Vol.236-1 抜き打ち避難訓練と浸水想定区域内の人口の推移について
山梨大学工学部 准教授 秦 康範
1章 はじめに
本稿では、筆者が2012年から学校現場で取り組んでいる緊急地震速報を活用した抜き打ち避難訓練と、山梨県と甲府市の浸水想定区域内の人口の推移について紹介したい。
1995年兵庫県南部地震以降、我が国は地震活動期に入ったと言われている。プレート境界型の超巨大地震である2011年東北地方太平洋沖地震をはじめ、内陸直下型地震である2004年新潟県中越地震、2007年新潟県中越沖地震、2015年神城断層地震、2016年熊本地震など、国内の各地で地震が発生している。2040年頃までには南海トラフ巨大地震の発生は確実視されており、地震学者の多くは、東海地震が単独で起きる可能性は低く、東海・東南海地震が連動した1854年安政東海地震(M8.4)タイプか、東海・東南海・南海地震が連動した1707年宝永地震(M8.6)タイプのいずれかが起きる可能性が高いとしている。
今の子ども達は、将来確実に巨大地震に遭遇する。そのときに、状況に応じて適切に判断し行動することが求められる。2章では、従来から行われて来たパターン化した避難訓練では、状況に応じて適切に判断し行動するための応用力が養われていなかったこと、どうすれば応用力が身に付くのか述べる。
わが国は急激な人口減少社会を迎えている。山梨県は2002年から人口減少に転じ、その後一貫して減少傾向にある。3章では、災害リスクと土地利用について定量的な分析結果について述べる。
2章 抜き打ちの避難訓練
まず、抜き打ち避難訓練のビデオ映像[i]をご覧いただきたい。甲府市内の小学校で、2017年3月に実施した予告なし(抜き打ち)避難訓練の様子である。休み時間中に突然鳴り響く緊急地震速報のアラーム音、数人が校舎に向かって走り出すと、校庭に居た大部分(90人ほど)が同調した(図表-1、2、3)。何も倒れるものがない安全な校庭にいたにもかかわらず、子ども達は自分の教室の自分の机の下に向かった。この学校では、これまで事前に訓練日時が知らされ授業中に行われる避難訓練しか行われていなかった。何の失敗も起きない予定調和的な避難訓練では、時間、場所、状況に応じて、適切に身を守るための応用力が養われていなかったのである。
なにゆえ、抜き打ちにこだわるのかというと、今の科学技術では、何月何日何時何分に地震が発生するということを事前に予測することができないからだ。つまり、地震はどんな場合でも、抜き打ちで来るということを強調しておきたい。
図表-1 休み時間中に緊急地震速報のアラーム音
図表-2 大部分が校舎に向かって走り出す
図表-3 校庭に残った数名の児童
筆者は2012年から山梨県内の11市町村の23小中学校と2高校の防災アドバイザーを務めており、この小学校は何ら特殊な事例ではない。長野県や神奈川県教育委員会の研修会講師を務めた経験から、他地域においても同様の課題がある事を確認している。こうした経験から、筆者は実践的な避難訓練の重要性を説くビデオをYoutubeに公開している[ii]。
山梨県教育委員会等と連携し、筆者を座長とした山梨防災教育研究会を設置し、緊急地震速報を活用した予告なし避難訓練ガイドを制作し、その普及に努めている[iii]。子ども達がいかに対応できないかを強調したが、訓練後の振り返りと、予告なし訓練を繰り返すことにより、子ども達の対応は迅速かつ適切なものになることを確認している。子どもの適応力は非常に高い。従来の指導方法にこそ問題があり、教師の意識改革が不可欠である。ビデオを公開したのは、職員会議で予告なし避難訓練を提案してもなかなか理解されないという教師の声を多数聞いたからである。「失敗しない訓練」ではなく、「課題が見つかる訓練」が良い訓練であるという考え方が徹底される必要がある。学校現場は忙しく、新しい事を受け入れることへの抵抗も小さくない。しかし、避難訓練を行っていない学校はない。実践的な避難訓練が普及することを強く願っている。実践的な避難訓練について、「山梨と災害(発行:山梨大学地域防災・マネジメント研究センター、発売:山梨日日新聞社)」の12章で詳述している[iv]。ご関心があればご一読いただきたい。
