Vol.210-2 有機農業の現在


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 末木 淳

 1.有機農業推進における国内制度の変遷

 1990~2000年代にかけて、我が国においては有機農業を推進するための法的整備がなされていった。その目的は環境負荷の軽減にあり、元来農業が持つ物質的循環機能を生かし、生産性との調和を図りつつ土づくりを通じて化学肥料・農薬の使用を低減した環境保全型農業を全国的に推進するものであった。この考えのもと1992年に農林水産省が新政策において、環境保全型農業の推進を唱えたのである。
 その後、急速な経済成長、著しい国際化の進展等による大きな環境の変化の中で我が国の食料・農業・農村をめぐる状況も大きく変化してきたことから1999年に旧農業基本法に替わるものとして「食料・農業・農村基本法」が制定された。この法律の骨子は、1.食料の安定供給の確保 2.農業の持つ多面的機能の発揮 3.農業の持続的な発展 4.農村の振興 である。図1.~4.は農業を取り巻く環境変化を示したものであるが、食料自給率、農業就業人口、耕地面積は低下・減少し続ける一方で、高齢化率は総人口比よりもはるかに高い割合となっていることが分かる。この状況に対処していくために「食料・農業・農村基本法」が制定されたのである。

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図1.日本の食糧自給率の推移 農林水産省HPより図2.農業就業人口の減少・高齢化 農林水産省HPより
 
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図4.高齢化の進行 農林水産省HPより図3.耕地面積の推移 農林水産省HPより  

 この「食料・農業・農村基本法」では、我が国農業の持続的な発展を図るため、農業の自然循環機能の維持増進が不可欠である旨が明記されていて、これを受けて同じく1999年に「持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律」が制定されたのである。その目的は、一言でいうと、消費者・実需者のニーズの高まりと農業政策としての国際的な潮流に対応するために、各都道府県も主体的に取り組み、農業の現場(農業従事者)も巻き込んでいくというものである。
1.都道府県は持続性の高い農業生産方式の導入に関する指針を定めることができる 2.農業従事者は持続性の高い農業生産方式の導入に関する計画を作成し、知事に提出して認定農業者となれる 3.国及び都道府県は認定農業者の計画達成のために助言、指導、資金の融通などの援助をするように努める ということが明記されている。
 そして、2005年には環境との調和のために取り組むべき基本的な事柄を整理して、農業従事者が自己点検に用いるものとして「環境と調和のとれた農業生産活動規範(農業環境規範)」を策定した(図5)。

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図5.環境と調和のとれた農業生産活動規範(農業環境規範)冊子 農林水産省HPより

 これら1992年からの農林水産省主導の取り組みは農業および農村環境、農業従事者を中心にした政策を支えるためのものであったが、2006年に超党派による議員立法として制定された「有機農業の推進に関する法律(有機農業推進法)」は目的、基本理念、国および地方公共団体の責務、推進計画を明確にし、更に技術開発等の促進、消費者の理解と関心の増進まで条文に含んだ有機農業の推進について相当に踏み込んだ内容になっている。また、農林水産大臣は基本的な方針を定めることとなっており、次のような方針が定められた。

目  標:

耕地面積46,000ha(ヘクタール)、全耕地面積の1.0%とする。
(現状は16,000ha(ヘクタール)、全耕地面積の0.4%)

基本施策:

 ①有機農業者などへの支援

  • 就農相談・研修・情報提供などの支援実施
  • 慣行農業からの転換支援
  • 機械設備などへの支援

 ②流通・販売面への支援

  • 多様な販路の確保
  • 有機JAS制度の維持・拡大と認証取得の簡素化
  • 地域内流通の拡大・6次産業化の支援

 ③技術開発の促進

  • 品質・収量を安定的に確保できる技術体系の確立
  • 低コスト化・軽労化につながる研究開発と情報提供

 ④消費者の理解と関心の増進

  • 自然環境への影響啓蒙
  • 有機JASの表示普及
  • 有機農業者との相互理解の促進

 このように、当初農林水産省の新政策として掲げられた環境保全型農業はその後の制度構築ならびに法整備によって、その対象を農業従事者・技術者―流通事業者―消費者まで広げ、都道府県も主体者として取り組むこととなった。

