Vol.212-1 山梨県の目指す医療提供体制について


~「地域医療構想」とは~

212-1-1

山梨県 福祉保健部参事・医務課長
医学博士 堀岡伸彦

1.日本の医療費と社会保障制度改革の流れ

 日本の医療費[1]は40兆円を超えています。この医療費の金額の解釈は様々ですが、いずれの国でも膨大な費用がかかっています。そのことを元に国際比較をすると、日本の医療費は高齢化率を考慮すると、実は特別に高い金額ではありません。以下にOECD諸国の高齢化率と医療費対GDP比率との相関を示します。

図 1 高齢化率と医療費についての国際比較

 高齢化率と医療費対GDP比率は正の相関関係にあります(図 1)。日本の高齢化率はダントツ世界最高ですが、実は日本の医療費対GDP比率は高齢化率を勘案すると低いと言えます。

212-1-3

図 2 国民負担率の国際比較

 一方、日本の国民負担率[2]、政府債務と比べると日本の医療費は絶対額としては極めて高額であり、もはや看過できないほどです。国の一般会計は約90兆円、借金返済以外の「一般歳出」は約70兆円である(ちなみに韓国の国家予算は約20兆円である。)ことを勘案すると40兆円という額が絶対額としてはどれだけ大きいか分かると思います。しかし、日本の国民負担率はOECD諸国の中では極めて低いグループに入ります。これらのことから日本の医療費について概観すると、①日本の債務、税や財政規模からすると極めて大きい、②高齢化率を勘案すると実は低い、③国民負担率の割にはかなり大きい、という特徴を持っていることになります。この結果、社会保障関係以外の対GDP支出割合はOECD最低となっています(図2)。

212-1-4

図 3 先進諸国の高齢化率の比率

 しかし、真に深刻なのは実は現在の医療費の絶対額ではありません。図3は先進諸国の高齢化率の推移を示していますが、この通り、日本の高齢化の進行はもはや世界で群を抜いており、しかもこれから鈍化する気配はないのです。
 このようなことを踏まえて、国では社会保障の充実と安定化、そのための財源確保と財政健全化に向けた社会保障と税の一体改革が進められており、消費税の増税など国民負担率の上昇とともに、社会保障の適正化などを進める一連の改革が行われています。そのような中、平成26年6月に効率的かつ質の高い医療提供体制の構築および地域包括ケアシステムの構築を通じて地域における医療および介護の総合的確保を推進するための「医療介護総合確保法」が成立し、医療機関が病床機能[3]を報告する制度や都道府県が「地域医療構想」を定めることなどが義務化されました。
 2025年にはいわゆる「団塊の世代」が全員75歳以上の後期高齢者となり、国全体がさらに大きな高齢化の波にさらされると考えられており、世界で類を見ない高齢化を前に医療提供体制も変革を促されています。
 具体的には高齢化によって疾病構造が大きく変化するため、現在よりも大幅に治療後のリハビリテーションなどを主力とした「回復期機能」を強化すること、医療区分1とよばれる軽度の医療しか必要のない患者を病院ではなく在宅医療や介護施設で診ることとすることが盛り込まれており、その上で都道府県ごとの人口構造の変化を2025年まで計算し、年齢ごとの医療需要からその県ごとに2025年に必要な「高度急性期」[4]「急性期」[5]「回復期」[6]「慢性期」[7]のそれぞれの機能をもった病床数を示すのが「地域医療構想」となります。

2.山梨県の現状の医療提供体制について

(1)山梨県の人口構成の特徴

 県全体では現在の約87万人の人口から2025年には、70万人後半の人口となることが予想されています。地域ごとに見てみると、山梨県の医療圏は甲府を中心とした中北医療圏、山梨市、甲州市、笛吹市の峡東医療圏、富士東部医療圏、富士川町以南の峡南医療圏に分かれていますが、地域ごとの人口構成には大きな特徴があります。
 中北医療圏は日本の多くの地方都市に見られる特徴と同じような人口動態を示します。緩やかに人口が減少し、現在の約47万人の人口が2025年には44万人程度となりますが、その減少は生産年齢世代の人口の減少が主因です。一方、65才以上の人口と後期高齢者の人口は増加し、医療需要全体は増加します。一方、富士川町以南の峡南医療圏では人口が激減し、現在約5万8千人いる人口が2025年には4万5千人程度になる見込みです。生産年齢人口は中北地域と同じように急激な減少を見せますが、同時に他の医療圏とは異なる65才以上や後期高齢者の人口も減少します。そのため、医療需要も今をピークにどんどん減少することとなります。峡東医療圏と富士東部医療圏は上記2つの医療圏の中間となります。

