Vol.238-2 少子化が及ぼす高等教育への影響
公益財団法人 山梨総合研究所
理事長 新藤 久和
1.はじめに
平成30年度を迎えようとしている矢先の3月22日に、名古屋大学と岐阜大学が運営法人統合を目指して4月下旬に協議に入ることが報道された。また、本稿を執筆中の5月18日にも、静岡大学が浜松医科大学との運営法人統合に向けた検討をしていることがわかった。一つの国立大学法人が複数の国立大学を運営するという議論は、アンブレラ方式として国立大学の法人化に向けた議論の過程でも行われたが、結局は、一国立大学法人が一国立大学を運営することで現在に至っている。
平成30年3月27日に開催された中央教育審議会大学分科会(第140回)・将来構想部会(第14回)合同会議では「昨年12月に開催された中央教育審議会において『今後の高等教育の将来像の提示に向けた論点整理』では、地域の高等教育機関が、産業界や地方公共団体とともに将来像の議論や具体的な交流等の方策について議論する『地域連携プラットフォーム(仮称)』について提案しているが、その在り方の一つとして、より強い結びつきを持った『大学等連携推進法人(仮称)』の制度の創設を検討してはどうか。」との問題提起に対するかたちで、大学の「『強み』の強化と連携方策について(案)」の中で具体的なイメージを図示している。したがって、現行法制ではアンブレラ方式は認められないものの、中央教育審議会が法改正を議論していることから、数年内には実現する可能性がある。
筆者も、数年前まで大学に勤務していたことから、こうした動向に無関心ではいられない。実は、国立大学の法人化に併せて公立大学も法人化されているが、そのことに関して特別な関心が向けられたことはないように思われる。しかし、国立大学と公立大学を直接に統合することは、運営母体が国と地方公共団体であることから無理があるが、運営母体がともに法人格を備えた独立した存在であることを考慮すれば、「大学等連携推進法人(仮称)」のような法人を設置して経営統合することは可能であろう。
今回は、国立大学法人同士の経営統合であるが、実は国立大学法人と公立大学法人が経営統合することも荒唐無稽とばかり言ってはいられないのである。こうした議論が現実味を帯びて語られるのには、少子化というきわめて厳しい状況に対応しなければならないからであり、もはや猶予の余地のない課題であると認識すべきである。
2.18歳人口と大学入学者数
中央教育審議会の資料[1]から、18歳人口と大学入学者数を抽出して作成したグラフを図表1に示す。
18歳人口は、1992年に205万人をピークに迎えてから急激に減少をはじめ、2010年あたりからやや緩やかになったとはいえ減少を続けていることが分かる。2018年は118万人となっている。その一方で、大学入学者数は増加の一途をたどり、2015年には62万人まで増加している。つまり、18歳人口が減少しているからといって、大学入学者数が減っているわけではないのである。
しかし、今後の18歳人口の減少を考慮すると、大学入学者数が今後も増加し続けるとは考えられないことは言うまでもない。
3.国立大学法人化以降の動き
国立大学が、2003年に成立した国立大学法人法により、法人化されたのは、2004年4月であった。
それに合わせて、文部科学大臣が6年間において国立大学法人が達成すべき業務運営に関する目標を中期目標として定め、これを国立大学法人に示すとともに、公表することとなった。その際、経費削減のために導入された効率化係数は、前年度比1%の経費削減をおこなうもので、 各大学に厳しい運営を迫るものとなった。
こうした動きとは別に、これまでの大学運営の変革を進めるため、さまざまな施策が講じられてきている。たとえば、2012年には国立大学改革強化推進補助金が設けられた。また、「日本再興戦略」や「教育振興基本計画」等を踏まえて策定された2013年の国立大学改革プランでは、各大学の分野ごとにミッションの再定義が行われ、各大学はミッションを意識して目標を設定し、その達成に向けて活動することとなった。2016年には、第3期中期目標期間に先立ち、国立大学経営力戦略と称して、運営費交付金の中に、図表2に示すような3つの重点支援の枠組みを新設した。
図表2 重点支援の枠組みと大学
重点支援枠組み
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大学
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1
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主として、地域に貢献する取組とともに、専門分野の特性に配慮しつつ、強み・特色のある分野で世界・全国的な教育・研究を推進する取組を中核とする国立大学を支援