2.有機農業の現状

(1)農業従事者・耕地面積から

 国内における農家数全体は2,530,000戸で、そのうちの0.47%、12,000戸が有機農家である。耕地面積は前述のように0.4%、16,000haである。年齢構成比では、農業全体では60歳以上が74%、60歳未満が26%だが、有機農業では60歳以上が53%、60歳未満が47%となっており、若い世代が取り組んでいる様子が見てとれる(図6)。
 また、就農希望者と既存農業従事者の意識調査を見ると、新規就農希望者では有機農業について「有機農業をやりたい」、「有機農業に興味がある」を合わせると93%と高い数値を示している(図7)。
 生産量については、2003年(図ではH15)からの2013年の推移を見ると、表中に掲載しているすべての品目で増加している。特に野菜については4割を超えている状況である(図8)。

農家数と耕地面積比較

  • 農家数 :総農家数2,530,000戸:有機農家12,000戸 = 0.47%
  • 耕地面積:農業全体4,600,000ha:有機農業16,000ha = 0.4%
 

2010年 有機農業基礎データ作成事業報告書より

 

図6.農家の年齢構成比較
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2010年有機農業基礎データ作成事業報告書より

 

図7.新規就農希望者、既存農業者の有機農業に関する意識について
210-2-11210-2-12

 

図8.有機農産物の生産量推移

(単位:トン)

 

H13

14

15

16

17

18

19

20

21

22

23

24

25年

25/20

25/15

野菜

19,675

24,545

28,444

29,674

29,107

29,949

32,780

36,163

37,644

37,036

40,288

42,467

41,524

115%

146%

7,777

12,338

10,433

10,400

11,369

10,811

10,828

11,278

11,565

11,005

10,028

10,342

11,035

98%

106%

果実

1,391

1,939

2,163

2,029

2,222

1,766

2,199

2,050

2,436

2,502

2,275

2,524

2,769

135%

128%

緑茶
(荒茶)

927

1,246

1,487

1,664

1,610

1,538

1,702

1,754

1,873

2,088

1,986

2,167

1,897

108%

128%

大豆

1,162

945

786

639

877

974

986

1,318

939

1,035

1,132

1,306

1,088

83%

138%

722

559

858

732

655

558

721

883

782

890

1,069

859

1,074

122%

125%

その他

2,081

2,188

2,019

2,291

2,332

2,999

4,231

2,716

2,103

2,051

1,666

1,626

1,923

71%

95%

合計

33,734

43,759

46,192

47,428

48,172

48,596

53,446

56,164

57,342

56,608

58,444

61,291

61,309

109%

133%

 農林水産省HPより

(2)消費者の有機農業に対する意識と購買について  

 消費者の有機農業に対する意識は、認知度としては93%と非常に高いが、有機農業への関心については「大いに関心がある」9%、「やや関心がある」47%で合わせても56%となっている(図9)。また、実際の購入についてはお米では「日常的に買っている」、「たまに買っている」を合わせて17.9%、野菜については「日常的に買っている」、「たまに買っている」を合わせて37.0%に止まっている(図10)。
 購入する理由としては「安全性が気になったから」、「自分や家族の健康のため」、「おいしいから」が上位を占めていて、購入に際しての不満については「値段が高い(予算と比較して)」、「品揃えが少ない」、「有機などの表示が疑わしく思う」が上位意見であった(図11)。

図9.有機農業への関心

 

有機農業(オーガニック)という語を聞いたことがあるか

210-2-14

有機農業であることに関心があるか

210-2-15

NPO法人日本有機農業研究会
有機農業への消費者の理解増進調査報告より

 

 

図10.有機米・野菜の購入状況

 
210-2-16210-2-17 
 NPO法人日本有機農業研究会 有機農業への消費者の理解増進調査報告より

 

