Vol.235-2 山梨県の環境・健康産業の振興に向けて
公益財団法人 山梨総合研究所
調査研究部長 中田 裕久
はじめに
山梨県は首都圏(3,000万人)に近接し、豊かな自然環境を持つ地域です。環境や健康に対する社会的ニーズが増大している今日、県内の自然資源や知的資源を生かし、環境や健康関連産業を育成することが、地域経済の発展とともに住民の生活の質的向上にとって重要です。
こうした、山梨県の強みを活かした産業振興を具体的に検討するため、当研究所では、環境健康ビジネス研究会を2006(平成18)年に設立しました。研究会では、環境・健康分野に関心をもつ企業・団体、研究・教育機関、自治体などの多様な関係者とともに、県内各地域の特性に応じた環境・健康産業の振興に係る具体的な方策を検討し、環境・健康関連産業創出の契機を提供することをねらいとしました。
研究会は約12年を経過しましたが、環境・健康関連の具体的な課題も変化しています。本稿ではこれまでの検討内容や、特に参考になったケースなどを紹介したいと思います。
1.地域資源を考える
山梨県には下部温泉、増富温泉の2つの国民保養温泉地があります。研究会では歴史的伝統的なこれら温泉の振興方策を検討することから始まりました。2つの温泉は冷泉ですので、一度温泉で温まってから冷泉に浸かるという入浴方法です。
温泉地の周辺は森林です。温泉入浴に加え、森林の中での散歩、トレッキング等は宿泊・滞在にとって欠かせません。増富温泉ではその後、遊歩道の整備などが行われました。一方、下部温泉では、温泉街を囲む尾根筋にあった山道を利用しようと考えていましたが、自然に戻ってしまいました。
2005年に山梨県(森林環境部)は、豊富な森林資源を活かすため、森林セラピーの検討を始めました。研究会では、北杜森林療法協議会の皆さんとノルディック・ウオーキングや山梨市が主催した森林セラピーを体験し、宿泊滞在プログラムの1つとして森林が活用できないかを検討しました。
2.アベンヌ温泉水の利用方法
同じ温泉水でも、日本と西欧ではその活用方法は大きく異なります。
フランスの製薬メーカーのピエールファーブル社が所有するアベンヌ温泉をどのように利用しているかを、ピエールファーブル社と資生堂が出資するピエールファーブル・ジャパン社の桐谷社長に伺いました。
フランス南部、パリから700キロのセベンヌ山脈の中にアベンヌ温泉があります。人口は100人程度の集落ですが、水温25.5℃の源泉を1975年にピエールファーブル社が購入し、1990年に治療センターをオープンしました。4月から10月までの稼働で、年間3,000人の患者を世界各国から集めています。また、1990年からアベンヌという化粧品の開発がスタートし、現在75カ国以上で販売しています。
このセンターでの治療は3週間で、アトピー性皮膚炎、やけど、乾癬などの治療を行いますが、治療をするためには皮膚科の医師に処方箋をもらい、アベンヌの治療センターに申し込む必要があります。ホテルは1軒のみで、空き家を借りたり、キャンピングカーで自炊して通う方式です。基本治療は個室での入浴、シャワーなどで、ステロイド剤、抗ヒスタミン剤、抗生物質などを併用する場合、症状の改善に応じて薬を減らします。 日本の温泉と異なる点は、アベンヌ温泉の効果を科学的に検証していることで、臨床試験的なデータを持っていることが大きな強みです。 アベンヌ温泉の成分はカルシウムとマグネシウムの比が2対1。これは肌にとっての黄金比だそうで、アトピーの方にとって、肌のバリアー機能向上に有効だそうです。また、日本人客の場合25.6℃はとても入れないので、32℃に加温して入ってもらうそうです。 |
ちなみに、県内のアトピー治療で有名な「不動の湯」の成分を調べますと、カルシウムとマグネシウムの比が2:1になっています。浴槽温度は若干高いような気がします。
3.ヨーロッパ・アルプス地域のウェルネス・ツーリズムと山梨県への展開
