Vol.239-2 地方創生の担い手づくり
公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 森屋 直樹
はじめに
6月1日、来春卒業予定の大学生らを対象とする大手企業による面接が解禁された。
少子高齢化の進展や景気の回復基調などにより、就職希望者優位の「売り手市場」と称される昨今だが、希望者本人にとっては、人生における重大なターニングポイントであることにはいつの時代も変わりは無かろう。
一方で、就職活動を取り巻く社会環境は大きく変化し続けている。
人口減少社会の到来や東京圏など都市部への人口集中は、地方の人口減少に拍車を掛け、全国の市区町村の約半数が「消滅可能性都市」に該当するとの報告がメディアを騒がせたことは記憶に新しい[1]。
少子高齢化による人口減少社会で暮らす我々にとって、地域における急激な人口減少を可能な限り緩和し、その産業構造を社会経済環境の変化に合わせる時間をいかにして稼いでいくかは重要な課題となっている。
本レポートでは、人口減少社会において地域社会を持続的発展に導く「地方創生の担い手づくり」として、国の成長戦略の主要な取り組みの一つである「起業・創業支援[2]」に着目し、その現状や課題についてまとめることを目的としている。
第1章 人口減少局面における地域社会
2018年3月末に国立社会保障・人口問題研究所が公表した「日本の地域別将来推計人口(平成30年推計)[3]」では、2065年における総人口は約8,800万人と、現在の7割弱まで人口減少が進むと推計され、とりわけ年少人口、生産年齢人口の減少が際立っている。
また、日本全体の人口が急速に減少していく中で、地方から大都市圏への人口集中も顕著となっている。
総務省による「住民基本台帳人口移動報告 2017年結果[4]」によると、2016年、2017年ともに転入超過(他自治体からの転入数が他自治体への転出数を上回る状況)にあるのは東京都、埼玉県、神奈川県、千葉県の、いわゆる「東京圏」の他、愛知県、大阪府、福岡県といった大都市圏だけであり、それ以外では転出超過となっている。
出典:総務省「住民基本台帳人口移動報告 2017年結果」
山梨県においても、他の地域同様に転出超過傾向にあり、実に2001年から17年連続で転出超過が続き、2017年の転出超過数は過去2番目の大きさとなっている。
また、2015年国勢調査に基づき人口移動数を確認すると、特に転出超過の大きな年齢層は20~24歳の若者世代であり、その県内人口全体における転入超過割合は-0.28%と、長野県の-0.12%や静岡県の-0.05%と比較すると、非常に大きなことがわかる。
出典:2015年国勢調査から筆者加工
なぜ、この世代の転出超過が顕著なのか。地域経済分析システム(RESAS)を活用して新卒者の就職における純流入率(流入率-流出率)について確認すると、山梨県は長野県や静岡県に比べて純流入率のマイナス割合、つまり純流出率が大きいことが見て取れることから、就職を契機とした若年層の流出が大きな要因の一つと言えよう。
出典:RESAS
このような、就職を契機とした若年層の転出超過は、直接的には生産年齢人口の減少につながり、事業経営者の減少や産業人材の不足などによる地域総生産力の縮小をもたらすだけでなく、消費活動によって支えられる地域市場の縮小、更には地域の未来を担う年少人口の減少などにも影響を与えることは容易に想像できる。
つまり、人口減少社会において地域の持続的発展を目指すためには、いかにしてこれら若年層を地域社会に留め、また地域外からの移住定住を促進していくかが重要となっている。
第2章 地方創生の担い手づくり
人口減少局面において地域社会が抱える課題に対して、2014年11月に制定された「まち・ひと・しごと創生法」に基づき、国では人口減少問題の克服や成長力の確保を目指して、「『しごと』と『ひと』の好循環作り」や「好循環を支える、まちの活性化」に取り組む方針を示した「長期ビジョン」「総合戦略」に基づいた積極的な取り組みを推進している。
出典:まち・ひと・しごと創生本部 HPより
