Vol.237-2 山梨県における労働力不足の実態
公益財団法人 山梨総合研究所
専務理事 村田 俊也
はじめに
先日、山梨県の人口が82万人を割り込んだという発表があった。また、国立社会保障・人口問題研究所から3月に出された将来人口の最新発表によると、山梨県の人口は、2045年には60万人を下回ってしまうという。5年前に発表があった数字と比べると、減少スピードが速くなっている。
一方、我が国は戦後最長の更新が視野に入るほど長期間の景気拡大が続いており、労働力不足を訴える声があちこちで聞かれる。
今回のレポートでは、山梨県における労働力不足の実態・原因を整理し、今後の対応策の一端を紹介したい。
1.労働力不足の実態
労働力不足を端的に示すのは、有効求人倍率であろう。
山梨県の有効求人倍率をみると、近年では2015年10月に1倍を回復し、現在は1.46倍(2018年2月)に達している(図表1、季節調整値)。働きたいと考えている求職者1人に対して、働き手を探している職場の不足人数が約1.5人という状況である。
また、企業における雇用の過不足状況をみると、雇用人員判断DI(注、日本銀行甲府支店企業短期経済観測調査)は今年3月時点でマイナス31となっており、1992年3月のマイナス36に次ぐ低水準と、逼迫感はかなり強い。
(注)雇用が「過剰である」とする企業割合から「不足している」とする企業割合を引いた数値。
ただし、過去をさかのぼると、数値では現在よりも労働力不足が深刻だった時期がある。1989~1991年は、県外から企業進出が相次ぐとともに、バブル景気に沸き県内産業も活況を呈しており、山梨県の求人倍率は2倍を超え、全国指折りの人手不足県であった。
山梨中銀経営コンサルティング㈱が実施している景気調査によれば、雇用の充足度については、「不足」が6割を超える期間が長期間続いており、現在以上に深刻な状況であったことが窺われる(図表2)。
図表1 有効求人倍率の推移(全国、山梨)出典:一般職業紹介状況(厚生労働省、山梨労働局)
図表2 雇用の充足度(山梨)
(注)業況DIは、業況が「良い」とする企業割合と「悪い」とする企業割合との差。
出典:県内企業経営動向調査(山梨中銀経営コンサルティング㈱)
(1989~1991は不明があるため比率の合計が100とならない)
2.労働力不足の原因
近年、求人数は増加し、求職者数は減少している。
働く場で必要とする人数(労働力の需要)が増加する一方で、働きたいと考える人(同供給)が減少してきており、こうした結果、労働需給の逼迫(=労働力不足)が顕在化してきているのであるが、労働力不足と言われている現状の、より根本的な原因としてはどのようなことが考えられるだろうか。
(1)景気拡大に伴う雇用の増加
まず、労働力の需要面であるが、景気拡大により企業が人員増を図っている。企業は、一般的に景気拡大期であっても短期間に終わると判断すれば、設備投資の回収が難しく一度雇用した労働者を簡単に解雇できないため、設備投資や人員増は慎重である。しかし、今回の景気拡大は長期間継続しており、派遣社員等の対応だけでなく、直接雇用の動きが進んでいる。
(2)団塊世代の退職に伴う人員補充
団塊の世代が退職年次を迎え、その補充のため、企業が採用を増やしていた。
戦後生まれの団塊世代(1947~49年生まれ)は全て65歳を超えたが、県内における同世代の人口は42,347人(各年齢平均14,116人)となっており、現在の新卒世代(22歳人口、7,584人)の人口の2倍弱となっている(2015年国勢調査)。今後人員補充の採用は減少が見込まれるものの、退職者の補充だけでも大きな需給逼迫要因となっていたと想定される。
(3)人口の減少
次に労働力の供給面であるが、最も深刻な問題は、県内人口の減少である。
働き手の中心となる15歳から64歳の生産年齢人口の推移をみると、1995年の584,721人をピークに減少している(国勢調査)。
元気な高齢者が増えていることや年金支給年齢の引き上げ、企業の定年延長・再雇用制度の広がりなどを背景に高齢者の雇用は増えているが、働き手となりうる中核年齢の人口減少の影響は大きい。国立社会保障・人口問題研究所の調査を勘案すると、今後も減少が続いていくことが予想される。
(4)景気拡大に伴う人口の県外流出
近年、景気の拡大に伴い大都市部に多い大企業が採用を増やしており、地方の労働力が給与等の労働条件が良い東京など大都市に流出しているといわれている。
