Vol.221-2 過労死等の防止に向けて


【公益財団法人 山梨総合研究所 主任研究員 安部 洋】

1.はじめに

 平成26年11月に「過労死等防止対策推進法」(以下「法」という。)が施行された。この法律は、過労死等に関する調査研究等について定めることにより、過労死等の防止のための対策を推進することを目的としたものである。ところが、依然として過労死等に関する事案が後を絶たない。そこで、過労死等の問題についての背景や労働環境の現状などについて取り上げ、考察してみることとしたい。

2.過労死等の問題についての背景

 過労死等とは何か。法第2条においては、「業務における過重な負荷による脳血管疾患若しくは心臓疾患を原因とする死亡若しくは業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする自殺による死亡又はこれらの脳血管疾患若しくは心臓疾患若しくは精神障害をいう。」と規定されている。ここでは、過労死等の問題に対する対応経緯について、主な国の施策を次の4点に着目し整理してみる。

(1)長時間労働の削減に関する取組

 長時間労働の削減に関する取組については、昭和63年4月施行の「改正労働基準法」において、週40時間制が明記され、平成9年には一部を除き、全面的に週労働時間40時間制となった。加えて、平成4年に制定された「労働時間の短縮の促進に関する臨時措置法」(以下「時短促進法」という。)では、事業者が労働時間の短縮を計画的に進めるために必要な措置を講ずるよう努力義務が定められた。平成17年には、時短促進法が「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法」に改正され、労働時間の短縮を促進するだけでなく、労働者の健康と生活に配慮するとともに、多様な働き方に対応した労働時間、休日、休暇等の設定の改善に向けた労使の自主的な取組を促進する施策が推進されている。

(2)過重労働による健康障害の防止の取組

 過重労働による健康障害の防止の取組については、平成13年12月に定められた「脳血管疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く。以下「脳・心臓疾患」という。)の認定基準」において、恒常的な長時間労働等による長時間の過重業務が新たに労災認定の要件として追加され、疲労の蓄積と脳・心臓疾患の発症との関連性が示された。

(3)職場におけるメンタルヘルス対策に関する取組

 職場におけるメンタルヘルス対策に関する取組については、かつて従業員の健康管理対策の一つとして福利厚生の中に位置づけられてきた。しかし、働き盛り世代の自殺が急増したことから、その取組が強化されてきた。
 平成12年8月に、事業場における労働者の心の健康の保持増進を図るため、心の健康づくり計画の策定など事業者が行うことが望ましい基本的な措置(メンタルヘルスケア)の具体的実施方法を総合的に示した「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」が策定され、その普及が進められている。また、平成13年12月には、「職場における自殺の予防と対応」(労働者の自殺予防マニュアル)が取りまとめられた。さらに、平成16年10月に、「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」(平成24年7月一部改定)が策定され、その普及啓発が進められている。

(4)職場のパワーハラスメントの予防・解決についての取組

 職場のいじめ・嫌がらせ、いわゆるパワーハラスメントが、社会問題として顕在化してきたため、平成23年から、厚生労働副大臣の下に各界の有識者による「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」が開催された。この会議では、「問題の現状と取組の必要性」、「どのような行為を予防・解決すべきか」、「問題への取組のあり方等について」の議論を重ね、平成24年3月に「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」が取りまとめられ、これに基づき周知・啓発、労使に対する取組支援が行われている。

【図表1】主な労働環境改善対策

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出典:2016年厚生労働省「平成28年版過労死等防止対策白書」を山梨総合研究所で加工

3.我が国の労働環境の現状

 上記2で整理した視点のうち、「長時間労働」、「過重労働」、「メンタルヘルス」、「パワーハラスメント」といったキーワードと過労死等とに因果関係があると推察されるが、我が国の労働環境の現状はどのようになっているのであろうか。ここでは、労災補償の状況に関する統計データに基づき検証してみる。
 業務における過重な負荷により脳・心臓疾患を発症したとする支給決定(認定)件数は、平成14年以降に300件を超えた後、200から300件台で推移している。そのうち、死亡件数は、平成14年度に160件でピークとなったが、それ以降は、100件前後で推移している(図表2)。
 1か月平均の時間外労働時間数別支給決定件数では、平成27年度は「80時間以上~100時間」が最も多く105件、次に「100時間以上~120時間未満」が66件、「140時間以上~160時間」が20件と続いている(図表3)。

【図表2】脳・心臓疾患に係る支給決定件数の推移

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出典:2016年厚生労働省「平成28年版過労死等防止対策白書」を山梨総合研究所で加工

 

【図表3】脳・心臓疾患の時間外労働時間数(1か月平均)別支給決定件数の推移 (単位:件)

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出典:2016年厚生労働省「平成27年度『過労死等の労災補償状況』」を山梨総合研究所で加工
※( )内は女性の件数(内数)

 

 一方、業務における強い心理的負荷による精神障害を発病したとする支給決定(認定)件数は、平成22年度に300件を超え、平成24年度以降は400件台で推移している(図表4)。脳・心臓疾患に係る支給決定件数と比べ多くなっている。
 1か月平均の時間外労働時間数別の支給決定件数では、平成27年度は、「20時間未満」86件、「160時間以上」65件、「20時間以上~40時間未満」50件の順と多くなっている。ここで注目すべきは、所定外労働時間数と支給決定件数が比例していないことである。

【図表4】精神障害に係る支給決定件数の推移

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出典:2016年厚生労働省「平成28年版過労死等防止対策白書」を山梨総合研究所で加工

 

【図表5】精神障害の時間外労働時間数(1か月平均)別支給決定件数 (単位:件数)

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出典:2016年厚生労働省「平成27年度『過労死等の労災補償状況』」を山梨総合研究所で加工
※( )内は女性の件数(内数)

4.労働環境改善に向けての考察

 労働環境の現状においては、依然として労災認定の件数が一定数見られ、特に精神障害に関する件数が近年増える傾向にある。また、所定外労働時間と労災認定件数との関係を見た場合、脳・心臓疾患に係るものについては、所定外労働時間と労災認定件数とが比例している。一方、精神障害に係る労災については、必ずしも所定外労働時間が多ければ、労災認定件数が多いというわけではない。精神障害については、「メンタルヘルス」を損ねる事象や、「パワーハラスメント」といった要素が関連していることが考えられる。
 このことから、過労死等については、長時間の過重労働及び業務に伴う心理的負荷が要因と考えられ、肉体的・精神的緊張状態が続き、疲労が蓄積され、疾病が発症、過労死等に繋がると推察される。
 こうした課題の解決に向けては、「長時間労働」などの物理的な要因と、「メンタルヘルス」といった心理的な要因とに分けて対策を考えていく必要がある。

 過労死等は、あってはならないことである。過労死等がなくなり、仕事と生活を協調させて、健やかに働くことができる社会が実現されることを切に願う。


[参考及び引用文献等について(順不同、敬称略)]

  • 2016年厚生労働省「平成28年版過労死等防止対策白書」
  • 2016年厚生労働省「平成27年度『過労死等の労災補償状況』」