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北海道教育大学 室蘭工業大学 小樽商科大学 帯広畜産大学 旭川医科大学 北見工業大学 弘前大学 岩手大学 宮城教育大学 秋田大学 山形大学 福島大学 茨城大学 宇都宮大学 群馬大学 埼玉大学 横浜国立大学 新潟大学 長岡技術科学大学 上越教育大学 富山大学 福井大学 山梨大学 信州大学 岐阜大学 静岡大学 浜松医科大学 愛知教育大学 名古屋工業大学 豊橋技術科学大学 三重大学 滋賀大学 滋賀医科大学 京都教育大学 京都工芸繊維大学 大阪教育大学 兵庫教育大学 奈良教育大学 和歌山大学 鳥取大学 島根大学 山口大学 徳島大学 鳴門教育大学 香川大学 愛媛大学 高知大学 福岡教育大学 佐賀大学 長崎大学 熊本大学 大分大学 宮崎大学 鹿児島大学 琉球大学
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2
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主として、専門分野の特性に配慮しつつ、強み・特色のある分野で地域というより世界ないし全国的な教育・研究を推進する取組を中核とする国立大学を支援
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筑波技術大学 東京医科歯科大学 東京外国語大学 東京学芸大学 東京芸術大学 東京海洋大学 お茶の水女子大学 電気通信大学 奈良女子大学 九州工業大学 鹿屋体育大学 政策研究大学院大学 総合研究大学院大学 北陸先端科学技術大学院大学 奈良先端科学技術大学院大学
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3
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主として、卓越した成果を創出している海外大学と伍して、全学的に卓越した教育研究、社会実装を推進する取組を中核とする国立大学を支援
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北海道大学 東北大学 筑波大学 千葉大学 東京大学 東京工業大学 東京農工大学 一橋大学 金沢大学 名古屋大学 京都大学 大阪大学 神戸大学 岡山大学 広島大学 九州大学
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また、2017年には指定国立大学法人制度[2]が導入され、申請した7大学のうち東北大学、東京大学、京都大学の3大学が指定され、東京工業大学と名古屋大学が追加指定された。一橋大学と大阪大学については引き続き検討することとなっている。この制度は法制度として導入されたものではなく、文科大臣が指定することとなっている。申請した大学や指定を受けた大学をみても、すでに我が国における高等教育システムの再構築が着々と進められていることを物語っていると言える。
4.重点支援の枠組みと運営費交付金の再配分
先に述べた、重点支援の枠組みとは、運営費交付金の一定割合を留保し、枠組みで示された内容に沿った戦略と取組の進捗状況を評価することにより、留保分を再配分しようという仕組みである。2018年3月28日に文部科学省から公表された再配分率をグラフ化すると図表3のようになる(旭川医科大学の2016年度のデータはない)。
このグラフは、再配分率のみに着目したものであり、大学ごとに留保される(拠出する)交付金の多寡は大学の規模や学部構成などによるため、一概に比較するのは難しい。文部科学省では財務分析に利用するため、大学の規模や学部構成に基づいて以下のような層別を設けているので参照する。
Aグループ
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学生収容定員1万人以上、学部等数概ね10学部以上の国立大学法人(学群、学類制など の場合は、学生収容定員のみ)
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Bグループ
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医科系学部を有さず、学生収容定員に占める理工系学生数が文科系学生数の概ね2倍を上回る国立大学法人
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Cグループ
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医科系学部を有さず、学生収容定員に占める文科系学生数が理工系学生数の概ね2倍を上回る国立大学法人
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Dグループ
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医科系学部のみで構成される国立大学法人
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Eグループ