学校の避難訓練を例に挙げたが、地域や職場で毎年実施されている訓練は、実践的な内容となっているだろうか。9月1日の防災の日前後に行われる自治会の避難訓練というと、おおよそ以下のようなものではないだろうか。屋外行政無線で地震発生を知らせるサイレンが鳴ると、組や自治会の一次避難場所に集まって点呼を取る。その後、最寄りの指定避難所となっている小中学校に一緒に移動するというものだ。もちろん、地震の発生日時や集合場所、解散時間等はあらかじめ知らされており、参加できない場合は事前に連絡することが求められる。
しかし、実際の地震災害では、こういったことは絶対に起こりえないと言って良い。まず、一次避難場所で点呼をとるとき、全員参集することはあり得ない。出かけていて不在なのか、自宅でケガをして動けないのかの判断は、一軒一軒確認しなければわからないのだ。地震の発生時刻にもよるが、1つの組の全員の安否確認を取るのには、それなりに時間がかかるはずだ。平日の日中であれば、外出している人が非常に多くなり、在宅している高齢者が中心となって対応しなければならない。実践的な安否確認訓練を行っている自治会では、安否確認が完了した建物には、黄色のタオルをかけるなどのルールを決めているところもある。
安否確認をする中で、生き埋め者や負傷者を発見したとするとどうするか。言うまでもなく、生き埋め者の救出と負傷者の手当が最優先の事項となる。つまり、指定避難所にぞろぞろと移動することはない。次に、大きな被害も無く、一軒一軒安否確認してケガ人もおらず、全員の無事が確認されたとする。この場合も、指定避難所に行く必要はない。なぜなら、自宅も壊れておらず、ケガ人もいないのだから、自宅に居れば良いのである。水害や土砂災害では、災害から身を守るために、鉄筋コンクリート構造のような頑丈な建物の二階以上に避難することは、意味がある。しかし、地震の場合は既に発生しているので、建物が被害を受けたり、余震による倒壊の恐れがなければ、基本的には自宅に留まれば良いのである。
東日本大震災では、体育館に避難して津波で亡くなったケースがいくつかあった。校舎の二階以上に避難していれば助かっていたのだ。また、大雨の際に、普段集まる地域の集会所(指定避難所ではない)に避難したために、洪水や土石流によって亡くなったケースもある。形式的な避難訓練の徹底は、「何から避難するのか」という本質が忘れられ、結果的に命を落とす危険があることを指摘しておきたい。「何から避難するのか」を意識して避難訓練を行うことが、極めて重要である。当然のことであるが、災害の種類によって適切な避難場所は異なる。指定避難所に移動することが避難ではないことを強調したい。
3章 山梨県と甲府市の浸水想定区域内人口の推移
我が国は人口減少社会を迎えており、災害リスクの低い地域に良質の住宅ストックを形成することが中長期的には望ましいはずだ。しかし、筆者が山梨県に赴任してから9年が経過するが、県内を車で移動する度に感じていることは、郊外の災害リスクの高い地域の開発が進んでいることだ。
本章では、こうした筆者の感覚的なものではなく、人口データとハザードマップを解析した結果について紹介したい。使用データは4次メッシュ国勢調査[v](平成7年~平成27年の5年分)と国土数値情報浸水想定区域データ[vi]である。浸水想定区域内の人口は、500mメッシュと浸水深別の浸水想定区域ポリゴンを地理情報システム上で重畳し、メッシュごとに浸水想定区域データと重なっている部分を按分し、人口と世帯数を算出した。なお、甲府市については、平成27年現在の市の行政区域を分析対象とし、合併以前についても現在の行政区域と同様として分析を行っている。また、洪水ハザードマップとして国土数値情報を使用したため、甲府市をはじめとする市町村が作成しているハザードマップとは必ずしも一致しないので、留意する必要がある。
