Vol.229-2 いつまでも大事にしたい「ロス」と、出来るだけ無くしていかなければならない「ロス」
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 森屋 直樹
1.はじめに
平成25年度上半期にNHKで放送された連続テレビ小説「あまちゃん」は、その放送終了後、番組を楽しみにしていた多くの視聴者が大きな喪失感を感じる「あまロス」現象を引き起こし、それ以降、人気俳優の結婚による「ましゃロス」や、国民的人気グループの解散による「すまロス」など、様々な「ロス」がテレビなどで大きく取り上げられるようになった。
これらの「ロス」に公式な定義を見つけることは出来なかったが、一般的には、ペットと別れた際に起こる悲嘆反応を示す「ペットロス」から派生したとされており、これまで愛顧していた習慣、イメージなどが喪失されたことに対して、孤独感や寂寞の念を感じ、可能であれば再び以前の状況を取り戻したいという願望を示す言葉として、英語のLoss(喪失、紛失、遺失など)を活用して生み出された造語とされ、「2013年ユーキャン新語・流行語大賞」にて「あまロス」がノミネートされて以降、現在も様々な「ロス」を耳にするようになっている。
このような、出来ればいつまでも郷愁に浸っていたい「ロス」が話題となる一方で、もっと以前から、政府や行政機関、関係団体などが声を大きくして国民の関心を惹きつけようと取り組んでいる「ロス」に「食品ロス」がある。
2.「食品ロス」の現状
「食品ロス」とは、農林水産省によると「まだ食べられるのに捨てられてしまう食べ物」を指し、同省が平成26年、27年に家庭向け、事業所向けにそれぞれ実施した「食品ロス統計調査」においては、「食べ残した量」「賞味期限切れで食卓に出さずにそのまま捨てた量」「調理時に食べられない部分として取り除いた量」を合計したものが「食品ロス量」と定義されている。
農林水産省が毎年推計している「食品ロス量」を見ると、食品由来の廃棄物等の全体量が減少傾向にあることもあり、近年微減傾向にあるものの、平成26年の食品ロス量は事業系の発生量が約339万トン、家庭系の発生量は約282万トン、合計約621万トンに及び、これは世界全体における食料援助量の約320万トン[1]の約2倍に相当していることから、今後も「食品ロス」の更なる削減に取り組む必要が大きい。
【図表1:食品ロス推計量の推移(農水省公表データから著者作成)】
しかし、このような大きな問題にもかかわらず、具体的な取組への認知は不十分である。
消費者庁が平成29年2月に全国約3,000人を対象に実施した「食品ロス」に関するアンケート調査の結果によると、全体の65.4%が「食品ロスの問題」について知っているにも関わらず、家庭における食品ロスの原因として思い当たるものについては、「思いあたるものはない」という回答が36.8%と、「直接廃棄」26.7%、「食べ残し」23.7%、「過剰除去」12.8%よりも多い結果となり、「食品ロス」に関する問題認識は持っていながらも、実際に自分がどのように関係しているかについては、必ずしも認知が進んでいない状況と言える。
【図表2:消費者庁「消費生活に関する意識調査結果」より転記】
3.「食品ロス」対策の重要性
このように、世界中で実施されている食料援助の2倍にも及ぶ「食品ロス」問題であるが、日本の「食料自給率」と併せて考えると、その対策が急務であることが分かる。
農林水産省によると、「食料自給率」とは、国内の食料消費が、国内の農業生産でどの程度まかなえているかを示す指標であり、カロリーベースと生産額ベースの2種類の計算方法で算出され、平成28年度の食料自給率はカロリーベースで38%、生産額ベースで68%となっており、これまで長期的に低下傾向であったものの近年横ばいで推移している。
これは、すべての国民が将来にわたって良質な食料を合理的な価格で入手することが出来る、いわゆる「食料安全保障」を国の責務と位置づけ、積極的に食料の安定供給の確保に取組んできた成果が少しずつ現れてきたものと言えよう。
ただし、諸外国と比較してみると、欧米諸国との食文化の違いや社会経済のグローバル化への対応状況などを考慮したとしても、日本の「食料自給率」の低さは一目瞭然であり、また、特に近年、アジア圏やアフリカ圏などの新興諸国の人口増加や経済的発展による食料需要の増大や気候変動による生産減少、各地で散見される国際的緊張関係などから、現在の食料供給システムが大きな影響を受ける可能性が大きくなっており、マグロやサンマといった海洋資源の激減やそれに対する国際的な資源管理の取組に向けた交渉などに関するニュースは記憶に新しいところであろう。
このように今の私たちの食生活を支えている食料供給システムは常に様々な影響を受けており、先述した食料安全保障に関して、国内農業の生産性を向上させる農業大規模化や技術革新などと同様に、「食品ロス」の削減が重要な課題となっている。
【図表6:水産研究・教育機構:平成28年度国際漁業資源の現況(サンマ 北太平洋)】
4.「食品ロス」削減に向けた取組について
実は「食品ロス」の削減は日本だけの問題ではなく、世界的な課題として位置付けられている。平成27年9月に国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」(Sustainable Development Goals:以下、「SDGs」と略す。)の12番目の目標「持続可能な生産消費形態を確保する」において、「2030 年までに小売・消費レベルにおける世界全体の一人当たりの食料の廃棄を半減させ、収穫後損失などの生産・サプライチェーンにおける食品ロスを減少させる。」(外務省仮訳[2])と明記されており、貧困対策や教育機会の確保、気候変動対策などと並び、今後世界が持続していくために必要な取組として認識されている。
