Vol.218-2 地域公共交通を活用した交流人口増加を


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 森屋 直樹

1.はじめに

 ここ数年、約40分かけて徒歩での通勤に努めている。運動不足解消という目的もあるが、朝日に照らされ、川のせせらぎに彩られた街並みをゆっくりと堪能する贅沢を楽しんでいる。
 ただ、夏の強い日差しや雨降りの時、前夜の飲酒が過ぎた時には路線バスのお世話になる。自宅最寄りのバス停から甲府市内中心部まで約10分、缶コーヒー程度の料金で運んでくれる路線バスは常に通勤通学客で混雑しており、またJR甲府駅バスターミナルで大勢の利用者がバスの到着を待っている姿も日常的に見られる景色である。 

2.地域公共交通の衰退

 このように、地域住民の日常生活に大きな関係を有している路線バスを始めとする地域公共交通が、全国的に衰退しつつあることは周知の事実だろう。
 国土交通省の調査によると、道路運送法上の区分において、路線バスが含まれる「乗合バス」は、全国的な傾向として、平成18年の改正道路運送法の施行後の新規参入者の影響等により事業者数は増加傾向にあるが、輸送人員及び営業収入は長期的な減少傾向にある。  

図表1 乗合バス事業の現状について

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(出典:国土交通省HP

 

 「車社会」と称される山梨県においては、さらに深刻な状況となっている。
 平成26年度に開催された山梨県交通政策会議の資料によると、県内の「乗合バス」乗客数は昭和39年の6,600万人から平成24年には1,000万人弱となり、バス路線数も昭和45年には525路線あったものが平成24年には285路線へ半減している。
 また、平成24年度末に運行されている285路線のうち約8割が赤字路線化しており、黒字路線のほとんどは富士山や南アルプスの登山バスなど期間限定路線であることから、地域住民が日常的に利用するバス路線は顕著に衰退していると報告されている。

 

図表2 山梨県内の乗合バスの輸送人員等の推移

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図表3 山梨県内の乗合バス路線の収支状況

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(出典:図表2、図表3共に平成26年度第1回山梨県交通政策会議資料)

 

 この衰退傾向に対して、山梨県では県内におけるバス路線の運行を維持し、地域住民の福祉を確保することを目的とした3種類の補助金による財政的支援を運行事業者に対して実施しているが、人口の減少がこれまでのバス利用者の減少傾向に拍車をかけることが推測され、バス路線維持はますます厳しい状況に追い込まれていくと予想されている。 

3.「交流人口増加」という観点

 このように、年々厳しさを増している地域公共交通であるが、これまでの「地域住民の福祉」という観点とは異なる新しい観点から近年注目を集めている。それは、現在国を挙げて進められている地方創生推進の大きな柱である「交流人口増加」という観点である。

  平成20年に日本の総人口が減少に転じたことを受け、現在全国的に地方創生の取組が推進されている。平成26年に制定された「まち・ひと・しごと創生法」では、活力ある地域社会を将来にわたって維持していくために、地方自治体や事業者による地域の特性を生かした地方創生の取組を国が支援していくことが明記されており、山梨県内の各自治体においても、出産・育児の環境改善や移住者受入体制整備などによる定住人口増加への取組、地域資源を活かした観光プロモーションや観光情報の多言語化などの交流人口増加に向けた取組が積極的に進められているところである。

 先に述べた、これまでの「地域住民の福祉」とは異なる観点というのは、その地方創生推進の大きな柱である「交流人口増加」において、地方自治体の多くが直面する課題である「二次交通網の整備」について、その役割を担うものとして地域公共交通を活用しようという観点である。
 山梨県観光の実態を考慮すると、地域公共交通の活用による観光客等交流人口の増加は大いに期待することが出来る。

4.山梨県観光の特徴

 山梨県がまとめた「平成27年山梨県観光入込客統計調査結果」によると、県内を訪問した観光客の約75%は自家用車やレンタカーを移動手段としており、地域公共交通である「JR在来線」や「市内バス」「タクシー・ハイヤー」を利用した割合は、合計しても20%に満たない。

 図表4 観光地点等パラメータ調査による分析 ⑪交通手段について

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(出典:平成27年山梨県観光入込客統計調査結果)

