Vol.222-2 農観連携について考える


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 末木 淳

1.はじめに

 「グリーンツーリズム」への取り組みが盛んである。これは、農山漁村地域における農林漁業、自然、文化、人々との交流を楽しむことを目的とした滞在型の余暇活動を指している。また、最近では「グリーンツーリズム」に対抗しているのか、「ブルーツーリズム」といった取り組みも進められている。「グリーン」は農村資源を中心に、「ブルー」は沿岸部・島嶼部における海の資源を中心にして観光と結びつけ、地域の活性化を図ろうという取り組みである。
 この、都市部ではない地方の資源を観光と結びつけた取り組みはヨーロッパ、特にイギリス(スコットランド)、フランス、イタリアなどが先進地域であり、自国の国民はもとより、他国からの観光客を吸引する大きな要素にもなっている。事実、宿泊予約やツアー予約のサイトなどを見てみると、これらの地域の情報に簡単に触れることができる。
 今、全国各地で「地域を元気にする取り組み」がなされている。国土の80%は山に覆われ、四方は海に囲まれている我が国にとって、「グリーン」でも「ブルー」でも大きな可能性を秘めている。今回、先に挙げた先進地を引き合いに、彼の地のように農山漁村の資源が観光資源として定着するためには、何が必要なのかを考えてみたい。

2.我が国におけるグリーンツーリズム

 先にヨーロッパの国々がグリーンツーリズムの先進国だと述べたが、我が国においてはその歴史はまだ浅く、1992年に農林水産省内に研究会が設置され、1995年に「農山漁村滞在型余暇活動のための基盤の促進に関する法律(農山漁村余暇法、以下、休暇法)」が制定され、国の政策としてスタートした。
 この休暇法は以下のことを目的としている。

  1. ゆとりある国民生活の確保と農山漁村の振興に寄与するため農山漁村滞在型余暇活動のための基盤整備を促進する。
  2. 農山漁村滞在型余暇活動に資するための機能の整備を促進するための措置として、農林漁業体験民宿業の登録制度を実施する。

 農山漁村が持つ自然・歴史・伝統・文化を貴重な資源として都市住民との交流を促進することにより、都市住民には「ゆとり」、「やすらぎ」を、農山漁村地域には「経済的な恩恵」をもたらすという一挙両得を思考したのである。この意味は、休暇法を根拠法として行政としての取り組みを整備していくことと、農業体験などを提供するサービスの宿泊に関する登録制度と現行法からの規制緩和を示している。

222-2-1図1.農山漁村滞在型余暇活動の基盤整備

222-2-2図2.農林漁業体験民宿業の登録制度
(図1・2とも農林水産省HP 農山漁村余暇法の概要より)

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図3.農山漁村滞在型余暇活動における規制緩和について(農林水産省HP 農山漁村余暇法の規制緩和より)


 特に、宿泊等に関しての規制緩和は、農業体験を実施して宿泊客を受け入れようとする事業者にとっては大きな変化であった。

 農林水産省ではこれらのような制度整備を行いグリーンツーリズムを促進していくために「オーライ・ニッポン!事業」・「賑わいのある美しい農山漁村づくり推進事業」「グリーンツーリズム促進等緊急対策事業」、「都市・農村共生・対流事業」といった複数の事業を進めている。
 グリーンツーリズムとは、冒頭で述べたように「農山漁村地域における農林漁業、自然、文化、人々との交流を楽しむことを目的とした滞在型の余暇活動」を指している。ここで埼玉県でおこなった「都市と農村の交流に関する意識調査」から我が国におけるグリーンツーリズムの現状を推測したい。

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図4.グリーンツーリズムの認知度
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図5.グリーンツーリズムの体験状況
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図6.グリーンツーリズムの体験志向
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図7.回答者の属性

 

 図4~7は昨年の7月に埼玉県が県内の県政サポーターにインターネットを利用して行ったアンケート調査を抜粋したものである。図4の認知度では、「聞いたことがなかった」が50.9%と半数を超え、「聞いたことはあったが、意味は知らなかった」が27.6%であった。要するに、「グリーンツーリズムとは何のことか知らない」という回答が8割近いという結果であった。また、図5の体験状況では、「体験したことがない」が79.7%であった。
 一方で体験志向を見てみると、「体験してみたい」が12.8%、「機会があれば体験してみたい」が57.3%となり、「グリーンツーリズムに興味あり」が7割を超える結果であった。
 この結果から言えることは、①我が国のグリーンツーリズムの認知度は圧倒的に低く、8割近い人々にとっては縁のない観光形態である、②グリーンツーリズムには興味があり、7割近い人々は体験意欲がある、という2点である。対象者は埼玉県民という限定的な調査であるが、この結果はグリーンツーリズムにおける我が国の現状を明確に表していると言える。それは、①最近では、地域活性化などの動きとも相まって、農村部における農業体験なども各地で行われているが、まだまだ浸透している状況ではなく、ましてや休暇・休日を農村で過ごすといった文化はまったく根付いていない、②その一方で、体験欲求は高く「景観、宿泊環境、食事、料金」といった観光的な要素を顧客ニーズに合わせていくことで、我が国にも定着していく可能性はある、という事である。「滞在型」が浸透するには、昨今問題になっているワークライフバランスの問題も同時に考える必要があるが、価値感の変化(モノ→コト・多数→少数・体験ニーズの高まり・固有の地域資源への欲求・スローフード・オーガニックなど)を考えると、農村資源を中心としたグリーンツーリズムが支持される可能性は十分にあると言える。

