Vol.232-1 幸福な老い“サクセスフル・エイジング”の実現を目指して


山梨県立大学看護学部 渡邊 裕子

1.はじめに

 超高齢社会を迎えた我が国においては、これまでの「人生65年時代」を前提とした高齢者の捉え方についての意識改革をはじめ、働き方や社会参加、地域におけるコミュニティや生活環境の在り方、高齢期に向けた備え等を「人生90年時代」を前提としたものへ転換させ、全世代が参画した、豊かな人生を享受できる超高齢社会の実現を目指す必要があるとの認識が示されております。そして高齢者の意欲や能力を最大限活かすためにも、「支えが必要な人」という高齢者像の固定観念を変え、意欲と能力のある65 歳以上の者には支える側にまわってもらう意識改革や、若年・中年期からの「人生90年時代」への備えと世代循環の実現の必要性について提言されています[1]
 一方、我が国では、2030年には後期高齢者が倍増すると予測され、後期高齢者のサクセスフル・エイジングの考え方について問題提起がなされています[2]。 また、看護の立場からも、寝たきりや認知症高齢者に対してもサクセスフル・エイジングを考えていくことの大切さが述べられております[3]。「人生90年時代」を視野に、高齢者だけでなく我々ひとり一人が、自身がどのような老後を過ごしていくかを考え準備していくことは重要なことと言えます。

2.サクセスフル・エイジング(Successful Aging)とは

 サクセスフル・エイジングの概念は学問分野によって異なる定義や概念が提案されており、必ずしも統一したものがあるわけではなく[4]、またコンセンサスも得られてはおりません。心理学領域では、老いの暗い病理と区別して、明るい老いの生理という積極的なイメージを強調して作られたのが、サクセスフル・エイジングという概念で、その条件として、長寿・健康・満足度・活動性などの概念が追求されてきました[5]。小田[6][7]は「身も心もつつがなく年をとっていくこと」、古谷野[8]は「幸福な老い」、柴田[9]は「よい人生を送り天寿を全うすること」と表現し、構成要素として長寿・高い生活の質(QOL)・社会貢献(Productivity)を挙げています。一方で佐藤[10]は、日本人の幸福な老いのイメージは、欧米では否定的にみられてきた他者の世話を受けることを前提とした「成熟した依存」関係の中で再評価していく必要性を示唆しています。また、看護の立場から堀内[3]は、寝たきりや認知症の人が持つポジティブな面に目を向け、その人の最期の時まで関わることで、その人の今を輝かせ、安らかな居場所を感じてもらえることができたなら、それがケア実践者として高齢者のサクセスフル・エイジングに関わるということではないかと述べています。私は、単に病気がないというだけでなく、たとえ認知症や寝たきりの状況にあっても、その人が今持っている力を発揮し、今を輝かせながら健やかに生き、自分らしい最期を迎えることが、サクセスフル・エイジングに繋がるのではないかと考えます。ここでは、サクセスフル・エイジングを「健康や身体的機能の状況にかかわらず、ひとり一人が望む幸せな老後を過ごし、自分らしい最期を迎えること」と定義したいと思います。

