Vol.215-2 郷土愛を育む大切さ(2)
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 古屋 亮
はじめに
前編において、長野県における郷土愛の強さとその醸成について、オリンピックでの開会式や県歌信濃の国等を例にとり実態を明らかにした。後編では、その郷土愛が地域にどのように影響をしているのかについて述べていきたい。
今回は、大学卒業時のUターン・地元への就職意識、実態等をまとめ、地域への想いが就業先に及ぼす影響について若干の考察を加える。
若年層の転出・転入動向
図表1は、若年層の転出・転入動向が「長野県人口定着・確かな暮らし実現総合戦略~信州創生戦略~(改定版)」において明らかになっている「年齢階層別社会増減の長期動向」である。
これをみると、長野県では、1980年→1985年から「15-19歳→20-24歳」層が大幅な転出超過となっている。一方、「20-24歳→25-29歳」層では転入超過の傾向が続いているほか、「25-29歳→30-34歳」層でも、以前は転入超過の状況にあった。
図表1 長野県の年齢階層別社会増減の長期動向
出典:長野県人口定着・確かな暮らし実現総合戦略~信州創生戦略~(改定版)4P
次いで、「山梨県まち・ひと・しごと創生人口ビジョン」において明らかになっている山梨県の「年齢階層別の人口移動の長期動向」をみると、男性、女性とも1980年→1985年から「15-19歳→20-24歳」が転出超過になっているのに加えて、「20-24歳→25-29歳」層も近年は転出超過となっていて、その数は拡大傾向にある。一方、男女とも、2000年頃までは、「25-29歳→30-34歳」層なども転入超過であったが、2005年→2010年においては、転出超過となっており、近年、若年層については男女とも転出超過の状態が続いている。
図表2 山梨県の年齢階層別の人口移動の長期動向(男性)
出典:山梨県まち・ひと・しごと創生人口ビジョン13P
図表3 山梨県の年齢階層別の人口移動の長期動向(女性)
出典:山梨県まち・ひと・しごと創生人口ビジョン13P
このように、長野県では転入者数の減少こそあれ、「20-25歳→24-29歳」層は転入が超過となっており、一方、山梨県では、近年一貫して若年層が転出超過となっている。
雇用環境や住宅・子育て環境等多様な要因が考えられるが、なぜ長野県と山梨県でこのような違いが出てくるのか、マイナビ[1]大学生Uターン・地元就職に関する調査をもとに、若年層の意識の面からみてみたい。
大学生・院生の地元就職希望
図表4は、2016年卒、2017年卒の大学生・院生における、地元進学、地元外進学別の地元就職希望をみたものである。
地元進学、地元外進学を合わせた全体の地元就職希望者をみると、2016年では山梨県28.6%、長野県48.1%となっており、19.5ポイントもの開きがある。山梨県出身者では地元志向が弱く、長野県出身者では地元志向が強い傾向は、地元進学、地元外進学いずれをみても同様であり、地元進学で地元就職を希望する割合では、山梨県50.0%、長野県80.0%、地元外進学では同17.1%、40.4%となっている。山梨県は長野県と比較して地元進学、地元外進学でそれぞれ30ポイント、23ポイントの差で地元への就職希望が少ないことがわかる。
次いで2017年の、山梨県と長野県の地元進学、地元外進学を合わせた全体の地元就職希望者をみると、山梨県46.2%、長野県51.9%となっており、地元就職希望者の差は5.7ポイントまで縮小し、山梨県においても地元志向が強くなる傾向があるが、依然として長野県の地元就職希望者の割合は山梨県より高くなっている。
図表4 地元進学、地元外進学における地元就職希望者の割合(山梨県・長野県の比較)
出典:2016年卒、2017年卒 マイナビ大学生Uターン・地元就職に関する調査
次に、地元以外に進学している方が、地元企業への就職活動で最も障害に感じていることについてみると、2016年では、山梨県、長野県とも「地元までの交通費」が最も多く、山梨県27.5%、長野県37.3%となっている。また、「地元企業の数が少ない」が山梨県27.5%で同率1位、長野県21.6%で同2位となっている。
同様に、2017年をみてみると、「地元への交通費」は、山梨県17.2%、長野県38.0%となっている。また、「地元企業数が少ない」については、山梨県37.9%、長野県15.7%となっており、2017年卒の山梨県出身の学生は、企業の数が少ないと答えている割合が高くなっている。2016年と2017年を比較すると、山梨県では企業の数が少ないと答える割合が10 ポイント上昇している。