  また、観光客の山梨県観光に対する満足度を見ると、全体の満足度については約86%の方が「非常に満足」「やや満足」と回答している一方、個別項目の「公共交通の便」については「やや不満」「非常に不満」の多さが他の項目に比べて顕著である。

 

図表5 観光地点等パラメータ調査による分析 ⑬交通手段について

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(出典:平成27年山梨県観光入込客統計調査結果)

 

 なお、この旅行先の公共交通に対する観光客の不満は山梨県に限った話ではないようである。株式会社JTB総合研究所が平成275月に公表した「クルマと鉄道、どう使い分ける?~ドライブ旅行と鉄道旅行の実態と今後の意向調査~」によると、鉄道旅行者の不満として実に半数近くが「二次交通が不便」と回答している。

 図表6 鉄道旅行の不満(複数回答)

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(出典:㈱JTB総研調査「クルマと鉄道、どう使い分ける?」)

 

 以上の調査結果から、山梨県観光の大きな特徴である自家用車やレンタカーでの移動が多数を占めていることの大きな要因の一つとして、「公共交通の不便さ」があると考えることが出来よう。
 これは、日常的に公共交通に慣れ親しみ、自動車を運転する機会の少ない都会の消費者の鉄道旅行へのニーズに対応しきれていないことを示しているのではなかろうか。首都圏から片道2時間という立地条件を考慮すれば、鉄道による山梨旅行への潜在的なニーズは無視できないものと思われる。 

5.地域公共交通活用による「三方良し」

 この「公共交通の不便さ」という課題の解決に、「地域住民の福祉」のために運行されているが衰退傾向にある地域公共交通が活用できないだろうか。
 これまで地域住民の利便性を追求し、地域に網の目の様に張り巡らされた地域公共交通網は、その運行ルートや乗継を意識した運行時刻表の再調整が必要となるだろうが、地域の観光資源へのアクセス手段として活用でき、公共交通の不便さを理由に鉄道旅行を断念してきた消費者ニーズに応えることが可能となる。
 また、観光客等利用者の増加は料金収入増に繋がる一方、既に運行している路線バス等の経費は変わらないことを勘案すれば、交通事業者の収益改善による地域公共交通の持続化に繋がることが期待でき、「地域住民の福祉」というこれまでの目的も十分達成できる他、自治体による財政支援の軽減した分で別の地域福祉事業を行うことが可能となる。
 そして観光目的地を抱える地域にとっても、自宅と目的地を線で結ぶに過ぎなかった自動車旅行に比べ、鉄道駅やバス停の利用など観光客等の地域滞在時間が増えることから、地元商店街や地場産業での消費拡大へと誘導する機会も増えることが期待できる。

 このような考え方に対して、現在の地域公共交通は「『地域住民の福祉』のために財政的支援を行いながら維持している」と、抵抗を感じる方もいるだろう。ただ、今後人口減少社会が進展していき、ますます地域公共交通の維持が困難になると推測される中で、まずは地域公共交通を再活性化し持続可能な状態とすることが「地域住民の福祉」に繋がると考えたらどうだろうか。加えて観光客等来訪者のニーズも満たされ、地域活性化も期待できる、まさに「三方良し」の取組だと言えないだろうか。

6.おわりに

 地方創生推進の議論に始まったことではないが、その地域に移住者や観光客を呼び込むために必要なのは「その地域の魅力」を磨くことであり、それは「無いもの」を新たに作るのではなく、「有るもの」を活かしていく視点が重要と言われている。
 地方創生の大きな柱の一つである観光客等交流人口の増加についても、「公共交通の不便さ」という課題解決のために新たなバス会社の設立やバス路線の新設を行うのではなく、地域公共交通を「既に有るもの」として、これまでの概念にとらわれずに様々な観点で検討してみると、意外と直面する課題の解決に結びつく妙案が浮かぶかもしれない。
 「言うは易く、行うは難し」である。ただ、最近テレビなどで路線バスを利用した旅行番組を頻繁に見かける。これは地域公共交通を利用した旅行に対する消費者の関心の高さの表れではないかと感じると共に、番組の出演者が乗り合わせた地域住民と笑顔で会話する場面を見る度に、これこそ地方創生が目指すべき姿の一つではないかとの思いが強くなってくる。