無尽に行ってきます
毎日新聞No.449 【平成27年11月13日発行】
初めて山梨を訪れた時、私は街中の居酒屋にある「大小宴会、無尽、承ります」の看板を見て、「無尽」とはいったい何だろうと思った。知り合いもいない見知らぬ土地で、「無尽」という文字から、何か恐ろしいもののように感じたことを覚えている。
「無尽」とは、山梨県の社会的ネットワークである。「無尽講」と呼ばれる相互扶助組織は、わが国において中世(鎌倉時代)以来、全国で広く行われていたが、特に山梨においては現代も盛んに行われている。
現在の山梨で「無尽」と称して行われている会合の多くは、5~10人程度の定期的な飲み会、食事会である。同窓会的なもの、コミュニティ内でのもの、気の合う仲間同士のものなどがあり、飲食をしてコミュニケーションを取る、情報交換の場として機能している。一人で複数の無尽に加入していることもあり、1~3つに加入している人が多い。男女問わず、無尽に行くと言えば容認される風土が特徴的である。
この無尽に関する興味深い調査結果がある。山梨県民の、介護や支援を必要としない自立期間は、全国でもトップクラスなのだが、山梨大学が県内の高齢者を8年間追跡調査した結果、その理由の1つとして「無尽」を挙げている。
山梨大学の調査によれば、日常生活動作能力を維持する確率が、「無尽に3つ以上参加している」人は「全く参加していない」人と比べて2.4倍高く、さらに「無尽が楽しみ」の人は「楽しみではない」人の6.7倍も高い。無尽を「楽しく・数多く」行っている高齢者ほど、介護を受ける確率が少ないことがわかった。
さて、ワインの「ヌーボー」、日本酒の「ひやおろし」「秋あがり」と、新酒の季節である。山梨県は水資源が豊かな地域であり、日本有数のワイン産地でもある。日本ワイナリー協会が発表している成人1人当りの年間ワイン消費量も、山梨県は長い間、全国1位を誇っている。山梨県健康寿命実態調査報告書によれば、ワインに含まれるポリフェノールを多く摂取していることも、健康に関連性があるとみられている。
ワインでも日本酒でも、お酒は独りで飲むよりも大勢で飲む方が楽しく、また断然うまい。健康増進と地域活性化という大義名分の下、今夜も(適量の)美味しいお酒を愉しみたい。
(山梨総合研究所 研究員 高橋 謙洋)