Vol.240-2 自立について考える~食料自給率・自国防衛をテーマに~


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 小池 映之

1.TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)参加の影響が懸念される日本の農業

  TPPは、2006年にシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4か国で発足し、その後、この4か国を含む太平洋に環状に位置する、アメリカ、カナダ、オーストラリア、マレーシア、ベトナム、メキシコ、ペルー、シンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイ、日本の12か国が協定を結んでいこうというのが当初の方向でした(下図参照)。

 出典:内閣官房

  日本には、工業製品の輸出で稼ぎたいという思惑がありました。TPPによって関税が撤廃されるならば、日本はより多くの製品を輸出することが可能となります。試算によれば国内総生産(GDP)は約3.2兆円増えるということです。
 逆に日本に輸入される農産物については、関税が撤廃されることから、今までよりも安い価格で販売することが可能となり、消費者は輸入農産物を安く手に入れることができるようになります。
 ただし、関税が撤廃されると、国内の農業にはマイナスの影響が生じる可能性があります。現在日本が海外からの輸入農産物にかけている関税は大変な高率となっています。これが撤廃となると、輸入品の価格競争力が高まり、国内の農産物は売れなくなります。従って、国内農業にとっては大きな打撃となります。
 こうした影響に鑑み、日本は農家を守るために、「米・小麦・乳製品・砂糖・牛豚肉」の5品目の関税撤廃を行わないことを前提としてTPP参加の方針を固めました。いわゆる「聖域」です。
 さて、筆者はここで疑問が生じました。聖域に小麦が入っているのに大豆が入ってないのはなぜか。それぞれの品目の自給率はいったいどうなっているのか。
 農水省のホームページ「消費者の部屋:こどもそうだん」に、中学生からの大豆の自給率に関する質問が掲載されています。
 質問は「日本人は大豆をむかしから食べているのに、なぜ自給率が低いのですか。」というものです。これに対して、農水省の回答は以下のようなものです。

 大豆製品といえば、みそ、しょうゆ、豆腐、納豆、煮豆に油揚げ、おせちの黒豆など、大豆は日本人にとって馴染みの深い作物です。日本人が一年間に食べる大豆の消費量は平成13年で、約507万トンですが、そのうち約381万トンはサラダ油などの精油用に使われ、残りのうち、約100万トンが、豆腐、納豆、みそ、しょうゆなどの食品用として利用されています。平成13年産の国産の大豆は、271千トンが生産されており、食品用の自給率は26%となっています(大豆消費量全体では5%)。大豆の自給率の伸び悩みの理由としては、
(1)大豆は反収が低くかつ豊凶変動があり収益が安定しないこと
(2)機械化が遅れ多労を要すること等が作付け意欲を大きく減退させていること
 があげられます。最近は、消費者の食の安全性や生産履歴情報を確保する要請が高まっており、地産地消運動の高まりから国内産大豆の人気が高まっています。このため、作付けを担い手に集積し、栽培技術の高度化による多収化、機械化一貫体系の普及による省力化を推進することにより大豆生産の安定化を促進しています。

 農水省の回答によると、国内の大豆消費量に対する自給率は、大豆消費全体に対しては実に5.3%なのです。
 TPP協定加入によって、国内の大豆生産が全滅してしまうのではないかと、筆者は危惧しています。 

2.静かに進行したEPA(経済連携協定)加盟

  さて、20186月、アメリカを除く11か国が参加するTPP11が参院本会議で承認されました。続いて、717日、日本と欧州連合(EU)は、世界最大規模の経済連携協定(EPA)に署名しました。この協定が発効すれば、人口6億人、世界の国内総生産(GDP)の3分の1近くを占める経済圏が生まれます。2019年初頭の発効を目指しているそうです。
 このEPAとはどのようなものでしょうか。FTA(自由貿易協定)が、特定の国や地域の間で物品の関税やサービス貿易の障壁等を削減・撤廃することを目的としているのに対して、EPAは、貿易の自由化(FTA)に加え、投資、人の移動、知的財産の保護や競争政策におけるルール作りなど、様々な分野での協力の要素等を含む幅広い経済関係の強化を目的とする協定です。
 日本のEUからの輸入品を見てみましょう。
 チーズについては、現在約30%かけられている関税は、協定の発効後、年々削減して15年後には撤廃されます。
 ワインには現在750ミリリットルボトルに94円、スパークリングワインに137円の関税がかけられていますが、これらは即時撤廃となります。高額なワインは影響が小さいかもしれませんが、1,000円程度のワインでは販売に影響が出るかもしれません。これは山梨県のワイン産業にもかかわりが出てくる内容です。
 牛・豚肉ですが、豚肉については、安い豚肉にかけている1キロあたり最大482円の関税を、協定発効後9年をかけて50円にまで削減します。高い豚肉の4.3%の関税は、9年かけて撤廃します。牛肉は現在の38.5%の関税を、15年かけて9%にまで削減します。牛・豚肉については、「セーフガード」が設けられているものの、TPPでは当初、聖域5品目となっていたものです。

 3.食料自給率はなぜ重要か

  ここで、日本の食料自給率を見てみましょう。
 下図に示すように、日本の食料自給率は年々下がっており、平成28年度では、生産額ベースで68%、カロリーベースで38%となっています。

出典:平成28年度食料自給率について(農林水産省)

 各国との比較では、下図のようになります。カロリーベースで、カナダ、オーストラリア、アメリカ、フランスは自給率が100%を超えており、これらの国は農産物の輸出も多くなっています。日本の食料自給率は、先進国中最低水準となっています。