3.グリーンツーリズムにおける必要な要素

 では、次にグリーンツーリズムが支持されるためのポイントを考えてみたい。

(1)景観(環境)

 景観と一口に言ってもその範囲は広いのだが、まずは眺めである。ランドスケープといった言葉も一般的になってきているが、その土地の持つ気候、歴史、文化が生み出す眺めである。これは、あるがままの姿に加え、人為的に整える作業によって、より魅力的な景観を作り出すことが求められる。例えば、条例などによる建築物、広告物の規制、空家・廃屋などの撤去もしくは修繕、休耕地対策に不法投棄のゴミ問題まで。景観は地域の魅力を生み出す最も大きな要素であるが、それは、維持すること・規制することといった人為的な活動によって保たれるものである。

(2)食

 食はグリーンツーリズムに限らず、観光において重要な要素である。訪れた地の食材とそれを使用した地域の食事、お酒は大きな魅力を持っている。生産者との交流、栽培方法、メニューと調理方法などを工夫したり、ホスト家族や他のゲストと一緒に食卓を囲めば、グリーンツーリズム特有の空間を創出することができ、ゲストに対して大きな満足と喜びを提供することができると同時に、その地ならではの独自性を強く訴求できるものである。

(3)宿泊

 宿泊はその旅の拠点になる場所であり、その旅に落ち着きと安らぎをもたらす大きな要因となる。グリーンツーリズムの目的を考えるとその拠点は外観、内装、調度品すべてに華美ではなくとも清潔に保たれ、ホストの気遣いが感じられる空間が提供できれば、訪れたゲストは十分に満足するはずである。特に古民家などの人々が暮らした息吹が感じられる空間は非日常を演出するのに最適である。

(4)交流

 ゲストにとって昔から縁ある地域であると錯覚するかのような地域の人々とのフランクな交流は、その地の印象を強く焼き付けることができる。グリーンツーリズムは「滞在すること」なので、知り合いの家にいるかのような居心地の良さを感じることができれば、「滞在」を求めてグリーンツーリズムが広く認知されるのではないだろうか。

4.これからに向けて

 グリーンツーリズムはヨーロッパが先進地域である。フランス、ドイツ、イタリア、スイス、オーストリアなど各国で盛んである。休日は農村に滞在して、家族でゆっくりとした時間を過ごし、地元の食材による食事やワインを楽しみ、宿泊施設の家族、他のゲストたちと語らう文化が成立している。現在ではグリーンツーリズム大国として、ツアー旅行などでも大きな人気を誇るイタリアであるが、その歴史は1965年(昭和40年)に成立した「アグリツーリスト協会」の設立と「アグリツーリズモ法」の制定が契機と言われている。もちろん、その後も景観計画、農業政策など不断の取り組みが現在の価値を生み出しているのだが、時間的には50年を要している。
 ヨーロッパの中でも歴史、文化はもちろん農業大国でもあるイタリアは南北に長い立地から多くの多様性と独自性を抱えている。また、食文化はワイン、チーズ、生ハム、バルサミコ、オリーブ、小麦など世界にその存在感を示し、自国においては長い伝統と調理方法が確立されている。
 我が国は非常に近い環境にある。各地に残る地域性、多様で上質な農産物に魚介類、和食文化は世界で好まれている。我が国のグリーンツーリズムの歴史は20年ほどである。これからまだまだ発展の余地がある。
 法整備、行政支援などによる資金面、地域支援などは重要な要素に違いないが、基本的には運営する人々の取り組みが成否を分けると言える。例えば、イタリア、フランスなどのグリーンツーリズムが広く支持されるに到ったのには、地域全体で環境を保全し、単なる農産物生産地域から、来訪者にゆっくりと農村地域でくつろいでもらうというホスピタリティの意識が芽生えたことが大きな要因であった。農村の住民としては、自身の田畑・屋敷を新しい視点と意識で活用することにより、少なくとも朽ちることなく維持できる、多少なりとも経済的恩恵を得ることができるといった、多くの見返りを期待するのではなく、「受け継いだ地を大切にする・次代に引き継ぐ」といったささやかな使命が発火点になった。また、新たな人材としては、都市部でサービス業などに従事していた人々(その地には縁のない人々)が、農村部に移住して都市住民のニーズと農村部で提供できる価値のマッチングを図り、ビジネス的にグリーンツーリズムを開拓していった事例も多い。
 グリーンツーリズムは大掛かりな観光施設を作って、一気に集客するハードツーリズムとは正反対に位置するものであり、コンセプトは「スローな時間を過ごす」である。その定義も「滞在型余暇活動」である。認識されるまでスローな展開は避けたいところだが、それぞれの地域が主体となって、合意形成をして多くの人が滞在したくなる、あるいはまた来たくなる環境を作り上げるのには時間が掛かることも事実である。行政の支援と地域の力が問われている。