Vol.215-1 「移住」に関して思うこと


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富士河口湖町新聞 編集長
中原 崇

1.はじめに

 私は東京浅草、浅草寺の門前町に生まれ、三社祭には毎年神輿をかついでいました。幼い頃から下町文化に浸かり、大学を卒業して社会人になってからもその地を離れずに毎日を過ごしていました。IT関係の会社に就職し、その後仲間とWEB制作の会社を立ち上げ多くの会社のホ-ムページ制作をしていましたが、地元浅草を離れ、富士河口湖町に来て現在1年になります。今回は感じていることをそのままお伝えしたいと考えています。

2.移住のきっかけ

 東京での暮らしは別段不満はなく、仕事も順調に進んでいましたが、子供が生まれたことにより将来的な子育て環境について妻と話をする機会が増えました。妻も都市部の出身だったことから、漠然と「子供は自然豊かなところで育てたい」、「そういうところで家族の基盤を作りたい」と、互いの意見は一致して、子供がまだ小さいうちにということで丁度1歳になるときに東京から引っ越してきました。
 この地は大学生の頃には釣りに、社会人になってからはゴルフにと頻繁に訪れる機会があり、もともと親近感を持っていたことと、現在もWEB制作の仕事を続けており得意先、仕事仲間との打ち合わせなどで東京に行く機会が多く、場所的にも近いことから移住先としてこの地以外には考えてはいませんでした。また、目の前にそびえる富士山と、目の前にひろがる本栖湖の景観が強い動機付けにもなりました。

3.地域おこし協力隊制度の活用

 私たちの場合は、移住を決めた時点で富士河口湖町は決まっていたので、各地の情報を集めるとか、説明会に参加するといった作業はなく、この地の情報収集に集中しました。まずは、昨年1月に役場が主催した東京での移住説明会に参加しました。この時に町の説明(概要)・現在の状況などと一緒に「地域おこし協力隊」という制度についての説明がありました。それまでは、地域おこし協力隊についてはまったく知らなかったのですが、制度の内容に加えて、地域資源の活用、制度を利用して移住して来た人に対する期待を担当者から直接聞くことにより、「面白そうだ」、「富士河口湖町にとって何かできるかもしれない」という非常に前向きに自分の存在を感じたことを覚えています。その後、現地説明会に参加して、移住した際の住居、インフラ、教育・医療などの住環境全般について知ることができました。その時には私の中では、「地域おこし協力隊」制度を利用してここに移住する。協力隊として具体的にやるべきことがイメージされるようになっていました。
 自分自身は移住が決まったかのように思っていたのですが、富士河口湖町は人気が高く、「地域おこし協力隊」制度を利用しての移住希望者が多く、面接によって選考されることとなりました。3月に町役場で行われた面接では、2名受け入れに対して20名の希望者があり、倍率にして10倍、狭き門を潜り抜けて昨年の5月にやって来ました。
 地域おこし協力隊については、移住希望者にとって制度自体も非常にありがたいものであると同時に、いわゆる大義(移住して、当該地域を活性化する)という意味においても移住を後押しする力を持っている気がします。協力隊員に決まった後に、総務省が行う研修があるのですが、その際に他の協力隊員と話した中に、その役目を意気に感じている仲間が多くいました。

4.現在の活動

 現在私は、「富士河口湖町新聞」という地域情報の発信を行っています。手段としてはフェイスブックを利用して不定期ではありますが、だいたい毎月3回ほど発行しています。内容については地域の観光情報というよりも、私自身の視点で「食」、「イベント」、「地域」、「人々」、「店舗」、「景観」など広く、深く伝える媒体にしていきたいと考えています。地域内に限定した本当に細かい部分まで網羅した情報を発信していきたいと考えています。「富士河口湖町新聞」は現在半年になりますが、まだまだ地域に根付くほどまでにはなっておらず、これからはより一層活発に活動していく予定でいます。そして、その先にイベント企画・運営、空き家を利用したリノベーションまちづくりなどを行い、事業として確立して、生活基盤を確立していきたいと考えています。

