Vol.220-2 日本版DMOの設立による地域の観光振興の可能性
公益財団法人 山梨総合研究所
研究員 渡辺 和樹
観光振興に関する書籍などでよく目にする言葉がある。「行政に頼らない取り組み」である。観光振興は、当たり前のように行政の仕事として扱われていたが、今、大きな変化の時期を迎えているようである。
そしてもう一つ目にする言葉がある。「DMO」である。現在国では、観光地が抱える課題への取り組みとして日本版DMO設立の推進に取り組んでいる。では、日本版DMOとは一体どのような組織なのか。観光振興とDMOとの関係について、説明を踏まえながら私の考えを述べていきたい。
1.観光課題
旅行目的の多様化や訪日外国人の増加等により、地域の観光産業を取り巻く環境や旅行者マーケットが変化している中、地域観光の推進主体は、旅行者の多様なニーズに柔軟かつ的確に対応することが重要となっている。
地域のビジネスとして展開する持続可能な観光産業を営むためには、日々変化する観光客のニーズを捉え、グローバルな競争環境下で勝ち残るマーケティング戦略や観光品質の向上が必要である。
こうした中、一般的に、観光地の課題として、以下のことが挙げられている。
- 「関係者の巻き込みが不十分で地域が一体になっていない」
文化、農林漁業、商工業、環境、スポーツなど地域の関連事業者や住民等の多様な関係者の巻き込みが不十分であり、地域が一体になっておらず、地域の幅広い資源の最大限の活用に繋がらない。その為、「地域で新しい価値の創造(進化)」が進まない。
- 「データ収集や分析が不十分」
来訪客に関するデータの収集・分析が不十分であり、多様なニーズを有する観光客を全て同一に扱っている地域が少なくない。また、ターゲットとする顧客層や地域のコンセプトが十分に練られていないため、変化する観光市場に対応できていない。そのため、「地域と消費者のマッチング(需要)機会」を作ることができていない。
- 「民間的な手法の導入が不十分」
行政や観光協会などをはじめ、地域の観光施策を進めてきた組織において、効果的なブランディングやプロモーションといった民間的な手法の導入が不十分で、競争力を持つ観光地ブランディングができていない。そのため、「消費に繋がる受け入れの整備」が遅れている。
今までは、行政や観光協会が地域の魅力をプロモーションして集客増を担っていたが、その先の消費増加、収益向上までは手がつけられていなかった。消費を増やすためにはマーケティングに基づく戦略が重要で、その仕組みをマネジメントしていくことも必要であり、これらの役割を担う責任のある組織、責任のある担い手がいないというのが、地域における大きな課題となっていた。
そのため、公益的価値を求めてデータ収集を行い、分析し、それらの有効なデータを地元の関連事業者に提供することで地域一体となった戦略を立てていく組織、さらにその仕組みを作ってマネジメントする専門組織が必要とされている。
そこで国は、既存の観光協会や商工会などを包括し、行政と連携しつつ地域を総合的に取りまとめ、新たな市場を創造することが可能な地域マネジメント組織として日本型DMOが有効とし、設立を推進している。
2.DMOとは
そもそもDMOとはなにか。「Destination(目的地・到達地) Management/Marketing(マネジメント/マーケティング) Organization(組織)」の略称で、観光地域づくりを持続的戦略的に推進し牽引する専門性の高い組織・機能である。各地域の特性を活かして、地域毎に関係する主体(地方公共団体、観光事業者、地域住民等)の合意形成や、データ分析に基づく戦略的なマーケティング、KPI(Key Performance Indicator:主要業績評価指標)の設定、PDCA(Plan:計画 → Do:実行 → Check:評価 → Act:改善)サイクルなどにより効果的・持続的に地域の観光地経営を行う観光振興組織として、諸外国で発展してきた。観光地域づくりのまとめ役として、ビジョンの実現のため地域の関係者の合意を得ながら、客観的データを基に責任をもって事業を立案・実行する組織である。
3.日本版DMO設立の推進
2015年12月に、観光庁により「日本版DMO候補法人登録制度」の受け付けが開始された。日本版DMOの候補となりうる法人を観光庁に登録する制度で、地域の観光を担う法人組織であれば登録申請が可能となっている。
〇制度の目的
― 取り組み目的・水準の提示による日本版DMOの形成・確立の促進
― 日本版DMOの形成・確立を目指す地域の情報を共有することによる支援の重点化
― 日本版DMO候補法人の間の適切な連携を促すことによる各法人間の役割分担がされた効率的な観光地域づくり
〇制度による支援措置
登録された法人(日本版DMO候補法人)は、関係省庁連携支援チームを通じ、組織づくりのノウハウから人材面や資金面など、多岐にわたる支援を受けることができる。
― 最新情報の提供
― 人材育成に関する支援
― 補助金
〇日本版DMOの登録区分
― 地域DMO
原則として、市町村の区域を観光地域として観光地域づくりを行なう。
― 地域連携DMO
複数の地方公共団体の区域を一体とした観光地域として、観光地域づくりを行なう。
― 広域連携DMO
複数都道府県にまたがる区域(地方ブロック単位)を一体とした観光地域として、観光地域づくりを行なう。
なお、平成28年11月2日現在で、「地域DMO」が55件、「地域連携DMO」が52件、「広域連携DMO」が4件の計111法人が日本版DMO候補法人に登録されており、山梨県内では、「(公社)やまなし観光推進機構」、「(一社)八ヶ岳ツーリズムマネジメント(山梨県北杜市、長野県富士見市、原村)」が地域連携DMO、「(一社)北杜市観光協会」が地域DMOに登録されている。