図表3は、「山梨と全国の有効求人倍率の差」と「山梨県内への転入人口と山梨県からの転出人口の差」をグラフにしたものである。企業進出など外部要因も想定されるため、一概には言えないが、「山梨と全国の有効求人倍率の差」が大きいほど「転入人口と転出人口との差」が大きく転入超となっていたが、バブル崩壊時期あたりから「山梨と全国の有効求人倍率の差」は縮まり、人口も転出超に転じた。近年、「山梨と全国の有効求人倍率の差」、「転入人口と転出人口との差」ともマイナス幅は縮まっているが、なお、人口(労働力)の流出は止まっていない。
図表4は、同様に「山梨の景気」と「転入人口と転出人口との差」をみたものである。図表3ほどの相関はみられないが、山梨の景気が悪くなると県外への転出超の傾向が、山梨の景気が良くなると県外からの転入超の傾向が強まるとの関係がみられる。
図表3 有効求人倍率の全国との差と人口の県外転入・転出状況(山梨)
出典:一般職業紹介状況(厚生労働省)、山梨県常住人口調査(山梨県)
図表4 山梨の景気と人口の県外転入・転出状況(山梨)
出典:県内企業経営動向調査(山梨中銀経営コンサルティング㈱)
山梨県常住人口調査(山梨県)
(5)就業率の向上による就業希望者の減少
上記のほか、需給の逼迫に伴う採用条件の向上等を背景に就業率が上昇しており、就業による就業希望者(求職者)の減少も、労働力の供給の下押し要因となっている。
3.なぜ、バブル期と比べて労働力不足感が強い?
有効求人倍率や雇用の充足度をみると、バブル期は現在よりも新規採用がしにくい時期であったにもかかわらず、現在のほうが人手不足感が強いとの印象がある。なぜであろうか。
ひとつは、人口減少に対する関心が高まっていることであろう。バブル期は、まだ人口は増加基調にあった。しかし、現在は減少に転じ、関連する情報が溢れている。また、今後70年を超える期間、減少が続くと想定されており、現在だけでなく今後はさらに労働力確保が困難になるとの懸念から、バブル期以上に深刻に労働力不足を捉えているのではないかと思われる。
もうひとつ大きな理由は、「需給のミスマッチ」ではないか、と考える。
図表5は、職業別の有効求人倍率(全国)である。全体的に上昇傾向であるが、事務職が低い一方で、特にサービス業、福祉関係のほか、専門・技術職の不足が目立つ。サービス業、福祉関係は賃金が低くて人を集めにくいということが考えられるが、専門・技術職については社会変化のスピードが速まり、企業経営において常に「先取り」が求められる時代となっていることから、「会社の価値を上げる人材」の渇望感が以前と比べて高まっているとみられる。こうした「付加価値を生み出す」人材の需給のミスマッチの高まりが、「労働力不足」が大きな問題と認識するに至っている要因と考えられる。
図表5 職種別の有効求人倍率(全国)
出典:一般職業紹介状況(厚生労働省)
図表6 職種別の有効求人倍率(山梨)
出典:山梨県の労働市場の動き(山梨労働局)
4.労働力人口を増やすには
では、労働力不足を解消するためには、どうしたらよいのだろうか。
大きく分けると、労働力の供給を増やすか、機械化などで労働力の需要を減らすことが求められる。
このうち、労働力の供給の増加について、根本的な解決としては出生率の向上や県外からの人口転入等を通じた生産年齢人口の増加であろう。こうした形での人口増加策については県、市町村が地方創生を図るため総合戦略を策定しさまざまな施策に取り組んでいることから、ここでは上記以外の労働力を増やす方策について検討してみる。
(1)産業構造のウエイト修正
就労を希望する者が重視する条件として、賃金等の待遇のほか、企業の安定性も上位にある。
山梨の産業構造をみると、製造業、とりわけ機械電子工業のウエイトが全国と比べて高い。しかし、こうした業種は業績において景気変動の影響を受けやすく、不況になると工場閉鎖・他県への工場集約により他県へ労働力が流出する。また、解雇などが発生すると、その後業績が回復し求人を行っても求職者が敬遠することがあり、労働力の確保に比較的手間がかかる。一方、好況が続くと生産拡大から求人が急増し、県全体として労働力不足が強まる。図表7は、全国における産業別新規求人数の前年比増減率であるが、製造業、特に機械工業の振幅の大きさが目立つ。景気などの要因により求人数が大きく変動している。
このように、製造業、とりわけ機械電子工業は雇用の安定という面でみる限り大きな波乱要素を有している。山梨の産業の核となる業種であるが、労働力需給の安定を図るためには、製造業、特に機械電子工業への依存を下げていくことが有効と思われる。
