Vol.241-2 スマートシティへ向けたまちづくり


公益財団法人 山梨総合研究所
主任研究員 小林 雄樹

1.はじめに

 2000年代後半以降、「スマートシティ」という概念が注目され、エネルギーや資源の利用効率向上を目指し、各地で実証実験が進められてきた。政府も様々な政策により、そうした取組を支援してきた。特に、2011年の東日本大震災後は、都市のリジリエンス化(強靭化)のみならず、「スマートシティ」による新ビジネスの創出や地域振興などへも波及し、取組は拡大していった。
 従来、「スマートシティ」は、エネルギー利用の効率化や再生可能エネルギーなど、CO2(二酸化炭素)削減を目的とした取組を指すことが多かった。しかし、近年、エネルギーや資源の利用効率向上を目的とした概念から拡張し、ICT(情報通信)技術やIoTInternet of Things:モノのインターネット)技術などを活用し、市民や企業、自治体などが、賢く(スマートで)便利なまちづくりを目指す取組全般を指すようになってきている。
 限られた行政資源の中で、「スマートシティ」を実現していくためには、政府や自治体の様々なデータの官民による共用やデジタル技術の活用が不可欠となる。単独のデータでは、価値を見出せなくても、他の分野のデータとの組み合わせやアイデアにより、付加価値を高め、新しい製品やサービスの開発、地域の課題解決に結びつく可能性もある。
 本稿では、地域における「スマートシティ」へ向けた取組に焦点をあて、そのために不可欠となる官民のデータ共用やデジタル技術の活用等にも触れ、今後の地域経営について考察する。

 

2.データは保護から活用へ

(1)政府の戦略

 スマートシティへ向けた取組の前提となる官民データの活用を推進するため、政府では、法整備や関連計画等の策定を進めている。

 「官民データ活用推進基本法」(20162月 公布・施行)

 官民が保有するデータを流通・活用することで、自立的で個性豊かな地域社会の形成、新事業の創出、国際競争力の強化などを目指す「官民データ活用推進基本法」が、20162月に公布・施行された。この法律の施行により、官民データ活用の推進が、IT戦略の目的に加わった。

世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画20186月 閣議決定

 官民データ活用推進基本法を受けて、2017年5月には、全ての国民が、IT利活用やデータ利活用を意識せず、その便益を享受し、真に豊かさを実感できる社会である「官民データ利活用社会」を構築するため、「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」が策定された(2018年6月、「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」へ変更)。
 計画の実行により、非効率なシステム化や書面申請の手間のみならず、行政のバックオフィス作業を含めて生じる官民の生産性低下の原因を削減し、その結果生み出された時間・労力を国民生活の質的向上のためのサービス提供や政策検討に振り向けることとしている。

デジタル・ガバメント推進方針2017年5月 IT総合戦略本部・官民データ活用推進戦略会議決定)

 この方針は、国民や事業者に提供するサービスそのものの価値の拡大に焦点を当てている。「利用者価値の最大化」という観点から行政サービスを再設計することを基軸とし、サービス提供の基盤となるプラットフォームから、下支えとなるガバナンスまで、電子行政に関する全てのレイヤーを変革していくこと、すなわちデジタル・ガバメントへの移行を進めることとしている。 

「オープンデータ基本指針」(2017年5月 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・官民データ活用推進戦略会議決定)

 「官民データ活用推進基本法」の制定やそれまでの取組を踏まえ、オープンデータ・バイ・デザイン[1]の考えに基づき、国や地方公共団体、事業者が、公共データの公開・活用に取り組む上での基本指針である「オープンデータ基本指針」が、20175月にとりまとめられた。
 この方針では、オープンデータの推進により、国民参加・官民協働の推進を通じた諸課題の解決や、経済活性化、行政の高度化・効率化(EBPM:Evidence Based Policy Making:証拠に基づく政策立案)、行政の透明性・行政に対する国民の信頼向上を目指すこととしている。