3.アンケート調査から

 我々は平成259月に、大学周辺A地区に在住する65歳以上の高齢者1,650名(平成2541日現在)を対象に、生活満足度とその関連要因に関する調査を実施いたしました[11]。調査協力に同意の得られた597名のうち、有効回答のあった290名(48.6%)を分析対象とした結果の一部をお示しいたします[12]。調査内容は、性別、年齢、家族構成、主観的健康感、悩みやストレス、家庭内の役割、社会参加、若者と交流する機会、経済的な困難、幸せな老後への不安、生活満足度(生活満足度尺度K[13])です。生活満足度尺度KLife Satisfaction Index K;以下LSIK)は3因子9項目で構成され、得点範囲は0-9点となり、合計得点が高いほど主観的幸福感が高いことを示します。
 対象者290名の内訳は、男性135名(46.6%)、女性155名(53.4%)で、平均年齢74.2±6.3歳、LSIKの総得点は5.7±2.2であった。LSIKの総得点の平均値以下(得点0-5)の低値群は123名(42.4%)、平均値以上(得点6-9)の高値群は167名(57.6%)であり、両群間では、年代・主観的健康感・悩みやストレス・家庭内の役割・経済的な困難・幸せな老後への不安で有意な差がありました(1)。一方、有意な差はなかったものの、「社会参加している」では218名中126名(57.8%)、「若者と交流する機会がある」では139名中81名(58.3%)が、高値群でした。また、差があった主観的健康感・悩みやストレス・家庭内の役割・経済的な困難・幸せな老後への不安を年代で比較したところ、主観的健康感・家庭内の役割・幸せな老後への不安の3項目で有意差がありました(p0.01)(2)。
 生活満足度が高い群に幸せな老後への不安を抱いている人が多かったことは意外でしたが、健康面・金銭面・介護への不安に加え、病気を患い介護を必要とした時に様々な人に迷惑をかけてしまうことへの不安を抱いたり、今後の家族の将来に対する不安も感じたりしていました[14]。現状では健康で役割もあり経済的にも安定していることで生活満足度が高い人であっても、持病があり何らかの加齢変化を感じている高齢者は、健康障害やそれに伴う介護への不安を少なからず抱いていると考えられ、家族を支えて生活してきた高齢者だからこその気遣いも感じられました。
 高齢者が高い生活満足度を維持していくためには、心身ともに健康を維持できるような地域の中での健康教育や、悩みやストレスを気軽に相談できる場の設定や、老後の生活を支える社会資源を正しく理解して活用できるような啓発活動も重要であると考えます。また、有意な差はなかったものの、社会参加や若者との交流をしている人は、していない人に比べて生活満足度が高い傾向にあったことから、高齢者が若い世代と交流できる機会や地域活動に自ら参加できるような働きかけも必要と思われます。

4.世代間交流の取り組み ― 地域在住高齢者と看護学生との交流を中心に ―

 サクセスフル・エイジングの構成要素であるQOLの向上には、身近なところでできる社会参加・貢献は有効と考えます。我々は平成18年度から大学を拠点として、「異世代間交流事業」を実施しております。平成22年度は高齢者に「高齢患者役」として看護職をめざす学生の教育の一部に関わる中での交流プログラムに改変し、平成23年度からは大学周辺地域のA地区在住高齢者にご協力いただき、現在まで継続して実施しております。本交流事業により、参加した高齢者では「看護学生に先輩としての知恵を伝授する」という若者世代への高齢者の役割認識および社会貢献に対する意識の活性化という効果が得られていると自負しております。身近にいるけれど話す機会は少ない若者と接し、高齢者が楽しみや達成感を実感できるような企画の継続は、地域高齢者のサクセスフル・エイジングの実現に寄与することが期待できます。いずれは特別な企画がなくても、生活の中で世代を超えて気軽に話ができる機会が増えていくことを願っています。