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教育系学部のみで構成される国立大学法人
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Fグループ
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大学院のみで構成される国立大学法人
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Gグループ
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医科系学部その他の学部で構成され、A~Fのいずれにも属さない国立大学法人
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Hグループ
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医科系学部を有さず、A~Fのいずれにも属さない国立大学法人
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ちなみに、山梨大学はGグループに属しており、G25と称されることもある。金沢大学は、重点支援③に類別されているがG25に入っている。そこで、G25の大学だけを取り出して作成したグラフを図表4に示す。2018年度分の再配分率(倍率)の降順に並べ替えてある。
再配分率が低いと翌年度は高くなっている一方、高いと低くなる傾向がみられるようである。
図表5は、3年間の再配分率の和を積み上げてグラフにしたものである。3を超えていると、留保分を取り戻したと考えられる。ただし、年度によって留保する金額が異なることに注意する必要がある。
5.立場の違い
運営費交付金の再配分率の公表を受けて、地元の山梨大学が所属するG25グループの国立大学法人の再配分率を調べてみた。その結果、再配分の仕組みによって、当然ながら、留保分より多く配分を受ける大学がある一方で、そうでない大学もあることがわかった。このような仕組みが導入されたのは、大学改革を促進するためであるが、そもそも法人化自体が大学改革を目的としていたことを忘れてはいけない。
それにしても、法人化されて以降、運営費交付金が減らされて大変だという声がなくならないのはどうしてであろうか。そこには、財務省と文科省ないし国立大学法人の立場の違いがあるように思われる。少子・高齢化による社会問題を考えるうえでも、こうした立場の違いを克服し、国民も納得できる解決策を導く必要があろう。
ここでは、平成29年10月31日に開かれた財政制度等審議会財政制度分科会における議題1文教・科学技術の資料1[3]に対して、気になる2つの点について述べる。
5.1 運営費交付金について
論点4-(2)高等教育<若手研究者の処遇>において、財務省は、言われているほど運営費交付金は減ってはいないとし、それどころか補助金等まで含めれば逆に増えていると主張している。その論拠として、平成16年度から29年度までの運営費交付金予算額と対前年度増減額等を示している。図表6は、その数値を筆者がグラフ化したものである。
このグラフを素直に見れば、12,416-10,971=1,445となるから、法人化以降、運営費交付金が1,400億円以上削減されていることは確かである。
これに対し、財務省は「国立大学法人運営費交付金は、平成16年度の法人化以降▲1,400億円程度減額されているとの指摘がある。しかしながら、附属病院の赤字解消(▲584億円)、退職手当の減(▲427億円)という特殊要因を除くと、▲434億円(▲3.5%)の減に留まっていること、この間、入学者数が▲4.0%(18歳人口は▲15%)減少したこと、国立大学に対する補助金等は約1,000億円増加したことを勘案する必要がある。」と述べて次のようなデータを示している。
つまり、特殊要因を除いた運営費交付金は10,682-10,248=434億円の減に留まっており、1,400億円超の減額とは言えないということである。さらに、図表8(筆者作成)のように、補助金等を加えれば、逆に616億円増加していると主張している。
しかし、国立大学法人の教職員のほとんどは運営費交付金に注目しており、補助金等を合わせれば616億円増加していると言われても簡単には納得できないであろう。つまり、運営費交付金は確定した金額が知らされるのに対し、補助金等はいくら配分されるかわからないという意味で、なんとなく、もやもやした気持ちにさせられるからだと思われる。国レベルの問題であるから、やむを得ないとは言え、「森を見て木を見ない」ような印象を受けるのである。具体的には、次のような問題点を指摘できる。
- 高等教育を運営費交付金と補助金等を合わせてサポートしているという、いわゆるデュアルサポートという考えが関係者に十分理解認識されていないのではないか。
- 補助金等は、申請して採択されれば配分を受けられるという性格上、当初は「無いもの」として考えるのは自然であろう。そもそも、補助金採択は狭き門であり時限付きであることを考慮すると、現場における長期的・継続的な取組には馴染みにくいと言えないだろうか。
