場所の状況を管理することは一般的な技術となり、もはや特殊な分野だけのテクノロジーではない。
 今年7月、ソフトバンクグループが販売する感情を持った人型ロボット「Pepper(ペッパー)」が、みずほ銀行のコンシェルジュとして導入された。他にも、教育現場には人工知能型教材が教師を務める学習塾や、教員のアシスタント役になるロボットが登場している。
 いつか、AI(人工知能)を持ったロボットが働き、その労働に対して賃金が支払われ、ロボットが納税し、ロボットが社会保険料(ロボット自身の修理費用等)を納付する日が来るかもしれない。そうして、ロボットからの納税が主となり、人間は納税から解放される、そのような世界も有り得なくはない。