Vol.227-1 これから迎える教育のパラダイムシフト


― 新たな社会の到来に必要とされる力とは ―

山梨大学大学院 医工農学総合教育部 非常勤講師
都留文科大学教職アドバイザー
手塚 芳一

プロローグ

 今の大学生は所謂「ゆとり教育」で育った最後の世代です。しかしながら大学の受験システムが変わったわけでもなく、ひたすら大学入学を目指して努力してきた素直な学生ばかりです。自ら受けてきた教育を踏まえ、「これからの子どもたちに必要な資質や能力」および「そのために、どのような教育を実践すべきか」について、教職を目指す学生たちと議論します。それは、これからの教育を担う学生に「今、教育は大きな転換期に来ている」ということを認識してもらうためです。

学習指導要領と社会背景

 日本の教育は全国どこでも一定水準の教育を受けられるようになっています。その基準となるものが学習指導要領です。学習指導要領は、その時の社会背景を反映しています。産業構造や社会構造などの時代背景と学習指導要領の変遷をたどることにより、その時のこどもたちに身に付けたい力が見えてきます。 


 
 戦後復興後の日本は昭和30年代に高度経済成長期を迎え、産業構造も第1次産業から第2次・第3次産業にシフトし、就業構造も変化しました。田舎から都会へ労働力が移動し、核家族化が進み、社会構造にも大きな変化が現れました。また工業技術の進展は生産性を高め、経済成長を加速させました。経済の成長は大学進学率を上昇させ、その結果、偏差値による差別化と詰め込み教育が顕在化してきました。そのため、いわゆる「落ちこぼれ」の生徒が出てきて、二次的な問題として不登校がクローズアップされました。昭和53年の学習指導要領では、「人間性豊かな児童生徒を育てる」ことが明記され、いわゆる「ゆとり教育」がスタートすることになります。しかしながら、その後も「いじめ」「不登校」「校内暴力」は増加傾向にありました。そのため、児童生徒個人に着目し、個性を重視し、自ら学ぶ意欲や主体的な学習の仕方が大切だとして、平成元年の学習指導要領では、更に学習内容を削減し、関心・意欲・態度を育成する「新学力観」への転換が図られました。教育の実践が「全体」から「個」の内面へ着目してきたことは大きな変化です。インターネットの普及で世界はシームレス化され情報を瞬時に入手でき、我々の生活様式も大きく変化して来ました。EUをはじめ経済の世界では国境がなくなりつつあります。子どもたちがそのグローバルな世界で生き抜いていくため、平成20年度の学習指導要領では、確かな学力、豊かな人間性、健やかな体からなる「生きる力」を身に付けさせることが大切だとして現在の教育が行われています。
 昭和の時代は、高度成長という名の下に経済を発展させるために「個」よりも「全体」が重視された時代だったのではないでしょうか。教育も知識を重視し経済成長を支える人材の育成が行われていたような気がします。また知識偏重型の教育では、批判的思考力や創造力や交渉力などが育てにくい面もありました。平成に入りバブル経済がはじけ、いろいろな生き方や考え方が尊重されるようになり、その多様性のなかで教育を行うためには、「個」を重視し「生きる力」を育む指導を行わざるを得なくなったのです。


 2020年から実施される次期学習指導要領は、2030年代以降の社会の変化に対応できる子どもたちの育成を掲げています。そこでもキーワードは「生きる力」です。そのために、「生きて働く“知識・技能”を習得」し、「未知の状況にも対応できる“思考力・判断力・表現力等”を育成」し、更に「学びを人生や社会に活かそうとする“学びに向かう力・人間性”を育成」するとしています。

今の教育を包み込む大きなうねり

 200年という長い間鎖国をしていた日本が、明治維新後短期間に近代化を成し遂げ西欧諸国の仲間入りができたのは、当時の庶民(国民)の識字率の高さがあったからだと言われています。江戸時代に確立された寺子屋に代表される当時の日本の教育によって、明治維新という大きな時代の波を乗り越えることが出来たのです。
 現在の世界は、インターネットが商用化されてから、この20年間で急速にグローバル化が進み、コンピュータを中心としたテクノロジーの進展もめざましいものがあります。そしてこれからの世界は、第4次産業革命と言われる、AIやロボット、IoTそしてビッグデータなどの技術を組み合わせた産業の革新による社会構造の変革が訪れようとしています。大きな歴史の流れから見ても、「狩猟社会」から「農業社会」、「工業社会」へと社会構造が変わり、今の子どもたちは「情報社会」のなかで生活しています。そしてSociety5.0と言われるように、科学技術イノベーションの先導によって新たな社会が到来すると言われています。それは、「情報社会」に続く大きな社会変革と言う意味では明治維新に匹敵するものだと考えます。この大きなうねりのなかで生き抜いていかなければならない子どもたちのために、私たちは来るべき次の社会にソフトランディングできるよう何をなすべきかをそれぞれが考えて実践する時期なのではないでしょうか。