 また、「未来投資戦略2017」(2017年5月 閣議決定)では、公共データのオープン化(登記所の地図データ、気象・政府衛星・海洋データ等の開放)や、社会のデータ流通促進、知的財産・標準の強化(工業標準をモノからサービスへと拡大するための法制度整備、官民の標準化の連携等)を進めることとしており、「まち・ひと・しごと創生基本方針2017」(20176月 閣議決定)においては、地方創生の情報面からの支援策として、地域の官民データを分かりやすく「見える化」した、地域経済分析システム(RESAS)の提供等を行っている。
 さらに、政府の取組を地方や民間まで広めるデジタル・ガバメントの実現に向け、ITを活用した社会システムの抜本改革の実現を目指す「IT新戦略の策定に向けた基本方針」(201712月 IT総合戦略本部・官民データ活用推進戦略会議決定)をとりまとめるとともに、「デジタル・ガバメント実行計画」(2018年1月 eガバメント閣僚会議決定)を策定し、取組のさらなる拡充・横展開に着手している。

 

(2)地域への展開

 上記の政府の戦略は、各地域へも展開されている。

「官民データ活用推進基本計画」の策定

 「官民データ活用推進基本法」では、地方公共団体においても、「官民データ活用推進計画」を策定することとしている。特に、都道府県については、2020年度までに全都道府県が、計画を策定することとしている(市町村は努力義務)。また、市町村の計画策定を推進するため、2020年度までに、計画策定市町村が存在しない都道府県を解消することとし、市町村における官民データ活用推進計画の策定を促すこととしている。
 地方公共団体の施策に関する主な事項としては、行政手続に係るオンライン利用の原則化や、官民データの活用の推進(オープンデータの推進)等が示され、国と地方が一体となって取組を推進することとしている。

オープンデータの推進

 地方公共団体に対するオープンデータへの要請は高く、地方発ベンチャー創出や地域課題の解決につながることが期待されている。
 都道府県のオープンデータ取組率は、2018年3月に100%を達成したが、市町村については、取組済団体数が着実に増加しているものの、2018年4月末時点で、約17%(296団体)の取組率にとどまっている。
 政府は、地方公共団体職員等向けの研修実施や地方公共団体におけるオープンデータの推進のための基本的考え方等を整理した「地方公共団体オープンデータ推進ガイドライン」の策定を通じて、2020年度までに地方公共団体のオープンデータ取組率100%を目標に推進することとしている。

 

(図表1)オープンデータ取組済自治体数の推移

出典:内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室資料

 

出典:政府CIOポータルサイト
※山梨県の取組済自治体は、山梨県と甲府市(2018年430日時点)

 

3.「スマートシティ」へ向けた地域の取組

 各地域において、「スマートシティ」へ向けた取組が進められている。

 (1)スマートシティ会津若松(福島県会津若松市)

 会津若松市は、福島県の西部に位置し、会津盆地の中央部に位置する人口約12万人の都市である。国内有数の観光地であり、電子デバイス・精密機械などの企業が多く立地しているほか、会津清酒、会津漆器等の地場産業、稲作を中心とした農業も盛んな地域である。しかし、他の地域と同様に、地域産業の縮小や少子高齢化といった課題を抱えている。

会津若松市が目指すスマートシティの特徴

 市では、20132月、市の政策の方針を示す「施政方針」と市の活力再生の施策を掲げた「地域活力の再生に向けた取組み~ステージ2~」において、「スマートシティ会津若松」の推進を掲げ、以来、関連する取組を進めている。また、2017年度からの10年間を計画期間とする「会津若松市第7次総合計画」では、「スマートシティ会津若松」を市政運営全体の向上のために有効な手段として位置付けた。
 会津若松市が目指すスマートシティの特徴は、個別領域のスマート化ではなく、地域経営全体を網羅した領域、すなわち、健康や福祉、教育、防災、エネルギー、交通、環境といった生活を取り巻く様々な分野を横断した社会基盤を構築することで、将来に向けて持続力と回復力のある力強い地域社会と、安心して快適に暮らすことのできるまちづくりを目標にしている点にある。
 会津若松市では、スマートシティへ向けた取組の中で、オープンデータプラットフォーム「DATA for Citizen」も整備している。「DATA for Citizen」では、20188月現在、155の公共データが一般公開され、それらを活用した43の市民のためのアプリケーションも開発・提供されている。データを見える化することにより、新たな製品・サービスの開発へつなげるだけでなく、市民の行動変容を喚起し、スマートシティへつなげるねらいもある。

