Vol.230-2 山梨県内における陸上養殖の可能性


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 三枝 佑一

1.はじめに

 海のない山梨県でトラフグの養殖が始まるーこんなニュースが7月に放送された。
 笛吹市春日居町で古い養殖池を利用したトラフグ養殖を始めたのは、県内の水産養殖業者や旅館組合などで構成する「甲州トラフグ組合」である。
 愛知県の業者から仕入れた、体長約6cm程度のトラフグの稚魚2500匹が運び込まれたが、長時間の輸送にもかかわらず元気に養殖池で泳ぐ姿が確認できた。秋にはさらに5000匹が追加され、来年からは本格的に1万匹の養殖を目指すと言う。
 通常出荷するまでは2年程度かかるのだが、比較的温かい地下水を利用することで生育を促し、約1年程度で出荷するサイズまで生育することが可能だという。さらに、この年末には成長の早いトラフグを試験的に出荷するとのことで、山梨県の新たな特産品としての期待がかかる。

 

 ※運搬されたトラフグの稚魚と、養殖池に移される様子

 

 ところで海のない山梨県で、海産魚であるトラフグの養殖が可能なのであろうか、という疑問をもたれた方もいるだろう。たとえば養殖というと、まず「近大マグロ」を頭に思い浮かべた方も多いのではないか。海のなかに大きな生け簀があって、そのなかで魚を養殖する。一般的に思い描く養殖とはこういったイメージであろうが、海のない内陸部でも養殖が可能になるということで、最近「陸上養殖」という仕組みが注目を集めている。

 2.養殖の仕組み

(1)養殖方式

 養殖方式については、大きくは海面養殖と内水面養殖(陸上養殖)の2つに区分される。先ほどの「近大マグロ」のような海のなかの生け簀、これが海面養殖である。陸上養殖は、陸上に人工的に創設した環境下で養殖を行うもので、「かけ流し式」と「閉鎖循環式」がある。
 かけ流し式の陸上養殖は、海から海水を取り込み、排水する必要から沿岸部に限られるが、閉鎖循環式の陸上養殖は、理論上場所を問わず養殖が可能となる。

図1 養殖方式

 (2)水産養殖の現状

 日本では「魚離れ」と言われて久しいが、既に10年近く前に、魚介類と肉類の摂取量は逆転している。

 図2 魚介類と肉類の1人1日当たり摂取量の推移(経年変化)

出典:平成20年度水産白書(農林水産省)

  日本の「魚離れ」の一方で、世界的にみると魚の消費量は急激に増加している。すでに日本が世界中で魚の「買い負け」をしているというのは周知であろう。欧米を中心に健康志向の高まりや、中間層を中心に消費が急増する中国需要など、世界的には魚の需要は拡大している。
 しかしながら、世界の漁獲量をみると、実はここ数十年間ほとんど増加していないことがわかる。急増する魚消費を賄っているのは養殖生産量の増加であり、国連食糧農業機関(FAO)では将来の魚介類の需要増加を補填できるのは、唯一、養殖産業の振興のみと断言している。 

図3 世界の漁獲量と養殖生産

出典:世界漁業・養殖業白書2016年(国際農林業協働協会)

 

 事実、2011年には世界の養殖魚生産量が6,600万トンに達し、牛肉の6,300万トンを上回り、初めて養殖魚が牛肉を生産量で上回った。今後も続く世界的な人口増加を考えると、魚食は昆虫食と並ぶ、食料タンパク源を賄う有望な(貴重な)資源といえるだろう。

 

図4 世界の牛肉および養殖魚の年間生産量の推移

 出典:Larsen2013EP:経済政策研究所I

(3)海面養殖の問題点

 このように、世界的にみると魚の消費量は急激に増加しており、そのなかでも養殖に対する期待が高まる一方で、日本における養殖業の大勢を占める海面養殖については、その養殖形態による問題点が顕在化し、これ以上の拡大は難しい状況となっている。

図5 海面養殖のイメージ

出典:農林水産省 漁業種類イラスト

 

 まずは、養殖に適した場所の問題である。上の図のように、海を網で区切って養殖する小割り式や、牡蠣やわかめ、真珠のように海中に吊るして養殖する垂下式の海面養殖は、静穏な沿岸域に養殖場所が限定されるが既に養殖に適した場所は少なくなっている。また、その形態ゆえに、台風等による養殖施設の流出、破損等の天候・災害の影響を受けるリスクがある。
 管理面の問題も大きい。定期的な生け簀の清掃や、斃死魚の回収等管理を怠ると、食べ残した餌や排泄物による養殖漁場周辺の水質悪化が起き、それに伴い疾病等の発生リスクが増加する。こうした環境への負荷が、現在大きな問題となっている。
 その他にも、漁業者の高齢化、漁業権の問題などもあり、海面養殖における今後の生産拡大は厳しい状況である。