図表-4は、山梨県全体の浸水想定区域内人口を算出した結果である。山梨県全体の人口は、平成12年をピークに減少傾向にある。浸水想定区域内人口は、平成7年から平成17年まで増加し、その後ゆるやかに減少傾向に転じた。浸水想定区域内人口は、平成7年から平成27年で8,797人増加している。図表-5は,山梨県全体の人口に対する浸水想定区域内人口の割合と、山梨県全体の世帯数に対する浸水想定区域内世帯数の割合の推移を示している。両者ともに平成7年から平成27年まで一貫して増加しており、平成7年から平成27年にかけて人口の割合は2.5ポイント増加し、世帯数の割合は2.1ポイント増加していることがわかる。
図表-4 山梨県の人口と浸水想定区域内人口の推移 (H7-H27)
図表-5 山梨県の浸水区域内人口と世帯数の割合の推移 (H7-H27)
図表-6は、甲府市全体の浸水想定区域内人口を算出した結果である。甲府市全体の人口は、平成7年以降一貫して減少傾向にある。浸水想定区域内人口は、平成7年の115,681人から平成27年の116,096人へと415人増加している。図表-7は、甲府市全体の人口に対する浸水想定区域内人口の割合と、甲府市全体の世帯数に対する浸水想定区域内世帯数の割合の推移を示している。両者ともに平成7年から平成27年まで一貫して増加しており、甲府市全体の人口は減少しているにもかからず、想定浸水区域内の人口の割合は3.3ポイント増加し、世帯数の割合は2.5ポイント増加していることがわかる。
図表-6 甲府市の人口と浸水想定区域内人口の推移 (H7-H27)
図表-7 甲府市の浸水区域内人口と世帯数の割合の推移 (H7-H27)
次に、具体的にどこで人口が増減しているのかを分析した。図表-8と図表-9は,甲府市の人口増減(平成7年と平成27年の差)と浸水想定区域を地理情報システム上で示している。甲府駅南側では大きく人口が減少しており、身延線の南側から笛吹川にかけて、浸水リスクの高い地域での人口増加が顕著であることがわかる。
4章 おわりに
筆者が山梨県に赴任してから取り組んでいる中で、特に問題だと思っている2点について紹介した。パターン化した型通りの防災訓練から脱却し、「自ら考える」防災訓練が普及することを願ってやまない。山梨県と甲府市の浸水想定区域と人口の変動について、地理情報システムを使った分析結果から、平成7年以降、浸水想定区域内の人口・世帯数の割合はともに一貫して増加していることが示された。甲府市では身延線の南側から笛吹川右岸にかけて、想定浸水深の高い地域での人口増加が顕著であることが示された。現在、市町村は立地適正化計画の作成が求められている状況にある。浸水リスクの高い地域の開発を抑制する等、少子高齢化、人口減少社会に合った、持続可能な都市のあり方を再定義することが求められる。
[i] https://www.youtube.com/watch?v=VV4T1vLDqy8
[ii] https://www.youtube.com/watch?v=wsW5i4pGaC8&t=2s
[iii] https://anzenkyouiku.mext.go.jp/todoufuken/data/19yamanashi/19-01.pdf
[iv] 秦康範:学校における実践的な防災訓練-山梨県における取組-,山梨と災害,山梨日日新聞社,pp.151-162
[v]総務省統計局:政府統計の総合窓口(e-Stat)国勢調査 (http://e-stat.go.jp/SG2/eStatGIS/page/download.html)
[vi]国土交通省国土政策局:国土数値情報 浸水想定区域データ (http://nlftp.mlit.go.jp/ksj/gml/datalist/KsjTmplt-A31.html)