Vol.227-2 引退競走馬の観光振興等への活用に向けて


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 相川 喜代弘

はじめに

 サラブレッドは、その均整のとれた馬体や疾走する躍動感などから、非常に華やかな印象を持たれる。また、日本中央競馬会(以下「JRA」)が主催する中央競馬のG1レースは、テレビや新聞などのメディアに取り上げられることが多く、名馬たちが駆け抜けたシーンなど、幾多の名勝負が語り継がれることも少なくない。
 一方、引退した競走馬(以下「引退馬」)については、あまり多くが語られない。実際のところ、引退馬の行く末にはかなり厳しい現実が待ち構えており、競走馬としての登録が抹消された後は、行方不明となるケースが多く見られる。何千万円もの賞金を稼ぎ、中央競馬の大きなレースを勝利した馬であっても、引退して馬主にとって経済的な利益をもたらさなくなると廃用(処分)されることが多く、引退馬の余生(天寿)は保証されていない現状がある。あれほどファンからの声援を受けて、一生懸命に走った馬であっても、なかなかその余生の面倒をみてもらうことは難しいのである。
 そうしたなか、競馬ファンのなかには引退馬の里親となり、その余生の面倒を見る有志もいる。かつて応援した競走馬に会いに行くために、北海道までレンタカーや大型バスで出向く方も多く、競走馬の価値はその競走能力にとどまらず、引退後にその馬自体が一つの観光資源となる可能性を示している。
 山梨県北杜市は、その昔、朝廷の直轄牧場である“御牧”が置かれ、戦国最強とうたわれた武田騎馬隊などに伝わるように歴史的にも馬との関係性が深い。今回は、都心から電車や車で2時間足らずの山梨県北杜市において、引退馬の観光活用等の可能性について考えてみることとしたい。

1 観光活用に向けた評価

 引退馬の観光資源としての価値について競馬ファンはどう考えているのか、昨年6月に次のようなアンケート調査(ウインズ石和、全国インターネット)を行った。

(1)ウインズ石和調査

①調査時期・調査場所
 平成28年6月18日(土)、26日(日)ウインズ石和場内

② 調査対象
 ウインズ石和に来場した競馬ファン

③ 調査方法
 調査員による聞き取り

④ 回答結果

6/18(土)
6/26(日)
合計
回答数
148件
199件
347件

※ 6/26(日)⇒宝塚記念(G1レース)があった日

 主なアンケート結果は次のとおりであった。

(ア)観光資源

 応援する(した)競走馬が引退した場合、その馬に会うために観光目的で牧場等に足を運ぶか(SA)について聞いたところ、「はい」が61.4%、「いいえ」が16.7%、「わからない」が21.6%となった。

(イ)旅程

 応援する(した)競走馬が引退した場合、その馬に会うためにどの程度の旅行先であれば足を運ぶか(SA) について聞いたところ、「1泊2日以内で行けるところ」が35.7%で最も高く、次いで「日帰りで行けるところ」が27.7%となった。

(ウ)旅費

 応援する(した)競走馬が引退後した場合、その馬に会うためにどの程度の旅行費用であれば足を運ぶか(SA)について聞いたところ、「1~2万円以内で行けるところ」が31.5%で最も高く、次いで「1万円以内で行けるところ」が25.4%、「4~5千円以内で行けるところ」が15.5%となった。

(2)全国インターネット調査

① 調査時期
 平成28年7月

② 調査対象
 1年に1回以上勝馬投票券を購入したことがある人

③ 調査方法
 インターネット調査

④ 回答者内訳
 20歳以上79歳までの男300名、女100名の計400名

(ア)観光資源

 応援する(した)競走馬が引退した場合、その馬に会うために観光目的で牧場等に足を運ぶか(SA)について聞いたところ、「足を運びたいと思う」「どちらかと言えば、足を運びたいと思う」の肯定派が60.8%、「足を運びたいとは思わない」「どちらかと言えば、足を運びたいとは思わない」の否定派が30.0%、「分からない」が9.3%となった。

(イ)旅程

 応援する(した)競走馬が引退した場合、その馬に会うためにどの程度の旅行先であれば足を運ぶか(SA) について聞いたところ、「片道1~2時間以内で行けるところ」が36.2%で最も高く、次いで「日帰りで行けるところ」が24.3%となり、「1泊2日以内で行けるところ」、「それ以上の時間が掛かっても会いに行く」と回答した者は、23.1%となった。

(ウ)旅費

 応援する(した)競走馬が引退後した場合、その馬に会うためにどの程度の交通費であれば足を運ぶか(SA)について聞いたところ、「片道2000円~5000円未満で行けるところ」が35.4%で最も高く、次いで「片道2000円未満で行けるところ」が25.1%となった。

