Vol.233-1 スマホ用アプリを活用したイベントが地域経済に及ぼす影響について
~Ingress、MD甲府を一例にして~
公益財団法人 山梨総合研究所
特別研究員 千野 正章
要旨
MD甲府における経済波及効果は24,328千円と推計された。
1.はじめに ~観光振興とスマホの活用~
現在国では観光振興に大きな力を入れている。2020 年開催予定の東京オリンピックまでに、外国人観光客を年間4,000万人にまで増やすことを一つの目標としている。2012年に8,358千人であった訪日外国人数は、2016年には24,039千人となり、本年は10月までに昨年一年間に迫る23,792千人となっている(※1)。訪日外国人は毎年20%程度増加している。
山梨県においても観光振興は重要な施策であり、例えば観光地やイベントのPRをはじめ、Free Wi-Fiの整備、外国人向け観光アプリの開発等多様な施策が講じられている。
こうした中、観光振興においてスマートフォン(以下、「スマホ」)のGPS機能を利用したアプリケーション(以下、「アプリ」)を活用した新しい観光振興手法が注目を集めている。このGPS機能を活用したアプリは様々であるが、観光系やエンターテイメント系が多い(※2)。これらを観光振興に活用するのである。
まず頭に浮かぶ事例は、2016年にナイアンティック社からリリースされた「ポケモンGO」であろう。侵入禁止の場所への侵入といったトラブルはあるものの、被災地での支援イベントや鳥取砂丘でのイベントにより、多くのユーザー(トレーナー)がその場所を訪問したことは記憶に新しい。
このポケモンGOのベースとなったゲームが、本稿のテーマである「Ingress」である。Ingressは、ポケモンGOと同じくナイアンティック社から2013年に正式リリースされたスマホ用アプリで、2陣営で行う陣取りゲームと捉えるとイメージしやすい。
神社や仏閣等の実在する特徴的な建物等が拠点(ポータル)となり、拠点を三角形で囲んだエリアの人口数(MUs)が自陣営の得点となる。エージェントと呼ばれるユーザーは、実際にその拠点までいかないと陣営化する操作ができないため、例えば山奥の寺院等でも重要な拠点であればユーザーは頻繁に訪れることとなる。このIngressの特性に着目した自治体とユーザーがイベントを開催することで観光振興につながっている事例が散見される。例えば、神奈川県大和市や横須賀市等の事例である。その際には、Ingressのミッションと呼ばれる機能を活用する場合が多い。ミッションは、「隠れた観光名所を巡る」だとか「桜の名刹を巡る」といった設定が自由にできるため、フットパスに性質が近い。
ここで、Ingressに関するイベントを見てみよう。イベントにはいくつかの規模感があるが、大きく分けて以下のように分類できる。
①数人のユーザーで実施する武器補給イベント(FF=フラッシュファーミング)
②数十人で行う非公式ミッションイベント
③100人程度の規模で実施する新人育成イベント(FS=ファーストサタデイ)
④1000~2000人程度の規模で実施する公式ミッションイベント(MD=ミッションデイ))
⑤数千人~数万人の規模で特定エリアの拠点や陣地を取り合うイベント(アノマリー)
前報(※3)において筆者は、Ingressを活用した上記①、②のような小規模のイベントを実施し、実施に向けたノウハウを蓄積するとともに、上記③のファーストサタデイを山梨県内のユーザーの協力のもと実施し、イベントの経済波及効果について報告した。
本稿は、本年8月に甲府市内において開催されたナイアンティック社の公式イベントであるミッションデイ甲府(以下「MD甲府」)の実施を支援しつつ、参加者へのアンケート調査により、当該イベントが地域経済に及ぼす波及効果について推計を行ったものである。
2.MD甲府について
ミッションデイは、実施地域においてIngress上に設定された特定のミッションをユーザーがクリアしていくイベントである。世界各地で開催されており、日本国内においても30回近く開催されていて、ミッション機能を使って実施地域の街中を歩くことで地域経済に対する効果が期待される。様々な開催事例を見ると、ミッションデイ自体を単独で開催するのではなく、何らかの既存イベントと同時開催し、トイレや飲食施設などのインフラを共有する例が増えている。ミッションをクリアしたユーザーはゲーム上のメダルを得られることが一つのインセンティブになっている(図表1)。
MD甲府も、平成29年8月11日に開催された「2017小江戸甲府の夏祭り」に合わせる形で開催された。実施に当たっては、10人程度のユーザー有志で実行委員会を組織して企画運営を行い、筆者もそのメンバーになった。メンバーはそれぞれ仕事の都合で打ち合わせ時間がとれないことから、現実の打ち合わせは初回のみとし、その後は通信用アプリなどを使って打ち合わせを行っていった。
MD甲府開催日当日、指定したミッションをクリアしたユーザーについては、甲府駅北口よっちゃばれ広場に設けられた受付にてチェックアウトもしくは、メールによるチェックアウトによりミッションクリアを確認した。チェックアウト人数から、MD甲府の参加者は1,510人であった(図表2)。
図表1 MD甲府のミッションメダル(下部)
図表2 甲府駅北口に集まったユーザー
3.MD甲府の経済波及効果推計に向けた調査および結果
MDでは多くのユーザーが街歩きをするため、MDが地域経済に及ぼす効果は大きいといわれてきたが、具体的に経済効果を分析した事例はない。