 我が国と諸外国の食料自給率

出典:平成28年度食料自給率について(農林水産省)

 

 さて、それでは山梨の食料自給率はというと、カロリーベースでは全国平均の約半分となっています。この状況は、ここ数年一貫して変化していません。

 全国と山梨の食料自給率の推移(カロリーベース)

出典:平成27年度都道府県別食料自給率について(農林水産省)

 

 また、食料自給率の都道府県順位を見てみると、山梨は47都道府県中38位となっており、食料自給率の低さが分かります。 

都道府県の食料自給率順位(カロリーベース)

出典:平成27年度都道府県別食料自給率について(農林水産省)


 食料自給率を高めることは、なぜ重要なのでしょうか。それは、食料自給率が国のスタンスを決める重要なファクターだからです。なぜ重要なファクターなのか、それは食料は戦略物資として捉えるべきものだからです。
 世界最大の農産物輸出国はアメリカです。日本はアメリカから、国内消費量のうち、大豆の7割、小麦の5割、トウモロコシの9割を輸入しています。
 アメリカが戦略的にこれらの品目の日本への輸出を禁止した場合、日本の国内供給が滞り、大きな混乱をきたす可能性があります。
 身近な例で考えてみましょう。もし隣の家の食料が、すべて我が家からの供給で賄われていた場合、食料の供給を停止することを盾にして、隣家を言いなりにすることも可能でしょう。または、よくお父さんが息子に対して「言うことを聞かないんだったらメシを食わさんぞ!」と言うのも同じことです。食料を武器に、相手をコントロールしようとしているのです。食料自給率とは、国と国とのスタンスを決める重要な要素であり、ひいては一国の自立の問題なのです。
 かつて日本の戦国時代、塩が戦略物質でした。甲斐の国には海がありません。甲斐の国は他国から塩を買わなければ人々の生命を維持することができなかったのです。隣国と争ったり協定を結んだりを繰り返す戦国時代の戦略の中で、この塩の購入ルート確保の問題は、軍事戦略上大変重要な意味を持っていました。現代における食料自給率の問題は、これに近い問題なのです。
 自立とはすなわち、他に頼らないで、政治、家庭生活、人生が成り立っていることです。食料袋の紐を他国に握られていては、国の自立は成り立ちません。

4.自国防衛について

  自立を考えるうえで、筆者がもう一つ重要と考えているのが自国防衛です。
 世界の各国は、自国を他国から防衛するために軍事力を持っています。永世中立国スイスも軍隊を持っています。アメリカの軍事力評価会社「グローバルファイヤーパワー」が発表した2017年の軍事力ランキングを見てみましょう。評価対象は133か国。評価項目は、軍事費、兵器の数・質・種類、兵士の数・質、人口、輸入インフラ、地政学的考察、資源力、産業構造、核兵器所有の有無、軍事同盟参加の有無などです。

2017年 軍事力ランキング出典:「グローバルファイヤーパワー」 

 表には、133か国中上位15か国を掲載しました。日本の軍事力は第7位とされています。ドイツ、イタリア、韓国、イスラエルなどを抑えて上位に食い込んでいます。日本の軍事力は、世界でもトップクラスであることがわかります(ちなみに北朝鮮は23位です)。日本に自国を防衛するための軍事力(防衛力)があることは、事実として捉えていかなければなりません。
 こうした中で、一つ大きな問題があります。日米安全保障条約です。日本には米国の軍隊が駐留しています。
 各国の軍事費を見てみましょう。日本は世界で8位、5.0兆円となっています。

2017年の世界各国の軍事費ランキング(上位10位)出典:ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)


 米国防総省が2004年に公表した「共同防衛に対する同盟国の貢献度報告」によると、米国の同盟国27カ国[1]が米軍のために負担した金額は総計で約839,700万ドルです。このうち日本が支出した金額が約441,100万ドルで、日本一国だけで全体の53%を占めています。日本に次いで多いドイツの156,400万ドル、韓国の84,300万ドルなどと比較しても突出しています。

 

米同盟国の米軍駐留経費総額に占める各国の割合 出典:2004年版「貢献度報告」(米国防省)

 

 441,100万ドルは、現在のレート(1ドル=111.22円)で、約4,905億円になります。つまり、防衛費の約1割を在日米軍の経費に使っているということになります。
 一方では世界有数の軍事力(防衛力)を持ちながら、他方では他国の軍隊を駐留させるために多額の国税を費やしている。これが日本の国防の実態です。
 現在の日本の状態は、たとえて言うならば、我が家を護る力があるのにもかかわらず、我が家に強盗が入ってきたときの防衛のために、隣の家の屈強なお父さんが家に常駐してくれているということです。とうてい自立しているとは言えません。自国は自国で護る。これは国家の自立の最低限の姿ではないでしょうか。 

5.まとめ 

 本稿では、食料自給率と自国防衛を取り上げて、一国の自立というものを考えてきました。他国を頼らなくとも、国民が飢えることがない国、他国の軍隊がいなくとも自国を護れる国、このような国が自立している国だと考えます。
 現代は自立していない人が増えている時代だと感じています。経済的基盤を人にゆだねている状態。判断すら人にゆだねている状態。それら個人の自立がなされていないことの根底に、国家の自立がなされていないことも影響しているのかもしれません。


[1] 日本以外の米同盟国26か国:ベルギー、カナダ、チェコ、デンマーク、フランス、ドイツ、ギリシャ、ハンガリー、アイスランド、イタリア、ルクセンブルク、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、スペイン、トルコ、英国、オーストラリア、韓国、バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア、アラブ首長国連邦