Vol.229-1 押し寄せる第4次産業革命の波
山梨大学大学院 総合研究部准教授 渡辺 喜道
1.はじめに
現在、IoT(Internet of Things)、ビッグデータ(Big Data)、人工知能(AI; Artificial Intelligence)などの技術用語が世界的に注目されている。本稿は、日本政府が提言している第4次産業革命に関する話題を中心に述べる。日本では、2017年に政府が閣議決定した「未来投資戦略2017-Society 5.0の実現に向けた改革-」において、IoT、ビッグデータ、AIなどが経済成長の鍵であると謳われている。未来投資戦略2017によると、「経済の好循環は着実に拡大しているが、民間の動きはいまだ力強さを欠いている。この長期停滞を打破し、中長期的な成長を実現していく鍵は、IoT、ビッグデータ、AI、ロボット、シェアリングエコノミーなどに代表される第4次産業革命を、あらゆる産業や社会生活に取り入れることであり、そのことにより、様々な社会課題を解決する『Society 5.01』を実現することにある」とされている。
IoT、ビッグデータ、AI、ロボットなどの技術を軸とする第4次産業革命の実現により、付加価値を創出できる可能性は年々増大している。これらの技術に代わる新しい技術の台頭は今のところ見えておらず、IoT、ビッグデータ、AI、ロボットなどの技術を応用した産業の開花を模索していることが現状であると思われる。第4次産業革命はデータ駆動社会(Data-Driven Society)を目指しており、データの生成から収集、流通、分析、利活用を徹底することによって、あらゆる社会経済活動が再設計され、社会の抱える課題のスマートな解決策を見出すことを目指している。
これまでの情報革命は、情報処理産業や情報通信関連産業などの情報産業の内部に留まっていたが、第4次産業革命の波は、あらゆる産業や社会生活を劇的に変革する大きな可能性を秘めている。ドイツの「Industry 4.0」や米国の「Industrial Internet」などの欧米の取組みは、IoTによって、主として製造業の生産管理や在庫管理などのマネジメントを工場や企業の枠組みを超えて最適化しようとする考え方に基づいている。一方、日本の第4次産業改革は、製造業だけではなく、モノとモノ、人と機械・システム、人と技術、異なる分野に属する企業と企業、世代を超えた人と人、製造者と消費者など、多種多様な様々なモノをつなげた産業を実現することを指向している。日本が目指す「Society 5.0」は、あらゆる産業や社会生活に先端技術を取り込み、「必要なモノやサービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供する」ことにより、様々な社会的な課題を解決する取組みと捉えることができる。
2.IoTビジネスとビッグデータ処理
IoTとは、ありとあらゆるモノがインターネットに接続する世界のことである。従来のインターネットは人の操作によってインターネットに情報が発信されていた。これに対し、IoTはモノが自ら情報をインターネットに発信しているという点が従来のインターネットとは異なる。IoTに類似した概念にM2M(Machine to Machine)があるが、M2Mは、人間を介さない機械同士のやり取りにより情報を処理するという考え方であり、現在のコンピュータが処理するデータの大部分は人からの入力に基づいており、多くの処理は人が起動することで実行されるという考え方である。機械同士のネットワークだったM2Mから、さらに多くのモノがネットワークにつなげられ、個々のモノが自ら情報を発信するネットワークがIoTと言える。
近年では、IoTを活用したビジネスも登場してきており、IoTビジネスでは、以下の処理が基本的な流れとなっている。
- センサでモノから情報を収集する(センシング)。
- インターネットを経由して、クラウドなどにデータを蓄積する。
- クラウドなどに蓄積されたデータを分析する。必要であれば、人工知能技術を使う。
- 分析結果に応じてモノがアクションを起こし、人にフィードバックする。
IoTビジネスにおいては、④のフィードバックがもっとも重要である。ただ単にモノがインターネットにつながることでモノから情報を収集できるだけでなく、それを利用してどうフィードバックするか、つまり社会的問題をどう解決するかを考える基盤技術がIoTであると言える。
IoTが普及するとビッグデータを簡単に収集できるようになる。ビッグデータとは、Volume(データ量の大きさ)、Variety(扱うデータの多様性)、Velocity(データが高い頻度で発生すること)、Veracity(データの正確さ)の4つのVと呼ばれる特性を持ち、従来の技術では管理、分析が難しいデータのことをいう。企業の情報システムには販売や接客などで発生する様々なデータが蓄積されている。そのデータの分析の必要性だけではなく、スマートデバイスやセンサを備えた情報機器の普及が進んだことから大量のデータが簡単に手に入るようになり、その大量のデータを分析し、活用するニーズが高まっている。データマイニングや機械学習などの分析技術、高性能ハードウェアや並列分散処理などの基盤技術の進化、及びIoTの普及拡大により、データ分析のための土壌は整いつつある。
ビッグデータの対象となるデータには、売り上げや株価といった情報のほか、テキスト情報、画像情報、動画情報、センシング情報、GPS情報、音声情報などが存在する。SNSへの書き込みは情報として蓄積され、ビッグデータの代表例として取り上げられるようになっている。ビッグデータの分析では、様々な情報を組み合わせることにより、より大きな価値を生むことができると考えられている。
