Vol.216-2 学校現場における動物飼育の現状と課題について
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 相川 喜代弘
学校から消える動物たち
「近頃、小学校から動物が消えた」。そう思うのは、私の勘違いであろうか。そう言えば、小学4年生、中学1年生となる子供との学校生活に関する話題の中で「うさぎ」や「にわとり」という言葉を全く聞いたことがない。昭和40年代生まれの私が小学生の頃には、『給食の残りものをやった』とか、『飼育小屋の掃除は臭くて面倒だ』とか、少なからず友達との話題の中に、学校で飼育する小動物がいたような気がする。これら小動物のうるさい鳴き声、臭かった糞尿の思い出もあるが、クリクリした瞳や差し出した餌を懸命に頬張る姿の記憶は今も懐かしく思える。だから、クラスの“役決め”をする時には『飼育係(しいくががり)』が、女子からは一定の人気があったように思われる。
ところが、いつ頃からか、学校現場から動物が消えた。少なくとも、消えようとしている現状があるように私には思える。
そこで、学校現場における動物飼育の現状と課題を探るとともに、小学校などでの“いのち”の学び方などを明らかにすることにより、動物飼育における学校間での情報共有と教職員の負担軽減の一助となることを目的として、県内の全ての小学校及び特別支援学校の合計203校に対して、動物飼育等状況調査(平成28年2月)を行った。
学校現場における動物飼育の現状
現在の動物飼育の有無(SA=単一回答(Single Answer)の略、以下同じ)について聞いたところ、「はい」と回答した学校は104校(57.8%)で「いいえ」と回答した学校は76校(42.2%)となった。
飼育している動物(MA=複数回答(Multi Answer)の略、以下同じ)について聞いたところ、「うさぎ」が最も多く81校(77.9%)を占め、次いで「ニワトリ・チャボ・ハト」が15校(14.4%)、「カメ」が12校(11.5%)となった。
動物を飼育する理由(MA)について聞いたところ、「以前から飼われているから」が最も多く82校(78.8%)を占め、次いで「情操教育(心、いのち)の一環として」が66校(63.5%)、「教材として」が47校(45.2%)となった。
こうしたなか、学校現場で動物を飼育するうえでの最も大きな課題(SA)について聞いたところ、「飼育する人(教師)の負担を軽減すること」が最も多く32校(30.8%)を占め、次いで「飼育場所を確保すること」が14校(13.5%)、「飼育方法を理解すること」が13校(12.5%)となった。
一方、動物を飼育していない理由(MA)について聞いたところ、「病気(感染症など)が心配」が最も多く43校(56.6%)を占め、次いで「飼育する人(教師)の負担が大きい」が23校(30.3%)、「飼育場所がない」が22校(28.9%)となった。
また、小学校等で動物を飼育する教育目的(MA)について聞いたところ、「いのちの飼育(愛情飼育のうち、特にいのちに注目した効果)」が最も多く154校(85.6%)を占め、次いで「愛情飼育(人と動物が親しみ合う、情をかわすことから得られる効果)」が153校(85.0%)、「理科飼育(理科課程に組み込まれているもの)」が54校(30.0%)となった。
動物愛護と学校での“いのち”の教育への対応
ところで、人と動物とのより良い共生に向けては『動物愛護』が重要なテーマの一つとなるが、昭和48年に議員立法で制定された「動物の愛護及び管理に関する法律」(動物愛護管理法)があるのをご存知だろうか。
その条文を見てみると、第3条において、国や都道府県は動物の愛護と適正な飼育に関して、相互に連携を図りながら、学校、地域、家庭等における教育活動、広報活動等を通じてその普及啓発に努めること、また、第6条において、都道府県は動物愛護管理推進計画を定めること、が謳われている。
また、「山梨県動物愛護管理推進計画(平成20年3月策定、平成26年3月改正)」によれば、人と動物が調和し共生する社会に向けて、連携・協働による施策の推進のための役割として、県、市町村、教育関係者、県民、飼い主、動物取扱業者、獣医師会などの関係団体、動物愛護推進員などの役割が定められ、教育関係者にあっては「動物の命を大切にする心の育成」や「学校における飼育動物の適正管理」が明示されている。
