今こそ“物語”の力を!


毎日新聞No.458 【平成28年3月18日発行】

 筆者は、昔から文章を書くことに苦手意識が強い。いざ作文しようとすると、なかなか言葉が出て来ないのだ。この原稿を執筆するに当たっても、一向に筆が進まず、頭を抱えてしまう。
 このような現象を俗に「ライターズブロック」と呼ぶらしい。作文時にブロックがかかったかのように何も書けない状態のことを指すのだとか。
 筆者の場合、ライターズブロックに至る要因として、アイデアが湧かないとか、仮に伝えたい想いがあってもそれを説明するために必要な根拠が乏しいといったことなどが考えられる。だが、それらを総括すると物を語る力、すなわち「物語力」が不十分なのかもしれない。

 「物語力」については、鍋田恭孝氏の著書「子どものまま中年化する若者たち 根拠なき万能感とあきらめの心理」(幻冬舎新書)でも言及されている。その著書の中で著者は、精神科の医師として30年以上に及ぶ臨床現場から見た、1980年代以前と1990年代以降の若者たちの悩み方の決定的な変化として、「物語れなさ」を挙げている。従前に比べ、自己を振り返り、自分のそれなりの気持ちや、体験を語る力そのものが落ちていることを痛感するそうだ。語らないというよりも、むしろ語るものをイメージできない様子だという。
 例えば、外来患者に質問を投げ掛けても多い返事は、「別に」「普通」「びみょう」「わからない」「…」など。こちらからの質問にせいぜい、反射的に答えるのみに終始し、コミュニケーション能力の低下が見られる、と指摘している。
 人間関係におけるコミュニケーションの基本は、「相手の立場に立って物事を考えること」だと思う。そこには、「もし、自分がその人であったらどのようなことを感じるのか」といった想像力が必要不可欠である。ところが、そもそも自分の気持ちや考えをイメージできず、物を語れないとしたら、他人の感情を推し量ることは困難であろう。したがって、「物語力」とコミュニケーション能力とは密接な関係があると言えるのではないか。

 「物語力」を養うために、まずは自らの心の動きを感じ取る感受性を高めることが重要だと思われる。日々の生活を見直し、感性を豊かにすることを心掛けていきたいものである。

(山梨総合研究所 主任研究員 安部 洋)