これからの社会に対応する力

 これまでの教育は、個性を大切にしつつも、みんなと同じでなければいけないとか、間違いをすれば叱って正しい道へ導く指導が行われていました。「前へ倣え」と言うように受け身の子どもが育ち、自分のやりたいことがわからなくなっているのではないでしょうか。これを鉛筆に例えてみましょう。先端の部分は外部からいろいろな影響を受け、未来を切り開く力が必要ですが、そのほかの部分はみんなと同じ方向を向いて「前に倣え」で一緒のことをやっていればいいのです。しかし、これからの社会は、先に述べたように予想もしない急激な変化や状況が起きうる可能性があります。そのような状況下では前例だけでは対応できなくなります。それは全ての面が取り巻く環境に接しているボールのように、誰もが鉛筆の先端になる状況があり得るのです。これからは、「答えのある問題を解ける人材」よりも、「答えのない問題に対して、自分の頭で考え、自から行動して、正解を作り上げていく人材」が求められるのではないでしょうか。


平成26年版子ども・若者白書(内閣府)より
平成26年版子ども・若者白書(内閣府)より

 そのためには「どのような力が必要か」と学生に尋ねてみました。すると「コミュニケーション能力」、「相手を認める力」、「自分の弱さを知る強さ」とか「何事にも前向きに考える力」、「我慢する力」などの力が必要だと言います。彼らは大学へ入るため一生懸命、数学や国語や英語などを勉強してきたはずなのに、教科に関する回答はほとんどありませんでした。何故なのでしょう。それは教科に関する基礎的な知識は必要だけれども、彼らが所属するそれぞれのコミュニティーでは、それ以外の能力が必要だと言うことを肌で感じているからです。
 これからは、ダイバーシティに例えられるように、年齢や性別や宗教や国も関係なくハンディキャップをもった人やいろいろな人々の考えや思いを尊重することにより、同質性の強さより更に強靱な未来を切り開いていく力を生みだし、新しい価値を作り上げていくことが求められます。そのような環境で協働していかなければならない子どもたちは、言語力や語学力、論理的思考力やITリテラシーなどいわゆるIQ(知的能力)に代表される認知的能力だけでなく、自己有能感、動機付け、共感性、楽観性、道徳的性質や社会的スキルなど心の性質に関する非認知的能力といわれるものが必要となるのです。次期学習指導要領では、この非認知的能力を身に付けさせることに重点が置かれています。いわゆる認知的能力も必要であるが、もっと大切なものが非認知的能力であると言うことです。この非認知的能力は知性を働かせる別のチカラをもち、その後の人生に大きく係わるという研究も行われています。非認知的能力は後天的に獲得可能なものであるため、個人の意志だけではなく教育によって高めることも可能なのです。非認知的能力が大きく取り上げられるようになったのは最近で、そのため測定法や指導法についての研究が始まったというのが現状です。子どもたちの非認知的能力を高めてあげることが、これからの教育に必要なことなのです。

エピローグ

 Educationは、ラテン語の「e-外へ」と「ducere-導く」が語源で、内なるものを外へ導くことです。個性を重視し間違いを叱るより成功を褒め、こどもの可能性を外へ引き出すことが大切です。非認知的な心の性質は、結局は自分を信じ他者を信頼する感覚を持つことであり、それは十分な愛情を注がれて醸成されるものです。
 今の私たちは、人口減少による労働力不足、少子高齢化や経済格差、それらに伴う将来への不安など、取り組まなければならない課題はたくさんあります。だからこそ、これから生きる子どもたちの教育は大切なのです。社会が大きく変わろうとする今、教育も大きな転換期にあることを認識し、教育を学校だけにお任せするのではなく、私たちも子どもたちに必要とする力を認識して、社会全体で育んでいかなければならない時だと考えます。

  

参考文献

OECD(2015)Education at a Glance 2015(Report)
平成25年版 教育指標の国際比較:文部科学省

平成27年版文部科学白書:文部科学省
どのような時代背景だったか:厚生労働省
学習指導要領の変遷:文部科学省
戦後から現在までの教育界の大まかな流れ:東京大学
平成26年版子ども・若者白書:内閣府
我が国経済産業を取り巻く環境変化と必要な人材像について:経済産業省
第3期教育振興基本計画の策定に向けた基本的な考え方:文部科学省
非認知的(社会情緒的)能力の発達と科学的検討手法についての研究に関する報告書:国立教育政策研究所
幼少期の家庭環境、非認知能力が学歴、雇用形態、賃金に与える影響:(独)経済産業研究所