Vol.231-2 「Society 5.0」と品質改善活動


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 小池 映之

1.品質改善活動の環境の変化

 企業において、「品質の向上」、「生産性の向上」、「製造コストの削減」は常に取り組み続けなければならない課題であり、この取り組みの成果如何によって、企業の業績が大きく左右される。したがって、企業の多くはこれらの課題に対して常に何かしらの改善活動を行っている。
 日本の製造業においては、これらの課題のうち「品質の向上」については、現場主体で品質改善を行う「QCサークル活動」が大きな役割を果たしてきた。QCサークル活動は、現場を一番良く知っている第一線の作業者が数人のグループを形成し、改善手順であるQCストーリーに則って、品質管理手法を活用しながら、細かい改善を積み重ねて品質を向上させていく。このQCサークル活動は、1960年代に日本で生まれ、製造業を中心に多くの企業で展開されてきた。
 現在、このQCサークル活動が衰退しているといわれている。実際にQCサークル活動を取り巻く環境はどうなっているのか、山梨県の状況を見てみよう。QCサークル山梨地区の会員企業数の推移をみると、かつては300社あった企業数が、減少傾向が続き、2017年には86社となっている。直近の10年をみても会員企業数は半減している(図1)。従来はQCサークル活動に積極的に取り組んでいた企業が減少していることが窺えるデータである。

(図1)QCサークル山梨地区会員企業数の推移

 

 QCサークル活動に取り組む企業数が減少した要因として、以下の4点が考えられる。

  1. 近年、製造業の中でIT化が飛躍的に進み、生産手法が多様化かつ複雑化した。そのため、現場で発生する問題も高度化し、管理範囲もより厳密になってきた。その結果、現場主導で行う活動では手に負えない課題が多くなってきた。
  2. QCストーリーのステップを踏み、要因を解析ながら対策を進めていく従来型のQCサークルの改善には通常数カ月の期間を要する。そのため、課題の解決までに時間がかかりすぎて、現在の生産状況に求められている改善スピードに追いつけていない。
  3. 非正規社員が増加し、職場の仲間意識や一体感が希薄になってきている。またIT化の進展によって、製造工程の自動化が進んだことで、製造現場が少人数化し、サークル活動として集まって会合を開く時間が取れない環境が生まれてきている。
  4. 長時間労働が問題視される中で、時間外での活動を強いられるQCサークル活動を行いにくい状況となっている。

 このように、企業を取り巻く様々な環境の変化が、QCサークル活動が行われにくい状況を作り出してきている。

2.「Society 5.0」時代の品質改善活動

 QCサークル活動は、活動サイクルごとに成果報告会を行うことが多い。企業は表彰制度を設けて、報告会で評価の高かったサークルを表彰する。評価の高いサークルに報奨金を出す企業も多くある。報告会では、サークル独自のやり方で他の職場よりも大きな効果を挙げたサークルが、高い評価を受ける。そのため、あるサークルで成果を挙げたやり方が、同様の手法を取り入れられる職場があったとしても、その職場に横展開されにくいという側面がある。各サークルが独自性を競うあまり、職場横断的な「作業の標準化」という考え方になかなか結びつかない。これが職場ごとのサークルで行われるQCサークル活動による改善の最大の弱点であるのではないかと考えている。
 このように、QCサークル活動は職場単位で行われる活動であるため、ボトムアップ型の活動になる。QCサークル活動による品質改善活動に対して、IT化はどのような変化を生じさせるのであろうか。
 政府では「新産業構造ビジョン」や「未来投資戦略2017」のなかで、「Society 5.0」として日本版第4次産業革命を推進している。「Society 5.0」の進展により、製造現場のIT化が進むにつれ、品質管理の方法にも変化が生じる。
 一般的に、製品の品質を保証するためには、製造した製品の検査を行うことが必要となる。製品のサイズや重量などを計測し、規格内に収まっているかどうかで良品か不良品かを判定する。
 本来、品質検査は全数検査を行うことが理想だが、全数検査は時間とコストがかかるため、多くの場合、抜取検査が行われる。抜取検査については、JIS9015で検査方法が明確に定められている。
 抜取検査は、効率的な検査ができる反面、不良品の混入を100%防ぐことはできない。JIS9015でも、不良品の混入率が定められた割合以下のロットであれば、合格と見なしてよいことになっている。しかし、ロット全体の不良品の混入割合が低く合格とみなされるロットであっても、サンプリングされた箇所に不良品が偏って存在していた場合、その合格であるはずのロットが不合格と判定される可能性がある(図2)。また、その逆に、本来不合格であるロットが、サンプリング個所に良品が偏っていたため、合格ロットとして出荷されることもある。