富士河口湖町新聞取材記事から215-1-2

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2016.3.16号 『「マタギの世界」に密着取材!狩猟はこうして行われる』より。狩猟前のミーティング風景。

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2016.5.16号 『富士河口湖町の「お祭り」事情~稚児の舞~精進諏訪神社例祭~本栖湖公家行列』より。私も参加している本栖湖公家行列の練習風景。

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2016.6.10号 『スズ竹を使った勝山地区の伝統産業・特産工芸品「竹ざる」作りを見学してきました!』より。地元の竹ざる職人の作業風景の一枚。

5.地域おこし協力隊の制度について

 制度については、非常にありがたいし、間違いなく都市部からの移住を促進する制度だと思いますが、実際に受け入れるのは各自治体であり、その内容もさまざまであることが多いのです。例えば、生活費プラス活動費が支給されますが、活動費については受け入れ先の事情等によって大分違ってきます。ある自治体では行政と協力隊員の間に財団を作って、その財団が隊員との窓口となり比較的活動がスムーズに進んでいるところがある一方で、当初約束されていた活動費の支給にたくさんの制約がある、あるいは支給されないといった話も聞くことがあります。また、人材活用の面からも自治体によって大きな差が生まれていることも事実です。前述したように、移住先の活性化に貢献しようと意気に感じてやってきたものの、役場の雑務・電話番で毎日が過ぎていくといった悲しいミスマッチの話も耳にします。移住者は基本的には制度終了後(3年間)もそのままその地に残りたいと考えているので、その基盤づくりという意味において出来る限り移住者の希望に沿うような形で受け入れ態勢が整えば良いと感じています。

6.協力隊員の連携

 現在郡内地域では、富士河口湖町、富士吉田市、都留市、大月市、上野原市、道志村などの隊員の間で年間3回ほどワークショップを開催して情報交換、意見交換会を行っています。5月には道志村のイベントで隊員が集まってトークショーを開催し、隊員それぞれの移住に対しての思いや、この地で起業するという決意が聞けて、良い刺激を受けました。
 その他としては、隊員として採用が決まった際の研修時に知り合った人たちとは現在もSNSを通じて情報のやり取りを行っています。また、セミナーや視察会に参加すると各地の隊員が参加しているケースが多く、隊員同士のつながりは自然発生的に生まれています。頻繁に会うことはできなくても、SNSなどを通じて各地の隊員と情報交換などを続けていくことにより、共通の課題が発見でき、その克服に向けての取組みができるのではないかと考えています。各地の活動を取りまとめたWEBサイトの「ジョイン」というのがあって、各地の隊員の閲覧率も高く、他地域の情報収集の貴重なツールとなっています。

7.今後について

 現在私は、人口100名ほどの本栖湖の集落に暮らしています。地域の人々は当初から暖かく迎え入れてくれて非常に感謝しています。自治会への加入、消防団への入団など、移住者から積極的に地域の方々と交わることでコミュニケーションが取れてきます。前述したように、「地域おこし協力隊」に名乗りを上げる人は、必ずその地域で「力になりたい」、「地域の方々と交わりたい」、「新しいことにチャレンジしたい」といった移住を前向きに捉えている人たちがほとんどだと感じています。
 「地域おこし協力隊」制度は移住のきっかけとして非常に大きなトリガーとなることは間違いありません。首都圏ではインターネット環境が整っていれば仕事になる職種の人たちがたくさんいます。移住に関しては、雇用問題が取り上げられますが、山梨県は東京へのアクセスが容易であり、しかも住環境は素晴らしいと感じています。私自身、大きな決断でしたが、正解だったと感じています。ピンポイントで手に職を持っている人たちにアプローチすることができれば、かなりのヒット率で移住者を獲得することが出来ると感じています。
 縁あって富士河口湖町に移住して、1年が過ぎました。最初に思い描いた姿を実現するために、これからも地域の方々、行政の方々とともに前を向いて進んで行きたいと考えております。