Vol.221-1 やまなし移住の最前線から


221-1-1(2)やまなし暮らし支援センター 移住相談員 倉田 貴根

1.はじめに

 山梨県は人口減少を少しでも食い止めるため、20136月に東京有楽町の東京交通会館にある認定NPOふるさと回帰支援センター内に、山梨への移住や就職のためのワンストップ総合相談窓口として「やまなし暮らし支援センター」をオープンした。そこで私は移住専門相談員として、勤務することとなった。本稿では、センターのオープンから現在までの相談窓口の現場で起きていることをお伝えしたいと思う。

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2.移住希望地域ランキングNo.1

 2014年の日本創成会議の中で発表された「消滅可能性都市」という言葉に、日本中で衝撃が走った。日本全体1,800市町村のうち、896もの市町村が消滅する可能性があるというのだ。まさか自分たちの住んでいる地域が20数年後に消えてしまうとは、誰も考えたくないし、信じられないことだったろう。
 これを食い止めるためには、出生率を上げるか、あるいは他所から地域に移り住んでもらい人口を維持するか。方法は2つしかない。実は、山梨県はそうした全国を驚かせるような発表の前から人口減少を危惧しており、その一つの方策として移住施策に着目し、山梨県内へ少しでも多くの方に移り住んでもらうための相談窓口として、他県に先駆けて設置したのが「やまなし暮らし支援センター」であった。この取り組みが、山梨県を2014年に、移住希望地域の人気No.1という位置に押し上げた要因の一つでもある。年間の相談件数は2013年度に1,742件、2014年度は2,075件、2015年度は2,445件と右肩上がりで、この数字を見ても人気の度合いがご理解いただけると思う。2014年は安倍政権のもと、石破地方創生大臣が任命され、国が力を入れ始めた地方創生元年といわれている。その年に、山梨県が移住希望地域の人気No.1を獲得したことは、全国の自治体から羨望を集め、同時に山梨県のノウハウを少しでも真似しようと各県からの問い合わせも増した年だった。

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3.他県の動き

 2013年度に山梨県が移住窓口を設置した当時、移住専門相談員をNPOふるさと回帰支援センターに配置していたのは3県のみだった。岡山県、福島県、そして新入りの山梨県である。その後、翌2014年度には青森県と広島県が追加されて5県、さらに2015年度末には291市となり、現在は、北海道から沖縄県までの38道府県1市の移住専門相談員が配置され、移住情報が集結し、東京都や愛知県、大阪府以外の移住情報が得られる場所となった。
 また、「ふるさと回帰支援センター」で行われるわが町PRの移住セミナーの実施回数もうなぎ上りだ。2013年には年間113回であったが、毎年増え続け136回、302回そして今年は400回をゆうに超えている。全国の自治体が地域活性化のために大都市からの移住に注力していることがうかがえる。同時にこの全国的な動きは他県との差別化の必要性が増していることでもある。

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4.移住相談とは

そもそも移住とは何であろうか。改めてここで考えてみよう。

私は年間2,000件以上の移住相談に対応している。そこには一家族一家族、一人一人それぞれの人生の選択と決断、大変なエネルギーと時間の費やしがある。仕事も住まいも人生も大きく変えようと、そして山梨県の住民となって一緒に山梨で暮らしていこうと考えている人たちである。相談者の年代は20代から80代まで幅広いが、近年は3040代の現役世代の移住希望者の割合が増えている。

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 窓口を利用する方はネット情報にないものを求めてくる方が多い。情報が多すぎて混乱している人、想いは強いがどこから手を付けたらよいのか分からない人、まるで土から出たばかりの芽のような移住への想いを持って窓口を訪れる。そんな出たばかりの芽に水をやり肥料を与えるのが私の仕事である。しかし、まれにその芽をそのまま育てるのをためらうような相談も混在している。移住は、理想だけではうまくいかないからだ。
 その芽が双葉となり、本葉へと育つ間に、山梨での生活に馴染むための情報を提供する。例えば自治会の活動、冠婚葬祭、地元新聞の高購読率の理由、方言の響き、「無尽」[1]などである。そしてその先、移住実現の茎が伸びるためには、それを支える支柱が必要となる。つまり、移住後に山梨県内で頼りにできる人の情報だ。山梨での生活を確固たるものにするには、地元でアシストしてくれる人の存在が大きい。ある程度生活に馴染むまでは、こうした地元において潤滑油的な役割を果たしてくれる存在は、その後の生活にも大きく影響する。

5.地域の協力の必要性

 このように移住者の受け入れ体制を整えるには、地域住民の協力が欠かせない。行政がいくら受け入れの入り口を作っても、最終的に移り住んだ人と関わるのは地域住民だからだ。どこの馬の骨かわからない奴にはこの地域を乱してほしくないと思う気持ちも理解はできる。「きたりもん」文化[2]が存在することも承知している。それは山梨に限ったことでなく、全国のどこの地方でも多かれ少なかれ存在する警戒心だろう。しかし、このままで本当に良いのだろうか?
 県内のある小学校校長から電話で相談を受けたことがある。児童の数が激減し、学校自体の存続が危ぶまれていた。そのようななか、私に助けを求めてきたが、私一人と校長先生だけではどうにもできない。地域や行政を絡めて一丸となって活動を起こしていくしかないことをその時にはお伝えした。
 また、県内のとある人口数百人の地域では数十年も人口減少が続いていたが、ここ2年ほど微増に転じている。1年半で35人の移住、内20人は15歳以下の子どもだという。原因は移住者受け入れに積極的に取り組む行政の旗振りと地域住民の協力があっての結果である。

