Vol.237-1 「租税教育」の必要性と展望 ― 山梨学院大学『租税教育プログラム』の取り組み ―
山梨学院大学現代ビジネス学部現代ビジネス学科
大学院社会科学研究科 教授 太郎良 留美
1 はじめに―「租税教育」の高まり
「税」について問われたら、皆さんはどのように答えるだろう。その多くは、税とは取られるもの、仕方なく納めるもの、納めなければならないが、何か釈然としない気持ちが残る、など、ネガティブな感想が多いのではないだろうか。これは、申告納税制度を前提としながらも、我々の日本国民の多くが税金を給料から天引きされ、年末調整によって納税が完結していることに一因がある。言い換えれば、年末調整制度は、国民を税に対して無知・無関心にし、ひいては、租税の意義や役割、機能等を考える機会を奪っている、というのは言い過ぎであろうか。
そんな折、平成23年度税制改正大綱に、「租税教育」の充実が謳われた。「租税教育」という言葉を聞くと、単に国民が税金を払う義務を教えるものと想像する方も多いであろう。この「租税教育」は、税金をきちんと払うという道徳観、すなわち tax morale を植え付けることだけを目的とする教育ではない。この国の主権者として、税に対する関心を持ち、正しく税金を支払うことに加えて、租税が国家国民のために正しく活用されているかを監視するといった、健全な納税者意識の醸成である。この納税者意識は、英語では taxpayer consciousness と訳され、納税の道徳観 tax morale とは似て非なるものなのである。ここでお話をする「租税教育」は、正にこの納税者意識の育成を、教育の現場で実践していこうとする動きである。
平成23年度税制大綱では、納税環境整備の柱の一つとして、「国民が租税の役割や申告納税制度の意義、納税者の権利・義務を正しく理解し、社会の構成員として、社会の在り方を主体的に考えることは、納税に対する納得感の醸成と民主国家の維持・発展にとって重要」であり、そのためには「こうした健全な納税者意識を養うことを目的」とする租税教育を充実させることが重要であることが記されている[1]。現在われわれが直面している財政課題がその背景にあると思われるが、国民、中でもこれからの日本で活躍する若者に、財政や租税に関心を持ってもらうこと、そういう教育が必要であると指摘されたのである。歴史的には、わが国は明治時代まで貴族や武士が支配する封建社会が続き、それに苦しむ農民らが権力者に対して反抗する一揆があったが、それは絶対的支配力に対する反抗運動であり、民主化運動とは言わない。租税教育は、教育現場において、納税の重要性を知るだけではなく、租税の意義・根拠について考え、さらには租税を通して国家と国民の関係を考えさせるものなのである。
2 山梨学院大学における租税教育プログラム
山梨学院大学において、租税教育を実施することとなった経緯説明から始めようと思う。山梨学院大学現代ビジネス学部は、経営学・マーケティング・会計学・経済学などの専門知識を有したうえで、それらを主体的に実践することを学ぶ学部である。簿記・会計・税務分野の授業を担当する私は、この分野に関心を示し、さらに将来は税理士・公認会計士などの国家資格を夢見る学生と日々接し、私自身も「税理士」であることから、日頃学生を教えながら、「税」について、学生が意欲的により深く学ぶ方法はないかと考えていた。
また、現代ビジネス学部は専門知識を習得するだけでなく、マネジメントやコミュニケーション能力を実践的に身に付けていくことにも重点を置いている。その考え方に沿う形で、私のゼミナールに所属する学生たちが意欲的に学んだ「税」について、それらを何か、マネジメントとか、コミュニケーションといった形につなげられないものか、とも模索していた。
そんな折、山梨県租税教育推進協議会の事務局を担当されている、甲府税務署の税務広報広聴官との出会いがあった。私は、この広報広聴官に、学生が意欲的に「税」について学ぶことについての考えを思い切って話してみた。すると、広報広聴官から、「租税教育推進関係省庁等協議会」(以下、「租推協」)の存在を教示されたのである。
「租推協」とは、平成23年度税制改正大綱に、租税教育は「社会全体で取り組むべきもの」と明記されたことを受けて、同年11月に、文科省、総務省、国税庁により租税教育の充実を図るため発足された組織であり、教育関係者、地方税当局、国税当局の3者及び関係民間団体が連携・協調して、租税教育の充実に取り組むこととされているものであった。広報広聴官は、「租推協」が平成27年4月に作成した「租税教育の事例集」も提示し、全国の小中高校・大学で行われている租税教育の優れた取組事例などを紹介してくださったのである。「租推協」の活動趣旨や取組事例なるものは、私が常日頃感じている思いと共通するところがあると感じた。そして、広報官から、山梨学院大学でも租税教育をやってみないか、という提案を受け、既に取り組んでいる大学に行って実際に授業の様子を見学する段取りも付けてくれたのである。当初私は、本学で「租税教育に関する取り組み」を実施することは決意してはいなかったが、ただ私の日頃からの思いに関して何か解決の糸口でも見つかればとの思いもあり、平成27年12月、他大学の講座の門を叩いたのである。
その大学は、愛知県にある愛知教育大学であり、真島聖子准教授が教鞭をとっている社会科教育講座であった。愛知教育大学の見学当日、私自身も学生側に入って授業を受けたが、学生達が、「税」に関して意欲的に学び、発表している姿や、生き生きと質問している、また税理士や広報官からのアドバイスに耳を傾けている姿を見て、私自身が日頃から考えていたものに非常に近い感じを受けたのであった。同時に山梨学院大学でも出来ないかとの思いも膨らんでいった。