このような地方創生の取り組みにおいては、特に地域社会を担う個性豊かで多様な人材の確保や地域における魅力ある多様な就業の機会の創出などの地方創生の担い手づくりが重視され、その代表的な例として「地域おこし協力隊事業」や「プロフェッショナル人材事業」があげられる。
都市地域から過疎地域等の条件不利地域に住民票を移動し、生活の拠点を移した者を、地方公共団体が「地域おこし協力隊員」として委嘱することで、一定期間、地域に居住して、地域ブランドや地場産品の開発・販売・PR等の地域おこしの支援や、農林水産業への従事、住民の生活支援などの地域協力活動を行いながら、その地域への定住・定着を図る取り組みである「地域おこし協力隊事業」は、協力隊員、地元地域、受け入れ自治体がそれぞれに利益が得られる「三方よし」の取り組みとされ、全国的に実績が伸張している。
出典:総務省HPから筆者加工
また、地域に質の高い雇用を新たに創出して「ひと」と「しごと」の好循環に繋げていくため、地域企業による「攻めの経営」への転身を後押しするとともに、その「攻めの経営」に必要となる人材として、大都市圏などで新たなチャレンジを模索している人材とのマッチングを実施する「プロフェッショナル人材事業」についても、地域企業のチャレンジ精神の興隆と、近年の移住定住への関心の高さもあり、着実な成果を出している。
プロフェッショナル人材:成約件数と相談件数の推移(全拠点合計)
出典:内閣府地方創生推進事務局HP
これらの地域への人材還流をサポートする取り組みが実績を上げているにもかかわらず、前述のとおり、地方から大都市圏への人口移動の流れに歯止めがかかっていない。これは、公的資金を活用した取り組みでは、自ずと支援対象数や支援期間に制限を伴ってしまうから当然の結果であろう。
しかし、地域社会の持続的発展のためには、地方からの人口流出を抑制し、流入を促進する流れを少しずつでも積み上げていくしかない。そのためには必要なことは何か。
総務省が2018年3月末に公表した「『田園回帰』に関する調査報告書[5]」に掲載された、過疎地域への移住者アンケートの調査結果によると、移住経験者が移住の際に最も重視したこととして「生活が維持できる仕事(収入)があること」が10代~50代の年齢層で最多となっており、就職を契機に人口が流出している現状と合わせても、地域にいかにして雇用を創出するかが地方創生における最重要課題であることに異論は無かろう。
出典:総務省「『田園回帰』に関する調査研究報告書」
これまで地域社会における雇用創出の手段としては、大企業の生産現場等の誘致が主に取り組まれてきた。しかし、時代の急激な変化に対応する経営方針等の見直しにより、生産現場等の集約など、多くの雇用が失われる事例も散見され始めている。
その一方で、情報通信技術の活用や地域資源の活用を付加価値として事業展開を目指す、起業・創業スタイルへの関心が高まっている。
第3章 重要性を増す起業・創業支援
人口減少における国内市場の縮小、グローバル化による市場競争の激化、情報通信技術の飛躍的な進歩といった社会経済構造の変化は、これまでの日本経済を支えてきた中小企業の事業運営に大きな決断を迫っている。
このような状況を受け、政府が経済政策の「第三の矢」として、2013年6月に公表した「日本再興戦略 ~JAPAN is BACK~[6]」では、「地域社会で活躍する人材の育成」や「民間活力を高めて産業の新陳代謝を促進」との方針が示され、その目標の一つとして日本の開業率及び廃業率(現状約5%)を米英レベルの10%に引き上げることが盛り込まれた。
出典:中小企業庁 中小企業白書2018
この日本再興戦略を受けて2014年1月に制定された「産業競争力強化法」では、事業の発展段階を「創業期」「成長期」「成熟期」「停滞期」に分類し、それぞれのステージに最適な支援策を講ずることを求めており、「創業期」には「地域における創業支援体制強化」として、市区町村が策定した「創業支援事業計画」に基づいて、産官学金が連携した支援ネットワークの構築による起業・創業の支援体制の整備に取り組むことが明記されている。
出典:経済産業省HP