長野県では、多少の増減はあるが、ほぼ同じような傾向で推移し、地元までの交通費や地元の企業が少ないことが要因として挙げられている。
図表5 地元企業への就職活動で最も障害に感じていること
出典:2016年卒、2017年卒 マイナビ大学生Uターン・地元就職に関する調査
このことについて、平成26年における都道府県別産業別の事業所・従業員数[2]をみると、全産業の事業所数は、山梨県45,613、長野県113,751、全産業の従業員数は山梨県400,762人、長野県1,020,500人となっている。年齢構成等の階層別の人口ボリュームがあるので、単純に比較はできないが、長野県の人口は209万人、山梨県が83万人で、約2.5倍の開きがある。
仮に山梨の事業所数を2.5倍すると、114,032、従業員では1,001,905人となり、山梨県と長野県のボリューム感はほぼ同じになる。事業所については、規模や職種等の構成の違いはある。また本来であれば有効求人倍率等も検討しながら明らかにする必要があるので、単純に長野県は山梨県と比較し人口が2.5倍だから、事業所数も2.5倍するとどうなる?という発想で比較できるものではない。しかし、山梨県と長野県の事業所・従業員数を相対的に考えると、絶対数こそ少ないが、人口当たりの割合でみると、同程度の数値であり、山梨県が決して少ないわけではない。
山梨県の主要な企業(事業所)を挙げると、山梨県庁、各市町村、山梨中央銀行、山日YBSグループ、テレビ山梨、ファナック、東京エレクトロン山梨、シチズン電子、キトー、はくばく、シャトレーゼ、よっちゃん食品工業、早野組、教員、農協等がある。
長野県ではどうであろうか。長野県庁、各市町村、八十二銀行、信濃毎日新聞、長野放送、テレビ信州、長野朝日放送、キッセイ薬品工業、セイコーエプソン、シナノケンシ、ホクト、伊那食品工業、養命酒製造、マルイチ産商、北野建設、教員、農協等がある。主要企業を見ても、山梨県と長野県の産業構造はとても良く似ているといえるのではなかろうか。
次いで、図表6から、調査時点での地元への就職希望をみてみる。地元進学・地元外進学を合わせた全体でみると、「希望する」、「どちらかといえば希望する」を合計した数値は山梨県42.8%、長野県58.2%となっており、15.4ポイントの差がある。
図表6 地元(Uターンを含む)への就職希望(全体)
出典:2016年卒、2017年卒 マイナビ大学生Uターン・地元就職に関する調査
また、図表7から地元進学者が地元への就職を希望する割合をみると、2016年では「希望する」、「どちらかといえば希望する」を合計した数値は山梨県59.1%、長野県では84.0%となっており、24.9ポイントもの差がある。
2017年をみると、地元進学者が地元への就職を希望する割合は、「希望する」、「どちらかといえば希望する」を合計した数値は山梨県70.0%、長野県では90.9%となっており、依然として20.9ポイント差となっている。このように長野県の学生は、山梨県の学生と比べて特に地元志向が強くなっている。
図表7 地元(Uターンを含む)への就職希望(地元進学)
出典:2016年卒、2017年卒 マイナビ大学生Uターン・地元就職に関する調査
次に、地元(Uターンを含む)への就職希望について、図表8から地元外進学者についてみてみる。2016年の地元外進学者が地元への就職を希望する割合は、「希望する」、「どちらかといえば希望する」を合計した数値は山梨県34.2%、長野県51.9%となっており、17.7ポイント差がある。
2017年をみると、地元外進学者が地元への就職を希望する割合は、「希望する」、「どちらかといえば希望する」を合計した数値は山梨県50.0%、長野県62.0%となっており、12.0ポイント差となっている。
以上のように、両県とも、全体、地元進学、地元外進学とも2016年と比較して、2017年の方が地元への就職を希望する割合が増加していて、今後、ますます地元への志向が強まる可能性はある。しかし、山梨県と長野県を比較した場合は、全体、地元進学、地元外進学とも長野県出身者のほうが地元に対する志向が強くなっており、地元進学者においては、地元への志向が特に強くなっている。
図表8 地元(Uターンを含む)への就職希望(地元外進学)
出典:2016年卒、2017年卒 マイナビ大学生Uターン・地元就職に関する調査
地元への就職希望に差が生じる要因