(図表2)「スマートシティ会津若松」の取組

出典:「スマートシティ会津若松」パンフレット

市民を中心に考えたサービスデザイン

 もう1つの会津若松市が目指すスマートシティの特徴として、市民目線に立ったサービスをデザインしている点があげられる。
 行政組織においては、制度・政策ごと、部署ごとに事業が最適化されているケースが多く、市民からは、一貫性がない、手続きが重複していると、見えることがある。限られた分野の行政職員だけでなく、異なる立場の関係者が事業の設計段階から参画することで、市民にとって最適なサービスを実現するだけでなく、手戻りが減ることによる業務の効率化や短縮化、事業費の削減も期待できる。
 こうした市民目線に立ったサービスを提供しているのが、市民ポータルサイトの「会津若松+(プラス)」である(図表3)。このサービスでは、従来のようなすべての市民に向けた一律のマス情報の提供ではなく、市民一人ひとりの属性情報に合わせて、子どもの予防接種情報や市内小学校の行事予定、給食の献立、除雪車のリアルタイム位置情報、地元紙と連携した地域ニュースなど、必要とされている地域情報をワンストップで提供している。休日の診療情報や、各種証明書の取得方法、ごみの集配情報などの問い合わせに、LINEAI(人工知能)ロボット「マッシュくん」が答えてくれるといったサービスも提供している。
 「会津若松+(プラス)」では、市民が求めるサービスの提供と、そのアウトカムとしてのサービス利用率の向上に重点をおいて取り組んでいる。

 

(図表3)市民ポータルサイトの「会津若松+(プラス)」の画面
 
出典:市民ポータルサイトの「会津若松+(プラス)

 

 会津若松市だけでなく、高松市や京都府を始め、他の地域においてもスマートシティへ向けた取組が進められている。

 

(2)山梨県内の動き

 本県においても様々な取組が始まっている。

 やまなしIoTラボ山梨県ほか

 少子高齢化に伴う労働力不足や第4次産業革命に向けた産業構造の変化に対応するため、「ものづくり」や、「農業」、「観光」分野へのIoTなどの先進的技術の活用に向けた支援体制を産学官金連携により構築し、IoT等の普及啓発、専門家派遣、人材育成、実証実験等に取り組んでいる。
 この取組は、20178月、IoTビジネスの創出を推進する地域の取組である「地方版IoT推進ラボ」(経済産業省所管)にも選定された。

 

(図表4)やまなしIoTラボ 実施体制

※各分野にワーキンググループを設置している
出典:やまなしIoTラボリーフレット

 

おしの子育て支援プラットフォーム推進事業(忍野村)

 忍野村では、ICTを活用した母子健康支援環境の充実を実現するために、マイナンバーカードの公的個人認証機能を利用した電子母子手帳サービスや、母子健康情報ポータルサイト「こそだてOSHINO」を構築し、児童増に対応した安心で利便性の高い母子健康・子育て環境の実現を目指した取組を進めている。
 「こそだてOSHINO」には、妊娠から出産、乳幼児の子育てに関する制度やサービスが集約されており、パソコンやスマートフォンなどから直観的な検索ができるサービスを提供している。子どもの年齢に合わせた子育て支援情報の他、健診や予防接種、保育所・認定こども園(幼稚園)などの情報もテーマ別に提供している。

 

(図表5)おしの子育て支援プラットフォーム推進事業

出典:総務省資料

 

(図表6)「こそだてOSHINO」サイト画面

出典:「こそだてOSHINO」サイト

 

