Vol.218-1 山梨は星の名産地
宙先案内人、星空工房アルリシャ代表、星つむぎの村共同代表 高橋 真理子
1.星を見上げること
最近、星空を見上げましたか? しばらく星なんて見てなかった・・という言葉の背景には、「忙しくて」とか「余裕がなくて」ということが多いように思います。星を見上げるという行為は、何かしら心が開放されるものでもあり、希望や夢を感じたり、無意識のうちに励ましをもらったりするものでもあります。思索にふけったり、誰か大切な人のことを思ったり、亡くなった人のことを考えたり・・。それぞれの人が何かしら、星を見る体験とともに思い出せる何かがあるのではないでしょうか?
星は人類が地球上に誕生したときから空に存在し、それを見上げて、人々は多くの知を積み上げてきました。時間や空間という概念は、星があったからこそつくりあげることができたといっても過言ではありません。そして、存在の不思議、いのちのはじまり、宇宙のはじまりといった、人間の根源的な問いを投げかけてくれるのも星空です。
私たちが、遥か手に届かない小さな点像からおのずと力をもらえるのは、一つは、そこが私たちのふるさとだからだろう、とも思います。私たち、生命の体をつくる酸素や炭素、鉄などのさまざまな元素は宇宙の始まりにはなく、星の内部でつくられ、星の死とともにあらたに生まれてきたものばかり。私たちはみんな星のかけらでできています。
大いなる自然や、満天の星空に抱かれるとき、私たち人間も自然の一部であり、また宇宙内存在の一つであることに気づきます。忙しく慌ただしい現代社会を生きる私たちは、その感覚を失いつつありますが、だからこそ、ほんの数分でも、空を見上げる時間を持つことは、生きる力を呼び覚ます自浄作用があるようにも思うのです。しかも、遠い星を見ることは、小さな地球を感じることでもあり、生きて出会う喜びを感じることにも通じます。だから、すべての人に、星を見上げる時間を持っていてほしい、と切に願っています。
2.「星つむぎの村」について
私は、山梨県立科学館のプラネタリウムに開館前から19年間携わったのち、現在は、「星空工房アルリシャ」という個人事業名でフリーランスとして活動しています。主な活動は、出張プラネタリウムや、ミュージシャンとの宇宙ライブ、星や宇宙に関する企画、執筆、大学における講義などです。同時に、これまで、コンセプトを共有しながら活動してきた仲間たちとともに「星つむぎの村」という団体を運営しています。
「星つむぎの村」のネーミングは「星つむぎの歌」から。「星つむぎの歌」とは、2007年に山梨県立科学館として行ったプロジェクトで、「みんなで星を見上げ、その想いを言葉にし、みんなでつなげて歌にしよう」と全国に呼びかけ、制作したものです。延べ2,690の人たちの言葉が集まり、選定・補作として、山梨県出身の詩人・音楽家の覚 和歌子さん、作曲は財津和夫さん、歌は平原綾香さんという豪華メンバーが関わった一大プロジェクトでした。この歌は、今でもさまざまな形で歌い継がれています。このプロジェクトが教えたことは、「星は人をつなぐ」、「それぞれが表現をし、それを一つの形にできたとき、想像を超える力が発揮される」、「星空は誰の心の中にもある」、といったことでした。このプロジェクトのコンセプトを受け継ぎ、「みんなで星を見上げ、ともに幸せをつくろう」、というのが、「星つむぎの村」のミッションです。
「星つむぎの村」では、本物の星空を見ることができない人たちに星空を届ける、「病院がプラネタリウムプロジェクト」、目の見えない人たちや耳の聞こえない人たちと宇宙を共有する「ユニバーサルデザイン活動」、それから、自然災害で被害を受けた被災地にプラネタリウムを持って赴き、心の開放の手助けをする活動なども行っています。また、八ヶ岳山麓の美しい星空の下に拠点を持ち星空イベントの開催もしています。
3.星を届ける
2013年に、出張プラネタリウムや公演の仕事を始めて以降、全国250ヶ所ほどに「星を届け」ています。「星を届ける」スタイルはいくつかありますが、大活躍しているのは、移動式プラネタリウム。直径4mのエアドームの中に、大人でも車座に座って20名ほどが入れる空間です。
出張プラネタリウムをはじめたモチベーションの一つは、「なかなか本物の星空を見ることができない人にこそプラネタリウムは意味があるのではないか」、と思ったことによります。星を見る意味は最初に書いた通りですが、実際には、本物の星空を見られない人たちもたくさんいます。そんな人たちに星を届けたいという想いで始めたのが、「病院がプラネタリウム」です。今年で3年目になりますが、全国あちこちからオファーがあり、北海道から沖縄まで全国の病院に出向いて、主に、長期入院をしている子どもたちや難病の方々に星を届けています。「病院がプラネタリウム」事業は、これまで助成金や企業協賛、クラウドファンディングなど、資金支援をしてもらうことで、病院側が費用負担せずともやれるようにしています。持続可能なスタイルを構築するには、多くの課題がありますが、この活動には継続すべき非常に意義深いものを感じています。