図表7 産業別新規求人数(全国、対前年比増減率)
(注)宿泊業・飲食サービス業は、2003年まではサービス業全般の数値
出典:一般職業紹介状況(厚生労働省)
(2)将来性ある中小企業の発信力の強化
山梨県には、知名度は低いが経営基盤のしっかりした中小企業が存在する。こうした求職者にとって魅力的な中小企業の周知については、就職ガイダンス等、官民さまざまな形で発信が行われているが、まだまだ伝えきれておらず、さらなる強化が期待される。
特に新卒者の場合、本人が就職したい優良企業だと思っても、知名度が低く保護者が知らないため反対されるケースがある。業績等の積極的な情報公開を進め、本人だけでなく、保護者向けの求人活動の更なる強化などが必要と考える。
(3)山梨が首都圏からも通勤可能な県(地域)であることの周知
中小企業が競争を勝ち抜くために、また、事業転換を図るために、「企業の付加価値を高める人材」を獲得しようとしても、県内では求める人材がいないということがある。実際、専門・技術職の需要は高く、こうした場合に東京等の県外からの獲得も考えていく必要が生じるが、現状、山梨への移住を前提とした人材の獲得はそう簡単ではない。
こうしたケースにおいて、東京から山梨へ通勤できる環境整備を行い、移住を前提としない形での県内企業への転職の促進も有効ではないかと考えられる。
現在、転職したいと考える首都圏の人にとって、山梨は眼中にない。一般的な首都圏在住者にとって、山梨は「山の向こう」の存在である。しかし、八王子から甲府までJR特急で片道2,880円、1時間の距離である。また、高速バスだと、八王子から甲府まで片道1,350円で1時間28分の距離、昭和町であればさらに短く1時間3分である。将来のリニア中央新幹線の開業を待つまでもなく、遠方から通う首都圏の通勤事情を考えると、現状でも東京・神奈川西部の在住者にとって甲府近辺までは十分通勤圏として検討の余地があるはずである。
中央線上り特急の早朝便の運行要請が以前から行われているが、「企業の付加価値を高める人材」の獲得については県外からの獲得(通勤)を想定し、山梨が通勤可能圏にあるという周知を進めていくことが有効と想定される。
(4)潜在的な就労可能者の掘り起こし
すでにさまざまな施策が行われているが、元気な高齢者や家庭で子育てや介護中の方、日本語の不自由な留学生、障がいを抱える方などに対する就業支援の充実を通じた潜在的な就労可能者の掘り起こしも重要である。
2015年の国勢調査によると、本県の労働力人口(427,603人)(注)のうち就業者は408,814人である。一方、非労働人口は273,146人となっており、このなかには高齢者のほか、子育てや介護、その他の理由により働きたくても働けない人が含まれている。
働いている人の割合(労働力率)をみると、25~59歳では5歳階級毎ですべて8割以上となっているのに対して、60~64歳では7割、65~69歳では5割に低下しており、60代の労働力率が10ポイント上昇すると、労働力人口は約12千人増える。また、男女でみると、男性の15~64歳の労働力率が84.7%であるのに対して、女性は69.2%となっており、女性の労働力率が男性並みになると労働力人口は約36千人増える。
一方、山梨の大学に在学している留学生は、独立行政法人日本学生支援機構の調査によると、1,042人となっている(2017年5月1日現在、平成29年度外国人留学生在籍状況調査)。また、心身の障がいのある方のうち、たとえば身体障害者手帳交付者は8,320人となっている(18~64歳、2016年度、山梨県調べ)。
日本語に不自由な外国人留学生や障がい者なども含め、潜在労働力の活用にもっと目を向けることが必要と思われる。
(注)労働力人口は15歳以上の人口のうち「就業者」と「完全失業者」を合わせたもの。非労働力人口は、15 歳以上の人口のうち「就業者」と「完全失業者」以外の者で、「通学」、「家事」、「その他(高齢者など)」が含まれる。(総務省HP)
最後に
山梨県の人口が減少傾向をたどり、今後も相当な期間歯止めが期待できない中で、労働力を確保することは容易ではない。経済面で官民の総力を結集した地域間競争がますます激しくなる中で、山梨の活力の維持を図るために、地域として企業の機械化・合理化など省人化投資を促す・支援する、担い手となる生産年齢人口を増やす、だけでなく多様なアイデアの実現が期待される。