山梨県でも全地域で「創業支援事業計画」が策定されており、市町村に置かれた支援ネットワークの連携窓口を中心に、商工会議所・商工会に置かれたワンストップ相談窓口との連携を密に取りながら、地域の金融機関や業界団体、大学、支援機関などが連携する支援ネットワーク全体で、事業経営に必要となる知識やノウハウを伝授する「創業セミナー」の開催、実際の事業運営に必要となる店舗、設備、運転資金等の相談受付や助成制度の提供、融資の実施などの支援メニューが提供されている。
また、県でも2015年12月に策定された「ダイナミックやまなし総合計画」、及びその部門計画として2016年3月に策定された「山梨県中小企業・小規模企業振興計画」において起業・創業に対する総合的支援が明示されており、産官学金連携による起業家養成セミナーの開催やファンドによる資金援助など、起業・創業しやすい環境づくりの整備に努めている。
なお、県の取り組みとして特筆すべきなのが、3年前から開始された「Mt.Fujiイノベーションキャンプ[7]」である。これは起業に強い意欲を持つ参加者を県内外から募り、県内での事業化や県内の地域資源を活用したビジネスプランの作成を専門家が指導する取り組みである。
特に注目に値するのは、起業・創業に必要な知識・ノウハウの提供やアイデアの具現化へのサポートだけでなく、国内大手企業の担当者との交流機会をセッティングするビジネスマッチングの機能も併せ持っている点であり、山梨県を代表するビジネスアイデアコンテストとして定着しつつある。
出典:Mt.Fujiイノベーションキャンプ HPより
これら地域における連携支援ネットワークに基づいた複合的な支援体制の構築や、県の普及啓発の取り組みなどにより、起業・創業に対する機運は高まっており、地方創生の担い手づくりとして一定の成果が表れているところである。
しかし一方で、中小企業の経営者の高齢化やそれに伴う事業承継の問題など、地域社会を取り巻く問題は深刻化していることから、起業・創業の更なる活性化が必要と考える。
第4章 さらなる起業・創業の活性化に向けて
これまで地方創生の担い手づくりとして、国や地域を挙げて取り組む起業・創業支援について概要を見てきた。もちろん、産業競争力強化法が制定される以前から支援は行われてきたが、地域における連携支援ネットワークの構築が求められた背景には、社会経済の変化に対して、より地域密着型の事業運営が求められているからであろう。
そこで、本レポートの執筆に際し、連携支援ネットワークの連携窓口である自治体担当者などからヒアリングした内容を参考として、今後の更なる活性化に向けた課題として、「起業・創業の前」、「起業・創業の後」、「起業・創業の未来」に整理して紹介したい。
まず「起業・創業の前」の課題は、「起業・創業希望者の相談内容の仕分け」である。
起業・創業の機運の高まりにより、その相談件数も増加傾向にある。これは起業・創業の活性化という面では喜ばしい事であるが、一方で相談者が思い描く起業・創業プランも多様化している。ワンストップ窓口では、これら相談者の意向を丁寧に確認しながら、必要な支援を判断し、支援主体に割り振る手続きを行っているが、限られた人員や予算の中で、確実な起業・創業に繋げていくためには、相談内容をある程度仕分ける制度が必要だと考える。
例えば、最初に「創業セミナー」を受講することを求め、その後、具体的な支援メニューを提供していく流れを整理している自治体もある。また、一般向けの起業・創業に関する情報発信や学生生徒に対するキャリア教育などの取り組みにより、相談者も具体的に事業計画を考えられる準備期間が提供できるようになれば、より効率的な支援提供が可能となり、起業・創業件数の増加につながると考える。
「起業・創業の後」の課題としては、「起業・創業者などのネットワークづくりの支援」が挙げられる。
起業・創業は、その事業者にとって、これまでの経歴とは異なる、新たなチャレンジである。ましてや移住を伴う場合はその「不安」の大きさは言うまでもなく、すぐに廃業してしまう事例も散見されている。
これらの新規事業者を地方創生の担い手として、地域社会にいかに定着してもらうかは受け入れる地域社会全体で取り組まなければならない重要課題である。ただ、逆に、新規事業者が域外などから持ち込む人間関係や情報ネットワークを地域社会でいかに活用していくかとの視点に立てば、既存の事業者も含めたネットワークづくりは地域全体にとって有意義である。