子どもたちからは、「あんなに星があるなんてはじめて知りました」、「ずっと入院でいやだなと思っていたけど、がんばろうと思った」、「私が星にお願いしたいことは病気がなおりますように、ということです」、「銀河系が見えてきたときに涙がでそうだった」、「大きくなったら星を話す人になりたい」、などという感想が寄せられます。入院したことがショックで、入院してから一度も院内学級に来られなかった子が、プラネタリウムなら行く、とはじめて学級にきたこともありました。朝、ひどく調子が悪くて楽しみにしていたプラネタリウムも来られないかも、という中学生の女の子が、大好きな曲をCLS(チャイルドライフスペシャリスト)の方がリクエストしてくださったおかげで、がんばって来ることができ、見たあとには、「めっちゃ元気出た!」と、看護師さんが唖然とするほど元気になったこともあります。最近は、ドームを立てている部屋にさえ出てこられない子どもたちの病室に出向き、天井に星空を映しだすこともしています。クリーンルームのガラス越しに投影し、受話器越しにお話をしたこともありました。
言葉でコミュニケーションできない、重度の障害を持つ人たちの反応にも驚かされることが多々あります。高校生の男の子、始まる前に、私が顔を近づけて「こんにちは」と、あいさつしたときは、まったく無反応で、無関心な目だったのに、プラネタリウムがはじまって、満天の星になったとき、地球を出て惑星にいくとき、そして、宇宙の果てのようなところから地球に帰ってくるとき、彼の瞳が爛々とし、顔が輝いていくのがわかりました。彼は一言もしゃべらない人でした。けれども、大きな地球を見たときに、「地球だ!」、といった彼の声が聞こえたようにさえ思ったほど、彼の顔は素晴らしく輝いていたのです。その表情を見ていた、隣にいたお母さんは号泣していました。あんな顔を見ることはめったにない、と。
また、一緒に見た家族(多くは母親たち)の様子を見ていると、プラネタリウムの観賞がストレスからの開放につながっていることがわかります。特に震災の3ヵ月後に訪れた熊本では、お母さんたちの多くが涙を流していて、やはり強い緊張感の中にいるのだと感じられました。ある個室では、赤ちゃんを抱いたお母さん一人のために投影し、彼女との共鳴の波で、私まで泣いてしまったこともあります。
スタッフからも多くの感想をいただきます。「普段つらい治療や処置を一生懸命頑張っている子供たちの笑顔が見られてうれしかったです」、「子供たちの誕生日から星座を語りかけてくださり、患者さんが生まれた日のご両親、ご家族の思いを想像して胸が熱くなりました。子供の誕生を喜び、そして今病気とともに頑張る生活の中で、もっと多くのご家族も、ともに鑑賞できるといいなと思いました」、「子どもの様子を見てなさいと言われてきたのですが、ぼくが夢中になっちゃいました」、「広大な宇宙の中の自分はちっぽけやなあ、と思いました」、「患者さんや家族、スタッフやボランティア、いろんな立場の人がいっぺんに見られるのがすごくいいですね」、などなど。
4.山梨から星空文化の発信
このように、人々に力を与えられる星空。それをこの山梨の地はもっともっと大切にして、星空を誇りにできる土地であってほしいと思います。日本の多くの街は今や、その人工の光に満ちて、満天の星空が見られる場所はどんどんなくなっていますが、山梨には八ヶ岳山麓をはじめ、まだ十分に「天の川」を見ることのできる地域がたくさんあります。また、「ライトダウンやまなし実行委員会」が主体となって行ってきた、「ライトダウンやまなし」という活動があります。1年にたった1時間だけれども、みんなで一斉に灯りを落として星空をみよう、という全国に類をみないイベント。「星つむぎの村」の共同代表の一人でもある跡部浩一は、「ライトダウンやまなし実行委員会」に長く携わり、現在は事務局長をしています。
「星つむぎの歌」をつくっていたとき、県外の方が、「山梨は星の名産地という感じがします」と、おっしゃってくださいました。今や希少価値となってしまった満天の星空を守り、自他ともに認める、「星の名産地」になれるよう、「星つむぎの村」やその周辺の活動をもっともっと広げ、美しい星空の下につながれ、ともに生きる社会づくりに少しでも貢献したいと思っています。
星つむぎの村 http://hoshitsumugi.main.jp/
星空工房アルリシャ http://alricha.net
病院がプラネタリウム http://alricha.net/index.php?hospital
ライトダウンやまなし http://www.lightdown-yamanashi.com/