Vol.228-1 ニュースノートが子どもを変える


NIEの可能性を探る~

甲斐ゼミナール 北口本部教室教室長 菊田 啓太

1.はじめに

 NIEとは「Newspaper in Education」の略で「教育に新聞を」という活動を指します。1930年代のアメリカで始まったNIEは、日本でも教育界と新聞界の連携のもと推進されてきました。社説を読み比べて討論を行う高校生、コラムの書き写しを日課とする中学生、朝の会でニュースについて意見発表をする小学生など、取り組みは多岐にわたっています。今回紹介するのは、私が勤務している学習塾で20年近く前から取り組んでいる「ニュースノート」です。

NIE事業を推進している日本新聞協会のエンブレム

2.ニュースノートとは何か

 まずは実物をご覧ください。今年6月に小学5年生が作ったもので、将棋の藤井聡太四段の活躍が題材となっています。専用の用紙は塾のホームページからダウンロードできますが、注目すべきは難しい語句を国語辞典で調べてまとめている点です。学年の数つまり小5なら5個が辞書調べの目安ですが、囲碁が得意なこの男の子は記事によほど興味があったのでしょう、調べた語句は15個にも及んでいます。この“自分だけの注釈”があれば大人向けの新聞記事も十分に読めるため、200字の要約と感想も難なくクリアーできます。なお、文章を書く際は辞典で調べた語句を活用するのが効果的です(この記事の場合は「あどけない、精進、快進撃」など)。そうすれば意味さえ知らなかった言葉が、この一連の流れの中で“使える言葉”になります。ニュースノートは「語彙力・読解力・表現力」の3要素を総合的に高めてくれます。そして最後の仕上げは「ニュースで一句」。記事の内容や自分の意見をまとめる小学生版の川柳です。この児童は「最多タイ28勝 藤井四段」と素直な言葉でまとめていますが、実はこの「ニュースで一句」がニュースノート誕生のきっかけとなったのです。

ニュースノートの実例

 

国語力の構造

 

3.きっかけは週刊こどもニュース

 「箸よりもフォークが似合う野茂投手」。これは、メジャーリーグで大活躍した野茂英雄選手を扱った作品です。箸とフォークという日米の食文化を対比させながら、決め球であるフォークボールをかけた一句は、トルネード投法と同様にひねりが効いています。実はこの作品、NHK「週刊こどもニュース」(19942010) の中で紹介されたものです。池上彰さんが初代キャスターを務めた人気番組は時事問題の分かりやすい解説に定評がありました。その番組の後半に「ニュースで一句」のコーナーがあり、全国の子どもたちの作品が紹介されていたのです。その面白さに興味を引かれた私は、担当していた子どもたちの作品を集めてNHKに送りました。何人かの作品がテレビで紹介され、大変喜んでくれたのを覚えています。
 そこで「『ニュースで一句』を作る流れを、家庭学習に組み込めないだろうか」と模索し、現在のニュースノートが誕生したのです。その後池上さんはフリーとなり番組も幕を下ろしましたが、「ニュースで一句」はノートと私の授業の中で今も息づいています。ちなみに、塾生がこれまでに作った5・7・5の中で最も鮮明に記憶しているのは、国政選挙の投票率低下を受けて小学6年生が言い放ったこの一句です。

「選挙権 あるなら行けよ 投票日」

4.子どもの好奇心が学びの源

 ニュースノートを支えるのは子どもたちの「知りたい」という気持ちです。新聞には政治面から社会面まで、様々な情報がレイアウトされています。私事で恐縮ですが、小学生時代に「落合・三冠王濃厚」という見出しを見た時、牛乳のパッケージにも「濃厚」という文字があるのを不思議に思いました。そして、濃厚とは味だけではなく、可能性が高いという意味があることを知りました。プロ野球に関心があったからこその学びであると言えます。このエピソードは今の子どもたちにもあてはまるはずです。卓球が好きな子には平野美宇選手の記事を。政治に関心がある子には東京都議選挙の記事を。平和を考える時には難民問題の記事を。「なぜだろう」と疑問に思うことから、自ら考え学ぶ力が高まるのではないでしょうか。
 なお、ニュースノートは基本的に週1回の宿題ですが、時には保護者の方が記事を選ぶのも効果的です。具体的にはパンダ誕生のニュースをふまえWWF(世界自然保護基金)の関連記事を選択するなどが挙げられます。子どもの好奇心を見守りながら育てる、理想的な形です。

5.中学入試に生きる‟新聞力”

①野生の鹿を駆除することをどう思いますか?
②リニア新幹線の開通によるメリットとデメリットは?
③農薬の使用に賛成ですか反対ですか?

 これらは全て、山梨県内の中学入試における面接やディスカッションで出題された内容です。
 ①は生態系の変化と里山の荒廃などが問題の背景にあり、動物除けの電気柵による痛ましい事故も起こりました。ただし、野生動物と頻繁に遭遇する地域に住んでいない限り、この問題を考える機会は少ないでしょう。
 ②はこれまで盛んに議論されてきた話題で、リニアの長所を最大限に生かす方策が求められています。
 ③は理科の生物分野の知識や社会科の農業の学習がベースとなり、教科横断型の議論となることも予想できます。2000年代に盛んに提唱された「総合学習」は、学習指導要領の見直しもあって今は落ち着いた感がありますが、自由に記事を選べるニュースノートには“一人でできる総合学習”という側面があります。社会の動きに関心を持つことは子どもたちに等しく身に付けさせたい習慣です。新聞は「生きた教材・小さな図書館・身近な情報源・社会に開かれた窓・未来の予感」(東京都NIE推進協議会元会長 鈴木伸男氏)であると言えるでしょう。

6.情報発信力を高める

 写真の記事は、2017620日付山梨日日新聞「私も言いたい」に掲載された投稿です。小学校の卒業前に自由にテーマを選んで書いたものですが、彼のニュースノートにはラグビーや水泳についての記事が数多くスクラップされていました。日頃から抱いた問題意識が子どもなりに熟成されてひとつの意見となり、地方紙の紙面に反映された形です。先月のニュースレターに掲載された手塚芳一先生のレポートに、「日本の10代は自己肯定感が低い」というデータがありました。自分の考えが新聞に掲載されることは、作文を褒められるのとは違うレベルで子どもの自尊心を高めてくれるはずです。
 これまでは新聞を「読む側」だった子どもたちが「書く側」に立つことの意義は、非常に大きいと考えられます。朝日新聞の「声」編集記者である加藤真太郎氏は、若い世代の投稿を「自分を、他人を、動かす言葉」として紹介し、書くことを通じた表現力や発信力の向上を応援したいと述べられています(2015814日付 朝日新聞)。私もその考えに心から共感します。

新聞への投稿

7.おわりに

 経済のグローバル化が進み、AI(人工知能)社会の到来が予見される中、次世代の子どもたちには、ますます高い能力が要求されるようになります。「新聞×辞書×ノート」というアナログの融合は、digital nativeの世代にとっては逆に新鮮なのかもしれません。英語力を伸ばすためにも日本語を大切に、国際社会を語るためにも身近な話題を大切に、他者との違いに気付くためにも自分の意見を大切に……。これからもニュースノートを通じて「小さなオピニオンリーダー」を数多く輩出できればと考えています。

ニュースノートには子どもの学力を、未来を変える可能性があります。

ニュースノートを手に、笑顔の子どもたち

<参考文献・掲載資料>

新聞わくわく活用辞典(PHP研究所)
小学生の大疑問(講談社)
池上彰の新聞勉強術(ダイヤモンド社)
新聞で学力を伸ばす(朝日新書)
山梨日日新聞