4.スマートシティの深化に向けて

 政府の「デジタル・ガバメント推進方針」では、「これまでの提供者視点ではなく、利用者視点での行政サービスをデザインし、利用者中心のサービス提供を行っていく」ことが必要であるとし、「利用者中心の行政サービス改革」の推進に向けて、「サービスデザイン思考を取り入れる」こととしている。
 会津若松市では、利用者視点に立ち、市民ポータルサイト「会津若松+(プラス)」で、市民一人ひとりの属性情報に合わせたサービスの提供に取り組んでいる。それを実現しているのが、積極的なオープンデータ化や、IoTによるデータ収集基盤の整備、データ提供に対する市民と行政の理解の浸透等である。デジタル技術を活用することにより、提供者と利用者双方向のやり取りも可能にしている。
 また、取組を持続的なものにしていくためには、組織や人材のあり方の変革も求められる。組織横断的な連携体制の構築や組織文化の変革、利用者視点やそのためのスキルを持つ人材の育成・活用等が必要となってきている。
 ICT投資の効果について、日本、アメリカ、ドイツ、韓国の企業に対して実施したアンケート調査結果をもとに、企業の組織改革とICT投資効果の関係を分析した研究[2]によれば、我が国では、ICT投資の効果は、組織改革の有無によって大きく変化することが分かっている。
 ICT投資に伴う「経営計画の立案と実行能力の向上効果」について、組織改革を実施した企業群としなかった企業群とに分けて比較した結果を見ると、前者の企業群では、効果があったと回答している企業の割合は日本と他の3カ国との間に大きな差がみられなかったものの、後者の企業群では、アメリカ、ドイツ、韓国では効果があったと回答している企業の割合が比較的高いのに対し、日本ではその割合が著しく低かった(図表7)。
 この研究結果から、我が国の組織においては、十分なICT投資の効果を享受するためには、組織改革が不可欠であることが示唆された。

 

(図表7)ICT投資の効果があったと回答した企業の割合(組織改革を実施したか否かで分類)

出典:内閣府経済社会総合研究所資料

 

 そして、スマートシティを実現していくうえで欠かせないもう1つの要素は、多くのパートナーとの共創ではないだろうか。会津若松市では、「会津地域スマートシティ推進協議会」が中心となり、スマートシティ構想の実現に向けて、様々なプロジェクトを推進している。協議会は、会津若松市のほか、会津大学、地元企業、地元に拠点を置く大手企業による産官学連携の組織である。
 産官学が連携することで、単独の組織だけでは解決し難い課題や、組織改革などにも踏み込んでいくことが可能となる。「会津若松+(プラス)」の取組では、専門家による行政職員の意識改革などにも取り組んでいる。第4次産業革命においても、自前主義ではなく、様々な技術やノウハウを持った企業や大学などの関係者との連携が必要であるとされている。
 このように、今後、スマートシティを実現していくうえでは、利用者視点での行政サービスのデザインや、組織や人材のあり方の見直し、多くのパートナーとの共創がカギとなるのではないだろうか。

 

5.おわりに

 ICT・AI等の進化を背景に、地域の様々なデータをプラットフォーム上で共有し、地域の課題解決や新たなサービスの提供に活用するスマートシティへ向けた取組が各地域で始まっている。先進的な取組を行っている地域では、市民生活を取り巻く様々な分野を横断した政策形成の根拠付けとなるデータのオープン化も積極的に進めている。また、デジタル技術を活用し、利用者からの直接的な情報も得て、サービスのさらなる改善につなげている。
 本県においても、様々な取組が始まっているが、利用者視点、住民目線に立ったサービス提供の観点から、産官学の多様な主体の共創による幅広い分野への広がりを期待したい。


<参考・引用資料>

  • 首相官邸:世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画, 2018 
  • IT総合戦略本部・官民データ活用推進戦略会議:デジタル・ガバメント推進方針, 2017
  • 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・官民データ活用推進戦略会議:オープンデータ基本指針, 2017
  • 内閣官房情報通信技術(IT)総合戦略室:地方公共団体におけるオープンデータの取組促進状況について, 2018
  • 会津若松市ホームページ, 山梨県ホームページ, 忍野村ホームページ
  • 会津若松市:「スマートシティ会津若松」の取組 ~データ活用を軸とした新たな産業集積への挑戦~, 2016 
  • やまなしIoTラボ:やまなしIoTラボリーフレット 
  • 内閣府経済社会総合研究所:ESRI Discussion Paper Series No.263「IT 導入の効果に関する日本企業の特異性と企業改革の有無―日米独韓 4 カ国企業の実証分析―」,篠﨑 彰彦、佐藤 泰基,2011 

[1] 公共データについて、オープンデータを前提として情報システムや業務プロセス全体の企画、整備及び運用を行うこと。
[2] 篠﨑・佐藤(2011)を参照。