ウェルネスは身体、精神・心が調和された状態であり、ウェルネスはメガ・ストレスの時代ではある種の「自分探し」とみなせます。また、最終の目標は一時的な幸福感の追及だけではなく、長期的な満足感も含むべきものです。従って、ウェルネス・ツーリズムは、「健康の維持・増進を主要動機とする個人の旅行と滞在から生じる関係と事象の総和である。」と定義されます。また、「ウェルネス客は適切で専門的なノウハウと個々人に対するケアを提供する専門的なホテルに滞在する。その際、彼らはフィットネス、美容、健康的食事・ダイエット、リラックス・メディテーション、精神的活動、教育などからなるサービス・パッケージを必要とする。」とされ、ウェルネス・ツーリズムの主要施設はホテルとなります。
国内外を問わず、健康やウェルネスを志向したツーリズムの取り組みが、各地で行われています。このタイプの新たなツーリズムの大きな課題は2点です。第1は、健康やウェルネスを標榜するツーリズムであるとするなら、サービスの効果や品質をどう保証するかということです(品質保証やクオリティ・マネジメント)。第2は、健康やウェルネスサービスを観光事業者、関係事業者、研究教育機関と連携し、地域としてどう提供するかということです。
ヨーロッパ・アルプス地域ではウェルネス・マーケットのニーズに応えて2000年ごろから様々なウェルネス・ツーリズムへの取組みがなされており、地域の課題に応じて、ホテル事業者と医学・薬学、スポーツ分野、その他の農業などの産業が連携して、地域のPR、ウェルネスサービスの開発、サービスの質の確保と教育、環境・景観の質の保全などを行っています。
研究会では、イタリア山岳地域について山梨学院大学上條惇先生、オーストリアについては(公財)ハイライフ研究所の仙洞田伸一特別研究員に紹介していただき、山梨県におけるウェルネス・ツーリズムの推進方策を、八ヶ岳南麓地域などをケースとして検討しました。
図表–1 環境・健康ビジネス研究会の検討テーマ(2006年~2009年)
4.省エネルギー、節電、再生可能エネルギーの検討(2010~2017)
2008年に省エネ法が改正され、ビルや工場単位の規制から企業単位の規制へと変わりました。これまで、中規模工場、ホテル、スーパー、浴場施設など規制対象外であった施設が、規制対象になる可能性が高くなり、旅館・ホテルの省エネが必要になりました。
2009年には、省エネ法の改正と旅館・ホテルの省エネについて、2010年には、地方の中小ビルの省エネについて、省エネセンター特別講師の三角治洋先生のセミナーを行い、合わせて研究会メンバーの施設について省エネ診断をしてもらうなど、具体的な省エネ推進活動を行いました。
2011年は、東日本大震災及び福島原発事故後の計画停電が大きな社会問題になりました。研究会では、三角先生から節電の動向や課題などを紹介していただき、また、当時は余り普及していなかったLED照明などの検討を行いました。
2012年7月1月に固定価格買取制度がスタートしましたが、8月下旬には同じく三角先生から「固定価格買取制度と地域の動向」のセミナーを行い、県内の再生可能エネルギーの導入について検討しました。
2013年、2014年は「山梨県における熱利用の重要性について」(山梨大学鈴木嘉彦先生)、「熱利用の重要性と展望」(東京ガス・スマエネ推進部小笠原氏)、「廃棄物発電」((一財)日本環境衛生センター伊藤氏)など主として熱エネルギーをテーマに研究会を行いました。
2015年11月から12月にかけて、フランス・パリにおいてCOP21が開催され、京都議定書以来18年ぶりの新たな拘束力のある国際的な合意文書となるパリ協定が採択されました。国は、同年7月に地球温暖化対策推進本部において、2030年度の温暖化効果ガス削減目標を、2013年比で26.0%減とする「日本の約束草案」を決定し、国連機構変動枠組条約事務局に提出しています。
これを実現するためには、行政、事業者、住民全てが、更なる省エネ、再生可能エネルギーの導入に取り組むことが不可欠です。また、住宅やビル、公共施設などの建物自体のエネルギー効率(車の燃費)の向上も必要です。研究会では2015年4月に、新小菅村役場の設計者の和田氏から再生可能エネルギーの導入や効果についての解説を受け、5月に役場の視察会を行い、役場の担当者から状況を伺いました。
5.健康をテーマにした地域シンポジウムの開催
地域の自然環境、社会環境の強みを活かした地域づくりをテーマに、県内各地でシンポジウムや研究会を開催しました。
①「増富の湯、増富温泉郷における体験・健康サービスと課題」(2011年11月、増富の湯)