【動物愛護管理法 抜粋】 第一章 総則 (目的) (基本原則) (普及啓発) (動物愛護週間) 第二章 基本指針等 (基本指針) (動物愛護管理推進計画) 【山梨県動物愛護管理推進計画 抜粋】 |
こうした状況において、動物の命を大切に育む教育・活動を行っているか(SA)について聞いたところ、「はい」と答えた学校は145校(80.6%)で「いいえ」と回答した学校は33校(18.3%)となった。
また、動物の命を大切にする心を育む教育(活動)には、どのような方が関わっているか(MA)について聞いたところ、「教職員(学校関係者)」が最も多く137校(94.5%)を占め、次いで「市町村職員などの行政関係者(動物愛護センターを含む)」が20校(13.8%)、「獣医師」は14校(9.7%)となった。
動物介在教育への関心と課題
最後に、学校現場における動物飼育の復活に向けて、動物を介在させた教育(動物介在教育)についてどの程度知っているか(SA)聞いたところ、「知っている(具体的な取り組み事例や教育効果などを知っている)」と回答した学校は27校(15.0%)にとどまり、「あまり知らない」120校(66.7%)と「全く知らない」33校(18.3%)を合わせた学校数は全体の8割以上となった。
また、動物介在教育について今後、取り組みたい(研究・学習)と思うか(SA)について聞いたところ、「少しずつ取り組みたい」が75校(41.7%)を占め最も多く、次いで「分からない」が59校(32.8%)、「あまり取り組みたくない」が33校(18.3%)などとなった。「積極的に取り組みたい」と「少しずつ取り組みたい」の合計は76校(42.2%)となり、「全く取り組みたくない」と「あまり取り組みたくない」の合計60校(33.3%)を上回る結果となった。
併せて、動物介在教育に取り組むうえでの課題(MA)について聞いたところ、「教育上の人的な負担増」が53校(69.7%)を占め最も多く、次いで「日常飼育上の人的な負担増(長期休暇時の人的な負担増を含む)」が46校(60.5%)、「教育上の知識不足(効果検証の必要性などを含む)」が40校(52.6%)となった。
学校からの意見・要望(主な自由記述)
- にわとりやチャボ、うさぎを飼育することは、児童に命の大切さや、やさしい心を育てることになると思うが、費用や病気、負担を考えると、教育現場であえて動物を飼育する優先順位はあまり高いとは言えない。
- 命を大切にする心を育てるという意味で、動物を学校で飼育することは、有効であると考える。ただし、感染症等の問題には細心の注意を払う必要があり、児童の保健衛生面に配慮しながら行わなければならない。
- 良いことであると考えます。但し、感染症予防や保護者・地域の方々の理解を得られないと様々なことも実行しにくい現状です。このような援助やアドバイスが受けられればいろいろ検討していきたいと思います。
- 効果はあると思う。あると思うが、○○教育が増えすぎている現状である。
- 動物の病気(感染症)やアレルギー対応等に関して考えてみると、教育現場で動物を飼育し、動物を介在させた教育に取り組むことにしては難しさを感じる。
- 何でも小学校教育の中に組み込めばそれでいいという考えが、小学校教育を多忙化にして、教育内容をどんどん増やしている。「やればそれなりの効果・成果は出る」ことはわかるが、なかなかどれもこれもというわけには、現実的には無理。動物を飼育したい家庭は飼育している現状で、小学校でも飼育することの意義はあるのかと思います。誠に個人的な意見ですが、今の状況では、どこの学校をみても、動物を愛するというよりも、動物を虐待しているかのような印象です。学校では動物は飼わない方がよいと考えています。
- 土日・3連休・長期休業中の管理が難しいことが最大の難点です。目的や教育効果が、全職員に共通理解されるかも課題です。管理職や職員の異動によっても、飼育に対する方針の変更があることが考えられます。そのときに、動物や飼育施設をどのように管理するかも難しいと思います。
- 必要であり、大切であり、有意義であるとは思いますが、飼育の条件を整えることは難しい現実があります。教育現場の多忙(超多忙)が要因にあると思います。
