「意」をあらたに


毎日新聞No.480 【平成29年1月20日発行】

 親しい友人の話である。仮に「M」としよう。「M」は頭の回転が早く高等教育を受け、今は優良企業に勤めている。見た目も悪くはない。少々口数が多いが決して不快になる話しっぷりではなく、可愛げがあり多くの人間から好かれるタイプである。この「M」、結婚願望は強く、日々努力をしているのだが、何かが悪いのか、そもそも女性との縁が薄いのか、成就できないでいる。
 仲間内で毎年、忘年会をしている。最近では「M」の1年間の努力話を聞き、皆で意見したり、励ましたり、時には小ばかにしたりというのが恒例行事になっている。「M」にしても気の置けない仲間への安心感もあり、アルコールも手伝って、毎年大いに盛り上がるのが常である。

 昨年の忘年会。つい3週間ほど前のことだが、少々異変が起きた。いつものようにくだんの話でワイワイしていると、仲間の一人が突然に古典落語の「文七元結」の噺を始めたのである。そして、左官の長兵衛が覚悟を示すために50両を拝借する場面になぞらえて、「M、来年1年、腹決めてかかれ。その覚悟にこの場の酒代を持て。うまいこといったら、その時は倍返しだ」と意見したのである。高級店に6人。まずまずの金額である。他の仲間は大いに盛り上がり、「M」は突然の展開に大いに戸惑った。
 2軒目に流れたが、「M」は浮かない顔をしている。よほど不本意だったのだろう。「文七元結」の男はというと、「何年も同じ話じゃ、仕方ねえら。何か捨てるか、掛けるか、絶つかして腹決めんと毎年同じずら。1年の覚悟と嫁さん探し掛けるにゃあ、少ねえくれえだ。これでうまいこといったら、そん時は倍返しでも3倍返しでも祝ってやろうぜ」と、意に介さない。内輪の年末のやりとりである。

 新玉の春。新しい年に意を新たに、覚悟を持って臨みたいものである。読者の皆さまにとっても良き年になることを祈念しつつ、私自身も「M」の大願成就を期待しつつ、2017年に覚悟を持って臨むつもりでいる。

(山梨総合研究所 主任研究員 末木 淳)