図表9では、地元(Uターンを含む)への就職希望理由が明らかになっている。これによると、2016年、2017年とも明らかに両県の違いが出ているのは、「地元の風土が好きだから」ではなかろうか。それぞれの差は2016年では17.1ポイント、2017年では11.4ポイントの差となっている。
これらの就職希望先への想い等が、結果として両県における転入・転出人口の動向に関係していることになるではなかろうか。
これら「地元の風土が好き」という理由から、就職先について、地元の企業を選ぶ割合等に山梨県と長野県について差が出ている、とまでは言えないであろう。しかし、特徴として表われている以上、決して無視できる差ではないことも確かである。
図表9 地元(Uターンを含む)への就職希望
出典:2016年卒、2017年卒 マイナビ大学生Uターン・地元就職に関する調査
両県の若年層における就職時の地域への想いを含め、山梨、長野両県民の郷土に対する想いは、自慢度、愛着度にも表れている。
図表10は地元への愛着度・自慢度のランキングを示したものである。これをみると、長野県では愛着度が全国9位、自慢度が7位となっている。一方、山梨県では愛着度が40位、自慢度が25位となっている。
山梨県と長野県を比較した場合、ここまで差がつく要因については、どこにあるのであろうか。
山梨県、長野県とも自然は豊かである。山梨県には富士山もある。山岳眺望は抜群であり、温泉も豊富にある。農産物も多彩であり、長野県には全く劣っていない。居住、子育て環境等についても、両県の違いが明確にみられることはないように思われる。就業構造もそう変わるものではない。東京からの距離を考えると、利便性は山梨県のほうが高いかもしれない。武田信玄という著名な戦国大名を有し、江戸時代には文化・流行の起点であった甲府。小江戸という言葉は甲府のことを指していたとも言われている。何より、ほんの30年程前までは、甲府の街は大きな賑わいをみせていた。
長野県と山梨県において、愛着度、自慢度ともここまでの差がつく要因は物理的条件としては、全く見当たらない。こうして考えると、前編で明らかにしたように、郷土愛の強さとその醸成に対する想いの違いが山梨県との差に表れていると言わざるを得ない。
図表10 地元への愛着度・自慢ランキング
出典:週間ダイヤモンド2016/03/26 ブランド総合研究所調査より作成
このように考えると、長野県の若年層が本県の若年層よりも多くの割合が希望して地元に戻ってくる現状に納得できる。
自慢度、愛着度を上げることが地元への回帰率を上げることになるとまでは言い切れないが、一つの対策であるとは言えるであろう。
むすびにかえて
今回、郷土愛をテーマに山梨県と長野県の比較を試みた。心、気持ちの話であるので、それが転入・転出に確実に影響を及ぼしているとまでは言い切れないが、学生の就職時の動向、県民の郷土愛の強さを比較してみると、多少なりとも影響していると言えるのではなかろうか。
好きでもない場所に興味を持って良くしようとは思わない。住んでみよう、帰ってみようとは強く思わない。そこで誇りを持って生活しようとは思わない。これは当たり前の話ではなかろうか。
最後に街づくりとして、長野県小布施町、松本市、甲府市 甲府城旧堀の写真を載せておく。
郷土愛がしみているまち。地域住民が主体となり、守り、維持するまち。住んでいる人間が誇りに思えるまち、帰りたいまち。こうした取組みが遅れているまち。
本県も大いに参考になる気がしている。
写真:小布施のまち並み
出典:e-obuse.com: e-小布施.com ガイド&マップより
http://www.e-obuse.com/pamphlet/index.php
写真:松本市のまち並み
まつもと城下町湧水群
出典:ファインドトラベル
まちの至るところに湧水がある。
詳細は松本市公式観光情報ポータルサイト
http://youkoso.city.matsumoto.nagano.jp/water/index.html/#downtownseries
写真:甲府市 甲府城旧堀跡
出典:筆者撮影
[1] 株式会社マイナビが運営する就職情報サイト「マイナビ」。2016年調査では、マイナビの会員7,058人にWEB DMで配信、2017年調査は同様な方法で6,717人に配信、集計している。対象は、2016年度、2017年度にそれぞれ卒業となる学部4年生、院生2年生である。
[2] 山梨県統計データバンク中分類「事業所・従業者」平成26年
http://www.pref.yamanashi.jp/toukei_2/DB/EDC/dbca01000.html