図6 日本の海面養殖生産量 推移

出典:農林水産省「漁業・養殖業生産統計」より作成

(4)閉鎖循環式陸上養殖

 こうした海面養殖の問題点を背景に、陸上養殖の必要性が高まっている。なかでも、飼育水を浄化するシステムを設置して飼育水を再利用しながら魚の養殖を行う閉鎖循環式陸上養殖が、環境負荷の低減という面で注目を集めている。

図7 閉鎖循環式陸上養殖システムの基本構成(東京海洋大学 助教 遠藤雅人氏)

 

 閉鎖循環式陸上養殖のメリットとしては次の点が挙げられる。

  • 気候・赤潮・病気等の外的要因による影響がないなど、飼育環境の安定化による生産性の向上
  • 高密度養殖による効率的な生産
  • 水温調整による、養殖期間の短縮化や出荷時期の調整が可能
  • トレーサビリティの対応が容易
  • 海上での作業がないなど、作業量の軽減
  • 排水がほとんど出ないため、環境への影響が軽微
  • 場所の制約が少ない

  閉鎖循環式陸上養殖システムは、飼育水を繰り返し再利用するため、水質を維持するための装置が必要となるが、一度飼育水を注水すれば、その後の補充は原則必要ない(※蒸発分等の補充は必要)。つまり、海面や海の近くである必要がなく場所を選ばず養殖が可能ということで、海のない地域における海産魚の養殖が開始されている。

3.全国の主な事例

(1)トラフグ

<場所>栃木県那珂川町

<事業主>㈱夢創造、那珂川町里山温泉トラフグ研究会

<経緯・事業内容>

  • 少子高齢化が進む過疎の町を盛り上げたいという想いで取り組み
  • 眠っている資源の有効活用による町おこしを実現するため、豊富な温泉水に注目
  • 塩分濃度が海水の13程度、海産魚養殖の可能性について検討
  • 農商工連携、産学官連携による差別化、地元高校の水産科とも連携
  • 廃校の教室利用による飼育試験を開始
  • 地元関係者を招いた試食会等による認知度の向上を企画
  • 徐々に生産プラントを拡大
  • 元スイミングスクールのプールを利用するなど休眠資産を活用し、コスト低減
  • 冬場も温泉排熱を利用した飼育水の加温により、出荷までの期間を短縮
  • 温泉トラフグ共販会を設立、地元食材と合わせた名物の開発
  • 温泉トラフグは商標を登録しており、フランチャイズ養殖場のみが使用可能(現在全国11ヶ所)
  • 那珂川町のふるさと納税品にも採用 

生産プラントの様子

  

 那珂川町HPより

(2)チョウザメ

<場所>茨城県つくば市

<事業主>㈱フジキン、()つくばチョウザメ産業

<経緯・事業内容1>(㈱フジキン)

  • チョウザは「サメ」ではない、キャビアフィッシュ(イメージの変換)
  • 本業はバルブメーカー、ながれ制御技術を活かした新事業を模索
  • 効率のよい養殖設備、まだどこも手掛けていない魚の養殖を企画(マーケットリーダーに)
  • 民間企業初の人工ふ化に成功
  • レストラン等へのキャビアや魚肉販売のほか、養殖業者向けの稚魚販売
  • 日本全国40数社で養殖され、地元の特産化、町おこしの商材として活用
  • 水質浄化の手段として、水耕栽培を組み合わせた「アクアポニックス」の試験を開始

 

 フジキン施設のチョウザメ水槽

  アクアポニックスの試験

 <経緯・事業内容2>((有)つくばチョウザメ産業)

  • つくば市の新たな特産品の創出と活性化を理念に、休耕田を活用して養殖を開始
  • 今年からキャビア採取が可能になり、キャビアやチョウザメの缶詰を生産
  • つくば市のふるさと納税品にも採用
  • クラウドファンディングにより設備資金を募集中

Makuake HPより

 

(3)バナメイエビ

<場所>新潟県妙高市

<事業主>IMTエンジニアリング㈱

<経緯・事業内容>

  • 養殖にあたっては事業性を重視、成長が早い、食材としてのマーケット、種苗の確保が可能といった条件から、バナメイエビの養殖を開始
  • 輸入品がマーケットの大半を占め、国内には競合が少ないことも考慮
  • 産官連携体制での養殖システムの共同開発
  • マニュアル化による育成・健康管理システムの運用
  • 新潟県妙高市のふるさと納税にも採用
  • 海のないモンゴルでもバナメイエビの養殖を開始

 