経済波及効果を測定するためには、まず参加者の消費行動を把握する必要があり、そのため、甲府駅北口に集まったユーザーに対面式アンケートを実施した。アンケート項目は、性別・年代や居住地域などの属性、MD甲府の満足度、県内で消費した交通費や飲食費などの金額とした。合計86名のユーザーにアンケート回答に協力していただいた。
3-1参加者の属性および満足度等
アンケートの結果は以下のとおりである。
参加者の性別は、男性が72%と男性の参加者が多かった(図表3)。
参加者の年代は、50%以上が40歳代で、次いで30歳代が26%と参加者の大部分を30歳代~40歳代が占めた。これらは従前の調査と同様の傾向であった(図表4)。
居住地域は、関東との回答が多かったが、中には福岡や大分といった回答や海外からの参加者も見られた。
次に参加者のIngressのレベル(アクセスレベル)を聞いたところ、76%が最大レベルの16であり、レベル15を加えると86%となり、参加者の多くがベテランユーザーであった(図表5)。
図表3 性別
図表4 年代
図表5 アクセルレベル
MD甲府に関する情報は、ほとんどのユーザーがGoogle+もしくは口コミにて得ていた。
MD甲府の満足度は、「大変よい」と「ややよい」合わせて97%と、多くの参加者が評価した(図表6)。悪かった点として「暑い」とする回答があったものの、良かった点として「コンパクトである」や「チェックアウトがスムーズだった」を挙げるユーザーが多く、大部分の参加者は参加により満足感を得られていた。
また、自由回答で「甲府のよさを知った」や「また来たい」との回答も見られた。事前にアナウンスしていたユーザー割引があるお店情報などを評価する声もあった。
図表6 満足度
3-2消費行動と経済波及効果
アンケート結果から、MD甲府に参加したユーザーの県内における交通費、宿泊費、飲食費の消費額は、1,510人が参加したとすると合計21,582千円と集計された。これに県内自給率を考慮しつつ、山梨県産業連関表(※4)から計算すると、MD甲府が山梨県内の経済に及ぼす効果は、直接効果16,329千円、一次波及効果4,736千円、二次波及効果3,263千円で、合計24,328千円と推計された(図表7)。
図表7 MD甲府の経済効果
MD甲府は、メダルデザイン含めほとんどがユーザーのボランティアによって運営されており、外部からの補助は小江戸甲府の夏祭り実行委員会からの負担金10万円のみであった。それに対し、得られた効果は24,328千円とMDが地域経済に波及する効果はとても大きかったことが分かった。単純計算で費用対効果は24,328千円/100千円≒243倍となった。
4.着目すべきポイントと今後の期待
宿泊状況を見ると、関東からの参加者は日帰り参加が多かったものの、全参加者の35%が県内での宿泊を行った(図表8)。注目したいのは、11%の参加者が山梨に初めて来たと回答したことであり(図表9)、参加者に山梨を知ってもらうことで今後の観光振興につながっていくことが示唆された。
図表8 滞在日数
図表9 来県回数
また、MDではアフターイベントが開催される場合がある。MD甲府では2つの企画が実施された。一つめは、甲府市南部における昆虫観察イベント(図表10)であり、もう一つはライブイベント(図表11)である。いずれも県内のユーザーが講師となり、企画運営を行った。昆虫観察イベントは、農村資源を活用したもので今後の新しい観光振興につながる可能性が示され、ライブイベントでは県内外多くのユーザーが参加して、より深い交流が行われた。
図表10 MD甲府後の昆虫観察イベント
図表11 MD甲府後のライブイベント
以上示してきたように、MD甲府は、県外から訪れた多くのユーザーに街歩きを通じ地域の魅力を発信しつつ、かつ、地域経済に対して大きく貢献していることが明らかとなった。また、個性豊かなアフターイベントでは、さらに経済効果を高めるとともに、各地域の風土が培ってきたその地域の個性を伝えていくことで、甲府のファンを増やしていくことが期待できる。
しかしながら、MDを含むIngressのイベントは行政のみでは実施することは大変難しく、ユーザーのみでも困難が伴う。MDにおけるユーザーと行政とがそれぞれのスキルを持ち合い協働して地域を盛り上げようとした姿は、新しい観光振興、地域づくりのモデルとなりうるものだと感じる。
それは、Ingressにより創出されるもののひとつの到達点なのかもしれない。
もうすぐ公開されるIngressPrimeからでもよい、まずはみんなでスマホをもって街に出よう。
The world around you is not what it seems.
引用文献
1.『統計データ(訪日外国人・出国日本人)』日本政府観光局) https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/visitor_trends/
2.『地域活性化におけるスマートデバイス向けアプリの活用と課題』田畑 恒平 http://www.hosei-web.jp/chiiki/taikai/150417/d_04.pdf
3.『スマホ⽤アプリ活⽤による地域活性化~INGRESSを活⽤した観光振興・地域振興の可能性~』千野 正章 https://www.yafo.or.jp/wp/wp-content/uploads/2016/06/15103-4.pdf
4.『平成23年(2011年)山梨県産業連関表の概要』山梨県統計調査課 https://www.pref.yamanashi.jp/toukei_2/HP/23renkan.html