Vol.212-2 インダストリー4.0とは何か?


公益財団法人 山梨総合研究所
調査研究部長 中田 裕久

はじめに

 2011年に「インダストリー4.0」という産業戦略がドイツで生まれて以降、2014年にはアメリカで「IIC(産業インターネットコンソーシアム)」、2015年には中国版インダストリー4.0といわれる「中国製造2025」、そして日本でもロボット革命イニシアティブ協議会(RRI)が設立され、産業界あげて製造ビジネス変革に向けての検討が始まっている。
 また同時に、20世紀後半にアメリカで生まれたIoT(もののインターネット)という概念も再び喧伝され、ICTによる生活、エネルギー、交通運輸、都市環境の変革に注目が集まっている。
 本稿では、「インダストリー4.0」という産業戦略についてその概要を紹介する。

1.インターネットの普及とIoT

 パソコンの普及とともに、インターネットの利用も拡大した。日本でインターネットが普及し始めたのが1996年で、人口普及率は3.3%と少なかったが2005年には70.8%、2013年には82.3%に達している。また、携帯電話がデジタル化し、iモードでインターネットに接続できるようになったのが1999年である。ちなみに2008年に初めてiPhoneが誕生し、現在、スマートフォンがガラケーを上回っている。
 IoTという言葉は20世紀末Kevin Ashtonが提唱したものであるが、インターネットやスマートフォンの普及に伴い、2013年には様々な企業コンソーシアムが生まれている。IoTは図に示すように幅広く、IBMはスマートプラネット、GEはIndustrial Internetを提唱している。

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図表―ICTデバイスの所有率
(出典)総務省「ICTの進化がもたらす社会へのインパクトに関する調査研究」(平成26年)より
山梨総研作成

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図表―IoTの範囲
(出典)IoT概論 AITCオープンラボ IoT勉強会

・Internet of Things Consortium

・2013年1月8日設立

  ・smartthings(スマートホーム)、basis(スマートウォッチ・フィットネス)

・AllSeen Alliance

  ・Qualcommが中心となって2013年12月10日に設立

  ・Microsoft、パナソニック、シャープ、中国Haier、韓国LG、ソニー

・Industrial Internet Consortium(IIC)

  ・米GEや米Sisco Systemsなど米大手5社が2014年3月27日に設立

  ・米AT&T、米IBM、米Intel、富士通、日立など

・Open Interconnect Consortium(OIC)

 ・Intel、Samsung、Dellなどが2014年7月8日に設立

 ・Intel、米Atmel、米Broadcom、米Dell、韓国Samsung、米Wind River

図表―IoT関連団体
(出典)IoT概論 AITCオープンラボ IoT勉強会

2.インダストリアル・インターネット

 インダストリアル・インターネット・コンソーシアムの中心企業であるGEは、18世紀から20世紀の「産業革命」、20世紀後半の「インターネット革命」に続く第3の革命が「インダストリアル・インターネット」であるとし、インテリジェント機器、データ、ひとを結びつけるネットワークの構築を狙っている。
 インダストリアル・インターネットの主要要素は3つである。

 ① インテリジェント機器:産業機器、施設、車両を高度なセンサー、コントロール、ソフトウェアアプリケーションで接続する。

 ② データと高度な分析:予測アルゴリズムと最先端のソフトウェアを用いて、ビッグデータを可視化する。

 ③ 人々:インテリジェントな機器の設計、操作、保守を可能にし、より高度なサービス品質や安全性を享受できる。

 GEは、自社グループで扱っている航空、電力、医療、鉄道、石油・ガスなどの部門で、例えば航空機エンジンの燃料消費や長距離貨物列車の運行システム、火力発電の燃焼効率をわずか1%改善するだけで、年間およそ200億ドルの利益を生み出すことになると試算している。

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図表―産業革命の3つの波
(出典)GEジャパンホームページ
図表―主要な要素

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図表―インダストリアル・インターネットの効果
(出典)GEジャパンホームページ