同社HPより

 (4)お嬢サバ

<場所>鳥取県岩美町

<事業主>JR西日本

<経緯・事業内容>

  • JR西日本・鳥取県・岩美町と陸上養殖事業に関する連携協定締結
  • 完全養殖の稚魚を、地下海水を使い陸上養殖(かけ流し)
  • 地下海水を使って陸上で大切に育てることで虫(寄生虫)が付きにくいマサバに注目
  • 「箱入り娘」から連想されるお嬢様にちなんで「お嬢サバ」と命名
  • 地域共生企業としての使命から、地域に新たな産業を振興し雇用を創出、さらには
  • 観光を促進することで地域活性化に貢献
  • そのほかにも「オイスターぼんぼん」(牡蠣、広島県大崎上島)や「べっ嬪(ぴん)さくらます うらら」(富山県射水市)の養殖を手掛ける
  • 今後はさらなる養殖規模拡大を図るが、他事業者との連携も視野
  • 魚種、事業エリアを拡大し、新たな水産物を発掘・企画・プロデュース

 

JR西日本 HPより

4.課題

 このように各地で盛り上がる閉鎖式陸上養殖だが、次のような課題もある。

図8 閉鎖循環式陸上養殖のメリット及びデメリット

出典:平成25年度水産白書(水産庁)

 

 閉鎖式陸上養殖は、かけ流し方式とは異なり病気の入り込む余地は少ないのだが、閉鎖された飼育環境であるがゆえに、いったん病原体が進入してしまうと、飼育魚が全滅するなど被害が一気に大きくなる可能性が指摘される。
 また、最大の課題はコスト面と言えるだろう。閉鎖循環式陸上養殖を始めるに当たっては、水槽、水質維持装置、循環ポンプなどの設備が必要であり、初期費用が高額となりがちである。場合によっては、このほかにも建屋整備が必要となる場合もあるだろう。また、減価償却費や循環ポンプの電気代、飼育水の適切な水温管理のためにはボイラーを焚く必要があるなど、ランニングコストの負担も大きくなる。
 一方で、閉鎖式陸上養殖については、様々な波及効果が見込まれる。例えば、新たな雇用の創出や、養殖を中心とした特産品の開発といった地域の活性化につなげている事例、低塩分や適性水温を活用した養殖期間の短縮が可能なこと、養殖する魚種の制約を受けないことから新規対象魚種への挑戦が可能といった面も見受けられる。
 こうした効果を地域に波及させるためには、閉鎖循環式陸上養殖のメリット、デメリットについて理解したうえで、事業の採算性を検討していくことが重要となる。

5.まとめ

 山梨県内ではトラフグの生産が始まったところであるが、この事業はトラフグなどの海水魚の特産品化を目指す山梨県の「陸上養殖チャレンジ支援事業」の一環である。
 山梨県は、湧水や温泉水、工業生産等の廃熱などを活用して海水魚等の養殖を行うと共に、観光事業者と連携し養殖魚を活用した新たな地域特産品づくりを目指すことを目的として、平成27年8月にやまなし陸上養殖協議会を設置した。第1回目の協議会では、陸上養殖に関心を持つ製造業者や建設業者、加工業者や宿泊関係者など約70名が参加したということで、陸上養殖への期待の高さがうかがえる。毎年3、4回程度、定期的に情報交換や講演を開催しているほか、県外への視察も2ヶ所実施しているということで、今後はトラフグ以外の新たな魚種についても検討していくという。
 「陸上養殖チャレンジ支援事業」以外にも、山梨県内では独自に陸上養殖に取り組む動きがある。上野原市ではチョウザメ養殖、富士吉田市ではバナメイエビの養殖が既に開始されているほか、それ以外の事業者も陸上養殖を検討しているという。
 山梨県はミネラルウォーターの生産量日本一を誇り、全国シェアの4割を占める。富士山や南アルプス、八ヶ岳といった山々に囲まれ、水が美味しい、きれいといったイメージからも、実は養殖に適した県なのかもしれない。ブドウやももなどの果実、ワインや日本酒といった山梨県の特産品や名物と組み合わせた地域おこしも可能であろう。
 個人的には、山梨らしさということで、陸のブドウだけではなく陸上養殖と水耕栽培を組み合わせた「アクアポニックス」による、海ブドウの栽培を検討いただきたいと思うのだがいかがだろうか。

 

【主な参考資料】

・山本義久、森田哲男、陸上養殖勉強会監修「循環式陸上養殖」(緑書房)

・「陸上養殖 事業化・流通に向けた販売戦略・管理技術・飼育実例」(情報機構)

・「水産白書」(水産庁)

・「世界漁業・養殖業白書」(国際農林業協働協会)

・やまなし陸上養殖協議会 資料