- 鳥インフルエンザが取り上げられるようになった頃から、学校の小動物が姿を消していったように思います。また動物を飼った経験のない教職員が増えていることや、アレルギーの児童が増えていること(そのための保護者との対応)も動物を飼うことをためらう要因になっていると思います。動物を飼育することによって、学ぶものは大きいと思いますので、教職員や子どもたちから飼ってみたいという話が出てくれば、前向きに支援したいと思います。
- 動物による感染症が危惧され、飼育に対する意識が変化した。正しい飼育方法について、専門家から学び、学校・家庭を含め、飼育の効果を教育的意義に高めることが必要でしょう。
- 動物飼育を通して、児童の心が豊かになることを実感することができた。一方で、「動物飼育に関する知識を得るための機会をもつ必要がある」、「動物アレルギーをもつ子どもへの対応。それに代わる教育内容の吟味、学校としての対応策を考えておく必要がある」、「費用の確保」等の課題も多い。
- 動物の飼育については、学校の職員だけでなく、地域の方のボランティアなどの支援を受けて実施することが望ましい。
- 家で動物の飼えない子どもたちにとっては、学校に飼育動物がいることは、うれしいことだと思う。学校は、連休や長期休業があるため、休日出勤等、職員の負担がどうしても出てしまう(自動エサやり機もよいが、万が一のことがあるかもしれないので・・・)。個体数の管理や、死後の処理、近親交配にならないような管理が難しい。動物アレルギーの子への対応。活動に参加できない疎外感を与えてしまう。
- 飼育するための知識不足のため、動物の病気や死んでしまったときの対応をすばやく判断することができないので、いつでも、また、どんなことでも相談できる獣医など専門家の方々とのつながりが欲しい。また、動物からの病気感染やケガ発生も気がかりである。長期休業の飼育は、担当職員が飼育しているが、生き物なので、絶えず動物の様子を気にしていなければならない。
- 動物アレルギーで喘息が出る児童もいます。子どもたちの命や安全を確保した上で、教育内容を吟味していく必要があると感じています。家庭や地域、外部機関・団体など連携して、いろいろな学びの場、体験の機会を作っていくことが大切でしょう。
- 命の大切さを学習する、また、動物とふれあう事によって、心を癒すなど、身近に動物が存在することは意義があると思っています。小さな学校でも実現できるような予算の確保と方法等の支援があるとよいと考えます。
まとめ
現在、学校現場は様々な使命を抱えながら、多様な価値観を持つ親との関係にも配慮しつつ、少数精鋭のなか孤軍奮闘しているところである。こうした状況下、学校現場に更なる負担を強いることが予想される動物飼育の推進について言及することは、正直、気が引ける。
しかしながら、新聞報道で小中高生の痛ましい自殺記事などを目にするにつけ、こうした学校現場からの動物飼育の後退が少なからずその一因となっているような気がしてならない。平成16年に発生した「鳥インフルエンザ」などによる学校現場からの動物の排除が、ウサギやニワトリなどの小動物の飼育を通じた“情操教育”や“いのちの教育”に少なからず影響を与えてはいなかっただろうか。
私が小学生の頃、どの学校にも、これらの小動物を飼育するちょっと汚れた、ちょっと臭いの強い、生々しい場所があったと思う。薄ら覚えであるが、私はそうした檻の中で飼われている動物をかわいいと思う半面、何か、得体の知れない怖さを感じたものである。今、思うと、小学生だった私に何となく「死」を想起させるものであった気がする。そうであれば、三世代同居が当たり前で年老いた祖父母を看取ること、死を身近に接することが可能であった時代から、それが出来ない今日世代においては、動物飼育がその代わりとなり得るのではなかろうか。
学校での動物飼育は、命について考える重要な機会となりえることから、この復活に向けて最重要課題となる教職員の負担軽減については、各方面からの支援が必要となる。とりわけ、動物のスペシャリストである獣医師の先生方には、“学校獣医”として教職員、児童生徒及びその保護者などへの動物感染症等に対する知見の活用など、学校現場における動物飼育への適切な助言と協力を期待したい。
PS.最近、わが家で飼い始めた子猫です。
【調査協力】
県内の全ての小学校(特別支援学校)様
【主な引用文献・資料・サイト】
山梨県動物愛護管理推進計画(平成26年3月 山梨県)ほか