5.高齢者の魅力

 皆様は高齢者のどのようなところに魅力を感じますか。偉大さ・賢さ・知恵・包容力・やさしさ・癒し・深さ・根性・我慢強さ・応用力・謙虚さ・ゆとり・優雅さ・頑固さ・一本筋が通っている・今の私には到底真似できない強さ・・・etc、思いつくままに挙げても言い尽くせないほどの魅力を持った方々だと、私は感じています。
 私ごとですが、99歳で他界した祖母の最期のことを書かせてください。初めて利用したショートスティの施設で脳梗塞を発症してしまいました。施設で臥床している祖母に「おばぁちゃん(最期だけど)どうしたい? 家に帰る?」と聞いたところ、大きく頷きました。重体の祖母を家で看取ることに不安を抱く家族を説得して、自宅に連れて帰ると近所の方々が集まってきてくれました。部落の中では最長老の祖母でしたので、皆さんが「おばあさん、世話になったね。がんばれし」と声をかけてくださいました。自力で開眼できませんでしたので、私が瞼を持ち上げると皆さんの顔を見渡して、口唇を「ありがとう」と動かしていました。それから2日後、同居の家族だけが見守る中で安らかに旅立ちました。「自分に何かあったらこれを」と託していた包には、2枚の着物(夏用と冬用)・風呂敷を再利用して自分で仕立てた長襦袢・裁縫道具・ティッシュペーパー・1円玉6枚が入った財布が入っていました。裁縫が得意で鼻炎を気にしていた祖母の旅立ちの支度でしたが、一番驚いたのは1円玉6枚です。三途の川を渡る時の六文銭だと思いましたが、「1円玉は溶けるので棺に入れて大丈夫」と聞き感動しました。私にたくさんのことを教え、私の役に立つならと授業で認知症高齢者役を演じてくれた祖母、最期の最後までその生き方を貫いて旅立ち、今でも私の授業には度々登場して学生を感動させてくれる祖母、その偉大さと尊さに感謝の言葉しかありません。
 「歳は取りたくないねぇ~」と思っておられる方は少なくないのではないでしょうか。老年期は加齢に伴って身体的機能が低下し、認知症や様々な疾患と向き合わなければならない一方で、人格の面では完成期であり次世代に価値観を引き継いでいく継承期でもあります。超高齢社会の今、高齢者世代だけではなく、全ての世代の人々が加齢変化や認知症等を含めて老年期を正しく理解することが大切だと思います。できないことにばかり目を向けるのではなく、“歳を重ねたからこその価値”に気づいてほしいと願っています。
 学生が「老年看護学実習」でお世話になっている介護老人保健施設に入所されていた107歳のA様も私の老年観に大きな影響を与えてくださった大切な方でした。「いろんなことがたくさんあったけど、人生の中で80歳~100歳が一番よかったわ」と私に話してくださいました。今、私は加齢変化や病気とはうまくつき合いながら100歳まで生きてみたいと強く思っています。「歳はとりたくないねぇ~」ではなく、老年期を正しく理解して老いを愉しむこころの持ち方こそ、幸せな老い“サクセスフル・エイジング”の第一歩なのではないでしょうか。


【参考資料】

[1] 内閣府共生社会政策統括官:「高齢社会対策の基本的在り方等に関する検討会報告書~尊厳ある自立と支え合いを目指して~」について,平成24年版高齢社会白書,http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2012/gaiyou/24pdf_indexg.html

[2] 秋山弘子:超高齢社会のサクセスフル・エイジング,Todai lecture series for University-Industry Boundary Spanning,148-161,2010.

[3] 堀内ふき:サクセスフル・エイジングの一考察-ケアの視点から-,老年社会科学 Vol.27 No.2,155,2005.

[4] 杉澤秀博:サクセスフル・エイジングをめぐる論点の整理,老年社会科学 Vol.27 No.2,152,2005.

[5] 谷口幸一:サクセスフル・エイジングをどのように考えるか-心理学領域からの発言-,老年社会科学 Vol.27 No.2,153,2005.

[6] 小田利勝:高齢者のライフスキルとサクセスフル・エイジングに関する実証研究,1997~2000年度文部省科学研究費補助金(基盤研究(B)(2))研究成果報告書(課題番号09410045),2002.

[7] 小田利勝:サクセスフル・エイジングに関する概念的考察と研究課題,徳島大学社会科学研究第6号,127-139,1993.

[8] 古谷野亘,安藤孝敏:改訂・新社会老年学―シニアライフのゆくえ,ワールドプランニング,2008.

[9] 柴田博:中高年健康常識を疑う,講談社選書メチエ,2003.

[10] 佐藤眞一:団塊世代の退職と生きがい,日本労働研究雑誌No.550,83-93,2006.

[11] 渡邊裕子・流石ゆり子・森田祐代 他:高齢者の“サクセスフル・エイジング”実現に向けての基礎的研究~地域在住者と若者(大学生)との異世代間交流を通して~,平成25年度山梨県立大学地域研究交流センター地域研究事業助成報告書,2014.3.

[12] 渡邊裕子・流石ゆり子・森田祐代 他:サクセスフル・エイジング実現に向けての基礎的研究-A地区在住高齢者の生活満足度とその関連要因-,日本看護学会(ヘルスプロモーション)論文集,38-41,2015.

[13] 古谷野亘,柴田博,芳賀博 他:生活満足度尺度の構造-因子構造の不変性,老年社会学Vol.12,102-116,1990.

[14] 萩原理恵子,渡邊裕子,流石ゆり子 他:サクセスフル・エイジング実現に向けての基礎的研究(PartⅡ)-高齢者が抱く「幸せな老後の生活を送る上での不安」-,日本老年看護学会第19回学術集会抄録集,284,2014.