図11.有機農産物の購入について

210-2-18

210-2-19

NPO法人日本有機農業研究会 有機農業への消費者の理解増進調査報告より

 (3)小売業者の状況

 小売業者の状況を野菜中心のデータで見てみると、約9割の先で有機農産物を取り扱っている。また、その理由については、「仕入先からの提案」、「より安全な食品を提供したいから」、「消費者からの要望があったから」が上位を占めている。仕入先、消費者からの提案、要望という顧客ニーズへの対応、また安全な食品の提供といった、顧客への提案姿勢も見て取れる(図12)。
 販売を増やすために必要なこととしては「安定供給体制を整備する」が60%を超え、最も重要な事項として販売の現場からは認識されている。これは、裏を返すと安定した(品目、数量、デリバリーも含めて)仕入れ、欠品時等の迅速性を伴った仕入れに脆弱性を感じていると考えられる。「安定供給体制を整備する」の次に「生産量を増やす」という意見が多かったことは、このことを裏付けている。仕入れ・販売上の問題点としては「JAS規格が複雑」という制度上の問題を除けば、上位意見は「仕入れ価格が高い」、「種類を安定して揃えることが困難」、「数量を安定して確保できない」、「欠品時の対応が難しい」となり、商品調達・仕入れに関することが占めている(図13)。

図 12.有機農産物の取扱いについて

210-2-20

210-2-21

NPO法人日本有機農業研究会 有機農業への消費者の理解増進調査報告より

 

図 13.販売・仕入れについて

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210-2-23

 

 

NPO 法人日本有機農業研究会 有機農業への消費者の理解増進調査報告より

 

図14.販売価格について

210-2-24

NPO法人日本有機農業研究会 有機農業への消費者の理解増進調査報告より

 

 有機農産物は、慣行農産物に比べて価格が高いのが一般的である。消費者意識の購入するに当たっての不満では「値段が高い(予算と比較して)」が最も高い値を示している。実際の価格差を見ると日常的な取扱いが可能な範囲では、「2~3割高」が小売業者の半数を超えている(図14)。これは、有機農産物がそれだけの付加価値を有し、消費者理解に結びついていると考えているためではないだろうか。 
 取り扱う絶対量としては、慣行栽培の農産物よりも少なく、購入者数も少ないだろうが、消費者の中にも2~3割高くても有機農産物を積極的に選択している購買層が存在していることを示しているとも考えられる。

3.まとめ

 農業は広大な国土を利用する産業である。環境意識の高まりと、食品へのより高い安全性を求める消費者心理のなかで物質的循環機能を生かした環境保全型農業の推進は時代のニーズとも言える。
 昨年9月18日~10月11日にかけて韓国忠清北道ケサン郡で開催された「2015ケサン世界オーガニック産業EXPO」には開催期間中アジア地域および世界各国から110万人が来場したとのことである。私も忠北発展研究院(清州市のシンクタンク)との交流事業を兼ねて会場を訪問した際に、現地における有機農業(農産物・農法・産業)に対する期待感の高まりを強く感じた次第である。忠清北道、なかでもケサン郡は韓国国内における一大農業地帯であり、有機農業先進地域として韓国国内はもちろん、世界を牽引していくという極めて野心的な姿を模索しているようである。欧米における有機農業への取り組みは日本、韓国よりも先行しており、全耕地面積に占める割合は、図15.のようになっている。以前アメリカ、ロスアンゼルス周辺を視察した際には、小売業者がその販売に注力しており、有機農産物(野菜・フルーツが主商品)のみを扱う店舗も数多くあったと記憶している。それらは、一定の顧客を獲得しており、嗜好品のブランド選好のように食材である有機農産物を購入しているとのことであった。 
 我が国においては、農林水産省主導で物質的循環機能を生かした農業生産による環境への負荷軽減を主目的として有機農業が推進されてきたが、今後より一層進めて行くためには、消費者の高い支持と、販売・流通チャネルの構築・改善が必要である。アンケートが示すように、消費者が高くても有機農産物を購入する理由は「安全・健康・おいしさ」にある。これが消費者にとっての有機農産物の価値である。有機農産物の価値は生産段階における環境負荷軽減にあり、と唱える方々も大勢いる。どちらが先か、目的と手段は。そのような混沌とした姿が垣間見えることも確かである。 
 有機農産物自体がもたらす価値とそれを生産する大地がもたらす価値。どちらも貴重な価値である。一石二鳥・一挙両得を期待したい。

図 15.各国における有機農業の耕地面積割合

210-2-25

農林水産省 有機農業の推進に関する現状と課題より