Vol.222-1 「食」に携わって


浅野さん写真フランス料理シェフ
 ベーカリー&カフェ・レストランプロデューサー
ゴルパン代表 淺野 正己

1.はじめに

 大学卒業後フランス料理の世界に飛び込み、国内・海外で修行をし、フランス料理店のオーナーシェフとして、また当時まだ新しかったベーカリー&カフェ・レストランのプロデューサーとして30年以上「食」の世界で自身のセンスと知識と人脈でここまでやってきた。料理人として、またパンを中心とした店舗プロデュースには、今までの実績とこれからの展開に自信を持っている。
 今まで山梨とは縁もゆかりもなかったが、景観・自然・作物・水に心を奪われ、ここを拠点にこれからを過ごしたいと考えている。今回、この場を借りて料理人・プロデューサーとしての経歴と「食」に関する私見、そして今後の山梨での活動を述べたいと思う。

2.いままで

 まず、読者の皆さまに少々私自身の紹介をさせていただく。
 大学卒業後に都内の店で修行を始め、5年後には借金をして横浜にフランス料理の店を構えた。大きな不安もあったが、丁度この頃はまだ気軽にフランス料理が食べられる店は少なかったものの、ジャンルとしては広く認知され、人気が出始めた頃であったことと、ややせっかちな性格から一国の主となったのである。店は繁盛して経営的にも順調であったが、フランス帰りの仲間内から現地の食文化、食材、調理方法などを聞き、本場で修業したいとの思いが日に日に強くなっていき、32歳の時にフランスに渡った。
 その時の現地で受けたカルチャーショックは非常に大きいものであった。例えば、家族との外食では車で1時間以上の距離を走って、田舎にあるとびきりおいしいレストランで大金を払ったり、平日仕事が終わった後に帰宅してシャワーを浴びてから食事に出かけたり(レストランはだいたい20時過ぎからお客さんで賑わう)といった「食」の文化から、食材、特に肉に関しては今でも日本では牛・豚・鶏がほとんどだが、フランスでは羊・鳩・鴨・カエルなども普通に食べられていたことなど。野菜の種類の豊富さ、地域ごとの食材、調理方法などが根強く残っている点など、ヨーロッパ屈指の農業大国を直に感じる食文化に驚くと同時に魅了されていった。驚きから魅了に変わると探究心が強くなり、フランス国内のみならずヨーロッパ方々を食べ歩き、料理人と話をし、食材を学び、レストランそのものと外食文化を体感したことが、その後の私の大きな財産になっている。
 そして、このフランス時代に出会った、もう1つの驚きと魅了が、「パン」である。バゲットとクロワッサン。当時の日本では、いまのようにベーカリー専門店など少なく、街のパン屋さんで食パン・惣菜パンを買って食べるか、もしくは大手メーカーの食パンをスーパーで買って食べるのが「パンを食べる」ということであったが、現地では主食であり、パンに対する思いは日本人の「炊きたてのご飯」か、それ以上のものであった。地元の小麦を使い、添加物など入れずに素材と腕だけで仕上げる技は正に職人技であった。日本のパンとは別のモノであり私はフランスのパンにのめり込んでいった。
 元来、楽天的な性格もあり、レストランにしてもパン屋にしても飛び込みで弟子入りを申し込んだ。1990年代初頭は現地で修行する日本人の料理人は多く、しかも勤勉さと質の高さが評価されていたので、修行先を見つけることはそれほど困難ではなかった。私の場合5年間で7軒の店を歩いた(ミシュラン三ツ星からビストロ・観光レストランまで働いた)。現地では日本人の料理人(修行)を受け入れる下地はできていたのである。
 このフランス時代にヨーロッパ全土を食べ歩いたと記したが、この食べ歩きの最中にアートと建築にも非常な興味をもち、それらが融合した空間は「食」(食べることも陳列することも)に大きな関連性があると感じるようになり、こちらは独学で勉強していった。いずれはこれが店舗プロデュースの仕事につながっていったのである。
 帰国後、直ぐに青山でフランス料理店「カムシャングリッペ」を開業したのだが、この店は同時期にフランスで修行していた、いわゆる同士と共にスタートしたのだが、料理、内装、食器にこだわり、ワインも自分たちでとにかく飲んでセレクトしていった。また、プリフィックスメニュー[i]も私たちが走りであり、前菜6品、スープ・サラダ3品、メイン6品、デザート5品の中からコースを選択する4,800円のメニューは大きな反響をよび、フランスの有名料理評論家のフランソワ・シモン氏から東京都内のフランス料理店の最高評価を受け、その後は昼も夜も3ヶ月先まで予約で埋まっている状態が続いた。この「カムシャングリッペ」でオーナーシェフとして活動している最中に、フランスで学んだパンの仕事も手がけることになった。2000年、青山に「デュヌラルテ」、吉祥寺に「ダンディゾン」をオープンさせた。これは商品開発からルセット[ii]、内装、グラフィックデザインまですべて私が手がけたものであり、これもフランス時代の経験がバックボーンとなっている。どちらの店も開店時から評価が高く、現在も多くのお客様で賑わっている。
 繁盛していた「カムシャングリッペ」は丁度10年が経った2004年に店を閉め、その後はプロデュースとコンサルティング業務に軸足を移すこととなった。2007年に東京駅前の新丸ビル地下に開業した「ポワン・エリーニュ」はベーカリー&カフェBarの形式を採用して、パンを購入することもできるし、店内ではお料理も提供している。食事をするお客様には焼きたてパンが食べ放題。本格的なパンとフランス料理を同時に楽しめる気軽なお店として高い評価を頂いている。その後もこれらのプロデュースが成功を収めていることから方々からお声掛け頂き、大手流通業者のパン生地開発、香港「ポーズアトリエ」のプロデュースなど、活動の範囲が広がっている。
 大学卒業後にフランス料理の世界に飛び込み、30年余。その時に興味のある事を貪欲に学び、自分自身が好きなこと、必要と思えることを料理に、商品に、そして店舗に表現してきた。これからもこのスタイルを続けていきたいと考えている。