(2)病床機能報告からみた山梨県内の医療圏ごとの特徴

 全県では約8,400の病床が稼働しており、病院からの申請によれば、高度急性期は1,178床、急性期は3,914床、回復期は928床、慢性期は2,348床です。
 中北医療圏は山梨大学医学部付属病院、山梨県立中央病院、市立甲府病院などを抱え、全医療圏から高度急性期、急性期の患者を受け入れています。また、峡南医療圏は交通網の整備もあって中北医療圏にかなり依存しており、富士東部医療圏は中北医療圏に加え、東京都など他県にも多くの患者が流出しています。
 山梨県で非常に特徴的なのは峡東医療圏です。回復期の病床のほとんどはこの医療圏に集中しており、県内だけではなく他県からも数多く回復期のリハビリテーションを要する患者が流入しています。山梨県内の他の医療圏から一日当たり約350人、他県から一日当たり約150人の患者が流入しています(図 4、図 5)。

212-1-5

図 4 2次医療圏ごとの種別ごとの病床数

212-1-6

図 5 峡東医療圏への流入

(3)2025年を見据えた山梨県の「地域医療構想」と今後の課題

212-1-7

図 6 病床機能報告と医療資源投入量等による分析結果および地域医療構想における必要病床数

 山梨県の策定している地域医療構想は図6の様になります。現在稼働している8,368病床から2025年は必要病床数としてカウントされるのは6,909床であり、構想上は1,400病床減少することとなります。ここで、よく問題になるのは「高度急性期」が1,178病床から535病床、「急性期」は3,914病床から2,028病床と大幅に減少する構想となっている点であり、これにより地域の救急医療体制の維持が出来なくなるのではないかと危惧する声があります。
 しかし、病床機能報告は実は病院からの自主的な報告であり、病院から提出されているレセプト[8]を分析すると山梨県内の医療の提供体制は中央の図のようになり、高度急性期、急性期、回復期に関しては、ほぼ地域医療構想で示されている目標数に極めて近い状況にあることが分かります。このことから分かることは、①地域医療構想上は一日当たり、600点[9]以上の診療が行われている病床を「急性期」と計算されている、②病床機能報告は病院が自主的に自分の病院の機能を報告しており、自らの病床を「急性期」であるとして報告することが多い、ということであり、この構想によって地域の救急医療体制が脆弱になることはありません。
 実は最も重要なのは慢性期病床についてです。高齢社会が進み医療需要が増加するのに、計算上必要な病床数が減少するのは、この構想が軽度の医療のみを必要とする医療区分1の患者、一日当たり175点未満の患者の多くを「在宅医療や介護施設」で対応することとしているためです。そのため、現在3,761病床分実際に入院している慢性期患者の病床は、1,780病床と大幅に減少することとなります。

212-1-8

212-1-9

図 7 地域医療構想におけるシュミレーション

 上記の通りこの構想を実現するためには、このままだと生じてしまう2,803人の患者をきちんと在宅医療および介護施設で吸収できるような提供体制を充実させていかなければなりません。現在山梨県で在宅医療を受けている患者は2,579人であり、人口当たりでは47都道府県中46位とほぼ最下位です。今後の高齢化社会を乗り切るためには在宅医療を充実させていくことが急務となりますが、在宅医療の充実に近道はありません。現在、県ならびに市町村は「地域包括ケア」の推進として地域の医師会や訪問看護ステーション、ケアマネージャーなどとの連携の構築を図り、また在宅医療に必要な医療機器への補助金制度を拡充し始めています。このような地道な取り組みを着実にすすめていくことが必要です。また、介護施設の充実も急務です。介護施設の整備計画は3年に一度「介護保険事業計画」として定められておりますが、現時点ではこの構想との整合性がとれていないのが実情です。
 介護サービスの充実は市町村に新たな財政負担が生じます。今後地域医療構想を実現するための10年間で、新たに生じる2,800人の医療需要のうち、どれくらい在宅医療で受け止めるのか、どれくらいを介護サービスで受け止めるのか、地域ごとに市町村、医療機関、県などが「医療難民」が出ないよう真摯に話し合いを続けていくことが重要です。現場と行政で協力して、世界に例をみない高齢化を乗り切っていきましょう。


[1] 一年間にその国の国民が保健および医療に投じた費用の合計。公的支出(社会保障支出)と個人支出(自己負担)の両方が含まれる。

[2] 国民の収入や国内企業の利益の合計である国民所得に対して、消費税や所得税、法人税などの租税負担と年金や健康保険などの社会保障負担の合計額が占める割合

[3] 病院が患者に対して果たしている役割

[4] 急性期の患者に対し、当該患者の状態の早期安定化に向けて、診療密度の特に高い医療を提供するもの。必要病床数の計算では1日当たり3000点以上医療資源が投入されている患者をいう。

[5] 急性期の患者に対し、当該患者の状態の早期安定化に向けて、医療を提供するもの。必要病床数の計算では1日当たり600点以上2999点以下の医療資源が投入されている患者をいう。

[6] 急性期を経過した患者に対し、在宅復帰に向けた医療やリハビリテーションの提供を行うもの。必要病床数の計算では175点以上599点以下の医療資源が投入されている患者をいう。

[7] 長期にわたり療養が必要な患者を入院させるもの。必要病床数の計算では上記3つの機能の条件にあてはまらない患者をいう。

[8] 患者が受けた診療について、医療機関が保険者(市町村や健康保険組合等)に請求する医療報酬の明細書のこと。

[9] 診療報酬点数。1点あたり10円である。