4.日本版DMOに求められること
日本版DMOでは、行政との連携や資金調達、広域ルート設定を図る機能を有することで、観光市場の変化に即応できるよう迅速な意思決定システムの構築や、着地側および発地側双方のニーズを踏まえたマーケティング機能、観光品質の向上や利害調整を図るマネジメント機能など、観光地域づくりに民間的な経営手法を導入することが求められる。
また、基礎的な費用は国や地方自治体が負担しなければならないが、経営の自由度や弾力的な資金支出を行なうためにも、独自の収益活動による運営資金の確保や、民間企業との連携などによる多様な資金調達を図る必要がある。活動財源に係る行政依存体質から脱却することで、自由な観光事業の取り組みが可能になる。
出典:観光庁ホームページ「日本版DMO形成・確立の必要性」資料より
5.着地型観光商品の開発、販売
自主財源の確保を目的とする事業として、着地型旅行商品(滞在型旅行商品)の開発・販売がある。具体例として、「株式会社 南信州観光公社」を取り上げたい。
「株式会社 南信州観光公社」は、長野県飯田市と下伊那郡13町村からなる組織である。当地域は、観光入込数に対し宿泊の割合が少ない、いわゆる「通過型」の地域であったが、1995年以降、飯田市が「通過型」から「滞在型」への転換を図るべく、自然体験教室・林間学校・修学旅行といった「教育旅行」に絞り込んだ事業を展開した。教育旅行を扱う旅行会社への積極的な売り込みもあり、順調に受け入れ数が伸びるなか、飯田市のみでは受け入れが難しくなり、周辺町村との連携を図るとともに、行政では人事異動による継続性の無さが不安視されたことから、当法人を設立したという。
現在、当法人では、修学旅行などの教育旅行や企業の研修旅行を推進しており、営業・手配・清算や、旅行会社を含む利用者と現地受け入れ先との調整やバスルートの設定なども行なっている。地元自治体、企業・団体の出資で設立された組織であるが、現在は行政からの補助金はなく、独立採算で運営されている。利用者から徴収するプログラム料の収益配分は、80%が受け入れ先、10%が旅行会社、10%が公社の収入となっているという。
体験については、「ほんもの」にこだわった体験を提供することをコンセプトとし、地域に住む人々がインストラクターや案内人となり、地域の自然や地域に暮らす人々の暮らしを体験することができ、農家民泊を含む農林業体験、市街地散策、自然体験・環境学習、スポーツ体験等の体験プログラムが100以上用意されている。また、宿泊を伴う受け入れの場合、必ず1泊は民宿など地元の宿泊施設に宿泊することを条件にするなど、観光産業への波及効果を高めている。
農家民泊や自然体験などといった地域のコンセプトが十分に練られており、「教育旅行」や「研修旅行」といった「ターゲットとなる顧客層のマッチング(需要)機会」を作ることができている事例ではないだろうか。
6.インバウンド観光の動向
インバウンドの動向についても目を向けたい。観光庁「宿泊旅行統計調査」を見ると、5月から7月の外国人延べ宿泊者数は三大都市圏、地方部共に増加している。しかし、8月は地方部では増加幅は小さいものの+1.0%と伸びているものの、三大都市圏は-6.5%とマイナスに転じている(対前年同月比)。
出典:観光庁 宿泊旅行統計調査
※三大都市圏:「東京、神奈川、千葉、埼玉、愛知、大阪、京都、兵庫」の8都府県
地方部:三大都市圏以外の道県
また、訪日客の目的が変化してきており、地方での自然や伝統文化を楽しむ体験型観光などが注目され、地方を訪れる人が増えているという。
山梨県内でも、富士吉田市の新倉山浅間公園の忠霊塔と富士山の景色が、ルフトハンザ航空の機内誌やタイの義務教育課程で使用される教科書に掲載されたことがきっかけとなり、海外の観光客に注目され、観光客が押し寄せたことは記憶に新しい。
当たり前のようにある地元の風景が実は重要な観光資源であった例である。このことからも、地方に需要が高まっている今、地方は地域で一体となり、地域に埋もれている魅力を発見し、発信する機能を有する組織が重要である。
富士吉田市 新倉山浅間公園より 筆者撮影
7.地方部における地域プロモーション
このように、日本版DMOが示すような、地域を総合的に取りまとめ、新たな市場を創造することのできる地域マネジメント組織が重要となる。また、別の切り口でみると、観光資源に乏しい地域が一つの組織(日本版DMO)として集まることで、地域ブランドとして発信することができ、また、共同プロモーションを行なうことで、大規模かつ低コストでプロモーションを行なうことができる。
しかし、日本版DMOの設立は手段であり、行政主導で、既存の観光協会等の看板を代えるだけでは、組織として機能するとは思えない。「株式会社 南信州観光公社」をはじめとする日本版DMO先進事例として挙げられる組織は、地域を盛り上げるために現状を改善する取り組みを行い、さらに広域連携などに取り組んだ結果、DMOのような組織となっている。まずは地域の問題や取り組むべき課題を観光関係者などと協議しながら、日本版DMOの機能が地域の観光振興に効果的であるのであれば、設立すべきである。
地域の観光をどのように推進していくか。観光振興は、行政に頼る時代ではなく、地域全体で振興する時代になったのではないだろうか。
【出典】
- 「日本版DMOの形成による観光地域づくりに向けて」(2014年2月 日本政策投資銀行)
- 観光圏整備事業のノウハウに関する基礎資料(平成23年3月 観光庁観光地域振興部観光地域振興課)
- 佐藤 真一 地方創生の切り札 DMOとDMCのつくり方(株式会社枻出版社)
- 松井 一郎 これからの観光政策と自治体‐「稼げる地域資源」と「観光財源の集め方」(イマジン出版株式会社)
- 大社 充 地方プラットフォームによる観光まちづくり(学芸出版社)