吉祥寺ダンディゾン
香港上環  Po’s atelier ポーズアトリエ
Po’s atelier 3Dキャドによるデザイン
1980-1984年 都内のフランス料理店で修行  
1985-1989年横浜でオーナーシェフとしてフランス料理店開業
1989-1994年渡仏 現地のレストラン7軒を巡り修行
1994-2004年東京青山でフランス料理店「カムシャングリッペ」開業
2000年東京青山にベーカリー&キッチン「デュヌラルテ」をプロデュース
2003年吉祥寺にベーカリー「ダンディゾン」をプロデュース
2007年東京駅前新丸ビルにベーカリー&カフェ・Bar「ポワン・エリーニュ」をプロデュース
2007年日本橋三越にベーカリー「ミディアミディ」をプロデュース
2007-2009年大手流通業者のパン生地開発
2012年香港にベーカリー「ポーズ・アトリエ」をプロデュース
2013年~大手食品メーカー、ホテルなどの商品開発等コンサルティング業務

 

 3.「食」にとって大切なこと

 「食」はすべての人にとって日常のことであり、根源的なことである。様々な「食」があるのだが、これを仕事としてお客様に喜んでもらうには私なりのポリシーがある。私が一番大切にしてきたことは、料理を口に含んだときの「情感」である。「おいしい」と一口で言ってしまえばそれまでだが、そう感じるにはいくつもの要素がある。
 まずは「温度」。当たり前のことだが、「温かいものは温かく、冷たいものは冷たく」である。今でもいろいろ食べ歩くことが多いが、この基本中の基本ができていない店が結構ある。調理したての状態をお客様の前に出すというのは、ディッシュウォーマーの温度設定だけではなく、サービス(フロア)との連携も重要な要素であり、細部まで気遣いが必要である。
 次は「香り」である。素材の香り、ソースの香り、料理として一体となった香り。いかに鼻腔を心地よくするかは、口に含んだ時の情感を大きく左右する要素である。素材の良し悪しから保存状態、組み合わせと調理方法。素材から料理になるまでのすべての工程が「香り」となってお客様の情感に訴え、記憶となると考えている。
 そして、欠かせないのが「季節感」である。和食だけではなくフランス料理にも当然季節感は重要な要素である。見た目に訴えるものよりは、旬の素材の魅力をシンプルに引き出すことで季節感を表現するのが私の手法である。メインの付け合せとして、スープ・サラダ、ソースとして。野菜の用途は広く、様々な形で季節感を表現することができる非常に重要な素材である。

料理1
厚切りスモークサーモンとリンゴのハーモニー
料理2
7種豆のポトフとトリュフ
料理3
牡蠣とバルサミコのキャラメリゼ、アーモンド風味

4.料理人として

 私はクリエイターでありたいと考えている。一皿の料理、一つのパンを口に含むと、何かしらの情感が生まれるものだが、それを創造するのが料理人だと思っている。そしてそれは料理人によって皆違うのである。フランス料理は通常足し算の料理である。素材を足して足して一品を作るが、わたしの料理は引き算の料理である。必要ないと感じるものは加えない。なぜ加えるのかを考えるのである。私の専門はフランス料理だが、和食も相当に学んできたので、自分自身の料理に大きな影響を与えていると感じている。パンも同様である。素材を真剣に考えるべきところを、仕上がりの色、日持ち、食感などが優先されて、本来必要のないものまで混ぜ込んで焼き上げているパンがたくさんある。プロデュースしたお店は現在も繁盛しているが、素材同士の組み合わせを真剣に考え、後は「必要ないものは加えない、なぜ加えるのか」を基本に商品開発したことによって、出来上がった商品である。
 これからも一品にかける自分自身のポリシーを大切にしたいと考えている。

料理4
熱々のリンゴのタルトとマジョラムのグラス、キャラメルソース
メンチカツ
スッポンのクロケット、ポルト酒ソース
サラダ
石鯛昆布締めと春の山菜のサラダ、ケッパーヴィネガー
シリンドル
d’une  rarete  南青山時代のクロワソン生地による「シリンドル」

5.これから

 冒頭で述べたように、これからは山梨を拠点として今まで培ってきたことを基に「食」に関わる仕事をしていくつもりである。今まで接点のなかった山梨は私にとって魅力満載の地である。元来の山好きなので、四方を囲まれた景観の素晴らしさはもとより、山に抱かれている感覚が何とも言えず心地が良い。そして自然に抱かれている感覚=自然素材に抱かれている感覚へと昇華して、私の中ではこの地は大きな可能性を秘めているのである。加えてフランス時代の影響が大きいのだろうか、ローカリズムである。東京は確かに大きなマーケットであり成功もしたが、これからは素晴らしい素材を生み出す地でその素材を使った一品に向き合いたいと考えている。一人で山梨に飛び込み、人脈を作りつつ今はまだ構想を固めている段階だが、少しでも山梨の素晴らしさを私なりの表現方法で発信したいと考えている。

[i] 料金は固定していて、前菜・メイン・デザートなど複数の中から、好みを選べる型式

[ii] フランス語。英語のレシピのこと