次に、ビッグデータのデータ量について考えてみる。現在、あらゆる瞬間において、多量のデータが数百万台規模の主要なサーバへ蓄積されており、この状況が続くと世界中のコンピュータに蓄積されるデータ量は2013年時点で既に、日々2.5エクサバイト(2.5×1018B)に達し、これに応じてデータストレージの増加率も年間28%という報告もある。また、2020年には35ゼタバイト(35×1021B)もの膨大なデータ量となると予測されている。ネットワークを流れるだけのデータ量は、ストレージに保存されるデータ量に比べ、相当大きくなると考えられ、その年間に流通するデータ量は1.9ゼタバイト(1.9×1021B)に到達するとも言われている。ビックデータが次世代のデータ資源として位置づけられるとそれを処理する技術の開発が急務となる。
ビッグデータという言葉の浸透に伴い、このようなデータを分析対象として有効活用する能力を備えたデータサイエンティストの役割も認知されるようになった。必要なデータ項目を素早く探索し検索できるように、ひとつのデータ項目を他の項目と素早く識別するための新たな記述方法を見つけなくてはならなくなる。また、ビッグデータとして蓄積されるデータは構造化されているものもあるが、構造化されていないデータも多い。さらに、保持されているデータは、すべて検索及び分析などの処理が高速に行われるようにモデリングされなければ、利活用できない。そのためには、情報処理アルゴリズム(問題を解くための手順)の高速化技術が必要であり、メインメモリ内でストリームデータを高速に処理するデータストリームプロセッシング技術が必要となる。
ビッグデータの解析のためには、従来の統計解析技術で使われていた相関分析や回帰分析などの手法やベイジアンフィルタや協調フィルタリング、複雑ネットワークなどのデータマイニング技術を基礎とした新しい技術が必要となる。機械学習、自然言語処理、空間情報処理などの人工知能の技術を基盤技術として、処理時間を大幅に減少させる技術が必要となる。そのような代表的な技術には、分散処理技術、オンライン確率的最適化手法、未知語認識の問題に対してWebテキストを用いて認識する技術、位置測位データへのノイズ混入を除去する方法、屋内の位置測位方式の提案などが挙げられる。旧来の技術で用いられているアルゴリズムの多くは多項式時間アルゴリズム、すなわち解くべき問題の入力の大きさnに対して、処理時間の上界としてnの多項式で表現できるアルゴリズムであった。しかし、ビッグデータを扱う場合、その考え方はしばしば状況に合わない。ビッグデータに対しては、新たなアルゴリズムが必要となり、そのような研究を急務に遂行する必要がある。
3.求められる人材
このような第4次産業革命の波が押し寄せつつあるが、それを操ることのできる人材はまだまだ不足している。文部科学省は、生産性革命や第4次産業革命による成長の実現に向けて、情報活用能力を備えた創造性に富んだ人材の育成が急務であると提言しており、日本が第4次産業革命を勝ち抜き、未来社会を創造するために、特に喫緊の課題であるAI、IoT、ビッグデータ、セキュリティ及びその基盤となるデータサイエンスなどの人材育成及び確保に資する施策を、初中教育、高等教育から研究者レベルでの包括的な人材育成総合プログラムとして体系的に実施する「第4次産業革命に向けた人材育成総合イニシアチブ ~未来社会を創造するAI/IoT/ビッグデータ等を牽引する人材育成総合プログラム~」を立ち上げている。このプログラムでは、①トップレベルの情報人材の育成、②大学・大学院・高等専門学校でのデータサイエンティストなどの育成、③初等中等教育におけるプログラミングなどの情報活用能力の育成などのIT教育などの3層構造で、第4次産業革命を支える人材の育成及び教育システムの構築を目指している。
このような状況に対して、日本の現状は以下のとおりである。IoT、ビッグデータによりもたらされる膨大なデータが溢れている状況になっているにもかかわらず、諸外国と比較すると、意思決定におけるデータの分析力及び活⽤力に遅れを取っている。日本の企業幹部におけるデータの分析、活用の戦略的価値への認識は、世界の主要国の水準と比べて非常に低いといわれている。また、産業活動を活性化させるために必要な数理、データサイエンスの基礎的素養を持ち、課題解決や価値創出につなげられる⼈材育成が極めて不足している。数理的思考やデータ分析・活用能力を持つ人材が戦略的にデータを扱うことによる経営などへの効果は大きいことは明らかである。未来社会を創造するAI、IoT、ビッグデータなどを牽引する人材育成が急務といえる。
4.おわりに
日本政府の分析によると、日本企業はデータ利活用に関して、収集、蓄積の段階で止まっていると言われている。また、IoTによる市場拡大に関する予測についても、各国と比較して相対的に遅いと言われている。2015年から2020年にかけては、世界中でIoTの導入が進み、全体の導入率は2~3倍になることが予測される一方、相対的に日本はIoT導入の意向が低く、今後他国と差が開いてしまう恐れがあると指摘されている。第4次産業革命の波にうまく乗って、成長することが大事と思う。
山梨県のIoT推進の状況について、朗報があった。平成29年8月7日(月)付で、IoTの導入に向けた県などの企業支援策が国の「地方版IoT推進ラボ」に選定されたとのことである。この選定により、今後、企業のIoT導入をサポートするため、国から専門家派遣などの支援が受けられるそうである。山梨県内の企業のIoT導入の促進と人材育成にぜひとも期待したい。