平成28年5月には、和歌山大学の岩野清美准教授の「税の授業」研究という授業も見学させていただいた。愛知教育大学も和歌山大学[2]も、教師を目指す教育学部生が対象であり、近い将来教師となる教育学部生が、税の重要性を認識しながら、授業デザインを行っていた。地域の税理士会に所属する税理士数名、税務署広報広聴官は、授業計画に基づき、講義に参加し、学生への助言等の役割を果たしていた。
3 山梨学院大学版「租税教育」の取り組み
愛知教育大学および和歌山大学の視察から戻り、本学で同様のことが出来るのか、何度も検討を重ね、いろいろと悩む日々が続いた。しかし平成28年4月から太郎良ゼミナールで正式に「租税教育プログラム」を実施しようと決断し、東京地方税理士会や広報広聴官など関係者の方々に協力を仰いだのである。
さらに、租税教育の推進・充実に志を同じくする東京地方税理士会山梨県会との連携を強固にするために、平成28年5月12日に、締結式が行われた。この提携協定は、多くのマスコミにも取り上げられ、注目を集めることとなった。

そして、平成28年から現在まで、山梨学院大学現代ビジネス学部太郎良ゼミナールに所属する学生、税の専門家である税理士及び税務署が協働して、「租税教育」をテーマとする研究に取り組んでいる。この取り組みは、本学のみならず山梨県の大学において初めての試みであり、大学教育における中長期的な租税教育の充実の一端を果たすことを目指した。具体的な授業計画は、教員、税理士および税務広報広聴官で審議・検討し、授業を実施した。授業の概略は、授業の前半は、ゼミナールに所属する学生が、社会の仕組みや憲法の権利・義務、民主主義、わが国の税制等、基本的事項を理解するために、税の専門家の協力・アドバイスを得ながら、調査・研究に取り組み、後半の授業では、山梨学院大学付属小学校6年生を対象に、大学生自らが講師となって「租税教室」を実施し、研究成果を発信した。

学期末には、この取り組みをまとめた事業報告書を作成した。その報告書は、当該プログラムにご尽力いただいた方々からの寄稿に続き、前期授業の発表資料、後期授業で行われた「租税教室」の関係資料を掲載している。そして、巻末に1年間の取り組みに対する学生らの振り返りをまとめたレポートが掲載されているが、そのレポートからは、学生の税に対する意識の変化や、「租税教室」の実施から得られた充実感を読み取ることができる。学生らにこのような経験をさせてやれた喜びを感じるとともに、東京地方税理士会の税理士会の先生方、甲府税務署の方々、山梨学院小学校の先生方、その他関係したすべての方々のご協力、ご尽力に心から感謝したい。そしてこの租税教育の取り組みが、租税教育の推進および充実の一翼となれたならば、この上ない喜びである。
最後に、事業計画書に掲載された、一人の女子学生のレポートの一部を紹介する。そこには、肩ひじを張らない、等身大の大学生の姿が感じられるとともに、本学における「租税教育」による成長が垣間見られる。このような学生を見ると、これからも「租税教育」を続けていこうと決意を新たにするのである。
「ゼミの中で私が断トツといっていいほど税に対する知識や意識が低く、税をこのゼミで勉強する前まで、税金が何に使われているか、どこに納められているかなど全く知らないでいた。興味もなく、税金は取られているものだと思い込んで、税金の値上がりなどに苛立っていた。このゼミに入り、自分の知識の無さと能力に呆れてしまった。知っていて当たり前のことを、知らないで生きてきて、もう少し早く知って勉強していればと後悔した。けれど、このゼミに入らないで生きていたら、一生細かく税について勉強していなかったと思う。このゼミに入り、税のことを初めて細かく知ってからは意識が180度変わった。税金は納めるものであり、取られるものでないこと。喜んで自分から納める人はいないと思うけれど、自分たちが納めた税金が実際に何に使われているのかを知ると、なければならないものばかりで税金がなければ、どのように作っていたのかと考えてしまった。全国民が税金は納めるもの、と思っているかといったら違うと思う。私みたいに税のしくみを知らずに生きている人などに伝えたい。税金を納めてより良い日本にするぞという意識が全国民にあるのであれば、今よりはるかに日本が豊かになる。そのようなことを、大人の私たちが伝えていくべきだと思った。この先税がなくなるわけでもないから、大人一人ひとりが税に対し、納めるぞという意識を高く持っていかなければいけないと強く感じた。この先、10%以上に値上がりしていい気分ではないけれど、子供に税金のことを聞かれたら、自分たちの生活がより豊かになるとプラスになるようなことを教えていきたいと思った。私みたいに何に使われているのかわからないで納めていたら税のありがたみに気づくことなくマイナスになってしまう。税に対して、もっと自分から知るべきだと知識の無さに驚いた。」
[1] 財務省HP https://www.mof.go.jp/tax_policy/tax_reform/outline/fy2011/zei001a.htm#02_01
[2] 税理士会は、平成25年度より、上述2大学を含む教育大学、教員養成大学において、将来教育の現場を担う大学生に、租税教育の重要さ、すなわち納税者意識を国民が持つことの大切さを理解する取り組みを行っている。