統計リテラシーの重要性
毎日新聞No.511 【平成30年3月30日発行】
「裁量労働制で働く方の労働時間の長さは、一般労働よりも短いというデータもある」。これは1月29日の衆議院予算委員会における安倍晋三首相の答弁である。
正しい社会認識を持つためには、適切な調査に基づいたデータが必要だ。エビデンスが明確なデータに基づいて統計学的に導き出された結果こそが、主観的な意見や判断を排除し、科学的な回答を見いだすことができる。
この答弁の中で行われた時間比較の根拠には、統計上の問題があると指摘された。比較対象となった「一般労働者の一日の実労働時間」は「厚労省で加工されたデータ」であり、「企画業務型裁量労働制の実労働時間」は「実調査に基づくデータ」であった。つまり、算出方法が全く異なる二つの数値を同列に比較し、首相答弁の根拠としていたのだ。
今日の社会における統計リテラシーの重要性は言うまでもない。統計的記述を鵜呑みにせず、一見客観的に見える統計データが真実の姿を現しているかを見極める力が必要とされている。現代社会には様々な統計データがあふれている。そのような統計データは、今回のように答弁や政策立案の根拠とされることもある。私たちはデータが適切なものか判断する必要があるし、統計データを適切に利用する力も身に付けなければならない。
数々の統計データを扱う厚労省に統計リテラシーがなく、算出方法が異なる数値であったことに厚労省が気付いていなかったとは考えにくい。「裁量労働制の労働時間の方が短い」という答弁につじつまを合わせるために、本来は比較対象とならない二つのデータをあえて用いたのではないかと疑いたくなる。
「統計学が最強の学問である」(西内啓著)とは、数年前にベストセラーになった書籍のタイトルだが、なぜ統計学が最強かといえば「どんな分野の議論においても、データを集めて分析することで最速で最善の答えを出すことができる」からである。すなわち、統計データは最善の回答を導き出すために適切に使用されるべきであり、決して答弁や政策に都合の良い解釈を与えるために用いられるべきではない。
(山梨総合研究所 主任研究員 小池 映之)