何より、新規事業者も既存の事業者も賑やかに交流している姿は、地域に起業・創業に対する機運をますます活性化させ、チャレンジしたい人たちを呼び寄せる効果ももたらす。
最後の「起業・創業の未来」における課題は、「地域のまちづくりとの関係性の重視」である。
起業・創業は、地域を挙げての支援もあり今後さらに活発化していくと見込まれる一方、地域の新たな担い手として定着してもらうためには、地域全体で受け入れ体制を整える必要があることは先に述べたが、その際には、これまで地域社会を担ってきた既存の事業者との関係や、地域全体のまちづくりの方向性との関係も重要となってくる。
また、山梨県と同様に人口減少に苦しむ全国の自治体間での、起業・創業者の誘致競争も激しくなっていくことが予想されることから、自分たちの地域を選んでもらい、定着してもらうためには、その地域で起業・創業することの、目に見える優位性も必要となってくる。
そのためには、起業・創業支援の活性化と共に、地域資源や地域ブランドの優位性に磨きをかけ、それらを活用するメリットを新規事業者に提示する一方、既存の事業者の生業と関連性の強い業種などを優遇するなど、その地域のまちづくりの一環として起業・創業支援を位置付けて、真の意味での「地方創生の担い手づくり」を進めていくことが、地域社会の持続的発展に最も効果的だと考える。
第5章:むすびに
本レポートでは、地方創生の担い手づくりという観点で、活発化しつつある地域での連携支援ネットワークを活用した起業・創業支援について、国や県、市町村の取り組みについて概要をまとめるとともに、自治体担当者へのヒアリングを参考に、更に活性化していくための課題について紹介した。
もちろん、事業者による起業・創業はあくまで経済活動であることから、そこには国や自治体等がどこまで支援可能かという公共性の課題を常にはらんでいる。
ただし、今年の5月に制定され、7月に施行が予定されている「改正産業競争力法」において、起業・創業の機運醸成のための普及啓発事業が市区町村の支援メニューに盛り込まれたことや、今年6月15日に閣議決定された「まち、ひと、しごと創生基本方針2018」において、2019年から2025年の間に、地方で6万人の起業を目標として掲げていることからも、人口減少局面における地域社会の持続的発展のために起業・創業支援がより強力に進められていくことは間違いないだろう。
この起業・創業への機運の高まりが一過性のブームで終わることなく、「地方創生の担い手」として定着し、地域社会の持続的発展につながっていくことを願いつつ、本レポートを終えることとする。
最後に、本レポートの執筆にあたり、業務多忙の中にもかかわらずに時間を割いてヒアリングに協力していただいた、山梨県新事業・経営革新支援課、韮崎市産業観光課、北杜市商工・食農課、山梨市商工労政課、甲州市観光商工課、笛吹市観光商工課及び笛吹市商工会の各ご担当者様に厚く御礼を申し上げます。
[1] 2014年5月に日本創成会議人口問題検討分科会から発表された報告。いわゆる「増田レポート」。
[2] 本レポートでは「新たな生業を始めること」という意味で「起業・創業」と表記している。厳密には個々の使い分けが必要だと認識しているが、本レポートではその違いにまで踏み込む内容では無いことから、最初に断っておく。
[3] http://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson18/t-page.asp
[4] http://www.stat.go.jp/data/idou/2017np/kihon/youyaku/index.html
[5] http://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01gyosei10_02000053.html
[6] https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/saikou_jpn.pdf
[7] http://y-startup.org/2018/