 ウインズ石和調査及び全国インターネット調査の結果から、競馬ファンの約6割は、自分が応援した競走馬について引退後に会いに行きたいとの思いがあり、このうち、日帰り以上の旅程でも引退馬に会いに行きたいと回答した競馬ファンは約4割となった。
 なお、交通費としては片道で多くても5千円未満、旅行費用としては全体で2万円以内との回答が多かった。

2 活用に向けた現状と課題

(1)引退馬の現状と課題

 馬は「経済動物」という常識がある。このため、レースに出ない、賞金を稼げない、繁殖用として価値をもたらさない競走馬は、馬主にとって経済的な価値を生まないため、処分するとの考え方が一般的とのことである。競走馬は引退後に行方不明となる場合が多く、要は、引退後に廃用(処分)されているケースが相当数に上ると思われる。NPO法人引退馬協会の独自調査によると、「毎年、約7千頭ものサラブレッドが生産されているが、2009年度に生産された7475頭のうち20161月現在で中央競馬や地方競馬、乗馬や繁殖用としてその生存が確認された頭数は2240頭と約3割に過ぎない」との報告もある。

 

 ところで、現在、引退馬の余生を支援するための公的支援制度としては、(公財)ジャパン・スタッドブック・インターナショナルがJRAからの助成等を受けて実施している「引退名馬繋養展示事業」がある。これは中央競馬の重賞レースを勝利して引退した名馬には、所有者の申請があれば一定の条件のもと月額2万円の助成金を受給できる制度であるが、利用状況は対象馬の12割程度と低調である。
 これは、「助成金額が月額2万円と、えさ代(実費)にも満たない。」「対象馬は10歳以上であって、56歳での引退後、直ちにこの制度を利用することができない。」「対象馬はいずれの用途にも使われることなく余生を送るために繫養されていることとされるため、乗馬転用馬など他の用途で利用されている場合にこの制度を利用できない。」など、助成金額が少なく申請条件が厳しいなど、使い勝手が悪いことが要因と想定される。

出典: ジャパン・スタッドブック・インターナショナルHPより

出典: ジャパン・スタッドブック・インターナショナルHPより

 また、関係者にヒアリングを行ったところ、引退馬の活用に向けては“引退馬の余生の面倒をみる費用と場所の確保が課題”との指摘があった。一方で、競馬ファンへのアンケート調査では、引退馬の余生を支援するための費用負担などについて、次のとおり肯定的な意見が聞かれた。

 ウインズ石和調査及び全国インターネット調査とも、約7割の競馬ファンが、功労引退馬の余生を支援するための基金(養老牧場)などの創設が必要であり、払戻金の一部を功労引退馬の余生を支援する費用に充てても良いとの回答であった。

 

① ウインズ石和調査

(ア)基金の必要性

 功労引退馬の余生を支援するため、基金(養老牧場)などを創設する必要があると思うか(SA)について聞いたところ、「はい」が74.9%、「いいえ」が24.5%となった。

(イ)払戻金の充当

 払戻金の一部を功労引退馬の余生を支援する費用に充てて良いと思うか(SA)について聞いたところ、「はい」が69.7%、「いいえ」が29.4%となった。

② 全国インターネット調査

(ア)基金の必要性

 功労引退馬の余生を支援するため、基金(養老牧場)などを創設する必要があると思うか(SA)について聞いたところ、「はい」が71.0%、「いいえ」が29.0%となった。

(イ)払戻金の充当

 払戻金の一部を功労引退馬の余生を支援する費用に充てて良いと思うか(SA)について聞いたところ、「はい」が72.3%、「いいえ」が27.8%となった。

 ウインズ石和調査及び全国インターネット調査とも、約7割の競馬ファンが、功労引退馬の余生を支援するための基金(養老牧場)などの創設が必要であり、払戻金の一部を功労引退馬の余生を支援する費用に充てても良いとの回答であった。

(2)競馬界での新たな動き

Thanks Horseプロジェクト

 近年、飯塚知一新潟馬主協会会長、角居勝彦JRA調教師、武豊JRA騎手、沼田恭子NPO法人引退馬協会代表理事らが中心となり、「1頭でも多くの引退馬をセカンドキャリアへ繋げるとともに、馬の多様な利活用を創出することで受け皿拡大を促進し、もっと気軽で身近な馬事文化の普及を目指す」との目的のもと、引退馬のキャリア支援を通じた引退後の環境をサポートする仕組みづくりが開始されている。

Thanks Horse project(http://www.thankshorseproject.com/)参照Thanks Horse project(http://www.thankshorseproject.com/)参照