 

(図2)合格ロットが不合格となるサンプリング

 

(図3)不合格ロットが合格となるサンプリング

 

 このような検査方法は、ポストプロセス検査といわれる。製品を加工し、加工し終わった製品を加工工程とは別の検査工程で検査員が計測し品質を評価する。
 これに対して、加工と同時に製品の計測を行い、品質の評価を行うことをインプロセス検査という。インプロセス検査では、加工と検査が同時に行われるため、加工後に検査を行うポストプロセスに比べて、出荷までのリードタイムを大幅に短縮できる。また、インプロセス検査は、製品の検査だけではなく、製造プロセスに問題がないかどうかも加工しながらリアルタイムで評価することができる。インプロセスで製品を計測し、製品が規格内に収まっていない場合、製造プロセスのどこかに異常が発生している可能性がある。それを加工工程のなかで判定できるのである。
 ポストプロセスの検査では、加工プロセスの異常を発見するために、従来では管理図(図4)が用いられてきた。品質管理を担当する検査員が計測結果を管理図にプロットし、計測値の傾向から「管理限界外れ」「連」「周期性」「偏推移」などの異常傾向(図5)を読み取る。それによって、製造工程に異常が発生していないかを評価し、管理するのであるが、このような管理図での管理では、どうしても後追いになってしまう。そのため、工程に異常が発見された時点では製品に不良品が混入している可能性がある。

 

(図4)管理図

 

(図5)管理図の異常傾向

3.品質改善活動の今後

 今後、製造工場のIT化が進展することによって、ポストプロセス計測からインプロセス計測への移行が進むことが予想される。それに伴って、管理図による管理手法のように、多くの現場で学ばれ、かつ使用され、従来はポストプロセス検査で有効であった管理手法の必要性が徐々に薄れていくと考えられる。
 製造工程のIT化は製品の品質レベルを飛躍的に向上させ、生産性も向上させる。政府による「Society 5.0」の推進は、製造工場のみならず、全産業の生産工程や就業構造を劇的に変化させると言われている。各企業において、ITの導入はトップダウンで全社的に行われる工程改革となる。各現場で、今までQCサークルによって少しずつ品質を向上させてきた製造工程が、IT化という全社的な構造改革によって全く新しい工程へと変貌することとなる。トップダウンで行われるIT化によって、品質レベルが格段に向上し、生産性も上がり、製造コストも削減される。さらに、従業員も削減されていくという状況において、QCサークル活動は果たして維持できるのか、いやそもそも必要とされ続けるのか。
 IT化が進んでも、現場の作業者がいる限り、つまり生産に人が介在する限り、現場での細かな改善は必要となる。製造現場の改善活動が全くなくなるということはあり得ない。ただしその改善活動の在り方については、IT化を見据えて新たな形を考えていかなければならない。QCサークルは重要な学習の場でもある。今後、実際に品質管理を行うのはIT化された工程であり、現場の作業者は品質管理手法ではなく、ITを駆使する能力を身に付けることが必要となると考えられる。これは品質管理を推進する経営側の役割として認識しなければならない問題である。
 今、第4次産業革命の進展を見据えて、新しい品質管理の在り方を考えていかなければならない時にさしかかっている。
 山梨には中小・小規模企業が多い。そのような企業がIT化にどのように対応していけるのか。そもそも、何をもってIT化というのか。業種ごと、企業ごとにその意味合いは変わってくるだろう。各企業の状況に応じたIT化への支援が重要となる。そしてIT導入後に、改めて「品質の向上」、「生産性の向上」、「製造コストの削減」という課題をどのように解決していくのかを考え、そしてそれら課題を解決するための改善活動の進め方の支援も必要となってくる。今後、改善活動を支援し、推進する関連機関や組織の役割がますます重要になってくる。