- 増富温泉郷で開催した「温泉博覧会2011」の状況報告(婦人部や青年部が主催した交流体験イベントなどの紹介)、増富の湯で実施した健康ツアーの報告を巡り、今後の可能性や地域づくりの方策などについて討議しました。
- 報告者:小澤三千恵氏、小澤三代子氏(婦人部)、村松良平氏(青年部)、小山芳久氏(増富の湯)
②「森林環境・高原環境を活用した健康プログラムの具体的展開と今後の展望」(2012年3月、キープ協会)
- 「森林環境がもたらす保健休養効果」(山梨県環境科学研究所 永井正則氏)、「高原(低酸素環境)を活用した健康づくりの可能性」(山梨大学 小山勝弘氏)の研究発表、「キープ協会の健康をテーマにしたプログラム紹介」(キープ協会 竹越のり子氏)の報告を巡って、健康プログラムの方向性・改善点などを討議しました。
③「富士北麓の自然の恵みを活かす」(2012年10月、山梨県環境科学研究所)
- 「東京大学癒しの森プロジェクトの試み」(東京大学 斉藤暖生氏)、「ウォーキングと脳血流」(健康科学大学 鈴木敦子氏)、「富士山周辺地下水と健康影響」(山梨県環境科学研究所 長谷川達也氏)の発表を受け、コーディネーター永井正則氏(山梨県環境科学研究所)により、富士北麓の自然の活かし方について討議しました。
④「八ヶ岳南麓地域の魅力・可能性そして将来展望」(2013年6月、都市農村交流施設ヴィヴァノーラ)
- 永井正則氏他、八ヶ岳南麓地域で各種事業に関わっている小山るみ氏(アルソア)、増田直弘氏(キープ協会)、小山芳久氏(増富の湯)、山田守郎氏(ヴィンテージファーム)の皆さんの取組みや課題などの報告を受け、今後の各種事業や事業連携のあり方などを討議しました。
⑤「大月市における健康トレッキング」(2014年10月、桂川ウェルネスパーク)
- 大月市周辺の山々は、立川や八王子に近く、日帰り登山客も多いことから、大月市もトレッキングによる観光振興を図ってきました。
- 古屋美代子氏(山梨県)、鈴木邦彦氏(大月市)、佐藤茂幸氏(大月短期大学)、村松憲氏(健康科学大学)から、それぞれの立場で「健康トレッキング」についての発表や報告をして頂き、岩殿山、百蔵山、扇山や桂川ウェルネスパークなどを利用した、健康トレッキングの普及策などを検討しました。
図表-2 環境・健康ビジネス研究会の検討テーマ(2010年~2017年)
まとめに代えて(今年度の研究会)
当初から研究会は環境や健康産業の創出の機会提供という狙いで開催してきましたが、参加企業、事業者と行政、研究教育機関との様々なつながりや連携活動が生まれてきたと思います。
広範にわたる環境・健康産業ですが、この10数年間であっという間に実現し、社会に受け入れられるサービスとなっています。環境分野では未成熟なLED照明が一般化し、健康サービス分野ではウェルネス・ツーリズム、健康ツーリズムを目指す温泉地づくりが具体的に進行しています。
また、農業分野において、六次産業化が叫ばれてきましたが、「野草の里・大月加工センター」では既に事業ビジネスとして、遊休農地の活用、地域高齢者の雇用、訪問客による畑作や収穫などを行っています。
今年度の研究会で大変参考になったのは「超高齢化と人口減少下での持続可能な国づくりと空き家活用」(小畑晴治氏、(一財)日本開発構想研究所)の発表でした。今後急増する医療介護費を抑制するためには、在宅ケアが欠かせません。在宅ケアは(単身世帯が多い)高齢者の住宅が前提となります。厚生労働省が進める地域包括ケアは国土交通省の住宅政策で補完されなければなりません。かつての住宅政策は景気浮揚策としての新築、核家族向けがほとんどで、これらを手がける大手ディベロッパーやハウジングメーカーへの支援という側面がありました。これら900兆円ともいわれる住宅投資額の約半分は空き家になったり、廃棄されて失われました。従って、空き家、リフォームへの投資、地方中小の工務店への支援といった政策への転換が、超高齢社会を乗り越えるための方策である、という内容でした。
研究会の内容については研究所ホームページに掲載しています。ご関心のある方はご覧いただければ幸いです。また、環境・健康ビジネス研究会で講師を引き受けてくださった大学、行政、企業の専門家の皆さん、研究会に参加していただいた皆さんに厚く御礼申しあげます。