- 特殊要因として除かれる要因とそうでない要因がどのように決められるのかわかりにくい。例えば、2014年に消費税が8%に引き上げられたが、その際には特殊要因としては取り扱われずに、交付金が実質的に目減りした。このことが、現場のトラウマとなっていることは否めない。
- 今後、老朽化した施設・建物が増えることが想定される。改築・改修費用は、国立大学施設整備費補助金により措置されるものの、これの採択も狭き門である。整備すべきボリュームはかなりあるが、国費が措置されるのは僅かずつでしかない。
5.2 常勤教員数について
資料③-2国立大学の教員(若手教員のあり方①)[3]において、「40歳未満の教員について、『任期付き』が増加し、『任期なし』が減少しているとの指摘がある。しかしながら、教員の雇用や任期の判断が効果的になされてこなかったのではないか。また、入学者が減少している中で、常勤教員数を増加させていることから、40歳未満の『実質任期なし』を改善させる余地があったのではないではないか(この部分は原文のまま)。」としている。
これに対しては、次のような点を指摘しておきたい。
- 入学者数が減少しているのは、18歳人口の減少を受けて、合格発表者数を入学定員に近づけようとする努力の結果であり、入学者が減ったからといって教員数とは関係ないこと。
- 実質任期なし教員数が減ったのは、運営費交付金が削減されているのに対応した措置と考えられる。これに対し、任期付き教員数が増加しているのは、補助金等の配分を受けて実施する業務を担当するためと考えられること。
- 特に、法人化により従来の教育・研究に加えて社会貢献が重視されることになり、知的財産に関する業務や社会連携事業を行う人材が必要になったことも任期付き教員の増加に現れているのではないか。
- 任期付き教員が担っている事業だからといって、補助期間が終了したから事業をやめるわけにはいかない。事業の継続性を確保する観点からも、担当してきた任期付き教員に引き続き業務を遂行してもらうのが自然である。しかし、補助金が使えないのであるから交付金を充当するしかない。しかも、労働契約法の「無期雇用転換ルール」により、5年以上経過して本人から無期雇用に転換する希望が出されると、基本的に無期雇用契約に転換せざるを得ず、それに応じた処遇をする必要がある。それが財務の圧迫要因にならないかという心配はぬぐい切れないものがある。
6.おわりに
社会のあらゆる分野で、少子高齢化への対応が議論されている。大学進学年齢である18歳人口も減少しており、このまま減少が続くと大学の運営にとってきわめて難しい決断が迫られることになろう。2004年の法人化以降、大学改革を推進するためにいろいろな施策が講じられてきており、一定の成果があらわれているとはいえ、少子高齢化社会において、一層の努力が求められることは当然である。
国立大学法人の中期目標の設定や評価においても、KPIやPDCAサイクルなどの言葉が普通に使われるようになってきている。それにもかかわらず改革がなかなか進まない状況があるとすれば、改革しなければならないという考えが共有されていないからではないかとも思える。
兼好法師は、徒然草第百二十七段で「あらためて益なき事は、あらためぬをよしとするなり。」と言っている。悪いことをあらためることに異を唱える人はいない。逆に、悪くもないのに改める必要はないだろうと考える。しかし、今は悪くはないが、いずれ社会の変化に対応してあらためねばならないことは認識しにくいものである。切羽詰まってから大騒ぎしないためにも、時代の変化や要請を先取りして対応していく必要があろう。
最近は、PDCAという用語が気楽に使われるようになっているが、もっとも重要な点が理解されていないように思われる。Pは、達成すべき目標があることが前提である。その目標をどのように達成しようとするのかがPであることが忘れられていないだろうか。まず、何が目的・目標かを明らかにし、それを共有することがPDCAサイクルを回すために不可欠であることを再認識すべきである。
参考文献・資料
[1] 中央教育審議会 大学分科会(第140回)・将来構想部会(第9期~)(第14回)合同会議 配付資料(平成30年3月27日)高等教育の将来構想に関する参考資料http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2018/03/30/1403109_13.pdf
[2] 第3期中期目標期間における指定国立大学法人の指定について http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/29/06/1387558.htm
[3] 財政制度等審議会財政制度分科会における国立大学法人運営費交付金に関する主張に対する文部科学省としての考え方 http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/houjin/1379230.htm