3.ドイツの産業政策と「インダストリー4.0」

 「インダストリー4.0」はドイツ政府の「ハイテク戦略2020」(2010年)で示された、未来プロジェクトの1つである。この「ハイテク戦略2020」では、環境・エネルギー、健康・食料、輸送、安全、通信の5つを主要な分野とし、各分野の課題解決のために、10の未来プロジェクトが2011年までに発表された。「インダストリー4.0」は世に喧伝されているが、これらプロジェクトの一つであることに、留意したい。

<ハイテク戦略2020の未来プロジェクト>

 ① CO2ニュートラルな社会の実現

 ② エネルギー供給構造の改革

 ③ 再生可能エネルギー

 ④ 個別化医療・よりよい治療

 ⑤ 最適な栄養摂取と健康増進

 ⑥ 自立した高齢者の生活

 ⑦ 持続可能な輸送・電気自動車の導入

 ⑧ 通信ネットワーク・個人情報の安全

 ⑨ インターネットベースのサービス

 ⑩ インダストリー4.0

 なお、2014年9月には「新ハイテク戦略」が発表され、2015年以降の方針が示されたが、10の未来プロジェクトは継続されている。

4.「インダストリー4.0」の推進目標

 「インダストリー4.0」は第4次産業革命という意味である。

・第1次産業革命:18世紀末から始まった水力、蒸気機関を利用した機械的生産の導入

・第2次産業革命:19世紀末から始まった電気を用いた大量生産の導入

・第3次産業革命:1970年代に始まったコンピュータなどを利用した生産のさらなる自動化

・第4次産業革命:現在、始まりつつある情報通信技術と生産技術の統合による効率化

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図表―産業革命の4段階
(出典)Recommendations for implementing the strategic
initiatiatve INDUSTRIE4.0 

 第4次産業革命では、スマートでネットワーク化した世界となり、IoT&S(もの及びサービスのインターネット)が全ての分野で存在感を増し、エネルギー、輸送、建物、ヘルスケア、そして工場などの分野に転換をもたらすことになる。工場などの産業分野での革命が「インダストリー4.0」と名づけられている。
 「インダストリー4.0」の推進にとって重要な課題は、組み込みシステムであるCPS(サイバーフィジカルシステム)とスマートファクトリーであり、ドイツ内外の企業ではスマートファクトリーやCPSを意識した開発が進められている。
 スマートファクトリーは個別工場だけでなく、関連する様々な工場がネットワークで結ばれることがイメージされており、ドイツでは「インダストリー4.0」の実現には20年かかるといわれている。
 「インダストリー4.0」の目標は産業拠点としてのドイツの強みを活かし、米国や日本、中国などに対し競争力を維持・確保続けることである。例えばCPS導入によってドイツ国内製造業の生産の効率化を図ることができる。と同時に、CPS技術の開発によって優れた製造技術や製造品の輸出の機会が見込まれる。「インダストリー4.0」はこの2重の戦略を意図して遂行されている。

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図表―IoT&Sの一部としての「インダストリー4.0」とスマートファクトリー
(出典)Recommendations for implementing the strategic
initiatiatve INDUSTRIE4.0 

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図表―スマートファクトリーのバリューチェーンのイメージ
(出典)Recommendations for implementing the strategic initiatiatve INDUSTRIE4.0

5.「インダストリー4.0」の経済効果

 「インダストリー4.0」の導入によって、ドイツの6主要産業だけでも、約780億ユーロの総付加価値増加が見込まれている。

産業

総付加価値(10億€)

成長率

年間平均
成長率

増加額
(10億€)

2013

2025

2013~2025

2013~2025

2013~2025

化学

40.08

52.10

30

2.21

12.2

自動車・部品

74.00

88.80

20

1.53

14.8

機械

76.79

99.83

30

2.21

23.4

電子機器

40.27

52.35

30

2.21

12.08

農業

18.55

21.33

15

1.17

2.78

IT・通信

93.65

107.70

15

1.17

14.05

全体

2326.21

2593.06

11.5

1.27

267.45

図表―インダストリー4.0の経済効果
(出所)ドイツIT・通信・ニューメディア産業連合会(BITKOM)2014
(出典)デジタル化社会に向けたビジネスの中心地デュッセルドルフ(JETROデュッセルドルフ、渡邊全佳)

