ヴァンフォーレ甲府という存在
毎日新聞No.503 【平成29年12月8日発行】
サッカー観戦で泣いたのは初めてだった。
ヴァンフォーレ甲府のベガルタ仙台との今季最終戦があった山梨中銀スタジアム。電光掲示板から時間表示が消え、試合は後半の追加タイムに入っていた。手薄になった甲府ゴールを仙台の波状攻撃が襲う。ゴールキーパー、ディフェンダー陣が必死に防いで前線にボールをつなぐと、最後はリンス選手が一人、二人とかわし1点をもぎ取った。
感極まったのは降格を知ったからではない。甲府の選手たちの諦めない姿勢に心を揺らされたからだ。泥臭く、愚直に戦う姿こそ、5年間J1にとどまり続けたこのチームの真価と言っては大げさだろうか。
Jリーグ公式サイトによると、甲府の営業収益は2016年度に15億2300万円とJ1最少である。今年AFCチャンピオンズリーグを制した浦和レッズの4分の1、J1平均の半分にも届かない。資金力に乏しいということは、目立つ選手は引き抜かれる宿命を抱えているということだ。
毎年チーム力はリセットされ、最小限の補強で新たなチーム作りを迫られる。厳しい環境の中で、スタッフはスポンサーやサポーターを増やす努力を、選手は勝つための努力を続けている。だからこそ格上のチームに土をつけたり、最終戦のように観客の心をつかんだりすることができるのだろう。
甲府はサポーターもまた特別だ。他クラブに移籍後、試合で山梨中銀スタジアムに戻ってきた選手に激しいブーイングを浴びせる光景に出合ったことがない。その選手に手痛いゴールを決められても、である。悔しい思いをしながら、どこかで甲府というチームの宿命を受け入れ、巣立った選手の活躍を喜んでいるサポーターが多いのかもしれない。
私の地元に、ヴァンフォーレ甲府のある選手が住んでいる。夏には子どもを連れてラジオ体操に顔を出し、防災訓練にも参加する。街で少年ファンに握手を求められ、快く応じてくれた選手もいる。資金力は乏しくても、クラブが実施する社会貢献活動の回数はJクラブでトップと聞いた。選手たちは年間を通して、たとえ試合の翌日であっても、さまざまなイベントに参加し、市民と触れ合ってくれている。
私たちの身近な存在として時に勇気を、時に笑顔をくれるヴァンフォーレ甲府を、来季も応援したい。そして来年の今ごろにはJ1昇格を喜び合いたいものである。
(山梨総合研究所 主任研究員 渡辺 たま緒)