国内でも「食品ロス」削減に向けて積極的に取り組む自治体が増えている。
消費者庁が、平成29年3月に公表した「食品ロス削減施策に関するアンケート集計結果[3]」によると、平成28年度に食品ロス削減に関する取組を実施している都道府県は42と、前年の30から大幅に増加しており、政令指定都市では全体回答数の減少により前年比1減となっているものの、回答のあった18都市のうち17が実施している。
また、市区町村では1035自治体のうち325と、全体の割合から見るとまだまだ改善の余地はありそうだが、前年の189から2倍近くに増加していることから、今後さらに実施自治体は増えていくと予想される。
具体的な取組内容を見ると、「30・10運動[4]」「食べきり運動」などを周知する普及啓発活動や、「フードバンク」「フードドライブ[5]」といった相互援助の取組支援、生ごみの堆肥化などによる食品残渣の再生利用などが全国的に取り組まれている。
とりわけ、「30・10運動」の発祥の地とされる長野県松本市では、市職員が作詞作曲した「30・10運動応援ソング」を公開するなど普及啓発活動に力を入れているほか、滋賀県大津市では、飲食店等において食べ残しを持ち帰るための「ドギーバッグ」の使用を推奨するなど、先進的な取組を行う自治体も増えてきている。
全国的な運動としても、平成28年10月には、福井県を事務局とする「全国おいしい食べきり運動ネットワーク協議会」が44都道府県、201市区町村を会員として発足している。
これは、「広く全国で食べきり運動等を推進し、以て3Rを推進すると共に、食品ロスを削減すること」を目的に、「食べきり運動」の普及・啓発や、情報共有・情報発信を連携して行なうことを事業内容としており、山梨県からも南巨摩郡富士川町が会員に名を連ねている。
【図表12:福井県「全国おいしい食べきり運動ネットワーク協議会」HP】
5.山梨県内における取組について
南巨摩郡富士川町は「全国おいしい食べきり運動ネットワーク協議会」に加盟し、平成28年度には「外食時『おいしい食べきり』全国共同キャンペーン事業」の一環として、「環境のまち富士川 忘年会・新年会はおいしい食べきり運動」を実施しているほか、町内のリユース食器活用を推進するNPO法人と連携した「富士川町リユース食器0円プロジェクト」を従来から展開している。
平成29年7月には、行政と事業者、住民の協働によりごみの減量化を進めるための「きれいなふるさとづくり条例」が施行され、重点化するべき3つの取組として、「マイバッグ利用や購入物品の長期間使用」、「イベント時におけるリユース食器の活用や分別の徹底」と並んで「食品ロスの削減」が挙げられるなど、官民連携して食品ロス削減に取り組んでいる。
【図表13:富士川町「忘年会・新年会はおいしく残さず食べきろう!30・10運動」】
6.終わりに
平成23年3月に発生した東日本大震災は人々の生活習慣に大きな影響を与え、それ以降も日本の各地で多発する地震や豪雨による自然災害は、我々が日常生活において当たり前に存在すると信じ込んでいるライフラインや食料流通が自然災害などの大きな影響の前では成り立たなくなることを実感させている。
今後ますます進展する少子高齢化や人口減少といった、これまでとは大きく異なった社会構造の変革期において、今一度、持続可能性という観点に立ち返ってみて、今後の社会活動の方針、内容を再検討していく必要があるのではないだろうか。
そして、我々の生活に最も身近で、最も重要な取組として、食品ロスの削減が挙げられよう。何か特別な技術が必要というわけではなく、誰もが無関係だと言えない取組であり、また、著者が子どものころテレビCMで流れていた「もったいないお化け」の話(ACジャパン広告作品)[6]などで子供でも理解しやすく、アフリカの植林活動に尽力し、環境分野の活動家として史上初のノーベル平和賞を受賞したケニアの女性活動家ワンガリ・マータイさんが提唱した「もったいないを世界に」に代表される様に、全世界の人にとって関心の高い問題と言えよう。
家計の負担を減らすために、発泡酒や100円均一ショップを活用するのもいいが、まずは食べ残しや賞味期限切れの直接廃棄を減らすなどの食品ロスの削減に取り組むことで、将来、「普通に食べ物をお店で買えた時代は良かった」などと郷愁を感じる「買物ロス」に陥ることが無い持続可能な社会を未来に繋いでいくことが重要ではないだろうか。
[1] 『数字で見る国連WFP2014』参照 http://ja.wfp.org/sites/default/files/ja/file/2014_ann_rep_japanese.pdf
[2] http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/files/000101402.pdf
[3] http://www.caa.go.jp/adjustments/pdf/adjustments_index_9_170605_0001.pdf
[4] 宴会時の食べ残しを減らすため、<乾杯後>30分間は席を立たずに料理を楽しみ、<お開き>10分前になったら、自分の席に戻って再度料理を楽しみましょうと呼びかける運動(環境省HPより http://www.env.go.jp/recycle/food/07_keihatu_siryo.html )
[5] 一般家庭にある食品を学校や職場、グループ等、様々な機関・団体が拠点となって集め、集まった食品をフードバンク団体や福祉施設等に寄付する運動(全国フードバンク推進協議会HP)
[6] https://www.ad-c.or.jp/campaign/search/index.php?id=127&page=25&sort=busine