 「インダストリー4.0」についてドイツ企業はどう見ているのか?BITKOM調査(2015年3月)によれば、導入のメリットとして、「生産工程の品質的改善」、「生産コストの低下」、「生産能力の上昇」、「より柔軟な生産体制の構築」の4つが7割以上の企業に指摘されている。他方、「製品ラインの拡大」、「顧客ニーズへの対応」、「人件費の削減」は5割以下であり、生産工程や生産性の改善には寄与するものの、顧客ニーズへの対応や個別生産などについての期待は薄い。
 導入への障壁としては、「高い投資コスト」、「複雑なテーマ」、「専門的な人材不足」が5割以上となっている。次いで、「データの保護」、「システム故障のリスク」などがあげられている。
 産業別導入の割合は、BITKOM(2015年)によれば次表のようである。導入済みが4~5割、「導入済み」と「検討中」を含めると約6割~7割となっている。特に、自動車の分野での導入済み及び検討中が8割近くある。
 なお、他社の2014年調査などを見ると、大企業(従業員1,000人以上)では「導入を検討中」、「戦略策定中」、「数年以内に導入」が57%に対し、中小企業(100~499)では25%と低く、企業規模による格差は大きい。

分野

導入済み

検討中

検討はしていないが関心あり

関心なし

化学

42%

18%

24%

16%

電子機器

48%

15%

24%

13%

機械

41%

18%

25%

15%

自動車

53%

24%

17%

7%

合計

44%

18%

24%

14%

図表―産業別導入の割合
(出所)ドイツIT・通信・ニューメディア産業連合会(BITKOM)2015
上記4業種から従業員100名以上、年間売り上げ高1,000万€以上の各100社ずつのヒアリング調査
(出典)デジタル化社会に向けたビジネスの中心地デュッセルドルフ(JETROデュッセルドルフ、渡邊全佳)

6.まとめ

 ここ4、5年の間に、「スマートグリッド」、「スマートシティ」、「スマートコミュニティ」などのプロジェクトが紹介されてきた。その根幹にはICT技術やロボット技術、電子デバイス、情報端末などの進化がある。
 「インダストリー4.0」もその一環としてみなせるが、シーメンスなどの大企業ばかりでなく、数多くの中小企業を巻き込んで、工場をつないでいくといったドイツならではの意図を持ったプロジェクトである。この実現のためには産官学の連携や企業間の協働が不可欠であるが、ドイツの中小企業にとって「インダストリー4.0」を導入するには投資コストなどで厳しいものがある。
 他方、こうした新規の試みは他国から企業を惹きつけることにもつながる。例えば、CumulocityというIoT企業は米国からドイツに拠点を移し、製造装置のモニタリング及び改善、デバイスの改善、サプライチェーンの最適化などのサービスを提供している。
 日本企業では、独データセンター事業の買収など、企業買収によって「インダストリー4.0」に参入している。
 わが国でも、2015年以降大企業が中心となって協議会を設立し、製造ビジネスの変革を検討しているが、どのような戦略をつくって推進するのか。今後を注視したい。

<参考・引用文献・資料>

1.ジェレミー・リフキン、柴田訳:限界費用ゼロ社会、NHK出版、2015

2.永野博:ドイツに学ぶ科学技術政策、近代科学社、2016

3.中沢孝夫、藤本隆宏、新宅純二郎:ものづくりの反撃、ちくま新書、2016

4.川野俊充:ドイツが描く第4次産業革命「インダストリー4.0とは」(前編、中編、後編)http://www.monoist.atmarkit.co.jp

5.鍋野敬一郎:IOT 先行企業の狙いを見極める http://www.hitachi-solutions.co.jp

6.独立行政法人 科学技術振興機構、研究開発センター:ドイツの科学技術イノベーション政策:新ハイテク戦略、2014916