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 6.課題と提案

(1)地域の情報共有と協働

 現在の移住政策は市町村単位で講じているのが殆どだ。しかし、相談してくる方の目線は少し違う。例えば、中央本線の高尾から先の緑のエリア、大月から富士急行線の富士山エリア、盆地に入ってすぐの果樹とワインエリア、甲府中心の経済エリア、八ヶ岳に近づく自然エリア、伝統色濃い身延線エリア、山間地域エリア、そんな風に相談者は捉えている。私は、それらは地域ごとの課題も酷似しているし、方策も似たところにあると感じる。
 行政の区域に捕らわれているのは、私たちの思い込みであって、地域全体の活性化を効率的にしていこうとするならば、こうした地域連携が必要不可欠ではないだろうか。これからは連携と情報共有、情報発信の同調と協働作業、そして、このような連携を取りまとめるシステムの構築も重要になってくると思う。

(2)県内の困った情報の集積

 県内に「やまなし暮らし支援センター」の存在が知られることにより、ある現象が起こっている。それは、「県内で処理できず困っている状況を、移住者を受け入れることによって解決できるのではないか」という相談が集まり始めているのである。例えば、空き家をなんとかしたい、菓子店の跡継ぎを探している、ペンション経営を譲りたい。また、市町村担当者からは、こんな人材が欲しいという話から、地域おこし協力隊の募集方法まで。
 このように窓口まで持ち込まれる情報は氷山の一角だろう。ならば、窓口の存在がもっと県内に広がれば、さらに困った情報は持ち込まれることとなるかもしれない。これはひとつのチャンスだと考えた。山梨県内での困った情報が集まり、それが移住希望者の夢とうまく一致すれば、それは最高のマッチングになるからだ。実際、いくつかのマッチングが起こり始めている。お互いの需要と供給がピンポイントで合致した好例である。
 さて、そうした事例をひとつでも増やすためにはどうしたものか。

1.東京有楽町の窓口の活動を県内の方々に更に知っていただき、さらなる県内情報を収集
2.移住希望者情報のデータベース化

 こんなことが、今後有効な手段になるのではないかと考えてみた。

(3)山梨への移住のこれから

 窓口設置から37か月が経過し、開設当初とは大分状況が変わってきている。山梨県は東京圏から近いこともあり、人気があるのは確かだが、全国の各地も積極的に移住施策に取り組み、工夫も凝らしてきている。今は、東京有楽町に窓口が存在すること自体に意味があるという段階ではない。その現場で起きていることを敏感に察知し、大局を見て、速攻で動くことが必要だと感じている。今起きていることに、将来を見て、今対応することで有効な手立てが打てる。これが数年先では逆効果ということもありえる。
 これからは一般的な移住促進も進めつつ、積極的に「こんな人に来てほしい。」とPRしていくのはどうだろうか。前述の県内の困った情報はその最たるものだと考える。県内の埋もれている困った情報と、それに合致する移住希望者とのマッチングを増やすことでお互いの利になる。また、その時点から移住者はただのヨソモノでなくなるし、地元との潤滑油である地域の協力者とも巡り合えるし、良いこと尽くめの移住パターンとなるだろう。
 この逆パターンとして、こんなことをしたい人がいるという情報を県内に向けて発信もできたら素晴らしい。それができるネットワークを県内に張り巡らせたら面白いことが生まれる可能性がある。東京圏の感性と山梨県内の企業とスキルを有する方とのマッチング。これもお互いに利のある移住パターンであるだろう。そんな実例も実は窓口でわずかながら起きている。
 移住者の受け入れは、地域を構成する構成員の受け入れであり、地域を作っていく仲間の受け入れでもあり、そして山梨の未来を一緒に歩んでいく仲間を迎え入れることである。それが「地域も良し、移住者も良しの移住・定住」に結びつくのだと思う。

 7.おわりに

 山梨は素晴らしい地だと思う。移住相談を通じて、その気付きをいただけた私は幸運だった。年間2,000件の相談者が口々に山梨の素晴らしさを私に伝えてくれた。この仕事に巡りあっていなければ、一生気付かずいたかもしれないと思う。自然豊かな、水や果物の美味しい、人情味あふれる県民性の素晴らしい故郷を持てたことに、心から感謝している。人口減少が進み、衰退していく我が故郷を見るのは忍びない。そんな気持ちが私のエネルギーとなっている。これから20年も30年もずっと先までも、今の子どもたち、そのまた子どもたちが、この山梨で活き活きと輝いて、幸せに心豊かに暮らして行ける地であってほしいと心から願っている。


[1] 何人かの固定されたメンバーにより、一月に1回程度集まり、決まった金額を拠出し合い、メンバー同士で融通し合う仲間うちでの金融機能、もしくはその集まりを指す。現在では、職場・友人同士・近所付き合いなど、親睦を深める意味合いでの酒席を指す場合が多い。

[2] 他県・他所などから移り住んできた人を指す言葉