 また、この取り組みに対し、岡山県吉備中央町がガバメントクラウドファンディング(自治体が行うクラウドファンディング)として、プロジェクトのサポートを行っている。ガバメントクラウドファンディングでは、すべての寄附がふるさと納税の対象となり、また、目標金額に到達しなくても、集まった金額内で自治体が事業を行うことが可能である。なお、2017年には40頭の引退馬を受け入れ予定としている。

ガバメントクラウドファンディング ふるさとチョイス(https://www.furusato-tax.jp/gcf/150)参照

②JRA

 平成29年度事業計画書には、「5.馬事振興 (2)乗馬の普及」の中で『・・・さらに、引退競走馬が乗用馬や競技用馬として活躍できるよう調教方法を研究するとともに、障害者乗馬やホースセラピーの振興に取り組みます。』と、引退馬の活用に関する言及がなされている。

③世界での動き

 NPO法人引退馬協会の沼田代表理事(平成28924日甲府市で講演)によると、「平成282016)年720日から22日までイギリス・ニューマーケットで引退馬に関するフォーラムが開催され、引退馬に関する国際的な団体が設立されることが決定されている」とのことである。

3 北杜市における引退馬等の活用方策

 馬は、古来から日本人とともに生きている。農耕、戦(いくさ)、祭、競馬、乗馬、セラピー馬などである。山梨県北杜市では、標高1,000mの“馬の町 小淵沢”に代表されるように、馬の飼育環境に適した気候と馬との深い歴史的つながりなどから、次のような馬の多面的な活用が期待できる。

「観光」での活用
 山梨県馬術競技場、まきば公園、丘の公園などを引退馬の活用に向けた連携拠点とし、功労引退馬の観光展示や引退競走馬の転用プログラムなどを実施。清里地区の民間の観光・養老牧場での観光展示。市内ゴルフ場での観光展示。二次交通(観光交通)手段としての馬(馬車)を活用。乗馬クラブでの乗馬活用など。

「教育」での活用
 小中学校でのポニーを使ったふれあい事業や馬(乗馬)による動物介在教育の実践など。

「歴史・文化」での活用
 上原遺跡住居跡(貴重な馬具等の出土)の整備。日本在来馬(和種馬)の保存など。

「農業・農村」での活用
 馬ふんを活用した有機農産物の生産。都市農村交流のツールとしての馬の利用。廃校・空き家を厩舎に改築し、田舎で馬と暮らす生活を求める人への提供。馬のいる風景(馬の放牧地・牧草地など)の整備など。

「医療・健康」での活用
 ホースセラピーへの取り組みや認知症予防のための健康乗馬への取り組みなど。

「産業」での活用
 革製品の開発とクラフトの街としての売り込み。馬肉を使った商品等の開発。JRA関連施設の誘致(競走馬の墓地の整備)。

まとめ

 平成28事業年度のJRA事業報告書等によると、開催競馬場への入場人員は約630万人(うち、女性の延入場人員は約103万人)となり、電話・インターネットの投票会員数は約380万人に上る。こうしたなか、首都圏から電車や車でわずか2時間足らずで、高速道路を利用した場合でも片道5,000円程度で来訪できる山梨県北杜市に功労引退馬の観光(養老)牧場を設置した場合、アンケート結果などからも多くの競馬ファンの来場が想定される。
 一方、観光資源として評価できる引退馬も含めて“馬は経済動物であるとの既成概念”からその多くが廃用(処分)されており、功労引退馬の活用に向けてはその余生の面倒をみる費用と場所の確保が課題となるが、当該費用については上記のアンケート結果からも払戻金の一部を使ってもかまわないとの競馬ファンが約7割もいることから、この声(資金)を“馬の年金”として活用するなどの検討が期待できる。
 このように功労引退馬は観光資源として評価できることから、山梨県北杜市での観光活用をはじめとした様々な取り組みへの挑戦が待たれるところである。
 JRAを含めた競馬界関係者の皆様には、観光資源となり得る引退馬が知らないうちに処分されるような現状の改善と、功労引退馬の多面的な活用に向けた早急な検討をお願いして結びとする。

この調査は、平成28年度科学研究費助成事業(科学研究費補助金)(奨励研究)
「JSPS KAKENHI Grant Number JP 16H00035」の交付を受けて行ったものです。

【調査協力】
  北海道で引退競走馬の繫養に関わる皆様方
   十勝軽種馬農業協同組合(中川郁夫)
   畠山牧場
   荒木貴宏(牧場)
   ローリングエッグスクラブ・ステーブル
   競走馬のふるさと日高案内所
   渡辺牧場

【主な引用文献・参考資料・サイト】
 (公財)ジャパン・スタッドブック・インターナショナル ホームページ 「統計データベース」「引退名馬」